ジュネーブ便り:揺れるスリランカと国連人権理事会

揺れるスリランカと国連人権理事会
小松 泰介(IMADRジュネーブ事務所 国連アドボカシー担当)
今年1月8日、スリランカで大統領選挙が行われた。
タミル人国家の設立を目指したタミル・イーラム解
罪に対する適切な調査訴追
放の虎(LTTE)との26年間にわたる内戦を終結させた
を行わず、マイノリティに対する差別や攻撃も放置
マヒンダ・ラジャパクサ大統領に対して、大統領の
してきた。このような政治の怠慢に対するマイノリ
側近であったマイトリパラ・シリセナ保健相が突如
ティの不満が噴出し、シリセナ野党統一候補の勝利
離党し、野党の擁立候補として出馬するという、誰
へと繋がることとなった。
もが予想しなかった選挙となった。2010年の憲法改
しかし、タミル人をはじめとしたマイノリティの
定により大統領の三選禁止規定が削除され、最高裁
新政権への期待はすぐに新たな疑問へと変わるもの
判所の裁判長や判事、国内人権機関の委員らも大統
となってしまった。内戦時の人権侵害と関連犯罪の
領の一存で任命できるようになり、司法の独立性が
疑いを調査した国連高等弁務官事務所(OHCHR)の報
失われていたことや、縁故主義によって大統領の親
告書が今年3月の人権理事会で提出される予定だっ
族の多くが要職に就いて大統領と一族に権力と利権
たが、シリセナ大統領率いるスリランカ政府の強い
が集中していることなどに野党や国民から批判の声
要望を受け、9月の人権理事会まで提出が延期され
が高まっていた。また、このような大統領権限の集
ることが2月16日に決定してしまった。この決定は
中は、過去および現在進行形の人権問題に取り組む
これまで正義を求めてきた被害者やその家族たちを
活動家やNGOといった市民社会の活動の締め付けに
大きく不安にさせ、内戦末期に激化した戦闘によっ
も繋がっていた。大統領権限の縮小と腐敗の根絶を
て大勢の民間人が犠牲になっていることがわかって
目的の下、最大野党である統一国民党(UNP)や新民
いたにもかかわらず、対応を怠った国連への不信感
主戦線(NDF)およびその他の野党が結束し、ラジャ
を増大させるものとなった。これまでラジャパク
パクサ大統領のスリランカ自由党(SLFP)に対してシ
サ政権の下、政府は過去の教訓・和解委員会(LLRC)、
リセナ野党統一候補を擁立した。選挙は接戦となっ
軍事法廷、失踪者調査委員会といった内戦時の人権
たが、ラジャパクサ大統領の得票47%に対し、シリ
侵害を調査する国内機関をいくつも設置してきたが、
セナ野党統一候補が51%を得票し勝利した。多数派
報告書が非公開であったり、調査方法や勧告の実施
のシンハラ人仏教徒からの根強いラジャパクサ元大
に問題があったりと、どれも被害者や国際社会の期
統領支持に対し、タミル人やイスラム教徒といった
待に応えられるものではなかった。このような国内
マイノリティが多く居住するスリランカ北部および
での取り組みの失敗の経験から、被害者たちは国連
東部においてシリセナ野党統一候補が支持されたこ
報告書とそれを受けた国際社会の対応に最後の期待
とが勝利に繋がったため、この選挙は「マイノリティ
を寄せていた。
大統領選の結果を報道するスリランカ国内紙
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時の深刻な人権侵害と戦争犯
IMADR通信 2015春 No.182
の選挙」で
スリランカ政府の要請を受けて、3月の人権理事
あったと言
会において報告書提出と共に行われる予定であった
われている。
同国に関する議論も公式プログラムから取り除かれ
これまでの
た。しかし、IMADRは国際社会の関心をスリランカ
ラジャパク
に引き続き向けることが重要と考え、口頭声明の他
サ政権は大
にもサイドイベントを実施した。フランシスカン・
規模な強制
インターナショナルと3月12日に共催した「スリラ
失踪や民間
ンカの宗教の自由」と題したサイドイベントでは、
人の殺害と
内戦終結後に台頭した過激派仏教徒グループのボ
いった内戦
ドゥ・バラ・セナ(BBS)によるイスラム教徒および
