第5回連載・医療と知財を考える 弁理 平 晃 齢化社会を える介護関連

第5回連載・医療と知財を考える 弁理⼠ 平⼭晃⼆
更新⽇:2012年3⽉1⽇ ⽊曜⽇
⾼齢化社会を⽀える介護関連発明
⾼齢化が進んでいるわが国⽇本。少⼦化の傾向とも相俟って、総⼈⼝に対する⾼齢者の割合は年々⾼まっています。65歳以上
の⼈⼝が今後10年で1.3倍に増加する、2050年には2.5⼈に1⼈が65歳以上となる、との推計や試算もあるようで、とりわけ
平均寿命、⾼齢者数、⾼齢化のスピードにおいて世界⼀の⾼齢化社会と⾔われています。
こうした社会情勢の現況と変化に鑑み、政治の世界では、年⾦や医療・介護の⾦銭的負担をはじめとする社会保障の⾒直しがさ
れているところですが、知的財産の分野においても、介護に関連する発明や考案があり、⾼齢化社会を⽀える⼀助となってい
るのをご存知でしょうか?
特許庁のデータベースで「介護」という⽤語をキーワードにして検索すると、平成5年(1993年)以降〜平成23年(2011
年)までに5553件の特許出願、1182件の実⽤新案登録出願、合わせて6709件の発明(考案)がヒットします。過去5年間の
件数の推移をみると、年により増減はあるものの毎年コンスタントに260件〜380件の特許⼜は実⽤新案が出願されていま
す。介護に関連する発明(考案)が数多く⽣み出され、出願されているのです。
「医療と知財を考える」第5回は、⾼齢化社会を⽀える介護関連発明について、どのようなものがあるのか4つの例をみていく
ことにしましょう。発明(考案)を知ることで、それが⽣み出される背景や発明者の想いなども垣間⾒えてくるかもしれませ
ん。
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「介護⽤移動シート」
特許第4474619号/権利者 曽我部百合⼦
ひとつめの発明は、寝ている被介護者を寝たままの状態で移動させるための道具です。⾃⼒で寝床のうえを移動できない被介
護者は、例えば床ずれを防ぐためにも、介護者が被介護者の位置を変える必要が⽣じます。しかし、寝ている⼈を動かすよう
な作業は介護者側からすると⼒が必要で⾁体的負担が⼤きく、特に介護職に⼥性の就業率が⾼い現状では、介護の⾁体的負担
をいかに低減するかが恒常的な課題となっているとも⾔えます。
下の左の図がこの発明の道具です。全体としてみると1枚に⾒えるシートですが、中央に切り込みがあり左右に開くことができ
ます。これにより、右の図のように寝ている被介護者の体の両側からシートの左右の部分を差し⼊れ、被介護者を寝かせたま
ま被介護者の体をシートの上に載せることができます。
被介護者をシート上に載せたら、下の図のように、介護者は、シート上部2か所に設けられた握り部を掴んで引っ張ります。こ
れにより、被介護者を抱き起こしてかかえて移動させる必要がなく、被介護者の寝ている位置を容易に変えることができるの
です。
この発明は介護者の⾁体的な負担を低減するために考え出されたものです。介護者側のニーズと、ニーズを解決するためのア
イディアと⼯夫が組み合わさって発明が⽣み出されています。
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「介護⽤パジャマの下⾐」
特許第4135764号/権利者 藤嶋かおる
次の例は、被介護者が着るパジャマのズボンに関する発明です。パジャマを脱ぐ、着るといった⽇常的でありきたりと思われ
る⾏為も、介護の現場では負担の⼤きな作業となり得ます。例えば先ほどの例と同様に被介護者が寝たままの状態では、ズボ
ンを穿かせてあげたり脱がせてあげたりすることは作業がしづらく、体を持ち上げたりするのに⼒も必要で、⽇常的に繰り返
されることだからこそ介護者の負担は⼤きいと⾔えます。
下の図がこの発明のパジャマズボンです。実際のズボンを切り開いて布の状態にし、切り開いた部分をマジックテープでとめ
