連作8首 - FC2

部屋から遠い部屋****吉田恭大‥
漂着****山階 基‥
電子、今灯る****久石ソナ‥
風が止んだら運行を開始します****新上達也‥
割れない卵***狩野悠佳子‥
5
4
3
2
早稲田短歌四十一号
1
連作8首*****7作品 ゆきだるま****田口綾子‥
6
****平岡直子‥
Happy birthday
7
8
早稲田短歌四十一号
割れない卵 狩野悠佳子
耕した土に名前を埋めていく ジャック、私を登っておいで
顔面はかなしみに最も近いめみみはなくち皆集わせて
蝶たちのあどけない笑み 死んでいく翅生えかわる翅
触れることと撫でることのさかいめに風がいるんだ地球をとばす
寝返りはのびやかだった今朝もまた割れない卵をにぎりしめ覚む
胸元へくちびる流れ落ちてゆく手荒く顔を洗いもすれば
飽和する夕日の中をゆく素足 雪を訪ねて歩くそうです
人よりもおおきく産んであげるね地球 カタツムリ色の受話器に
2
早稲田短歌四十一号
風が止んだら運行を開始します 新上達也
ふんだんの風を扇風機が吸ってそのまま窓の外へ出て行く
ちくわを指にはめて遊んだら怒られることを初めて知るサイボーグ
拭くためにできた布きれ テーブルにひかる炭酸水をどこかへ
水脈をめざして歩く子どもらを捕食する青いとかげ 希少種
明け方の海流でしか動かなくなった灯台船でよければ
少年は遠くからきていて︵ランプをなくしたのです︶かえりたいのか
この体はすごい あなたのいる駅に三時間かければ行けること
いろはすを地面に撒いてここからは夏でなくなるけどうまくいく
3
早稲田短歌四十一号
電子、今灯る 久石ソナ
打ち上げた三原色の残り火の降りそそぐまま朽ちて街にて
あの日出会ういくせんもの鳥を見上げるぼくはSNSに住む人
ガスにあたためられたお湯に浴槽に雨具をつめる子どもたち子どもたち
飛行機は昼間を泳ぐ空の青、赤に変われば離陸をします
文字たちに朝日が少しずつ灯り今日の世紀を買いそろえてゆく
「排水溝に季節がある」と子どもらは動詞とともに忘れさられる
記憶する周りの人は補助記憶装置となってぼくもその一人
今 花火の灯りに照らされた街に降る すべてを包み込む雨
4
早稲田短歌四十一号
漂 着
山階 基
あり余る海を抱えてわたしたち誰かの帰る場所になれたら
古新聞をひもといてゆく指先に黒くかすれて村が染み付く
寒い国を流れる水に生まれても血の名前で呼ばれる熱帯魚
行き交ってのちの空白作りかけのままの護岸にうっすらと雪
うすらひ
子どもらが薄氷踏んでゆく路地にきちんと悲しい人は悲しい
かあさんと違うかたちに変えられて金魚かあさんを知らずひしめく
どの色のインクもやがてみづちの懐でその意味たちを手放すのです
ともしび
人間は数をかぞえるものだからあの灯火の数だけ岸を
5
早稲田短歌四十一号
部屋から遠い部屋 吉田恭大
ここは冬、初めて知らされたのは駅、私を迎えに来たのは電車
三月に読みかけだったいくつかをそのまま雨に濡らしてしまう
ゆうえんちさいせいじぎょう 路線図の一番大きい緑は皇居
先週も先々週も過去のこと。しばらく竿竹屋をみていない
恋人の部屋の上にも部屋があり同じところにある台所
かつて居た町にも歯医者さんはいて、私の歯形を持っている、筈
鳥たちも老いてゆくから火曜日に燃えるゴミ、もえてゆくものたち
季節はそろそろあちらのほうで明るくて、折り畳まれない自転車になる
本作は「短歌往来」二〇一二年二月号掲載作を元に加筆修正したものです。
6
早稲田短歌四十一号
ゆきだるま 田口綾子
胃の底に石鹸ひとつ落ちてゐて溶け終はるまでを記憶と呼べり
立ちすがた母に似るらむキッチンにほんの少しの湯を沸かすとき
封筒はからつぽなればその裏の父の名かくるるまでちぎりたり
日常に不足しがちなミネラルを補つてあまりあるいもうと
母からのメールに絵文字の魚は青く
Top of the world
そこが世界のてつぺんでさびしいのならお降りください
今月分振り込みました、と
祖父の記憶は雪に近づきわたくしはピエロの顔をしたゆきだるま
』
(藤田哲史編集発行)掲載作に加筆・修正したものです。
[karakasa] vol.3
閉店の花屋を数へつつ歩む街、どこまでも積もらざるゆき
※『傘
7
早稲田短歌四十一号
Happy birthday
平岡直子
すごい雨とすごい風だよ 魂は口にくわえてきみに追いつく
燃えうつる火だというのにろうそくの上で重たげにゆらめいている
背表紙にただ触れて去る本があることも真冬のスタンプカード
裸眼のきみが意地悪そうな顔をしてちぎるレタスにひかる滴よ
セーターはきみにふくらまされながらきみより早く老いてゆくのだ
ほとんどの骨はからだに閉じ込めてときどき月に向かって笑う
新しい国になりたいならおいで電気はつけっぱなしでいいよ
胎内に降ることのない雪だからきみがゆっくり水滴にする
※朝日新聞「あるきだす言葉たち」欄 二〇一一年二月一日掲載
8