[商品紹介] EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受

NTN TECHNICAL REVIEW No.83(2015)
[ 商品紹介 ]
EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受
Grease Lubricated High-speed Deep Groove Ball Bearing for EV and HEV Motor
里 田 雅 彦* Masahiko SATODA
中 尾 吾 朗* Goro NAKAO
EVやHEVでは,モータの小型化に伴う出力トルク低下を補うため,回転数を増加さ
せて出力を確保する傾向にある.そのためモータ支持用に使用する深溝玉軸受は高速
回転の要求が高まっている.
本稿では,NTNのEV・HEVの高速モータに適用可能なグリース潤滑高速深溝玉軸受
用の特長と性能を紹介する.
EV and HEV are tending to increase the output by increasing the rotational speed to compensate for the
output torque reduction by miniaturization of the motor. Therefore, there is an increasing high-speed rotation
request also for deep groove ball bearings are used for the motor support.
This paper introduces NTN grease lubricated high-speed deep groove ball bearing for EV and HEV motor, and
explains its features and performances.
高速回転における軸受の寿命に至る損傷プロセスを
1. まえがき
図1に示す.転動面の潤滑不良⇒温度上昇及び保持器
に掛かる負荷増加⇒焼付き及び保持器破損となる.
車両のEV・HEVにおける電動駆動部は,モータ及
び減速機のユニットで構成されている.EV・HEVの
本プロセスに対し,従来のグリース潤滑深溝玉軸受
開発動向の一つに駆動ユニットの小型化が挙げられ,
を高速回転させた場合,破損直前の樹脂保持器・グリ
それに伴い,モータの出力トルク維持のため高速回転
ースの状態を図2に示す.
樹脂保持器は,保持器ポケット面の内径側に転動体
が求められる.
モータの回転を支持する軸受は,一般にグリース潤
と接触した強い当たりが認められる.また,遠心力に
滑で使用するが,モータの高速化は軸受においても保
より保持器が変形し,保持器ポケット面と転動体のす
持器に発生する遠心力や,グリースの拡散により,軸
きまがなくなったと推定できる.
受自体の温度が上昇する.従来の軸受に対し,保持器
の材料や形状,グリースの配合,物性を見直すこと
主軸の高速回転
で,EV・HEV用モータのさらなる高速回転にも対応
可能とした,グリース潤滑高速深溝玉軸受を紹介す
る.
2. EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受
2. 1 EV・HEVの高速化に伴う軸受の課題と対策
グリースに
遠心力作用
保持器に
遠心力作用
転動体に
遠心力作用
グリースの
飛散
変形による
転動体との干渉
保持器への
負荷増加
転走面の
潤滑不足
保持器の
発熱・摩耗
深溝玉軸受を高速で回転させるためには,軌道輪と
転動体の転がり接触面(転動面)や保持器と転動体の
軸受内部の発熱加速
接触部(ポケット面)に潤滑剤が保持されることであ
る.特にグリース潤滑は油潤滑と異なり遠心力により
転走面焼付き,保持器破損・溶着
グリースが拡散し,転動面やポケット面に油分が不足
図1 高速回転時における軸受損傷プロセス
Bearing damage process in high-speed operation
し,潤滑不良となる.
*自動車事業本部 自動車商品技術部
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NTN TECHNICAL REVIEW No.83(2015)
・高速回転での変形を抑える保持器形状と材質
また,保持器ポケット面内径部に劣化したグリース
の付着も認められ,潤滑状態が悪化していたことが推
・保持器破損強度の向上
定できる.
・高速回転でのグリースの潤滑性改善
また,破損直前のグリースの状態を図3に示す.
グリースはシールの側面に多く付着し,変色していな
外輪
シール
いグリースが認められた.
鋼球
以上から,高速回転時には保持器が遠心力により変
形することでポケットすきまが減少し,グリースを転
保持器
動面から掻き取り,必要な潤滑剤の供給が不足する局
内輪
部的な潤滑不良により,短時間で損傷すると推定して
保持器を開発した.
また,グリースが転動面近傍に留まり,高速回転時
に基油が供給しやすいグリースを開発した.
図4 EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受
Grease lubricated high-speed deep groove ball bearing
for EV/HEV motor
転動体との接触跡
2. 3 開発保持器
① 保持器形状と材質
高速回転での変形抑制のため,以下3点を改良した.
