CEO承継計画策定の重要性(PDF 999KB) - Strategy

CEO承継計画
策定の重要性
企業がトップの承継に失敗すれば、大きな代償を払う。
適切な承継を実施することは、想像以上に高い価値がある。
著者:ケン・ファヴァーロ、パーオラ・カールソン、ゲイリー・L・ニールソン
監訳:吉田 泰博
トップの交代は企業に大きな影響を与える。Strategy& では毎年 CEO 承継についての調査を実施している。本稿では、調査結果から
見えてきた CEO 承継の重要性と、適切な承継を実施するために必要な取り組みについて論じている。また、近年の CEO 就任者における
女性の増加等のトレンドについても紹介する。
(吉田 泰博)
CEO 承継の失敗は大きな損失となる
Strategy& は CEO 承継に関する第 15 回となる年次調査にお
いて「 経 営 課 題としての C E O 承 継 」に焦 点を当てた。適 切 な 承
大企業の CEO が解任されたり、社内の承継者を明確に定める
継計画にはどれほどの価値があるのだろうか? 逆に失敗した際
ことなく突然離職したりした場合、大きな損失が発生する可能性
の損失はどの程度だろうか?
がある。数百万ドルに及ぶ退職金、役員クラスの人材紹介会社に
そ の 答えは、
「 巨 額 」であった。近 年 、CEO を解 任した大 企 業
払う数十万ドルの報酬などは、ほんの始まりに過ぎない。役員たち
各 社は、CEO 交 代がもし計 画 的なものであったなら、交 代 前 後
を直ちに渡航させて緊急会議を開く必要があるかもしれない。広報
の 2 年 間で、平 均 1 , 1 2 0 億ドル 多くの 市 場 価 値を生 むことがで
コンサルタント、雇用専門の弁護士など、高単価の専門家グルー
きていたであろうと推 定する。これは巨 額 の 価 値である。また、
プが動員される。そして、時間がかかればかかるほど、メーターの
たとえ承 継 計 画が実 施されていたとしても、CEO 交 代 の 前 後 2
料金も跳ね上がっていく。
年 間は財 務 業 績にマイナス影 響が出るのが普 通である( 図 表 1
しかしそれらは比較的単純な、容易に定量化できるインパクトに
参 照 )。つまり、
トップ 交 代には常に損 失が伴うが、C E O 解 任 で
過ぎない。より見えづらいコストに比べれば些細なものだ。
トップ
しか問 題 解 決できないような状 況に追 い 込まれた企 業は、さら
層に混乱が生じれば、直ちに組織の下の層へと波及していき、成長
に大きな代 償を支 払わねばならないということだ。
のための取り組みを停止させ、重要な取引の成立を阻害し、一部
また、2000 年から 2014 年までの株主リターンと承継状況の
の社員が転職を考え始めるまでに至る。予期せぬトップ交代は、最
相 関 性を調 べ たところ、リターンの 低 い 企 業 ほど、C E O 解 任 、
もうまく機能している企業ですら麻痺させる一大事であり、企業の
CEO の外部招聘、複数回の承継が起きていた割合が高かった。
売上や利益、株価にまで深刻な打撃を与える可能性がある。
結論として、CEO を解任して後任を社外から招聘することは、
ある種の状況において取締役会が取る適切な手段かもしれない
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ケン・ファヴァーロ
パーオラ・カールソン
ゲイリー・L・ニールソン
吉田 泰博(よしだ・やすひろ)
ken.favaro@
strategyand.pwc.com
per-ola.karlsson@
strategyand.pwc.com
gary.neilson @
strategyand.us.pwc.com
yasuhiro.yoshida@
strategyand.jp.pwc.com
Strategy&ニューヨークオフィスのパー
S t r a t e g y &ドバイオフィス の パ ート
S t r a t e g y & シカゴオフィス の パ ート
S t r a t e g y & 東 京オフィスのディレク
トナー。Strategy& の企業戦略・財務活
ナー。組織、変革、
リーダーシップ関連
ナー。事業運営モデル、組織変革に注力
ター。金融機関・製造業界に対し事業戦
の課題について欧州・中東の顧客へアド
している。
動をリードしている。
略立案、大規模 ITシステムの企画・開発
マネジメントなどのコンサルティングを
バイスを提供している。
数多く経験。
図表1 : CEO 承継と株価の関係性
図表 2 : 計画的なCEO 承継の増加
CEOの交代時、株価は低迷しやすく、解任の場合は特に低迷する。
