モータ内部温度測定時の熱電対信号のノイズ低減

JARI Research Journal
20150706
【技術資料】
モータ内部温度測定時の熱電対信号のノイズ低減
Noise Reduction of Thermocouple Signal when the Motor Internal Temperature Measurement
島村 和樹 *1
Kazuki SHIMAMURA
2. モータ定格出力に関する試験法
1. 背景と目的
現在,地球温暖化等の環境問題から自動車の燃
国内外で運用もしくは検討中であるモータの定
費改善への要望が強くなっている.自動車メーカ
格出力に関する代表的な規格および基準を表 2 に
は,その一つの解として,車両の電動化を進めて
示す. 試験法としては,いくつかの種類に分類す
いる.電動化により必要となるモータやバッテリ
ることができる.一つは,産業用のモータ用とし
などの要素部品の評価も重要となり,性能や耐環
て長年に渡り使用されている IEC の 60034-1 が
境,安全など多岐にわたる評価試験が実施されて
ある.これは,小さなモータから大きなモータま
いる.
でを網羅した試験法である.この方法は,モータ
モータの性能評価試験の一つとして,定格出力
を定格出力で運転した際の巻線温度を測定し,巻
の測定がある.定格出力は,長時間に渡り連続で
線温度が安定した際に耐熱クラスで規定されてい
運転できる出力であり,その際のモータの耐久性
る温度上昇限度まで達していることを確認する方
において支配的な要素には,巻線の温度上昇によ
法である.日本では,JIS C4034 がほぼ同じ方法
る絶縁劣化がある.そのため,代表的な定格出力
で運用されている.また,審査事務規程別添試験
の試験法として定められているのは,モータを定
規 程 ( TRIAS ) で も 定 格 出 力 試 験 法 と し て
格出力で運転し,巻線温度が安定した際に絶縁の
99-018-01 が制定されており,巻線温度を測定す
耐熱クラスで規定されている温度上昇限度に達し
る方法となっている.もう一つの測定方法として,
ていることを確認する方法である.表 1 に示すよ
自動車のカテゴリ M,N*1 用の UN R85 がある.こ
うにモータ製造メーカが定めたモータの耐熱クラ
れはモータを定格出力で運転し,指令値は変更せ
ス毎に定格出力試験法で温度上昇限度が規定され
ずに 30 分後の出力変化率を測定する方法である.
ている.弊所では巻線の温度測定には,サーミス
欧州のカテゴリ L*1については,EU 指令 No.168
タなどよりも測定精度の高い熱電対を用いている.
において,UN R85 を参照することになっている.
しかし,この信号上に数 Hz 程度の低周波のノイ
中国の推奨国家標準の GB/T でも巻線温度を測定
ズが発生する.試験法では,温度の測定精度は±
する試験法が制定されている.
1℃が求められているが,ノイズにより±1℃程度
の変動がみられるため,対策を講じないと試験精
3. モータの定格出力試験での温度測定
度が確保できない条件が出てくる可能性がある.
3.1 課題
そこで,このノイズの発生源について調査し,
巻線温度が温度上昇限度に達していることを判
ノイズ低減のための対策とその効果について,検
定基準とする定格出力試験法では,熱電対を使用
討を行うことにした.
して巻線温度を測定する場合,ノイズの影響を大
きく受けてしまう.更に、このノイズは,インバ
表 1 モ-タ巻線の耐熱クラスと温度上昇限度の例
耐熱クラス
A
E
B
F
H
200
220
250
温度上昇限度 ℃
65
80
85
110
130
150
165
195
*1 一般財団法人日本自動車研究所
JARI Research Journal
FC・EV研究部
ータなどから出る kHz オーダーの高周波のノイ
ズとは異なり数 Hz 以下の低周波であるためノイ
ズフィルタでの対策が難しい.また,周辺機器に
このような低周波のノイズを出す機器はないため,
発生原因の特定が困難である.
- 1 -
(2015.7)
表 2 モータ定格出力に関する代表的な規格および基準
規格
定格出力
番号
名称
対象
基準
判定基準
IEC
60034-1
Rotating electrical machines-Part1:Rating and Performance
JIS
C4034-1
回転電気機械-第一部:定格および特性
モータ全般
TRIAS
GB/T
UN
巻線の温
度上昇
99-018-01 電動機定格出力試験
18488.2
R85
自動車用
The electrical machines and controllers for electric vehicles-Part2:Test methods
Uniform provisions concerning the approval of internal combustion engines or electric drive
カテゴリ M*1
trains intended for the propulsion of motor vehicles of categories M and N with regard to the
カテゴリ N *1
出力変動
measurement of net power and the maximum 30 minutes power of electric drive trains
No.168
THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 15 January 2013 on the approval
/2013
and market surveillance of two- or three-wheel vehicles and quadricycles
EU
*1
自動車用
カテゴリ L *1
欧州で用いられている自動車を区分するカテゴリ
カテゴリ M:Vehicles with at least 4 wheels designed to carry passengers
カテゴリ N:Vehicles designed to carry goods, grouped by size.
