松田智・静岡大学准教授インタビュー バイオ燃料の虚と実: カーボンニュートラルはまやかしか? トウモロコシなどの農作物や廃木材などから作られるバイオ燃料(バイオエタノール、バ イオディーゼル油) 。燃やせばもちろんCO2(二酸化炭素)が発生するが、原料の植物が 生長する際にCO2を吸収しているので、トータルで見ればCO2は増加しない--すな わち“カーボンニュートラル”であるといわれる。地球温暖化対策の一つとして導入拡大 が進められているが、それに真っ向から異議を唱えるのが静岡大学の松田智准教授。カー ボンニュートラルは「幻想」と言い切る氏に、その真意を尋ねた。 (聞き手=佐藤 輝) vol.1 --先月、 『幻想のバイオマスエネルギー』 (久保田宏・東京工業大学名誉教授と共著、日 刊工業新聞社)と題した著書を刊行されました。バイオ燃料のどのへんが「幻想」なので しょうか。 「バイオエタノールの原料となる農作物を生産したり、農作物からバイオエタノールを製 造したりするにもエネルギーが必要です。これらの投入エネルギーを考慮に入れると、カ ーボンニュートラルは成り立たないということです」 「農水省は、1リットルのバイオエタノールをガソリンの代わりに使えば、1.54キロ グラムのCO2が排出されずに済む--と試算していますが、これはバイオエタノールが 作られるまでに必要なエネルギーを無視して計算したものです。比較対象にされたガソリ ンについては、原油の精製や輸送などに必要なエネルギーまで含めていますから、これで はまったくの詐欺です」 --実際のところ、ガソリンと比較して、バイオエタノールのCO2削減効果はどの程度 なのでしょう。 「ブラジル産のサトウキビや米国産のトウモロコシについて、バイオエタノールに加工す るまでに発生するCO2を考慮に入れ、 “正味のCO2削減量”を計算しました。これらを 考慮に入れていないCO2削減量を“見かけのCO2削減量”とすると、以下の式でCO 2削減率が求められます。 CO2削減率=(正味のCO2削減量)÷(見かけのCO2削減量) カーボンニュートラルが成立するのは、CO2削減率が1の場合です。もちろん、完全な カーボンニュートラルを実現するのは無理でしょうが、この数値が1に近ければ近いほど、 地球温暖化防止の観点からは効果が高いことになります」 「計算の結果、ブラジル産のサトウキビはCO2削減率が0.87で比較的高かったので すが、米国産のトウモロコシはマイナスの値になってしまいました。生産・製造時に排出 されるCO2が多すぎるため、そもそも“正味のCO2削減量”がマイナスだったのです。 トウモロコシはサトウキビに比べ、栽培段階で窒素肥料を多く必要とし、加工段階でもデ ンプンを糖化する工程が必要な分、余計にCO2を排出してしまうのです。これでは、使 えば使うほどCO2排出量が増加することになります」 --ブラジル産のバイオエタノールをたくさん使うようにすればいいのではないです か? 「そこにも誤解があります。ガソリンの代わりとして広く利用するには、バイオエタノー ルの生産量がまるっきり足りません。増産しようとすると、ブラジルの熱帯雨林を農耕地 として開発しなくてはなりませんが、失われた森林が吸収・蓄積するはずだったCO2を バイオエタノールの利用によって取り戻すには数十年から100年の年月がかかってしま います」 「研究すればするほど、どうしてこんなことを“バイオマス・ニッポン”などと持ち上げ て日本の国策に据えたのか、信じられない思いがしてきます」 >>Vol.2 につづく Vo.2 「バイオ燃料はCO2排出削減にはつながらない」と主張する静岡大学の松田智准教授。 Vol.1 に引き続き、氏の主張に迫った。 (聞き手=佐藤 輝) --農作物を原料にしたバイオエタノールについては分かりました。それでは、木材や稲 わらをエタノール化して使う場合はどうでしょう。 「量がまったく足りません。木材や稲わらなど木質系原料に含まれるセルロースを全量エ タノール化できれば、原料1トンから約200リットルのバイオエタノールが生産できる と言われていますが、これはあくまで理論上の数値です。実際は1トンから30数リット ルの生産がせいぜいです。もし仮に、200リットルの生産が可能になったとしても、そ れをE10(ガソリンにバイオエタノールを10%混ぜた燃料)として利用した場合、現 在消費しているガソリンに比べて約3%のCO2しか削減できません。これでは、地球温 暖化対策として有効とはとても言えません」 --そうした研究結果があるにもかかわらず、日本でバイオ燃料の利用が推進されている のはなぜでしょうか? 「バイオ燃料の導入を進めるブラジルや米国、EUに遅れをとってはいけない、という意 識が背景にあったのではないでしょうか。しかし、忘れてはいけないのは、これらの国々 の狙いは地球温暖化防止にはない、ということです」 --と言いますと? 「ブラジルの場合は、サトウキビが生産過剰になった際の値崩れを防止することがそもそ もの目的でした。米国やEUの場合も、余剰農作物の有効利用が主目的です。いずれも農 業政策の一環という側面が強く、必ずしも地球温暖化対策のためだけにやっているわけで はありません。日本がその必要もないのに、 『CO2を削減できそうだ』というイメージだ けでバイオ燃料に傾斜していくのは、ばかげていると思います」 --それでは、バイオマス利用にはまったく意味がないのでしょうか? 「我々はバイオマス利用そのものを否定しているのではありません。液体のバイオ燃料は CO2削減・地球温暖化防止という観点からは意味がないと思いますが、バイオマス利用 自体は森林資源の有効活用という面で意義があります」 「日本の場合、バイオ燃料の原料として唯一現実性があるのが、森林の間伐材や廃木材な どの木質バイオマスです。これらをより有効に活用するためには、液体のバイオ燃料に加 工してガソリンの代わりに使用するよりも、固体のまま直接燃焼させたほうがよっぽど効 率がいい。あくまで地産地消を原則に、国内の森林整備を進め、森林バイオマスの自給率 を高めることに予算を投じていくべきです」 「電力業界は、RPS法(新エネルギー利用特別措置法)により、石炭火力発電所でバイ オマスの混焼を進めていますが、国内の木材だけではとても足りず、海外から輸入してい ます。地産地消が原則のバイオマスを、高いコストをかけて輸入するなど愚の骨頂です。 電力業界の中にも、ばかげた政策だと感じている方がいるのではないでしょうか」 「長くなるので、詳しくは拙著『幻想のバイオマスエネルギー』をご覧になっていただき たいのですが、根本的には、CO2排出削減に振り回されるのではなく、どうすれば日本 の国益にとって実質的にプラスになるのかを考え、取り組みを進めていくべきではないか と思います」 --本日はありがとうございました。 (おわり)
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