はじめに「これからの循環器診療にホスピタリストが果たせる役割」

特集
循環器疾患 1
はじめに
これからの循環器診療に
ホスピタリストが果たせる役割
*
平岡 栄治
HIRAOKA, Eiji
高齢化社会の循環器診療の実際
することが,この先必要になる。しかしながら,
そのためのホスピタリストの循環器疾患の経験・
知識は,感染症をはじめとする他の専門分野より
日本は社会の急速な高齢化を迎えている。全人口
もまだまだ足りないと思われる。
は次第に減少し,2025 年には 1 億 2000 万人を下
循環器医とホスピタリストが共通言語をもち,
回るが,75 歳以上の後期高齢者は増加し,2000
連携しながら診療にあたらねば,この超高齢社会
1)
万人を超す と予測されている。
日本の循環器疾患の診療を担っているのは循環
を乗り切ることはできない。ホスピタリストが循
環器医と共通言語でディスカッションしていくた
器内科医が中心である。しかし,このように高齢
めには何が求められるか。ST 上昇型心筋梗塞
化が急速に進むなか,心不全,急性冠症候群
(STEMI)を例に挙げると,ER マネジメント(ER
(ACS)
,心房細動などの患者が増加しており,循
から心臓カテーテル),心カテ後の急性期マネジ
環器医だけで救急(ER)外来,CCU(coronary
メント,病棟で患者を引き継ぐ際の申し送り事項,
care unit),一般病棟,継続外来のすべてをカバ
病棟で血圧が低下したときの心電図や心エコー図
ーするのは困難になりつつある。
でのチェックポイント(不整脈,機械的合併症,
都市部の一部の病院では循環器医が十分にいる
ステント血栓など)
,退院までに行うべきこと(必
が,都市部でも小規模な病院,また地方の病院で
要な二次予防の薬,運動療法,食事療法,アドヒ
は循環器医が不在,いても 1 人,または週に 1∼
アランスの大切さ,虚血症状・心不全症状出現時
2 回の外勤であったりする。そういう病院では当
のアクションプラン,心のケア,日常生活復帰へ
然,循環器疾患をもつすべての患者を循環器医だ
の懸念へのアドバイス)など,一連の流れを知っ
けで対応していくには無理がある。
ておくことがまずは必要である。
また,糖尿病,慢性閉塞性肺疾患,認知症など
の疾患を合併している患者も増加しており,臓器
本特集で扱う疾患
別専門医ではなくホスピタリストがそういった患
者を管理する機会が増えつつある。同様に,ホス
循環器疾患は幅広く,虚血性心疾患,心筋症,弁
ピタリストが,必要に応じて専門医の助けを借り
膜症,不整脈,心膜疾患,急性・慢性心不全,そ
ながら,ケアの質を落とさず,循環器疾患を診療
して予防医学がある。また症候からみても,胸痛,
*東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科
今後複数回にわたって,これらのテーマを取り上
呼吸困難,失神,動悸がある。Hospitalist 誌では,
531
2188-0409/15/
¥ 250/ 電子:¥ 500/ 論文 /JCOPY
Hospitalist VOL.3 NO.3 2015.9
特集 循環器疾患 1
*1
地方に住む人から作成
された予測ツール
10 年間の発症率が 1%,
RRR(絶対リスク減少)30%
としたら NNT(治療必要数)
は 333。
*2
げていく。その第 1 弾の本特集は「虚血性心疾患」
者が,ツールのもととなったコホート同様の特性
とし,「安定虚血性心疾患」「ST 上昇型心筋梗塞
をもつか,吟味が必要」と解説されている。つまり,
(STEMI)」
「非 ST 上昇型急性冠症候群(非 ST 上
*1
都市部の患者に,JALS-ECC
を使用できるか
昇型心筋梗塞,不安定狭心症)
」
「冠攣縮性狭心症」
どうかは不明である。ましてや米国の Framing-
を取り上げる。
ham スコアはリスクを過大評価するため,その
一般的事項は章立てとし,専門的ではあるが,
ままでは日本人には使用できない。目の前の患者
議論するためにホスピタリストも知っておかねば
が,検診で要精査とされ,自身の 10 年間の心筋
ならないことはコラムやミニコラムとして取り上
梗塞発症率はかなり高いと(50%くらいに)見積
げた。少しでも読者の理解が深まるように「これ
もっていることはよく経験する。スタチンを処方
を読んで身につけてほしい知識」をまとめる。
するかどうかの吟味
*2
も大切だが,適切にリス
クを見積もり,患者に説明し,禁煙指導などを含
各項目の解説
めたトータルケアが必要だろう。このように予測
ツールの「正しい」使用法を知らなければならない。
虚血性心疾患の疫学
