医療機関における潜在需要と 専門組織による新たな活動

第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
《佳作》
医療機関における潜在需要と
専門組織による新たな活動展開
小原 仁
はじめに
医療機関に受診する患者やその家族は、
「これ
からの生活に不安を抱える生活者」という側面
も有している。急な病気やケガ、あるいは治療
が長期間に及ぶ場合、今までどおりの生活や今
後の生活設計に影響を与えることが少なくない。
例え、生活を支える立場でなくとも、患者の身
の回りの世話をする者や家事、育児、仕事とい
った生活のなかでの各自の役割を担う全ての生
活者に影響が及ぶ。つまり、通常生活の継続が
不安定となるライフイベントは、通常生活の回
復に向けた支援と今後の生活設計の見直しとい
う 2 つの支援機会を必要としている。
本稿では、こうした予期せぬライフイベント
に不安を抱える生活者をどのように支えること
ができるか、FP の専門性を活用した新たな展
開の可能性を考察する。
ーシャルワーカーの平均的な介在可能期間は約
2 週間に短縮されてしまったということである。
こうした介在期間の短縮は援助の質と量の両方
に関連することが想定される。これからも引き
続き平均在院日数の短縮傾向は続くと考えられ
るため、在院日数の短縮によって生じる援助機
会の不足を補う新たな需要が顕在化しつつある。
情報社会における意思決定の援助機会
情報化の進展にともない多くの情報が溢れて
いる。またインターネットやスマートフォンの
普及もあり、様々な情報にアクセスすることも
容易になった。しかしこれは一方で、生活者の
意思決定の選択を難しくさせているともいえる。
様々な情報に触れるということは、その分だけ
選択の可能性を広げることにつながるが、この
多くの選択肢のなかから適切な意思決定を行う
ことは必ずしも容易でない。またその一方で、
医療機関に受診する患者の多くは、
病気やケガ、
医療費、社会保障に関する十分な情報収集をす
る準備もなく、限られた期間内での意思決定を
求められることが多い。もちろん、理想的には
生活者が自ら必要な情報を収集・統合し、適切
な意思決定できることが望ましい。しかし病気
やケガの心配、あるいはその後の生活の不安な
どが優先されるなかで、判断材料を収集・統合
し、適切な意思決定をできる者は決して多くな
いと思われる。これは、医療機関に受診する患
者やその家族の判断を支える援助の機会が必要
であることを示唆している。
医療機関における患者支援と不足する援助機会
社会復帰の援助という観点では、ソーシャル
ワーカーという職種を配置する医療機関が多い。
ソーシャルワーカーは、社会福祉の立場から病
気に関連する心理的問題や社会的問題をはじめ、
経済的な問題についても解決に向けた調整や必
要な援助を行う。医療費に関連する支援では、
自己負担が一定額を超えた場合にその超えた金
額の支給を受けることができる高額療養費制度
や無利息の高額医療費貸付制度の案内なども含
まれる。しかし、ソーシャルワーカーによる支
援についても限界はある。そのなかでもっとも
大きいものは、関与できる期間に実質的な制約
が存在することである。
一般病院に入院する平均的な期間を表す平均
在院日数は、毎年短縮傾向にある。厚生労働省
が公開している病院報告の集計結果によれば平
成 25 年度の平均在院日数の全国平均は 17.2 日
であった。これは 15 年前の 31.5 日と比べ約半
分に短縮しており、平均在院日数は年々短くな
っている。つまり、15 年前は約 30 日あったソ
病院受診時における多様な自己選択の機会
医療機関に受診する患者やその家族は様々な
選択を行わなければならない。これは自己決定
できるという権利の表れでもあり、自身の意思
が尊重されるということでもある。なかでも、
病気やケガに関係する治療方針の自己決定はそ
の最たるものである。もちろん、治療方針の決
定以外にも病院受診時における自己選択の機会
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は多く、例えば保険外併用療養という制度も生
活の質や診療の満足度に影響を与える自己選択
の機会である。
図1
図 1 に示すのは、この保険外併用療養の概要
である。まず医療機関に受診した場合に健康保
険や国民健康保険などの公的保険が利用できる
保険診療とそうでない保険外診療という区別が
ある。保険診療については医療機関の窓口で支
払う自己負担と関連しているため、その存在は
経験的に理解している生活者も多いと思われる。
一方、保険外診療についてはその全てを把握し
ている生活者は少ないように認識している。基
本的には保険診療と保険外診療を併用した混合
診療を厚生労働省は認めていない。その理由は
医療費や患者負担の増加を懸念していることに
加え、科学的根拠の乏しい医療の実施を助長し