カテゴリ L:Mopeds and motorbikes, as well as all-terrain vehicles (quads) and other small vehicles with 3 or 4 wheels.
3.2 試験設備
試験に用いたモータダイナモメータ(以下、モ
ータダイナモという)には,定格容量 150kW,最
高回転数 20000min-1の DC ダイナモメータを用
いた。外観を図 1 に,仕様を表 3 に示す.また,
イ ン バ ー タへ の 電 源供給 装 置 に は, 最 大 電圧
500V,最大電流±500A の直流電源を用いた。仕
様を表 4 に示す.
今 回 , 試験 で 供 試した モ ー タ は, 最 大 出力
図 1 モータダイナモメータの外観
150kW,定格出力 67kW,最高回転数 10000min-1
の誘導モータである.供試インバータとしては,
表 3 モータダイナモメータ仕様
入力側定格電圧 650V,定格電流 250A であり,
吸収/駆動容量
150kW/4000~20000min-1
モータと同一メーカ製のものを用いた。また,出
速度制御
範囲:1~100%FS
力基本周波数は 1kHz,スイッチング周波数は
10kHz である.
精度:±0.1%FS±速度検出精度(±1 min-1)
トルク制御
範囲:動力計定格全範囲
精度:±0.2%FS±トルク検出精度(±0.2%FS)
走行抵抗制御
範囲:動力計定格全範囲
精度:±0.2%FS±トルク検出精度(±0.2%FS)
電気慣性制御
精度:設定完成に対し±2%
応答性:63%応答/0.1s
0 速度制御
JARI Research Journal
- 2 -
電気ロック(100min-1以下、15Nm 以下)
(2015.7)
表 4 電源装置仕様
た.そのうち 1 箇所の熱電対近傍に光ファイバ式
電圧/電流/電力
DC50~500V / 0~±500A / 0~±250kW
温度測定器を取り付けた.これは,光ファイバの
精度
定電流±0.5%FS 以下
温度測定部分に一定の間隔の回折格子を加工した
過渡応答
20ms 以下(63%応答)
もので,この回析格子の部分が温度変化による熱
リップル
±約 5A 以下
膨張し,反射光の波長がシフトすることを利用し
充放電切替
0.2ms
定電力±1.0%FS 以下
た装置である.今回使用した光ファイバ式の温度
測定部は熱容量が大きいため,反応が遅く,同じ
3.3 温度信号へのノイズ発生についての調査方法
図 2 に示すように,被覆長さ 5m の T 型熱電対
時刻での温度は熱電対の温度とは異なるが,ノイ
ズの影響調査としては問題ないと考えられる.
と被覆長さ 1m の T 型熱電対+中継器,光ファイ
バ式の温度測定器の 3 種類を用いて,温度測定時
のノイズの影響を調査することにした.熱電対の
3.4 調査結果
長さは,モータから計測器までの距離を考慮した
3.4.1 ノイズ発生状況
5m と長さの短い全長 1m の 2 種類とし,モータ
外部でのノイズの影響を評価した.1m の熱電対
では計測器までは届かないため,中継器を用いる
ことにした.中継器と計測器間はデジタル信号で
あるため,ノイズの影響は小さいと考えられる.
1m の熱電対をモータ表面にも設置することで,
モータ内部と外部でのノイズの影響を評価した.
するため,ノイズの影響が最も大きい条件(モー
タ回転数 3000min-1,モータトルク 120Nm)で
の結果を図 3 に示す.光ファイバ式の温度測定器
は,ノイズが全く見られず,ノイズ対策には効果
的なことがわかった.熱電対を用いたケースでは,
長さ 5m の場合は±1℃程度のノイズが見られる
が,
1m の場合は±0.5℃程度であった.
すなわち,
モータ外部の熱電対の長さを短くすることでノイ
ステータコイル
熱電対
ノイズの大きさは回転数やトルクによって変化
ズが減少したことから,ノイズの一部はモータ外
部から影響を受けていることがわかった.
60 熱電対_1m_A点
90
88
86
中継
器
T型熱電対(内部)_被覆長さ5m
0.5m
モータ T型熱電対(内部)
モータ内部温度 ℃
光ファイバー(内部)
計
測
器
被覆長さ1m
0.5m
中継
器
T型熱電対(表面)
被覆長さ1m
84
±0.5℃
±0.5℃
±1℃
82
56
54
80
50
±1℃
±0.5℃
78
モータ内部:熱電対
48
46
モータ表面温度:熱電対
74
また,ノイズの影響を受けない光ファイバ式の
温度測定器もモータ内部に設置した.モータ内部
の温度測定箇所は,ステータ側コイルに 120 度間
隔で A 点,B 点,C 点の 3 箇所とした.それぞれ,
1m と 5m の熱電対を同じ場所に接着剤で固定し
- 3 -
熱電対_5m_B点
熱電対_1m_C点
熱電対_5m_C点
光ファイバー
熱電対_モータ表面
52
76
図 2 供試モータの温度測定概要
JARI Research Journal
58 熱電対_1m_B点
44
±0.1℃
72
モータ表面温度 ℃
光ファイバー温度測定部
熱電対_5m_A点
±1℃
42
モータ内部:光ファイバー
70
800
805
810
40
815
時間 s
図 3 モータ温度測定結果
(2015.7)
また,モータ表面に設置した 1m の熱電対のノ
かった.
