高齢者介護における住宅移動の研究

高齢者介護における住宅移動の研究
澤田健太郎
1. はじめに
大阪府、兵庫県、奈良県、東京都に在住し、主な介護者として高
現在、日本は超高齢社会であり、高齢者介護は大きな課題とな
齢者を介護した経験のある家族・親族の方、12 名に対し、実際
っている。介護の社会化を目指し、2000 年に介護保険制度が開
に介護を受けられた高齢者(以降、要介護者と呼ぶ)15 名のイ
始されたが、実際は家族が在宅介護を行う際の時間的・金銭的サ
ンタビュー調査を実施した。
調査は2014 年11 月~12 月に行った。
ポートであった。
政府はさらに在宅介護重視の政策を進めている。
一般に、高齢期以降の住宅移動は少ないと考えられている。し
その結果、以下の特徴が見られた。

要介護者本人に関する特徴
かし、
在宅介護においても高齢者は一つの住宅で暮らし続けるの
15 名中、14 名が居宅サービスの利用経験があった。特にデイ
だろうか。既存研究では、バリアフリーや住まい方の研究に留ま
サービスは 10 名が利用経験を持ち、主な理由は「主な介護者が
っており、住宅移動の観点から研究は行われていない。
日中に仕事があり、介護できないから」であった。
本研究は、
高齢者介護における要介護者と主な介護者の住宅移
また、生活費・介護費を本人の貯金や収入だけでまかなってい
動に着目し、
その移動実態と移動を可能にした要因を分析するこ
る者が 10 名であり、経済的に自立していた。
とで、在宅介護を継続するための条件を明らかにする。そして、

超高齢社会における介護や住まいの課題を考察し、
今後の介護の
在り方を検討することを目的とする。
家族に関する特徴
主な介護者 15 名は全員女性であり、その内 2 名は要介護者と
の続き柄は妻であった。残りの 13 名は要介護者との続き柄が、
子ども、あるいは子どもの配偶者であった。また、11 名が働き
2. 高齢者介護に関する政策・制度の変遷
1963 年に老人福祉法が制定され、高齢者介護に関する初めて
ながら介護を行っており、8 名はパート・アルバイトだった。