キリスト教コミュニティへの攻撃と宗教的マイノリ
ティへの制度的差別についてパネルディスカッショ
ンを行なった。パネリストとしてキリスト教徒の人
権活動家のルキ・フェルナンドさんと、スリランカ・
ムスリム議会(SLMC) 副議長でカルムナイ市市長の
サイドイベントで現状を訴えるフェルナンドIMADR理事長
モハメド・ニザム・カリアペールさんによるそれぞ
害に繋がっていることや、法の支配の欠如と偏見に
れの宗教コミュニティからの証言がなされ、加害者
よって被害女性は救済されないまま性暴力が蔓延し
であるBBSの訴追と被害者の救済が新政権の下でも
ていること、人権侵害の加害者が未だに公職に就い
進んでいないことが指摘された。また、基調演説と
ていることから両国とも人権問題を解決する能力が
して「宗教と信仰の自由に関する国連特別報告者」
不足しており、国連での継続した監視が必要なこと
であるヘイネール・ビエルフェルトさんが考察を行
が明らかになった。特にビルマは政府が「民主化」
い、宗教に基づく暴力の免責は被害者であるマイノ
をはじめて以降も人権状況は遅々として改善してい
リティだけでなく、マジョリティの意識にも悪影響
ないにもかかわらず、国際社会はビルマに対する締
を与えることを懸念し、
「恐怖から自由であること
め付けを経済的関心によって緩めている。このよう
が、宗教の自由と信仰による公の自己認識をするた
な経験が繰り返されないためにも、国際社会はスリ
ランカに対し、過去の大規模な人権侵害と関連犯罪
のアカウンタビリティと正義が実現されるまで毅然
とした姿勢を崩さないよう警鐘が鳴らされた。
しかし、人権理事会の真っただ中の3月12日にシ
リセナ大統領はBBCの取材に対し、「国連調査員を国
内の調査委員会に参加させることはないが、彼らの
見識は考慮されるだろう」と答えている。この発言
を懸念したIMADRは、これまでの国内での取り組み
宗教と信仰の自由に関する特別報告者
の失敗の歴史から国連との「ハイブリッド」の仕組み
めの前提条件」であると強調し、そのためにも政府
の必要性を訴え、さもなければ再びスリランカは被
は嫌がらせや根拠のない悪評が蔓延する現状に手を
害者、市民社会および国際社会の期待に応えられな
打たなければならないことを指摘した。また、ビエ
いと主張する口頭声明を人権理事会で読み上げた。
ルフェルトさんは国際社会がこの問題に留意し、ス
9月の国連報告書提出までの間、スリランカ政府
リランカのアカウンタビリティの実現を求める必要
には膨大な宿題が残っている。内戦時の人権侵害と
があると総括した。
戦争犯罪に対する独自の調査委員会を政府は準備し
また、翌週の3月19日にはフォーラム・アジアと
ているが、国際基準をしっかり満たしたものになる
共催で「政治的移行、民主主義および人権:ビルマ
よう、すでに二つの国連専門家による訪問が進んで
とスリランカの経験」と題したサイドイベントを行
いる。一つ目の「真実、正義、補償に関する特別報
なった。ここではIMADRの二マルカ・フェルナンド
告者」は3月30日から4月3日にかけた訪問を終え、
「強
理事長とビルマ(ミャンマー) の人権活動家であるキ
制的・非自発的失踪に関する作業部会」の訪問も控
ン・オフマールさんの二人に対し、司会の国際法律
えている。また、中央議会も4月下旬に解散され、6
家委員会(ICJ) のマット・ポラードさんが民族およ
月から7月には議会選挙が行われる予定である。不
び宗教的マイノリティの状況、女性に対する性暴力、
安定な政治状況の中でスリランカの人権課題は山積
人権理事会による監視の効果といった横断的な質問
みであり、そのほとんどがまだ解決の目途が立って
を投げかける形式で行われた。スリランカとビルマ
いない。国際社会が今まで以上に被害者の声に耳を傾
においてもマイノリティ問題が解決されていないこ
け、スリランカ政府に毅然とした対応を迫るようIMADR
とが政治不安と過激派仏教徒グループによる人権侵
は今後も働きかけを続けていく。
(こまつ たいすけ)
IMADR通信 2015春 No.182
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