コラム「ヒト病原真菌」2 西村和子 千葉大学真菌医学研究センター * 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1 Fungi pathogenic for humans 2 Kazuko Nishimura Medical Mycology Research Center, Chiba University* 1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba, Chiba 260-8673, Japan (エクソフィアラ)属 Exophiala Carmichael 1955 は 子 嚢 菌 類 Herpotrichiellaceae に関連するとされている不完全菌 である.培養形態の一部が酵母様となるために黒色酵 母あるいは黒色酵母様真菌と総称される菌群で,ヒ ト病原性黒色真菌のなかで Fonsecaea に次ぐ重要性菌 属である.1920 年代から皮膚深部組織から筋肉,関 節,骨に及ぶ硬結腫脹を来し,深部から皮膚表面にト ンネル状の穴が開通して黒色菌塊を排出する菌腫,ク ロモブラストミコーシス様の慢性皮膚病巣,角膜真菌 症の起因菌になることが知られていたが,近年は抵抗 の弱い患者の皮膚,肝,脳などの膿瘍あるいは肉芽 腫性病変,感染性肺嚢胞症,菌血症などから分離さ れ,日和見真菌として重要性が増している.タイプ種 は E. salmonis Carmichael 1955(鮭類の病原菌)で ある.ここではヒト病原性菌種では最も病原性が強い Exophiala dermatitidis(エクソフィアラ・デルマチ 図 1. Exophiala dermatitidis SDA,25℃,5 日 間(A) お よ び PDA,25℃,9 日 間 (B)培養の集落. チヂス)と日和見真菌症の原因菌として増加傾向にあ る E. jeanselmei(エクソフィアラ・ジャンセルメイ) (Langeron)McGinnis & Padhye 1977 は,より菌糸 と関連菌種を中心として紹介する.いずれもバイオセ 生育が目立つが,培養条件によっては湿性のカビ集落 イフティレベル 2,生育の遅い目立たない菌群である や一部が酵母様になる.顕微鏡形態は菌糸の多寡はあ が,身近な環境に生息するので要注意である. るが,いずれの菌種も菌糸の側壁の小突起や菌糸先端 菌学:E. dermatitidis(Kano)de Hoog 1977 は, あるいは側枝として生じた,壷形,瓶形,ロケット形 基本的には灰褐色,黒褐色,フエルト状集落となる の細胞が先端突起部に環紋をつけながら少しずつ伸び が培地によっては溶けたチョコレート様あるいはオ て分生子を次々に形成する.分生子はヒト病原性菌種 リーブ褐色の粘液様になる(図 1) .E. jeanselmei は 1 細胞性である(図 2).走査型電子顕微鏡(SEM) で観察すると分生子形成細胞(アネライド)は先端で * 現在は千葉大学名誉教授(真菌医学研究センター) *Present status: Professor Emeritus, Medical Mycology Research Center, Chiba University 最初の分生子を出芽すると,その部分が少し伸び上が り芽を膨らませて 2 番目の分生子を生む.分生子が離 れた後は環状の瘢痕あるいは小さなフリルが親細胞に ─ 63 ─ 残され,これらは環紋,分生子はアネロ型分生子と呼 ばれる.このように成長点は少しずつ伸び上がりなが ら次々に分生子を産生してゆき,分生子形成部には環 紋が重なっていく(図 3) .菌糸も親細胞となり,側 壁から小突起を出しながら分生子を産生する(図 4) . 成長点は 1 カ所とは限らず複数のこともある.分生子 自体も親細胞となって分生子を生み,酵母様生育を示 す.種によって小突起の幅と長さが異なるが,際立っ て長い E. spinifera McGinnis 1977 を除き鑑別は難し い(図 6) (Nishimura & Miyaji, 1982,1983).最高生 育温度は E. dermatitidis は 41-42℃,E. spinifera は 図 2 E. dermatitidis 側枝先端の壷形のアネライドから分生子が生まれている (A).B は酵母様増殖を示す. 38-39℃,E. jeanselmei と関連菌種は 35-38℃で同一 種内でも 2℃前後違うので,種鑑別には役立たない. 分布:E. dermatitidis は生活環境,特に浴室,浴 槽 水 に 高 頻 度 に 分 布 し, 加 湿 器 水(Nishimura & 図 3-5 E. dermatitidis.分生子形成の SEM 像 図 3 アネロ型分生子形成.分生子自体も二次的に分生子を産生する.図 4 アネライドと菌糸側壁から分生子を産生.アネライド先端の複数の成 長点は,一見,シンポジオ型親細胞の小歯の配列に似る(拡大率は図 3 と 同じ).図 5 アネライド先端の環紋はフリル状に重なる場合もある. 図 6 Exophiala spinifera.環紋が多数重なる長い突起が特徴的である. スケールバーの数字の単位は µm. ─ 64 ─ Miyaji, 1982; Nishimura et al., 1987) ,各種飲料,豆腐 oligosperma(de Hoog et al., 2003),E. xenobiotica(de 槽など水環境のみならず,ハウスダスト,土壌,腐食 Hoog et al., 2006)が新種として記載され,シノニム 植物,コウモリなどから,E. jeanselmei は各種土壌, として廃棄された種小名が復活し,E. bergeri(Haase 河川水,汚水,活性土壌,腐植植物など自然界に広く et al., 1999)が独立した. 