2014年、計画的承継の割合が史上最高となる一方、解任による
交代は史上最低となった。
CEO 承継の前後 2 年間における株主リターンの中央値を、関連
する地域のインデックス株価と比較(%)
世界の CEO交代に占める割合(%)
100%
–4.0%
80%
計画的な
承継
計画的承継
60%
40%
解任
–13.5%
解任による
承継
20%
M&A
0%
2000年
出所 : Strategy&
2005年
2010年
2014年
出所 : Strategy&
が、株主は、それによってとてつもなく高い代償を払わされるリスク
年には全承継の 78 %と史上最高値を記録(図表 2 参照)。それに
がある。CEO を解雇せざるを得ない企業は、内部または外部の
伴 い C E O 解 任 の 発 生 件 数 は 大 幅 に 減 少した 。2 0 0 0 年 には 、
いずれから後任者を指名するかに関わらず、計画的に承継を行う
離 職 する C E O の 2 6 %が解 任で あったが、2 0 1 4 年には 1 3 %と
企業に比べて、平均 18 億ドルの株主価値を逸失している。CEO
史上最低値を記録した(毎年、少数ながらM&AによるCEO 交代も
承継を適切に行うことで得られるリターンは、非常に大きい。これ
起きて おり、2 0 1 4 年 は 約 9 % )。デ ータからはまた 、女 性 C E O
だけの影響がある以上、CEO 承継は企業にとってコアな戦略的
の 増 加 や 、高 学 歴 者 の 増 加 も 見られる。これらの 傾 向 は 、コ ー
課題として位置付けられねばならない。
ポレートガバナンスの 全 般 的 向 上を反 映していると考えられる
幸運にも近年この分野で大きな進歩がみられている。当社が
(「 2014 年 CEO 就任者の傾向」30 ページを参照)。
CEO 承継についてデータを収集してきたこの15 年間、企業各社の
取 締 役 会や経 営 層は、CE O 承 継につ いての 習 熟 度を大 幅に向
適切な承継計画に必要な 4つの要素
上させてきた。2000 年 代 初め、計 画 的な CEO 承 継は全 体 の 約
半 数であり、そ の 割 合は、2 0 1 0 年までの 1 0 年 間 ほぼ 横ばいで
CEO 承継の失敗は、取締役会の議題に承継計画を含めなかっ
あった。しかし2009 年頃から計画的承継は着実に増加し、2014
たことが原因である場合が多く、頻繁に発生している。なぜなら、
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本稿は、Strategy&がグローバルで発行
するビジネス誌『 strategy+business 』
編集者であるロブ・ノートン、Strategy&
シニア・マネジャーのジョスリン・シンプ
ソン、アソシエイトのヴェロニカ・ピロー
ラ、同シニア・アナリストのスペンサー・
ハービストも協力した。
多くの企業の取締役会が承継をプロセスではなく単独のイベント
いう項目を加えて関 係 者に送 信しただけで、組 織 全 体に緊 張が
とみ なし、承 継 計 画 の 策 定に関する権 限を特 定 の 個 人( 通 常は
走りかねない 。だからこそ 取 締 役 会は、CEO 承 継 計 画を日常 的
CEO 本人)に過剰に集中させているからである。また、取締役会
に、繰り返し率直に議論される話題へと変革しなくてはならない
も経 営 層 も、将 来 の C E O 候 補となる人 材 の 能 力を開 発 するた
のだ。
めに十 分 な 注 意を払って い な いことが 多 い 。また 、取 締 役 会 は
取締役会の慣習は会社によって異なるが、承継計画が議題から
CEO 候補者の過去の実績を重視しすぎ、企業にとって将来求め
確実にこぼれ落ちないようにする簡単な方法は、取締役会における
られる経 営ではなく、過 去 求められてきた経 営を実 行できる人
戦略的アジェンダとして、毎回議論すべき項目にしておくことで
材を選定しがちでもある。
ある。最も望ましいのは、毎回の取締役会議の中で、社外取締役
承継の失敗による多大な損失を避けるために、あなたの会社に
が議長を務めるCEO 不在のセッションも行うことである。
おける承継に関する取り組みが、正しい姿かどうかまず評価する
取締役会が、次期 CEO 候補となり得る上級幹部に、担当事業
ことを推奨する。評価は、次の 4 つの鍵となる問いによって行う。
部門の状況や課題について報告するよう求めることはよく行わ
れている。社 内 の 次 期 C E O 候 補 者 達 の 強 みと弱 みを取 締 役ら
1. 取締役会が承継プロセスに責任を負っているか?