てしまうと考えられているからである。
しかし、
この混合診療の一部を例外的に認めているもの
が保険外併用療養費制度である。
この保険外併用療養費制度は大きく 2 つの区
分がある。1 つは将来的に保険導入が期待され
る評価療養ともう 1 つは将来的にも保険導入を
前提としない選定療養に分けられている。平成
25 年度時点では、7 種類の評価療養と 10 種類
の選定療養が認められている。評価療養の 7 種
類には、①先進療養、②医薬品の治験に係る診
療、③医療機器の治験に関する診療、④薬事法
承認後で保険収載前の医薬品の使用、⑤薬事法
承認後で保険収載前の医療機器の使用、⑥適応
外の医薬品の使用、⑦適応外の医療機器の使用
が認められている。また、10 種類ある選定療養
には、①特別の療養環境(差額ベッド)
、②歯科
の金合金等、③金属床総義歯、④予約診療、⑤
時間外診療、⑥大病院の初診、⑦小児う触の指
導管理、⑧大病院の再診、⑨180 日以上の入院、
⑩制限回数を超える医療行為がある。
保険診療との併用が認められている自己選択
が可能な保険外診療だけでも以上の種類がある。
こうした自己選択の多くは患者やその家族の便
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益につながると期待されるものであるが、事前
にこうした予備知識を得ておくことは少ないの
が一般的であろう。また、医療機関においても
保険外併用療養に関する情報発信や提供に努め
ているが、限られた期間のなかで患者やその家
族の選択機会を可能とする十分なコミュニケー
ションを実践できている医療施設は多くないよ
うに思われる。しかも、こうした不利益は双方
ともに気づきにくいことが多く、見過ごされや
すいという性質がある。だが、これは患者やそ
の家族の便益に直結するため、放置することの
できない課題であると認識しなければいけない。
援と自己選択に関する援助機会、また複数の慢
性疾患を抱える生活者に向けた援助機会の可能
性を示した。こうした生活者でもある患者やそ
の家族の身近にある潜在需要に FP はどのよう
な社会貢献ができるかを最後に提案したい。
日本 FP 協会が調査主体となって行われたファ
イナンシャル・プランナー資格活用度調査の結
果報告書(平成 25 年 11 月版)によれば、有効
回答数 15,972 件のうち、FP 業務を行っていな
いと回答したサンプルが 10,644 件であった。
これは約 3 人に 2 人の FP 資格者が FP 業務を
行っていないという割合となる。もちろん、FP
資格の取得が必ずしも FP 業務を行うために取
得したというわけはない。実際、この結果報告
書にも FP 業務を行っていないと回答した
10,644 件のうち、FP 資格の取得目的を「自己
啓発(48.5%)
」
、あるいは「自分または家族の
ライフプランに役立つと思ったから(42.0%)
」
と FP 業務を目的としない項目に回答している
割合が上位に位置している。
この自分や家族のためだけに役立ててきた
FP の専門知識を、生活に不安を抱える生活者
に少しだけ役立てることはできないだろうか。
FP の専門知識は言うまでもなく、暮らしとお
金に関連する幅広い領域に及んでいる。この専
門知識は不安を抱える生活者の支援を可能とし、
幅広い知識は生活者の意思決定の判断に示唆を
与えることができる。
またこれは一方で FP を業務としない会員に
向けた活躍の場を提供するという機会にもなり
うる。FP の専門知識を活用できる機会を新た
に創出することは、多くの会員から歓迎される
ものと考える。さらに会員にとっての活躍の機
会は、FP 上位資格の取得に向けた学習意欲の
動機づけや生活者との接点を増やし、FP の社
会的な認知向上に貢献できるなどの副次的な効
果も期待できる。
しかしその際に、3 つの重要な点に留意して
おく必要がある。1 つは信頼性の担保、もう 1
つは非営利性、そして最後は継続可能な活動基
盤である。この 3 つの制約を個人で克服するこ
とは難しいが、組織や団体で取り組むことで克
服できる。日本 FP 協会もその候補になりうる
存在である。
具体的には、社会貢献に関心のある会員が自
分の活動可能な地域や日時を登録できるような
FP バンク制度を協会のホームページに設置し
病気と上手に付き合っていくという暮らしの在
り方
病気やケガを患った多くの人々の願いは完治
である。しかし、残念ながら完治しにくい、あ
るいは治療に期間を要する疾患が存在するとい
う現実も一方にある。特に近年では、複数の慢
性疾患を抱える患者の増大に医療政策の関心が
あつまっている。これは完治が難しく、治療期
間が長期に及ぶ病気の総称である慢性疾患が、
疾病構造の変化にともない増大していることが
背景にある。この慢性疾患の具体例としては、
生活習慣が要因となって発生する糖尿病や高血
圧、ガンなどの悪性新生物、脳血管疾患などが