住まいに関する特徴
の法案が成立し、老人ホームの 3 類型が創設された。70 年代に
要介護者の介護直前の住宅は、13 名が持ち家(その内 12 名が
ショートステイ・デイサービスが制度化された。80 年代から高
一戸建て、1 名が長屋)で、その室数は 5 室以上が 12 名であっ
齢化の進行と、制度の利用者増で財源が圧迫され始め、高齢者・
た。残りの 2 名は 3 室以下の賃貸住宅に一人暮らしであった。
一般国民に負担を強いるようになった。2000 年には介護保険制
また、介護開始後に転居したのは 6 名で、その内 5 名が持ち家
度が開始し、社会保険方式への移行、措置制度から契約制度への
(4 名が一戸建て、1 名が分譲マンション)に転居した。施設入
移行、介護サービスの市場化等を行った。その後は地域包括ケア
居を経験したのは 9 名であった。
を進める等、地域における在宅介護を推進した。
当初、
政府は介護施設を中心の政策を進めていたが、
その後は、
介護への関与を小さくし、個人・家族・地域に自立を求め、地域
における介護、在宅介護を進める姿勢に変化したと言える。
3. 要介護高齢者をめぐる環境と実態
政府が公刊する統計を用いて、高齢者介護の実態を把握した。
まず、要介護者は誰に介護されているのかを把握した。要介護
者等(要介護者と要支援者)の約6 割は同居の家族を主な介護者と
した在宅介護であった。また、約 7 割の要介護者等は親族を主な
介護者とした、在宅介護であった。(図 1 を参照)
次に、要介護者等の住宅について把握した。その結果、要介護
図 1 要介護者等との続き柄別にみた主な介護者の構成割合
者等の大半が持ち家一戸建てに住んでいた。また、3~7 室以上の
住宅に暮らす者がほとんどであった。(図 2 を参照)
これらの分析から、要介護者は主な介護者を家族・親族とし、
複数部屋のある持ち家一戸建てに暮らしながら在宅介護を受け
るのが一般的であることが分かった。
4. 調査概要と要介護高齢者の特徴
要介護高齢者と主な介護者の住宅移動から高齢者介護の実態
を明らかにすることを目標に、インタビュー調査を実施した。
図 2 世帯構造別の要介護者等のいる世帯数 室数別 〈図 1,2
・調査概要
とも厚生労働省「国民生活基礎調査」
(平成 25 年度)より作成〉
5. 高齢者介護における移動実態
た住宅を他の家族・親族で維持・管理、活用する
「いつ住宅移動が行われ、
要介護者と主な介護者が同居したの
①は、
新たに他の家族を介護する際に有効利用されることにつ
か」
、また介護開始後に同居に至る場合「要介護者と主な介護者
ながっていた。②は、住宅の価値を維持した上で相続されること
のどちら側が移動したのか」という観点から調査事例を分類し、
や、
要介護者のいつか帰ることのできる場所を守るという意味で
分析を行った。
(表 1 を参照)
要介護者を精神的に支えることにつながっていた。
介護開始後に要介護者が移動し同居するパターン【C】を「呼
び寄せ介護」と呼ぶように、介護開始後の住宅移動で同居するパ
高齢者介護の継続が住宅を変化させ、
住宅ストックとしての価
値を維持・上昇させている場合があることが分かった。
ターンが高齢者介護における住宅移動ではイメージされやすい。
今回の分析では、介護開始前の住宅移動にも着目した。その結
果、
高齢期前後の住宅移動で介護開始前に主な介護者と同居にな
ること(パターン【B】
)は、介護が必要になった際、スムーズ
表 1 住宅移動パターンへの分類結果
パターン
の要介護者の配偶者の状態の変化を起点に行われていた。
短期間住宅を移動する例が複数存在した。
介護開始後の住宅移動によって同居に至るパターン【C】~【E】
の内、今回の調査では要介護者が動くパターン【C】が多かった。
事例数
55歳以前からずっと同居していた。
【B】
55歳以降から介護開始前までに要介護者と主な介護者の №1,№9,
4事例
№13,№15
どちらか、又は双方が移動することで同居になった。
【C】
介護期間中に要介護者が移動することで同居になった。
【D】
介護期間中に主な介護者が移動 する こと で同 居に なっ
№5
た。
1事例
【E】
介護期間中に要介護者と主な介護者双方が移動すること №2
で同居になった。
1事例
【F】
介護期間中に同居経験はなく、遠距離や近居での介護を
№7
行った。
1事例
また、パターン【A】のように長らく主な介護者と同居してき
た場合でも、
主な介護者の都合が悪い時や介護負担軽減のために
№
№3,№4,
№6,№10, 5事例
№11
【A】
に介護を開始させることが分かった。
この介護開始前の住宅移動
は、要介護者の配偶者が亡くなる、あるいは介護が必要になる等
内容
№8,№12,
3事例
№14
それは主な介護者が「子ども・子どもの配偶者」となる場合、子
世帯側には仕事や子育て等の事情があり、
生活圏の変更が難しい
からであった。逆に主な介護者が動くパターン【D】の事例は、
7. 結論
本研究は、高齢者の在宅介護は、世帯人数に対応した広さと室
生活圏が大きく変わらず、
主な介護者のもとの家が賃貸であり転
数、バリアフリーという住宅条件の成立を前提として、介護開始
居しやすかったことが移動を可能にしていた。
前・後の住宅移動により主な介護者と要介護者が同居することで、
住宅移動パターンの分析で、以下の 3 点が明らかになった。
継続されていることを明らかにした。
①:介護開始後だけでなく、介護開始前の住宅移動が在宅介護を
現在、要介護者と要支援者の内、6 割以上が同居の家族・親族
スムーズに開始させること ②:短期間他の親族の住宅に預けら
を主な介護者としている。
介護期間全体という長期的な視点で考
れ、
複数の住宅を利用することで在宅介護が継続されることがあ
えると、住宅移動を通して、より多くの高齢者が同居する家族を
ること ③:介護開始後の住宅移動で主な介護者と同居する場合、
主な介護者とした在宅介護を経験しているだろう。
介護の社会化
介護者と要介護者のどちらが移動するかは、
子世帯側の生活圏へ
を目指して介護保険制度が開始されたが、
日本の高齢者介護は安
の影響に左右される部分が大きいこと
定した家族と住宅のもとで成立しているのである。
施設入居に関しても分析と考察を行った。パターン【F】では
かつては、
現役時代に購入した持ち家に暮らし続ける人々が多
要介護者は介護期間中に一度も主な介護者と同居を経験しない。
く、高齢期の住宅移動はほとんどなかった。しかし、本研究によ
本調査の事例では、
介護の必要度が上がり別居介護での限界に達
り高齢期の住宅移動が高齢者介護を支えていることが分かった。
した時に、施設入居を行うことで介護を継続していた。
長寿化の進行は要介護者と主な介護者をさらに高齢化させ、
住
同居の主な介護者による在宅介護を経験する場合でも、
本人の
宅移動の機会を増加させる。また、高齢者人口の増加は高齢期に
症状の悪化、介護者の健康状態の悪化や高齢化で、在宅介護を続
住宅移動を経験する人数を増加させる。それゆえ、今後は高齢期
けられなくなると施設に入居することで介護を継続させていた。
に行われる住宅移動の絶対数はさらに増えると考えられる。
住宅移動は要介護者と主な介護者とを結び付け、
在宅介護を継
続させる役割を担う。施設入居は、在宅介護に代わる選択肢とい
高齢期の住宅移動の増加に加えて、若い世代では、所得の低下
等により、そもそも持ち家を取得する人が減っている。
うよりも、
家族介護に頼れなくなった場合のセーフティーネット
こうした背景を踏まえると、
一つの持ち家に留まり続ける人口
の役割を果たす。住宅移動と施設入居が行われることで、高齢者
は今後減少するだろう。そのため、良質な住宅を安価で柔軟に供
介護は静的ではなく動的に継続されていること明らかになった。
給する住宅供給の体系を整え、
高齢期に移動する人や介護者とな
る若い世代の人が、
在宅介護を可能にする住宅に住まいやすくす
6. 高齢者介護における住宅の変化
高齢者介護における住宅に関し、調査事例を建築・住宅利用・
権利関係の 3 つの観点から分析と考察を行った。
その結果、以下の 2 つの特徴を発見した。①:世帯人数に応じ
ることが今後の在宅介護の安定を支えることになる。例えば、既
存のストックを活かした中古住宅市場の整備や、賃貸住宅、特に
公的賃貸住宅の拡充が有効になると考える。
高齢者介護はこれまで静的なイメージで扱われてきた。
今後は、
た広さとバリアフリーが整っていることが在宅介護の前提条件
高齢期前後に人々は移動することを念頭において、介護システ
として求められ、その条件が整っていない場合、介護開始前・介
ム・住宅システムを考えていく必要があるのではないだろうか。
護期間中に住宅改善を行う ②:住宅移動によって空き家となっ