られるようにしてズボンとなる構成にしたもの、と説明すれば分かりやすいでしょうか。布状となったズボンを体の下に差し
⼊れマジックテープをとめれば、ズボンを穿かせることができます。その逆に、マジックテープをはがして布を引き外せば、
ズボンを脱がせることができます。
通常のズボンを着脱させる際の⼿間や作業負担が、マジックテープを採⽤することで⼤きく改善されていることが伺えます。
また、腰回りに棒を挿⼊することで、着⽤させるときに⽚⼿で被介護者の体を持ち上げても、もう⼀⽅の⼿で棒を掴めばズボ
ンを被介護者の体の下に差し⼊れることができます。通常のズボンを着⽤させる場合、⽚⼿でズボンを腰まで上げるのは⾮常
に難しいと思われますが、下の図のように⽚⼿で作業ができるようになるのです。
この発明も介護を⾏いやすくするもので、介護者の利便性から考えられたものと⾔えます。介護者側のニーズと、ニーズを解
決するためのアイディアと⼯夫が組み合わさって発明が⽣み出されているのは最初の例と同様です。
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「介護ベッドシステム」
特許第4491631号/権利者 奥村義久
三つ⽬の例は、被介護者がベッドに寝たままトイレに移動して排泄することができる介護ベッドシステムに関する発明です。
次の図をみれば、発明のしくみを理解することができるでしょう。
上の図(A)のように普段はベッドとして使⽤しているものが、右の図(C)のように複数の部分で途中から折り畳むことがで
き、最終的に左の図(B)のような⾞椅⼦のような構成にすることができるというものです。そして、腰が載る部分はトイレの
便座のような構成にすることができるので、このベッドを下の図のようにトイレに移動することで、ベッドから⽴ち上がって
移動する必要がなく、トイレで⽤をたすことができるというものです。
この介護ベッドシステムにより、介護者にとっては、被介護者がトイレに⾏く際、ベッドから起こしてトイレに移動させた
り、便器に座らせたりする労⼒を⼤幅に低減することができます。また、被介護者にとっては、ベッドから起き上がって移動
する⾃⾝の負担をなくすことができ、ベッドシステムの構成を変更することで⾞椅⼦のように移動したり、そのままトイレで
⽤を⾜したりすることもできるという利便性が得られます。
この発明は、介護者と被介護者の双⽅のニーズをアイディアと⼯夫で具現化したものと⾔えます。
「介護⽤補助具」
特許第4406852号/権利者 神真夏
最後の例の発明は、介護者が被介護者の脇に両腕を通して抱きかかえて⽴ち上がらせる際に、介護者の腕が被介護者の脇の下
に⾷い込む衝撃を和らげるための道具です。
左の図がこの発明の道具で、右の図が実際に使⽤している状態を⽰しています。この道具を使⽤することで介護者の腕が被介
護者の脇に直接⾷い込むことがなく、また弾⼒性のあるスポンジのようなものでつくられているために、衝撃も和らげること
ができます。更に、下の図のように介護者が⾝に付けて携帯が可能であるという利点もあるようです。
この発明により⽇々の介護において被介護者の苦痛を和らげることができます。被介護者側が抱える問題点(ニーズ)をアイ
ディアと⼯夫で解消したものだと⾔えるでしょう。
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発明を⽣み出すニーズを如何に⾒出していくか
これまで紹介した介護関連発明はそれぞれ、介護者もしくは被介護者のニーズ、⼜は双⽅のニーズから⽣み出されたものだと
⾔えます。そのニーズにどのように応えていくかというアイディアと⼯夫に創意が認められ、いずれも特許権として登録され
るに⾄っています。
発明を⽣み出すきかっけとなるニーズを如何に⾒出していくかということも重要です。このことを⽰すものとして、先ほど最
