長崎大学病院長 - 産婦人科教授 増崎 英明 由来 - 長崎県医師会

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収穫一紅葉一
長崎大学病院長・産婦人科教授増崎英明
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人」であった根の状態も八方に拡がっているし、
由来
今年の春に植え換えた紅葉(モミジ)である。
枝も細くて、全体のバランスがとれている。そこ
まだ眠っている赤い芽もあれば、開きかけてお辞
まで確認すると、次はこの木の由来を考える。素
儀をしている朱色の芽もある。新芽のいくつかは、
材としての価値は実生樹がむろん一番高い。だが
まさにほころんで、新緑の色を誇らしげに風に靡
かせている。植え換える前のこの木は丈の高い駄
自然の実生ではこうは育たないこれほどの背の
低さ、つまり最初の枝(ーのキ却までがIcmしか
鉢に植わっていた。正月明けの上野の盆栽展で見
ないことは、この木が阿又り木」で創られたこと
つけたのである。購入時に心配だったのは、士に
を思わせる。実生や通常の挿し木では、ーの枝ま
埋まっている部分が根だけではなくて、背の低い
での距離は自ずから長くなるあるいは「収穫一
木に見えるように幹まで埋め込んであるのではな
樫一」の項で説明した陣■切り挿し芽」で背を低
いか、ということであった。購入前に引っこ抜い
く創った可能性は残るが、それにしても枝振りゃ
て見るわけにはいかないので、そこは盆栽屋の言
樹形からはやはり、大きなモミジの枝先の良い部
葉を信じるか、あるいは運を天に任せるほかない
分を取り木したものに違いない
だが、家に帰って裸にしたこの木は、背の低い、
小品盆栽としてはまさに理想、的な「ずんぐり美
ここまで観察すれば、いよいよ植え替えである。
まず根っこにこびりついた古い士は完全に洗い落
長崎県医師会報第836号平成27年9月
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とす。私の家には幸いに井戸水があるので、それ
んでいる。夏を迎えるとおのずから葉が茂る。そ
をモーターでくみ上げ、水圧で士を洗い流す。そ
の薄い葉っぱが陽に透いて風に吹かれる様子は涼
して木を裸に剥いてしまう。樹木を裸にする理由
やかであり、まずは均整のとれたモミジである。
は、画家がモデルを裸にして描くことに似ている。
ただし秋から冬にかけての紅葉は、長崎では滅多
裸にしなければ、その木の美しさ、観賞するため
に見ることはない。
の視点をどこに置いて、それからどんな着物を着
鉢は径5.5Cm、高さ 3Cmの丸鉢。灰色の地に黒
せるのが良いか、それが分からない。盆栽にとっ
で縞模様が描かれ、その所々に青や茶の釉薬が使
ての「着物」とはむろん陛本」のことである。モ
われている。一目見て時代の付いた鉢である。時
デルにいろいろな着物を着せかけて見栄えを計る
代が付く、というのは盆栽用語で、長く使用され
ように、盆栽の場合はいろいろな鉢に据えてみて、
ているといった意味である。この鉢は作られてか
奔放な様子や落ち着いた風情など、仕上がりの具
ら50年D、上になるだろう。長く使われているに
合を確かめる。これは鑑賞のための大事な作業で
も関わらず、どこにも傷はない。代々の持ち主が
ある。
いかに丁寧に扱ってきたかがうかがわれる。古い
鉢であっても時代の付いていないものもあるが、
観賞
それらは未使用のまま一度も士を入れることなく
槌仟重はカエデ科カエデ属Acer。カエデ属には
秘蔵されたものである。未使用の鉢は美しいが、
変種が多いが、これはイロハモミジ Acer palma・
むしろよく使われ、なおかつ傷のない鉢が盆栽界
tum の変手重とされるヤマモミジ Var. matsumurae。
ではもっとも珍重される。鉢裏には「是」の字が
高木の落葉樹である。「カエデ」と「モミジ」の
墨で書かれている。この鉢の作者は往年の喜劇役
関係は複雑で、カエデ科カエデ属の総称が「モミ
者で、名脇役でもあった中村是好である。
ジ」であるという説もあれぱ、一方で、カエデ属
に限らず冬に紅葉する樹種をすべて「モミジ」と
解題
靴粁尓する場合もある。一般には、カエデ属のなか