本稿では予測ツールを使用するときの注意点がま
とめられている。
日本の結核発症率は 10 万人中何人/年か?と聞く
と「15 人くらい」と正確に答えてくれる研修医は
多い。では急性心筋梗塞は?となると,答えてく
れる研修医は少ない。本稿によると日本での心筋
梗塞発症率は,米国の 1/3∼1/5 と非常に低く,
男性 100∼140/年 10 万人,女性 50/年 10 万人と
のことであった。したがって,米国の診断や治療
ゴール
・目の前の患者のイベント発症率を予測する
ツールを知り,日常臨床に生かせるように
する。
・予測ツールを実際に自分の患者に利用する
際の注意点を理解する。
のエビデンスをそのまま日本に当てはめてよいか
十分考慮しなければならない。心筋梗塞発症率,
死亡率,リスク因子,予測因子を十分理解するた
めにも本稿をまず読んでほしい。
ゴール
・海外でのエビデンスを適切に利用するため
に日本での虚血性心疾患の疫学,米国との
比較を知る。
・具体的には心筋梗塞発症率や死亡率を知る。
・リスク因子や予測因子,それぞれの有病率
を知る。
虚血性心疾患:病歴と身体所見の注意点
虚血性心疾患のケアでは必ず議論に必要となる病
歴,身体所見が,どのような状況でどれくらい役
に立つか,エビデンスをもとに説明されている。
非典型的な差し込む胸痛で ER に来院した患者で
も,最終的に ACS と診断される症例も散見される。
本稿を読むと,病歴,身体所見は重要だが,それ
だけで虚血性心疾患を否定するのは困難である場
合があることが理解できる。
ゴール
コラム:心血管イベント発症予測ツール
44 歳の男性。喫煙者。糖尿病なし,高血圧なし。
検診で LDL-C 160,HDL-C 45,TG 100,TC
225 と脂質異常症を指摘され外来に受診。
Framingham スコアによる 10 年間の急性心筋梗
塞発症または死亡のリスクは 12.4%/10 年,Suita
Score(日本)では 1%/10 年と推定される。どち
らの数値をこの患者には利用できるか?
こういった予測ツールは,あるコホートのデー
タを利用して作成される。本稿では「目の前の患
532
・各症状,身体所見の有用性を知る。
・病歴から ACS の検査前確率を推定する。
・非典型的胸痛で ACS を否定できるかどう
かを知る。
・「ニトログリセリン舌下で胸痛改善」は虚
血性心疾患に特異的かどうか知る。
・高齢者の虚血性心疾患の症状を理解する。
(例:高齢者の腹痛や嘔吐には心電図を!)
これからの循環器診療にホスピタリストが果たせる役割
ミニコラム:無症候性心筋虚血:
胸痛がない場合は軽症か?
定義,診断法,治療法にはさまざまな議論の余地
があり,マネジメントも定まっていないが,胸痛
全閉塞など)ST が上がらないときがあるこ
とを理解する。
ミニコラム:no reflow 現象と心電図変化
がなくても冠動脈疾患の可能性があることは知っ
経皮的冠動脈インターベンション(PCI)が成功
ておく必要がある。冠動脈疾患患者において症状
して,一見冠動脈造影上,末
の有無では予後は変わらない。ただし,どういっ
no reflow 現象といって,心筋への灌流が適切で
た人をスクリーニングすべきかは今後の課題であ
ない症例がある。微小血栓やプラーク,血球成分
る。さらに,まったく無症状のまま急性心筋梗塞
による微小血管の閉塞・冠攣縮,浮腫が原因とさ
になり,翌年の検診でとった心電図で陳旧性心筋
れる。no reflow 現象が起きている症例は,合併
梗塞と診断され,心エコーをとれば心室中隔穿孔
症や死亡率が上昇する。それを判断するための冠
*3
動脈造影の所見である“TIMI flow”という概念
まで合併していた症例
も経験したことがある。
まで造影されても,
女性,高齢者は典型的症状を呈しにくく,診断ま
も知っておかねばならない。実は心電図でも no
でにより時間がかかると説明されている。こうい
reflow 現象を予測できる。STEMI で PCI が成功
ったことを知識として十分知ったうえで診療にあ
したとして,帰室時心電図をルーチンでとってい
たらねばならない。
る施設は多いと思うが,もし ST 上昇が残存して
ゴール
・症状に乏しい心筋虚血の概念を知る。その
予後への影響を理解する。
・無症候性心筋虚血の治療について理解する。
無症候性心筋梗塞 unrecognized myocardial infarction
*3
いれば,no reflow 現象の可能性がある。この概
念を知っておくと予後予測に役に立つ。PCI が終
わったときの確認事項は,① 最終的に冠動脈造影
で TIMI flow はどうか?(no reflow 現象になっ
ていないか?)