が把 握できるよう、直 接 話をする定 期 的 な 機 会を設けることが
多くの 企 業において、承 継に関わる言 説 の 多くは、現 職 CEO
そ の 意 図だが、残 念ながら、幹 部たちの 真 の 実 力が試され評 価
に関して発せられる。CEO はいつ辞めるのか? 彼が後継者として
される場というより、分かり切った内容の報告会へと形骸化しが
育てているのは誰か? しかし、そのような考え方はコーポレート
ちである。そのため、議題として「戦略的課題」を設定し、将来の
ガバナンスの 要 件である、
“ 取 締 役 会が会 社 の 理 論 上 の 最 高 統
重要な脅威や機会について、有力な CEO 候補者にプレゼンテー
治機関である”
という要件を無視している。取締役会こそが、次期
ションさせている企 業もある。この 方 法は 2 つ利 点があり、候 補
CEO を選ぶ責任とアカウンタビリティを負うべきなのである。
者 の 能 力を見 極めることもできるし、同 時に将 来 の 課 題 へ の 対
当然、現職 CEO の判断も、取締役会による意思決定の重要な
応策を立案することもできる。
要 素として考 慮されるが、次 期 C E O の 人 選を現 職 C E O に全 面
的に委ねるのは間 違っている。なぜなら、現 職 CEO が潜 在 的な
後 継 者を特 定し育 成するということには、内 在 的 な 利 益 相 反 性
取締役会は承継計画を立てているか? その機密性は保たれ
2.
ているか?
があるからである。ほとんどの CEO は交 代を望 んでいないが、
世界最上位企業のトップ層にとっても、時として人生は冷酷で
後継候補者リストが充実していればいるほど、取締役会や CEO
不確実なものとなることがある。CEO であっても、脳梗塞で倒れ
本 人にとって「 CEO は代 替 不 可 能な人 材ではない 」ことが明 白
たり、事故にあったり、急に公職に立候補しようとか、今すぐ退職し
となってしまう。この利益相反性は、会社の幹部層の中から誰が
ようと決意したりすることもある。取締役会のメンバー達は、いつ
CEO 候補として選定され、次期 CEO に相応しい業務や職責を与
いかなる時でも、承継計画の概要と、直ちに会社の舵取り役を任
えられるべきかについての意思決定にも影響する。現職 CEO に
せられる幹部のリストを入れた「秘密の封筒」を用意しておかねば
とって最も有利な選択が、後継者の能力開発にとっては必ずしも
ならない。実際にそのような封筒がある必要はないが、同等物を
ベストでないこともある。
用意しておくべきである。
承継プロセスをうまくコントロー ルするにあたっての難点は、
取 締 役 会は、この 候 補 者リストに誰 の 名が含まれているかを
その話題を持ち出すことで、気まずい雰囲気や緊張が生まれる
極秘にしておく必要がある。主要幹部が(自分の名前がリストに
ことである。実際、取締役会の議題に「 CEO の承継について」と
ないと知って)離職してしまうリスクを回避するのと、現 職 CEO
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の 権 威を損 なわな いようにするためだ 。これまで 、一 部 の 企 業
承継を、1-2 週間で意思決定すべき事柄ではなく、数年かけてじっ
においては、次期 CEO 候補者を、まずは COO(最高運営責任者)
くり取り組むべきプロセスとして扱うことで、大きな見返りを得ら
に昇格させ、近いうちに CEO 交代が起きることを、意図せず漏ら
れる。取締役会、CEO 、最高人事責任者、幹部チームが一丸となっ
してしまっていた。しかし、このような慣習は着実に減少している
て、次期 CEO 候補者をリーダーシップ開発プロセスによって育成
(「 C O O の 衰 退 」ゲイリー・L・ニ ー ルソン、s + b , 2 0 1 5 年 夏 を
するとともに、さらに下層の幹部候補生たちが、今後空きとなる幹
参 照 )。こ の ような「 段 階 的 」昇 進 に は 負 の 側 面 も 多 い た め 、
部ポストに就任できるような成長を遂げる環境を確保すべきであ
