保険代理店による保険コラム第42回 小説と保険 保険にからむ事件が絶えない。過去にも有名な、別府・3億円保険金殺人事件(19 74)やロス疑惑(1981)、トリカブト保険金殺人事件(1986)、和歌山毒 物カレー事件(1998)がある。マスコミのセンセーショナルな報道が世間の好奇 の目を集め、のちに警察が捜査に乗り出す劇場型犯罪のような事件も多い。 推理小説の世界でも、保険金がらみの殺人や保険調査員を主人公としたものが多 くある。だが、保険金がらみのこれらは、動機が単純にお金であることから、深み のある小説世界を構築するのは難しいようだ。 1977(昭和52)年、夏樹静子が文藝春秋社から刊行した小説「遠い約束」 は、日本で初めて生命保険業界を真正面から見つめ、保険会社を舞台にした推理小 説である。氏はこの作品を機に、日常世界から一歩視野を広げた社会派推理小説に 作風が変わっていく。氏の転換期の力作である。 当時は、すでに契約高はアメリカに次いで2位、国民所得に占める保険料では世 界1位、日本の世帯加入率は90%越えていた。「誰しも自分が死ぬ時などあまり ピンとこないままに、何十年も先、自分の死後に支払われるはずの保険契約を結ぶ。 生命保険とは、思えば遠い約束のような気がする」とあとがきに書いている。それ が題名になったようだ。 会社勤めのまったくない筆者がこの作品を書くにあたって、相当の取材と準備を したようだ。A保険会社の会長、B会社の部長と支店長、C社の外務員研修所所長、 D社の調査員と女性外務員……と会い、集めることができる資料は集めて読んだ。 A生命の高層ビルの最上階にある会長室で会長から取材したのは、A社だけだっ た。会長は丁寧に教えてくれ、仕事抜きで飲もうと言われた。会長室など見たこと のない氏が、小説のなかでその「会長」殺してしまう。会長室の描写はA社のもの。 できあがった本は、その会長にはとうとう送れなかったという。 私が読んだのは、発表されてから9年後の文庫本(文春文庫第8刷)である。そ の後にも、何冊かの保険業界を扱った小説を読んだが、この本ほどの面白味はなか った。 株式会社エイアンドビーアシスト 代表取締役会長 野中康行
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