,② 胸痛が消失しているか?③ 心
電図で ST 上昇はなくなっているか?である。
コラム:急性心筋梗塞の心電図診断
急性心筋梗塞で典型的な ST 上昇のマネジメント
は理解しやすいが,現場ではそれ以外で迷うこと
が多い。さらに,左脚ブロックのときの急性心筋
梗塞の心電図となると,かなり診断に困難を感じ
るホスピタリストは多いと思う。どういうときに
ゴール
・STEMI に対して PCI をされて病棟で引き
継ぐ際,確認すべき事項を知る。
・すなわち,TIMI 3 flow が得られているか,
心電図で ST は戻っているか,胸痛は消失
しているか?その意味,意義を理解する。
心電図診断が困難になり,簡単には急性心筋梗塞
を否定してはいけないのか,といったことも本稿
ではまとめられている。さらに循環器領域でも,
診断とリスクの層別化が重要である。心電図によ
コラム:バイオマーカー:
トロポニンの特性とピットフォール
る急性心筋梗塞のリスク層別化についても述べら
インフルエンザで入院してきた高齢者の心電図に
れている。
非特異的 ST 変化があり,念のためにとった高感
ゴール
・急性心筋梗塞の診断,リスク層別化に心電
図がどう役に立つかを知る。
・右室梗塞,側壁梗塞の心電図診断が困難な
こと,その時の心電図の読み方を知る。
・左脚ブロックにおける急性心筋梗塞の心電
図変化を知る。
度トロポニンが陽性,といったことも多々経験す
る。最近はガイドラインでもトロポニンの重要性
が強調されており,その利用法について十分知っ
ておく必要がある。トロポニンの急性心筋梗塞に
おける解釈,診断や予後予測における役割を知っ
ておかねばならない。
ゴール
・左回旋枝(LCX)の急性心筋梗塞などは,た
・急性心筋梗塞の診断,リスク層別化におけ
とえ STEMI 同様のことが起きていても(完
るトロポニンの妥当性,利用方法を知る。
533
Hospitalist VOL.3 NO.3 2015.9
特集 循環器疾患 1
・自施設のトロポニンの妥当性(coefficient
予備能)
,心筋量(心肥大)
,心筋の線維化。
variation<10% の最低値)と正常値(99
・冠動脈造影で有意狭窄でも,虚血を誘発し
パーセンタイル)が,「自分が利用しよう
ない場合,血行再建する必要がないことを
とするエビデンスに使用されたトロポニ
知る。
ン」と同じかどうかを知っておかねばなら
ない。
・急性心筋梗塞以外でも上昇する疾患を知る。
コラム:虚血で生じること
その場合のトロポニンの意義を知る。また
心筋の状態は,正常心筋,梗塞心筋(要するに壊
心筋梗塞のパターン(rise and/or fall)と
死心筋)の 2 種類だけではない。動いていないが
の違いを理解する。
死んでいない心筋もあり,スタニング,ハイバネ
ーションとよばれている。急性心筋梗塞でショッ
ミニコラム:トロポニン迅速キット
ク状態の患者を,PCI 後,大動脈内バルーンパン
ピング(IABP)などの機械的補助を利用し,末
日本では多くの施設でトロポニンキットが使用さ
循環を維持しながら,心臓が動き始めるのを待っ
れている。陰性か陽性しかないので高値か低値か
ている。それはとりもなおさず,このスタニング
はわからない。この迅速キットがどう役に立つの
の心筋が回復するのを待っているのである。また,
か?感度・特異度,臨床上の利用法などのエビデ
いったん心筋が短時間梗塞にならない程度に虚血
ンスがまとめられている。
にさらされると,次の虚血に対する耐性(つまり
ゴール
・トロポニン迅速キットの妥当性(感度・特
異度)
,エビデンス,利用法を知る。
心筋保護効果)ができる。これをプレコンディシ