CEOとCOOは別のポジションとして明確に分ける方が望ましい。
る。なお、取締役会が直接関与するのは、
トップ経営者の人選だけ
承継計画を秘密にしておくことは困難である。会社において秘
である。つまり次期 CEO 候補となる2-3 名の幹部達、および、2-3
密を保つのは難しい。株主や、他の利害関係者も知る権利を主張
代後の CEO 候補として順調にキャリアを伸ばしている数十名の上
するし、金融関連のメディアは常に好ましい承継物語を求めてい
級管理職たちである。それより一段下の層のリーダー達のキャリ
る。例えばバークシャー・ハサウェイで、84 歳を迎えるウォーレン・
ア開発(大半の大企業においては 50-100 名の管理職)は、CEO
バフェットの後継者となるのはどの重役かについて、10 年以上も
と経営層の責務である。
メディアは憶測してきた。また、計画的承継に先立って、複数の上
米 国 のビジネス史 上 で 最 も 成 功 を 収 めた 企 業 の 1 社 で ある
級幹部に最終候補者であることを知らせて、CEO の地位をめぐっ
ゼネラル・エレクトリック社 は 、社 内 の 人 材 開 発によって 整 然と
て競争させる「 CEOレース」を行って、世間の注目を集めた大企
承 継 計 画 を 実 行してきた 典 型 例 で ある。そ の 1 1 7 年 の 歴 史に
業もある。このようなプロセスを通じて、極めて有能な CEO が登
お い て 、G E では 約 1 0 名 の 経 営トップが 交 代してきた 。過 去 3 4
場したケースもあるが、対立を煽った結果として有能な人材が流
年にお い ては 、たった 2 名 の C E Oしか 存 在して い な い 。2 0 0 1
出してしまう可 能 性も高 い 。取 締 役 会が強 い 決 断 力を持って行
年に、1 9 年 前に G E に入 社 以 来 、着 実に社 内 の 階 層を上 がって
動し、次期 CEO についての不確実性を無くす方が、よほど会社に
きたジェフ・イメルトがジャック・ウェル チ の 後 任として C E O に
とって有益である。
就 任した 。ウェルチ C E O もまた 勤 続 2 1 年 の 古 株 社 員として 社
承継計画がない場合、いざ交代が必要となった際に、取締役会
内 の 階 層 を 少しず つ 上 がってきた 後 、1 9 8 1 年 に C E O に 就 任
は行き当たりばったりの対応しかできない。その結果としての不
し、2 1 年 間 そ の 地 位 を 占 めて い た 。幹 部 候 補 生 の 能 力 開 発に
適切な人選や、暫定 CEO の任命が頻繁に発生している。例えば、
継 続 的に取り組 ん できた G E は 、他 社 の C E O に就 任したトップ
ヤフー社は 2011 年秋にカルロス・バーツCEOを解任、秘密裏に新
クラス の O B も 多 数 輩 出して い る。このことは 、優 秀 な 人 材 が
たな CEO 候補者を探す一方で、当時 CFO だったティム・モーズを
GE に魅力を感じる要因の一つとなっている。
暫定 CEO に任命した。不透明な状態のまま 4ヶ月が過ぎたところ
しかしながら、多くの企業で CEO 候補者の人材開発はおざなり
で、取締役会は外部から、元ペイパルの重役だったスコット・
トンプ
となっている。各管理職が、人事考課の際に、万一の場合に後任
ソンを新 CEOとして招聘した。ところが、一部の投資家が、
トンプ
を任せられる人材をリストアップし、一定条件をクリアしているか
ソンの学歴や CEO への適格性について疑問を呈したため、
トンプ
をチェックするような形式で扱われているケースもある。しかし、
ソンも数週間後には解任されるに至った。この事例では、十分な
本来ならば、CEO 候補者の人材開発はより積極的なものである
計画策定を怠ったことが、明らかな混乱状態を招いたのである。
べきであり、社員が段階的に、徐々に大きな責任を伴うポジション
に就けるよう、能力開発に注力しなければならない。多くの場合、
3. 将来の CEO 候補者の育成に積極的に取り組んでいるか?