後に紹介した「介護⽤補助具」の発明を例にしてみましょう。
現場のジレンマ 「介護⽤補助具」を例として
「介護⽤補助具」の発明を⽣み出したのは当時短期⼤学2年⽣の学⽣です。⼤学のホームページの紹介記事によれば、この学⽣
は「プロジェクト実践⼊⾨」という授業でボランティアをテーマとし、⼿のぬくもりを伝えるハンドトリートメントをお年寄
りに体感してもらう活動をしたそうです。
その際、⽼⼈施設の利⽤者であるお年寄りは世話をしてくれる施設関係者になかなか本⾳を⾔えないという状況があることに
気付いたそうです。施設利⽤者には、世話をしてくれる施設関係者に対して、よくしてもらっているから多少のことは我慢し
ようという遠慮があるのです。施設関係者が、施設利⽤者を第⼀に想って尽くしているからこそ、それを肌で感じている利⽤
者に関係者に対する遠慮が⽣まれてしまうという、現場のジレンマがあるのです。
そこでこの学⽣は利害関係の無いボランティアとして施設利⽤者の本⾳を聞き出し、「抱き起こしてもらうときに脇が痛くな
る」という被介護者のニーズ(問題点)を吸い上げることができたのです。そして、被介護者のニーズを「介護⽤補助具」と
して具現化できたことは、状況を改善したいというこの学⽣の想いと、試⾏錯誤を経てアイディアと⼯夫を重ねた頑張りが
あったからにほかなりません。
私たちの⽣活の質を向上させる発明(考案)を⽣み出すために
発明(考案)はニーズと⼯夫とアイディアから⽣まれるという側⾯があります。これは介護関連発明だけではなく、医療に関
する発明やその他の分野の発明にもあてはまることです。⾼度な技術に基づく研究開発がなくては⽣まれ得ないものがあるの
も事実ですが、多くの発明(考案)は、実は私たちの⾝近にあり、私たちの⽣活に密接しているのです。介護や医療に関する
発明(考案)は私たちの⽣活の質(QOL:クオリティ・オブ・ライフ)の向上に直接貢献するものです。
発明を⽣み出すきっかけとなるニーズは、現場のジレンマと⾔える問題もあり、これを現場から如何に吸い上げるかがポイン
トです。これは介護の現場だけではなく、医療の現場にも当てはまるものかもしれません。ニーズを⾒出し、問題点を解決し
ていくきっかけとするには、介護や医療に従事する実務者の眼だけではなく、第三者の⽴場の存在や視点も重要なのです。
発明を⽣み出すきかっけとなるニーズに気付くことができるか、またニーズをいかにアイディアと⼯夫で具現化するか。これ
らが私たちの⽣活の質を向上させる発明(考案)を⽣み出す重要な要素なのです。
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注:本論稿は、著者の個⼈的⾒解を⽰したものであって、著者が所属する団体等の意⾒・⾒解を⽰すものではありません。ま
た、本論稿は、個別具体的案件に対する法的助⾔を提供するものではなく、本論稿に依拠して何らかの損害を被った場合で
も、著者または本サイトが責任を負うものではありません。
執筆者プロフィール
平⼭晃⼆ ⽒ (ひらやまこうじ) 平和国際特許事務所 弁理⼠
⽇本弁理⼠会国際活動センターにおいて知的財産に関する国際政策の⽐較研
究・提⾔を⾏うほか、世界知的所有権機関(スイス、ジュネーブ)の締約国
会議(特許法常設委員会)に同会代表として出席(2010年1⽉、10⽉、
2011年5⽉)。同会関東⽀部常設特許相談室の相談員として活動。⽶国知的
財産権法協会、アジア弁理⼠協会、⽇本国際知的財産保護協会、等に所属。
2009年より慶應義塾⼤学⼤学院健康マネジメント研究科にて⾮常勤講師。
⽶国パテントエージェント試験合格
東京⼯業⼤学⼤学院修了
中央⼤学法学部卒業
⽶国ジョージ・ワシントン⼤学ロースクール修了
(Master of Laws in Intellectual Property Law)