イズは±0.1℃程度であり,モータ内部に設置した
以上のことから,このノイズの共振分が低周波
1m の熱電対のノイズが±0.5℃程度であることか
のノイズとして測定されているものと考えられる.
ら,モータ内部のノイズの影響も受けていること
3.4.2 ノイズ発生源についての調査結果
これまでの調査から,ノイズは数 Hz 以下の低
周波であることがわかった.周辺機器にこのよう
な低周波のノイズを発生する機器はなく,またノ
イズの特性が,モータの電流に依存する傾向を示
すことから,ノイズの発生源としてはモータ,イ
ンバータ,およびモータダイナモなどであると考
熱電対信号のノイズ電圧 V
がわかった.
0.8
モータ内部
測定室内
0.6
0.4
0.2
0.0
-0.2
-0.4
-0.6
0
えられる.これらの機器からは高周波のノイズが
20
40
発生することがわかっているため,オシロスコー
プを用いて熱電対の信号に乗るノイズの影響を調
60 80 100 120 140
時間 ms
図 4 インバータ起動時におけるノイズ波形
査した.
まず,モータダイナモの電源のみを入れた場合
熱電対信号のノイズ電圧 V
はノイズは見られなかったことから,ノイズの発
生源がモータダイナモではないことがわかった.
モータダイナモの電源を入れた後,さらに供試モ
ータ用のインバータの電源を入れた際のノイズを
調査した。その結果を図 4 に示す.青色の線は,
モータ内部に設置した熱電対の信号である.赤色
の線は,ノイズの影響を受けにくいインバータか
ら 4m ほど離れた別室の測定室内で測定した熱電
対の信号である.モータ内部の熱電対の信号に最
大で 0.6V 程度のノイズが見られたが,測定室内
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0.0
-0.1
-0.2
-0.3
-0.4
-0.5
モータ内部
測定室内
0
1
の熱電対の信号にはほとんどノイズが見られない
ことから,ノイズは供試インバータの起動に起因
2
時間 μs
3
4
図 5 オシロスコープで観測した熱電対のノイズ波形
していることがわかった.
次に,大きなノイズが見られるモータ回転数
3000min-1,モータトルク
4. まとめと今後の課題
60Nm の条件において
今回の調査により,熱電対の信号に発生したノ
オシロスコープを用いてノイズの詳細を調査した.
イズは,インバータの起動に起因するノイズであ
そのノイズ波形を図 5 に示す.ピークで 0.4V 程
り,モータおよびインバータが発生源であること
度のノイズが見られ,使用している T 型熱電対の
が確認できた.
起電力がおおよそ 45μV/℃であることを考慮する
モータの定格試験法における熱電対に発生する
と短時間のノイズではあるが,大きな影響を及ぼ
ノイズ対策として,これらの発生源に対する対策
す可能性があることがわかった.このノイズの周
(エミッション対策)と発生源からのノイズを受
波数は 1.2kHz 程度であり,この時のインバータ
ける側での対策(イミュニティ対策)の両面から
のスイッチング周波数は 11kHz 程度であること
の対策が必要であることがわかった。
から,約 1/10 の周期でノイズが発生することがわ
JARI Research Journal
- 4 -
発生側のエミッション対策としては,供試した
(2015.7)
インバータは市販品であることから,ノイズ対策
は行われていると考えられる.インバータに関し
ては,ノイズの遮蔽が可能な箱に入れることによ
り,ある程度の効果は期待できるが,モータ内部
で発生するノイズに対しての対策は非常に難しい.
一方,電対の被覆長さや補償導線を極力短くす
ることはイミュニティ対策として有効であり,今
回の結果からも,50%程度のノイズ低減効果が得
られ,試験法で定められている精度も満足するこ
とが可能となった.
また,イミュニティ対策として,シールド線の
利用やアースの接地などの対策も有効であると考
えられる.さらに,光ファイバ式の温度測定器の
場合は,ノイズの影響を受けないため,発生源に
対するノイズ対策が不要なため,試験準備や解析
の工数削減が可能となる.しかし,熱電対と比較
すると測定部の熱容量が大きく反応が遅いことや,
非常に高価であることなどの課題がある.今後,
被測定物の表面から放出される赤外線放射エネル
ギを計測する非接触式や光ファイバ式などの情報
収集も含めて検討する必要がある.
JARI Research Journal
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