リーダーシップ開発モデルは特定の部門・機能の中での能力開発
社外から CEO を招聘することによる混乱を回避する最善の方
に焦点を合わせすぎであり、例えば海外勤務などの、将来の幹部
法は、社内の人材育成に注力することである。取締役会は、CEO
候 補 の 経 験 を 補 完 する横 方 向 へ の 異 動 を 軽 視しが ち で ある。
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当社のデータからは、業績の高い企業の CEO ほど、海外赴任を
「 過 去 志 向 」では 、取 締 役 会 は 企 業 が 過 去に追 求してきたビジ
経験していた傾向が見られる。今年新たに就任した CEO のうち、
ネスモデ ル の 下 で 成 功 できた 候 補 者を、次 期 C E O に選 ん でし
海外経験があったのは 33 %に過ぎないが、近い将来、海外勤務
まいがちである。そのような候補者は、過去の事業環境において
の経験が重役の地位へと昇進するための必須条件となるであろう
は最優秀だったかもしれないが、業界、市場、技術が変化する中で
ことは想像に難くない。2015 年初めに米マクドナルド社 CEO に
企業が将来成功するためには、異なる能力が必要な場合もある。
就 任したスティーブン・イー スターブ ルックは 、1 9 9 3 年に英 国
フォード社が 2006 年に新 CEO を探した際には、ボーイング社 の
マクドナルド社に入 社し、英 国 、欧 州で重 要 な 幹 部ポジションを
民 間 航 空 機 部 門 の 元 C E O で あるアラン・ムラリー を 外 部 招 聘
歴 任 後 、2013 年に最 高ブランド責 任 者に任命された。
したが、これは閉鎖的な自動車業界の因習を打ち破る意思を示す
最適な候補者を特定することは難しい。なぜなら、社内に先入
ものであった。8 年の在職期間中に、ムラリーは困難な局面を巧み
観があることが多いからだ。より親しい関係の人を信頼できると
に経 営し、見 事な業 績 回 復 へと導 いた。フォード社 内には、卓 越
考える傾向があり、それが人選に影響する傾向に取締役会は抵抗
した業績を上げて成果を実現してきた、有能な幹部が大 勢 いた
すべきである。ほとんどの取締役会は、CEO の上級幹部の任命に
はずである。しかしフォードの取締役会は、それらの幹部は、同社
対して承認権限を有している。そのような場合 CEOに適切な質問
が現在直面する難局を打開するのに必要なスキルは備えていない
を投げかけ、人材選定の是非を問うことによって、これらの任命に
と判断したのであり、その判断は適切であった。
関して大きな影響力を持つことができる。
今日、多くの企業は、自らの確立されたビジネスモデルに対す
また、将来の CEO 候補の能力開発プログラムの状況を把握す
る重大な脅威にさらされている。遅かれ早かれ、いずれはすべて
ることで、取締役会と経営層は、現在および将来の経営陣の構成
の企業がそのような局面に立たされる。それらの企業の幹部達
の弱点を特定することが可能となる。将来の企業の変革を進め
は、過去からの確立されたビジネスモデルの枠内でなら、継続して
られるような CEO 適任者が上級幹部の中に誰もいない、将来の
優れた業績を残し続けられるであろう。しかしそれだけでは、企業
CEOとして能力開発に励んでいる候補者の数が十分でないなど
の将来を担保するために必要な変革を起こしつつ、企業の舵取り
と結論が出るかもしれない。その場合は不足しているトップ層 の
役を務めるのは難しい場合もある。
人材を補うために、素早く積極的に動くことが重要である。取 締
たとえ取締役会で率直かつ頻繁に議論されたとしても、承継と
役 会が迅 速に動くことによって外 部から招 聘した幹 部が会社に
いう話題には常に、ある種の不快感が伴うものである。また、適切
いち早く溶け込んで能力を発揮し、適切な時期が来れば CEO に
な承継計画の策定・実現には、かなりの時間と資源の投資が必要
就任できる可能性もある。管理職の第 2 層目のポストに空白がで
となる。しかし承継に失敗した際の損失は数十億ドルに及ぶため、
きそうなときも、経営陣は同様の取り組みを実施すべきである。
投資するだけの価値は十分にある。加えて、企業の CEO 承継計画
の 策 定 方 法は、そ の 企 業 の 経 営 手 法も映し出す。CEO 承 継は、
4. 承継計画は過去志向か未来志向か?