・高強度材料の採用
⇒ 保持器剛性の向上
劣化グリースの跡
・変形抑制のためのポケット底の厚肉化
ポケット面
図2 破損直前の保持器状況
Cage situation on damage verge
⇒ 保持器剛性の向上
・保持器ポケット間の肉抜き
⇒ 遠心力の軽減
シール(軸受内部側)
従来品と開発品の違いを図5に示す.また現行材と
開発材の違いを表1に示す.
ポケット底の厚肉化
グリース通油溝の設置
図3 破損直前のグリース状況
Grease situation on damage verge
ポケット間の肉抜き
従来品
2. 2 開発軸受の構造と特長
図5 従来品と開発品の形状比較
Shape comparison of current and developed cage
前項の課題を解決し,開発した軸受は従来軸受に対
し,2倍以上の高速性能を達成した.
表1 従来材と開発材の材質比較
Material comparison of current and developed cage
¡高速性能
開発軸受 dmn値※1
開発品
1.08×106
項 目
融 点
比 重
引張強度
曲げ強度
曲げ弾性率 (23˚C)
曲げ弾性率 (120˚C)
(従来軸受 dmn値 0.40×106)
※1 軸受転動体ピッチ円径と回転速度の積
開発軸受は,上記の高速性能を達成するために,以
下に着目した.
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従来材
260˚C
1.32
170MPa
260MPa
7.6GPa
3.5GPa
開発材
>300˚C
1.28
274MPa
410MPa
22.3GPa
14.1GPa
EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受
② 保持器強度
図6に示す強度試験機で保持器の静破壊強度を確認
した.図7に従来品と開発品の保持器静破壊強度比較
を示す.保持器破壊強度は約1.5倍に向上した.
図8及び,図9にdmn値 1.08×106,120℃にお
最大応力
ける従来品と開発品の保持器変形量及び応力の解析結
最大応力
開発品
従来品
果を示す.また,図10及び図11に各回転数の保持器
図9 保持器応力の解析結果
Analysis result of cage stress
変形量最大値との関係及び保持器変形量最大値との関
係を示す.従来品は,dmn値 0.60×106 程度で保持
器と転動体が干渉し,図2の現象が発生する可能性が
ある.一方,開発品の変形量は従来品の1/10程度で
従来品
開発品
大
あり,高速回転域でも保持器と転動体に十分なすきま
がある.また,開発品の最大応力は従来品の1/2以下
径
方
向
最
大
変
位
であり,樹脂保持器としての耐力も向上している.
荷重負荷方向
保持器のポケットすきま
小
0
試験保持器
250
500
750
dmn値 ×103
1000
1250
図10 回転数と保持器変形量の関係
Relationship between speed and cage deformation
固定
図6 保持器強度試験機
Cage strength tester
従来品
開発品
大
発
生
最
大
応
力
強
破
壊
強
度
小
弱
従来品
0
開発品
500
750
1000
1250
dmn値 ×103
図7 保持器の破壊強度
Static fracture strength of cage
最大変位
250
図11 回転数と保持器応力の関係
Relationship between speed and cage stress
最大変位
③ 高速回転での潤滑性改善
樹脂製保持器は自己潤滑性により発熱を抑制し,ま
た,金属製保持器と異なり保持器からの摩耗粉が発生
してもグリースの酸化劣化を促進しない.さらに図5
従来品
に示すようにグリースの通油溝を設けることで,グリ
開発品
ースの掻き出し量を減少させ,高速回転でも良好な潤
図8 保持器変形量の解析結果
Analysis result of cage deformation
滑性能を維持している.
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NTN TECHNICAL REVIEW No.83(2015)
2. 4 開発グリース
① 仕 様
累
積
破
損
確
率
%
表2にグリース性状を示す.開発グリースは,軸受
の高速回転時でも基油が転走面に介入しやすい合成油
へ変更し,基油粘度も比較的柔らかく設定している.
増ちょう剤は,高温寿命に優れるジウレアを採用し
た.また,ちょう度については低く(硬く)すること
95
90
80
70
60
50
40
30
20
10
5
で,遠心力によるグリースの飛散を抑え,転動面近傍
5 7 1
×101
にグリースを保持するようにしている.