分布する.生活環境,特に浴室排水溝に高頻度に分布 し,台所水回り,各種飲料,豆腐,ゆで麺など冷蔵食 文 献 品,ハウスダストなど,皮膚フロラとしても分離培養 De Hoog, G.S., Vincente, V., Caligiorne R.B., されている . Kantarcioglu, S., Tintelnot K., Gerrits van den コ メ ン ト:E. dermatitidis は,Hormiscium Ende, A.H.G. & Haase, G. (2003). Species diversity dermatitidis として 1937 年に愛知医科大皮膚科の加 and polymorphism in the Exophiala spinifera clade 納によって報告されて以来,分生子形成法に関する見 containing opportunistic black yeast-like fungi. J. 解が定まらず多くのシノニムが生まれた.主なシノニ Clin. Microbiol. 41: 4767-4778. ムを列記すると,Fonsecaea 属と同様に 3 種の分生子 De Hoog, G.S., Zeng, J.S., Harrak, M.J. & Sutton, 形成法があるとして Fonsecaea dermatitidis Carrion D.A. (2006). Exophiala xenobiotica sp. nov., an 1950,環紋間が狭いために光学顕微鏡では成長点が固 opportunistic black yeast inhabiting environments 定されているように見え,またフリル様環紋は一体と rich in hydrocarbons. Antonie van Leeuwenhoek なってフィアライド(フィアロ型分生子の親細胞)の 90: 257-268. 先端開口部に見られるカラーレット様に見えることが Haase, G., Sonntag L., Melzer-Krick B. & de Hoog あり(図 5) ,親細胞はフィアライドであると見なさ G.S. (1999). Phylogenetic inference by SSU-gene れて Phialophora dermatitidis Emmons 1963, あるい analysis of members of the Herpotrichiellaceae はカラーレットの無いフィアライドが親細胞であると with special reference to human pathogenic して新属 Wangiella dermatitidis McGinnis 1977 が提 案され有力になった.しかしながら,筆者らはタイプ species. Stud. in Mycol. 43: 80-97. Li, D.M., Li, R.Y., De Hoog, G.S., Wang, Y.X. & Wang, 種 E. salmonis にも分生子形成部に環紋を認め,本菌 D.L. (2009). Exophiala asiatica, a new species from 種を Exophiala 属に帰属させた de Hoog に賛成した が,現在でも一部の菌学者は Wangiella に固執して いる. a fatal case in China. Med. Mycol. 47: 101-109. Nishimura, K. & Miyaji, M.(1982). Studies on a saprophyte of Exophiala dermatitidis isolated from E. jeanselmei は 1928 年に Langeron により Torula jeanselmei と し て 記 載 さ れ て 以 来,Pullularia, Phialophora に移されたことがあるが,1966 年に光顕 a humidifier. Mycopathologia 77: 173-181. Nishimura, K. & Miyaji, M.(1983). Studies on the phylogenesis of pathogenic ‘black yeasts’ . で環紋が指摘され(Wang,1966) ,現在は本属菌種と Mycopathologia 81: 135-144. して落ち着いている.ヒト病原性菌種としては,他 に E. castellanii,E. heteromorpha,E. lecani-cornii, Nishimura, K., Miyaji, M., Taguchi, H. & Tanaka, R.(1987). Fungi in bathwater and sladge of E. moniliae,E. phaeomuriformis および E. spinifera bathroom drain pipes. 1. Frequent isolation of が 知 ら れ て い た. 最 近 リ ボ ソ ー ム RNA 遺 伝 子 の ITS,LSU D1/D2 領域のクラスター解析結果を主な 根拠として Exophiala asiatica(Li et al., 2009),E. Exophiala species. Mycopathologia 97: 12-23. Wang, C.J.K.(1966). Annellophores in Torula jeanselmei. Mycologia 58: 614-621. ─ 65 ─
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