企業が自らの運命をコントロールできる一つの重要な要素なの
取締役会が CEO 後継候補を選ぶにあたっては、企業が将来ど
である。
のような人材を必要とするか、それは過去のニーズとどう違うか
を問うことから始めるべきである。しかしながら、実際には、多く
の企業が、候補者の実績の評価から始めてしまう。
過去の実績は、候補者の真の能力よりもわかりやすい情報で
“The $112 Billion CEO Succession Problem”, by Ken Favaro, PerOla Karlsson, and Gary L. Neilson, strategy + business, Issue79
Summer 2015
あり、上場企業の取締役会の立場からすれば、わかりやすい情報
に基づいて人材を昇進させる方が容易である。しかしこのような
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2014年CEO就任者の傾向
2 0 1 4 年に C E O に就 任した
78 %に上昇した。これらの傾向
330 名の重役達がどのようにし
から、今後 CEO 承継手法がさら
て CEO の地位に到達したかを
に改善することが予想され、
これ
見ると、調査対象である世界の
に伴って財務業績も向上すると
上位 2500 社において、コーポ
予測される。
レートガバナンスが継続的に改
前述のとおり、2014 年に就
善していることが分かる。好ま
任した C E O のうち 5 %が女 性
しくない承継プロセスの兆候と
で 、2 0 1 3 年 の 3 % から増 加し
される解任は、継続的に減少し
た。昨年度調査で指摘されたよ
ている。2014 年就任組のうち
うに、徐々にではあるが着実に
17 名(約 5 %)が女性であったこ
女性 CEO の割合が増加してい
とも、ダイバーシティが引き続
る傾向が続いている(図表 A 参
き拡大していることを示してい
照)。また、昨年度に引き続き、
図表 A : 女性の増加
未だ低いものの、2014 年に就任した CEO に占める女性の割合
は、2013年よりも明らかに増加している。
6.0%
4.0%
5.2%
4.3%
4.0%
3.1%
2.6%
2.0%
0.0%
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
る。また、2014 年組の属性デー
女性 CEO は、より逆境にさらさ
タからは、企 業は引き続き、自
れる確率が高い傾向も続いて
社にとってなじみ深い背景を持
いる。女性CEOは外部招聘者率
つ人材を CEO に任命している
( 2004 年から2014 年までの 11
ことが分かる。ほとんどの CEO
年間で33%、男性は22%)、解任
CEOを任命した割合は、それぞ
最も高く、世界平均の 52 歳に比
は 、企 業 の 本 社 所 在 国 の 国 籍
率(女性は32%、男性は25%)
が
れ2 %と1 %に過ぎなかった。西
べて10歳も高かった。
を持ち( 85 %)、1 つの地域でし
ともに高い。
欧の企業はまた、海外経験を持
新CEO達は以前よりも高学歴
つ CEOを任命した割合も 53 %
となっている。2014 年に就任し
国籍、平均年齢、学歴
と最も高かったが、米国とカナダ
たCEOに占めるMBA 保持者の
2014 年、企業の本社所在国
では24%、中国では0%であった
割合は史上最高の34%で、11年
か働いたことがなく
( 67 %)、同
一業界からその会社へ転職した
(57%)。
出所 : Strategy&
全般的に見ると、2014年に就
の出身であるCEOの割合は、過
任したCEOに占める計画的承継
去 5 年間平均の 82 %と同水準
年齢に関しては、若干の若年
えて、2014年に就任したCEOの
の割合は、史上最高の 78 %と、
だったが、地域別に見ると大きな
化が見られる。2014 年に就任し
10.5 %はPhD(博士号)取得者
2013 年の 71 %から上昇すると
差異がみられた。西欧企業は、過
たCEO の年齢の中央値は52 歳
である。
ともに2006 年の 44 %に比べて
去5年間に外国人CEOを任命し
で、過去 2 年間に就任した CEO
大幅増加している。また、内部
た率が最も高く、全就任 CEO の
の年齢の中央値よりも1歳若い。
昇格 CEO の割合も、2012 年に
約 3 分の 1であった。日本と中国
国・地域別に見ると、日本企業の
は 71 %と低かったが 2014 年は
が最もその割合が低く、外国人
新任 CEO の平均年齢は62 歳と
30
(図表B参照)
。
前に比べると75 %増である。加
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図表B : 新任 CEO のグローバル体験(本社所在地別、2014)
2014年に西欧で就任したCEOの半分以上が、海外での勤務経験を有する。
287
90
67%
76%
59
24
47%
24%
世界平均
米国/カナダ
26
53%
83%
53%
33%
47
12
29
50%
62%
100%
50%
47%
17%
西欧
日本
その他
先進国
中国
本社と異なる地域での職務経験あり
ブラジル・
ロシア・インド
38%
その他
新興国
本社と異なる地域での職務経験なし
注 : 合併による退任と、暫定的に就任した CEO、交代の理由が不明確な場合を除く
出所 : Strategy&
図表 C : 新任 CEO の平均年齢(2014)
62
55
52
52
51
世界平均
米国/カナダ
西欧
日本
その他
先進国
57
52
中国
50
ブラジル・
ロシア・インド
その他
新興国
注 : 合併による退任と、暫定的に就任した CEO、交代の理由が不明確な場合を除く
出所 : Strategy&
S t r a t e g y & F o r e s i g h t Vo l . 4 2 0 1 5 S u m m e r
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