従来グリース
エステル油
33mm2/s
ジウレア
280
2
3
5 7 1
×102
2
3
5 7 1
×103
寿命 h
図13 グリース寿命評価結果
Grease life evaluation results
表2 グリース性状
Grease properties
項 目
基 油
基油粘度 (40˚C)
増ちょう剤
ちょう度
開発品
従来品
開発グリース
合成炭化水素油
48mm2/s
ジウレア
220
2. 5 開発軸受の耐久性能
① 高速耐久試験
従来軸受,開発軸受を含む3種類のサンプルA~C
で耐久試験を実施した.試験条件を表3に,高速耐久
試験結果を図14に示す.従来軸受(サンプルA)
は,高速回転時の軸受転走面に十分な潤滑が行われ
② 性 能
ず,ほとんどのグリースが使用されず潤滑不良による
図12に示す試験機および試験条件でグリース寿命
焼付き破損が発生していた(図3).次にサンプルA
評価を実施した.高温グリース寿命の評価結果を図
に対し保持器に通油溝を設け,通油性の改善を行った
13に示す.開発グリースは従来グリースの約1.2倍
サンプルBは,寿命が延びた.
の寿命であった.
サンプルBでは寿命は十分に改善されたが,さらに
高速回転での潤滑油の供給性を保持したままグリース
試験軸受
試験軸受
飛散を抑えたグリースを採用した開発軸受(サンプル
負荷荷重
2×Fr
C)は,封入グリースを効果的に消費し,大幅な寿命
向上を達成した.
表3 試験条件,サンプル仕様
Test conditions and Sample
回転速度
ヒータ
評価軸受
6204LLB(鉄板保持器)
回転速度
10,000min-1
負荷荷重
2,000N
温 度
150˚C
dmn 値 1.08×106
負荷荷重
0.05C(C:基本動定格荷重)
温 度
120˚C
サンプルA
従来軸受
サンプルB
従来軸受+開発保持器
サンプルC
開発軸受(B+開発グリース)
目標寿命
サンプルC
図12 グリース寿命試験機・試験条件
Grease life evaluation tester / test conditions
サンプルB
サンプルA
寿命 h
図14 高速耐久試験結果
High-speed endurance test results
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EV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸受
② 温度上昇試験
表5 試験条件
Test conditions
表4の試験条件における,温度上昇試験結果を図
回転速度
dmn 値 0⇔0.70×106
(急加減速試験:図16)
し,保持器と転動体の接触が認められた.一方,開発
負荷荷重
0.1C(C:基本動定格荷重)
軸受は異常な温度上昇は認められず,良好な状態であ
温 度
120˚C
15に示す.従来軸受は高回転時に異常昇温が発生
った.
表4 試験条件
Test conditions
回転速度
0.70
dmn 値 0.135∼1.08×106
負荷荷重
0.05C(C:基本動定格荷重)
温 度
常温
保持時間
各回転速度 2時間
dmn値
×106
0
80
温
度
上
昇
︵
外
輪
温
度
︶ ℃
従来品
70
時間(サイクル)
開発品
図16 急加減速試験
Rapid up / down test
異常昇温停止
60
50
40
30
3. まとめ
50
10
0
本稿で紹介した開発軸受は,以下の特長を有する.
0
250
500
750
dmn値 ×10
3
1000
高速回転 dmn値1.08×106の条件下で使用可能
1250
[
図15 温度上昇測定結果
Temperature rise test results
軸受内径40mmの場合,
回転速度20,000min-1相当
]
・限界回転数:従来軸受の2倍以上
本開発したEV・HEV用グリース潤滑高速深溝玉軸
③ 急加減速試験
表5の試験条件で,開発品の急加減速耐久試験を行
受は,今後EV・HEV用として必要とされる高速性能
った.従来軸受は数十時間で破損したが,開発軸受は
が期待でき,積極的に市場展開していく.また,
1,000時間を経過したも問題なく機能し,保持器の
EV・HEVのさらなる高性能化に対応した商品開発を
異常も認められなかった.
継続してすすめていく.
執筆者近影
里田 雅彦
中尾 吾朗
自動車事業本部
自動車商品技術部
自動車事業本部
自動車商品技術部
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