その対象である。ガンや生活習慣病などの現在
の個別的な医療政策では対応の難しい複数の慢
性疾患に対応できる横断的な施策が必要になっ
ている。
こうした複数の慢性疾患を抱える患者の多く
は、生活の一部と病気が密接に関わっている。
完治しない、あるいは治療が長期に及ぶため、
慢性疾患を抱えながら生活を継続していかなけ
ればならないからである。病気と生活の関わり
は療養という意味だけでなく、ガンや生活習慣
病という慢性疾患を抱えながらの就労や家事と
いう生活の役割を担っていかなければならない
ことを意味している。またこれは暮らしの在り
方を見直す機会でもある。これから、複数の慢
性疾患を抱える生活者の増大が見込まれている
ため、病気と上手に付き合っていけるような生
活保障や社会的な支援も同時に必要になる。
地域における生活支援の専門家と新たな活動展
開の可能性
これまでのなかで、医療機関における生活支
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第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
てみるという工夫もヒントになるかもしれない。
そして、この登録会員のなかから医療機関など
の要請に合致する FP をマッチングさせるとい
う取り組みである。つまりこれは、日本 FP 協
会内に眠る専門的な人的資源と医療機関におけ
る潜在的な需要を紐付けるという新たな需給機
会の創出になる。登録会員を行う対象者は協会
会員を優先したい。それは、継続研修などの単
位取得の要件を満たす会員を対象とすることで、
一定水準の専門知識を有しているという信頼性
を担保できるからである。
次に非営利性の留意点については、そもそも
日本 FP 協会は特定非営利活動法人(NPO 法人)
である。そのため、こうした社会貢献的な活動
と NPO 法人の事業目的は重なりやすいと考え
られる。また医療機関においても非営利性の運
営が原則となっている。社会的に意義のある非
営利的な活動は双方に互恵関係があり、信頼関
係を構築しやすいといった長所もある。最後に
このような非営利的な活動は、個人や小さな団
体では活動の持続可能性に不安が残る。そのた
め、継続的な活動を安定して運営できる一定規
模の組織と信用力が必要である。人的資源と運
営基盤を所有している組織や団体は限られてお
り、多くの FP 会員を組織する日本 FP 協会も
有力な候補と考えている。
病院報告,
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/79-1a.html,
2015 年 2 月 17 日アクセス.
3 厚生労働省:保険診療と保険外診療の併用
について,
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/se
nsiniryo/heiyou.html,2015 年 2 月 17 日アクセ
ス.
4 厚生労働省:外来医療,
http://www.mhlw.go.jp/file.jsp?id=145867&na
me=2r98520000033s9z_1.pdf,2015 年 2 月 18
日アクセス.
5 厚生労働省:慢性疾患の全体像について
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/07/dl/s070
1-4b.pdf,2015 年 2 月 18 日アクセス.
6 日本 FP 協会:ファイナンシャル・プランナ
ー資格活用度調査結果報告書,
https://members.jafp.or.jp/member/html/kenk
yu/files/fpreport2507.pdf,2015 年 2 月 13 日ア
クセス
本稿では、日本 FP 協会を基盤とした会員の
活動機会の創出と医療機関での潜在的な需要の
需給マッチングの可能性を提案した。医療機関
においては、これからの生活に不安を抱える生
活者に対する援助と生活者が必要とする自己決
定の選択を補う支援の充実を図ることが重要と
なってくる。また複数の慢性疾患を抱える生活
者の増加に対応した生活支援の機会についても
示し、これらの機会に暮らしとお金に関連する
専門知識を有する FP の必要性を示唆した。FP
の専門性を活用した活動展開の可能性は大きく、
専門的な人的資源を有する非営利組織の可能性
も同様に大きいと考えられた。FP 組織による
新たな社会貢献が期待されている。
参考資料
1 公益社団法人日本医療社会福祉協議会:医
療ソーシャルワーカー,
http://www.jaswhs.or.jp/guide/sw.php,2015 年
2 月 17 日アクセス.
2 厚生労働省:医療施設(静態・動態)調査・
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