スペイン・スタディ・ツアー(2015年9月) スペインにおけるイノベーションの可能性 ~スペイン・スタディツアー全体を概観して~ スペインと日本の共通点と相違点 今回のスペイン出張では以下の場所を見学した。各訪問先の詳しい情報に関して は、他の担当箇所に譲るが、私はここでは、「スペインにおけるイノベーションの 可能性」についての考察を深めるために、各訪問先で得られた気づき、発見につ いて整理しておく。 訪問先 9 月 7 日①CarlosⅢ大学とのイノベーション・ワークショップ(マドリー ド) 9 月 8 日②ESADE, ③Impact Hub 9 月 9 日④La Liga Lab (バルセロナへ移動) 9 月 10 日⑤Luki Huber, ⑥A piece of pie, ⑦ESADE Barcelona 9 月 11 日⑧「カタルーニャの日」であるバルセロナの街を体感する そもそもイノベーションを考える際に、スペインに注目すべき理由はなんであろ うか。理由のひとつとして、スペインと日本の類似性が挙げられる。まずは前提 知識としてスペインと日本の共通点(および相違点)を整理し、さらに各訪問先 で得られた知見をこれに付け加えていく。スペインのイノベーションの可能性を 探ることは、ひいては日本のイノベーションの可能性を探ることにもつながると 考えられる。 スペインと日本の類似点は、➀王室/皇室が存在するが、議会制をとっていると いう点②かつて植民地をもっていた点③かつて父権主義的な家族制度が存在して いた点などが挙げられよう。スペイン人は、明るくて、ドン・キホーテのように 無鉄砲というイメージが先行してしまっていそうだが、特に③などからわかるよ うに、保守的な面も持ち合わせた国である。現在でも国民の多くはカトリック信 者である。ところが、不思議なことに、スペインはオランダ、ベルギーに続いて3 番目に同性婚を認可した国でもあるのだ。スペインは、決して保守的なだけでは なく、進取の精神も持ち合わせているということがわかる。 この保守性と進取の精神の絶妙なバランスは、➀カルロス3世大学とのワークショ ップや④La Liga Labで観察することができた。 http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp カルロス3世大学とのワークショップにおいては、学生たちがじっくり静かに考え 込む場面が何回か見受けられた。7月に行われたRCAとの合同ワークショップで は、黙り込む場面が一回も存在せず、てっきり今回のワークショップもそうなる であろうと予想していたので、これには驚いた。それでいて、いくつか出したア イデアの中から最もいいものを選ぶ際には、素早い直観的決断力で決定を下して いた。また、面白かったのは、いっしょに昼食をとったときには、スペインの学 生たちは、たくさんおしゃべりをしてくれたということである。学生にしろ、他 の訪問先の方にしろ、スペイン人は確かにイメージ通りおしゃべりだった。とこ ろが、それはどんな場面でも発揮されるような性質のものではない、ということ が今回新たに確認できた。 La Ligaでは、La Ligaをけん引しているNacho ことIgnacioが「進取」を代表して いるとすれば、経理担当の方がうまい具合に「保守」の役割を果たしていた。こ のような役割分担がうまくいくのは、お互いがお互いの役割を認め合い、尊重し ているからであろう。実際、経理の方は、「Nachoはどんどんアイデアを出すけ ど、それを実現するために、現実的な部分を僕が諭すんだ」とおっしゃってい た。 このような、個性(違い)の尊重というのは、他の場面でも感じられた。たとえ ば、バルセロナはスペインでも首都に全くひけをとらない都市であるが、ここに は、スペイン国内の他の地方や、外国から多くの移民が流入している。⑤Luki Huberの方も、スペイン人ではなくスイス人であった。また、マドリードでは、郵 便局本局をリノベーションあした文化施設に、Refugees Welcomeという横断幕が 掲げられていた。もともと、イベリア半島は古代ローマ、イスラーム、カトリッ クといった様々な文化が融合した土地であり、「自分とは全く違う背景をもった 人が存在している」ということがよくわかる土地柄であるから、このように異質 な他者を受け入れることができるのだろう。 http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp スペインにおけるイノベーションの可能性 (ESADE,Creapolis) 以上見てきたように、スペインと日本には似ている部分がありつつ、異なってい る部分もあるようだ。たとえば、同性婚をいち早く取り入れてる点が全く異な る。同性婚を取り入れたからといって、スペインの家族の絆が弱まっているなど という事実はなく、ESADE Madrid でうかがった話によると、スペインで職のない 若者は、家族に養ってもらっており、従来型の家族観はまだまだ健在であるよう だ。また、(これは地震が起こらないという土地柄もあるだろうが、)古い建物を 残し、内装を変えて利用するということがスペインの文化として根付いているの を随所で発見した。イノベーションというものは、「新しい」という部分に注目が いきがちではあるが、その新しさというものは、ゼロから生まれるものではな く、それまでの歴史や経験をベースにして生まれてくるものなのであろうと感じ た次第である。さて、ここまで書くと、スペインにはイノベーションの可能性が 満ち溢れているかのようだが、もちろんそれだけではない。スペインがもつ潜在 力は、正直なところ、まだまだ体系化し、洗練することができるのではないか、 という予感がするのである。たとえば、カルロス 3 世大学でのワークショップは 確かにおもしろいものではあったのだが、彼らはおそらく普段からこのようなワ ークショップに習熟しているわけではないと感じた。実際、彼らの口からは高校 までのテストばかりの詰め込み教育に対する批判がこぼれ出た。スペインも日本 も、教育面でのイノベーションが必要であろう。それが、両国の更なるイノベー ションの進展につながると思う。 2015/9/30 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻 安村さくら http://ischool.t.u-tokyo.ac.jp
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