新年早々、上野で開かれる盆栽展に出かけた。
でとくに強く紅葉するものをモミジ(紅葉)と呼
馴染みの「盆栽大野」に立ち寄る。御主人の大野
ぶのではないだろうか。ただし盆栽界においては、
雅さんは小柄で優しい。父親は大野彰夫といって、
これら世俗の呼岼尓とは別に、モミジとカエデを明
日本小品盆栽協会の会長が中村是好であった頃に
確に区別している。すなわち、葉っぱの切れ込み
副会長を務めていたそうだ。大野彰夫の鉢は独易
の深いものを「モミジ」、切れ込みが浅いものを
で、泥鉢に虎や龍が浮き彫りにされている。大野
「カエデ」と通称する。カエデは「蛙手」に由来
さんの家でいくつか見せていただいたが、どれも
するのであろう。小品盆栽ではカエデ属のうち
素晴らしいものであった。その鉢中"Xよ義理の娘
葉っぱの小さな種類が珍重され、切れ込みの深い
である大野迺月美さんが受け継いでいる。朝美さん
自然の樹木では「ヤマモミジ」が最も好まれる。
は笑顔の素敵な働き者で、私の盆栽の師匠の一人
ヤマモミジには園芸種が多く、葉っは゜が縮緬状に
である。
ねじれる「獅子頭」、新芽の赤い「出猩猩」、八房
小品盆栽の中でも特に小さい豆盆栽のルーツは、
性の「琴姫」などは小品盆栽に作られたものを見
京者愉爪と江戸派に分かれる。始まりはそれほど古
かけることがある。
くはなくて、幕末頃に殿様芸として始まった。そ
本樹は自然の野山や家庭の庭にも見られる普通
れが一般市民にまで公然と広まった最初は、おそ
の「ヤマモミジ」である。樹高 4伽、枝"岳5Cm。
らく1962年に発会された東京アマチュア小品盆
取り木からどれくらいの年月を経たものか、おそ
栽愛好会ではないかと思われる。ヰ・,村是好は当初
らく5 6年は経っているであろう。幹は焦茶色
からその副会長を務めたが、やがて会長になり、
で、その中に縦の筋が入っているのは、この木が
副会長には多くの著書で豆盆栽の普及に貢献した
若くはないことの証左である。樹形は直幹と言っ
明官俊彦や前述の大野彰夫が就任した。この時期
て良いだろう。ーの枝あたりから八方に枝を拡げ
が、豆盆栽がもっとも隆盛した時期ではないだろ
ており、根っこもまた四方に張って強く士をつか
うか。隆盛すれぱ仲間が増える。商売としての盆
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長崎県医師会擢第836号平成27年9月
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栽屋は、大きい盆栽をやめて豆盆栽を創るように
なる。盆栽が小さければ、それに見合った形状の
小さな鉢の需要が増す小さい鉢は多くはないの
で、趣味家は自分の盆栽を植えるための鉢を自作
する。そこにはプロ顔負けの鉢をつくる人が現れ
る。そういう鉢は珍重され高値がつくこうして、
この時代は今に名の残る鉢作家を多く輩出した
中村是好もその一人である
中村是好は1900年に現在の佐賀県武雄市に生
まれた。友人の榎本健一(エノケン)に誘われて
喜劇俳優になったそして多くの映画に出演し名
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という本を出している。1969年には東京アマチュ
ア小品盆栽愛好会が「日本小品盆栽会」と改称し
たのを機会に会長に就任したそして死去までの
21年間、会長職を続けた
盆栽屋のおやじ達は話し好きである。東京や埼
玉近郊の盆栽屋を訪ねると、昔話を聞かされる。
練馬の住宅街の一角で小さな盆栽ばかりを扱う
「百樹園」の西本さんからは、豆盆栽黎明期の話
をいくつも聞いた。その中には中村是好の話も
あった。是好はマッチの軸先で鉢に絵付けをして
いたそうである。
脇役として活躍した 1962年には『豆盆栽愛力刊
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仕様等:医学を象徴する蛇によって医薬に関係の深い乳鉢と乳棒を図案化し、 その上に日本医師会の
頭文字[JMA]が配されています。ネジ及びピン型、台地は純銀製 JMAは純金張り、図
案・三軌会会員杉村正栄氏、原案・芸術院賞受賞大須賀喬氏
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