ョニングというが,本稿によると KATP チャンネ
ルの活性化が重要で,KATP チャンネルを閉じる
糖尿病の薬(SU 薬)は,心筋梗塞においてプレ
コンディショニングを阻害し,心筋障害を助長す
コラム:虚血の生理
る可能性があると述べられている。こういった
「生理」を知っておくと,糖尿病の薬物歴や,不
検査には感度・特異度がある。そこから陽性尤度
安定狭心症状態から急性心筋梗塞になったのか,
比,陰性尤度比が求められ,検査前確率から検査
いきなり急性心筋梗塞になったのかなど,病歴聴
後確率が計算される。狭心症に関しては,検査前
取も意味づけしながらとることができるであろう。
確率が高ければ「ゴールドスタンダードの冠動脈
造影検査を!」であるが,心筋虚血の生理を理解
すると,冠動脈造影検査が常にはゴールドスタン
ダードではないことが理解できる。冠動脈造影検
ゴール
・虚血のカスケード,心筋のバイアビリティ,
プレコンディショニングの概念を知る。
査で 90% 狭窄でも,実際虚血を誘発せず血行再
建をしないほうがいい場合もあれば,75% 程度
の狭窄でも少しの労作で虚血を誘発する場合があ
安定虚血性心疾患の診断とリスク層別化
る。
「狭窄」をみる検査と,「虚血」の有無をみる
一般的に,すべての疾患には診断とリスク層別化
検査のそれぞれの意義を理解することが大切であ
がある。癌でいえば,診断とステージングである。
る。そういったことが本稿で解説されている。急
冠動脈疾患の検査には運動負荷試験だけでなく,
性心不全,慢性心不全,冠動脈疾患,不整脈にせ
冠動脈 CT,運動負荷+画像(心筋シンチグラフィ,
よ,循環器疾患はすべて生理を理解しておくこと
心エコー)
,薬物負荷+画像(心筋シンチグラフィ,
が非常に大切である。臨床的エビデンスだけでは
心エコー)などもあるが,それぞれがどう違うの
十分とは言えない。
か,診断とリスク層別化(予後予測)にどう役に
ゴール
・「心筋虚血の生理」を理解する。因子の例:
冠動脈狭窄度合い,微小血管機能(冠血流
534
立つのか,について解説されている。ホスピタリ
ストは自分たちの患者に行われた検査とその目的
を理解することが大切である。できれば検査計画
までたてられる知識を身につけたい。
これからの循環器診療にホスピタリストが果たせる役割
い。
ゴール
・安定虚血性心疾患の検査には解剖(見た目
の狭窄度をみる検査),生理(実際虚血が
生じるかどうかをみる検査)があり,その
診断,予後推定に関する役割を知る。
・冠動脈造影で狭窄があっても生理検査で虚
血が誘発されない場合は,リスクが低いこ
とを理解する。つまり,診断とリスク層別
化が冠動脈疾患の「適切な」マネジメント
この症例は,症状と冠動脈病変に関連があるの
か,本当に検査が必要か,血行再建が本当に必要
か?よく吟味しなければならない。本症例のよう
に,高齢者はたまたま検査をして異常が見つかる
ことがある。あまり症状と関係ないが治療をされ,
むしろ入院をきっかけに機能低下を起こすことも
ある。ホスピタリストには,議論に参加するため
にもある程度の知識が必要である。
には必要であることを知る。
ゴール
・運動負荷試験の予後予測利用を知る。
・冠動脈に有意狭窄があるからといって最初
から全例血行再建が必要なわけでないこと
安定虚血性心疾患の治療:薬物療法
を理解する。
冠動脈疾患には亜硝酸薬!と考える医師もいるか
もしれない。冠動脈疾患の治療の目的は,症状に
対する治療と心筋梗塞予防(+生命予後改善)で
ある。亜硝酸薬,ニコランジル,アスピリン,ク
ロピドグレル,β遮断薬,スタチン,アンジオテ
ンシン変換酵素(ACE)阻害薬,糖尿病治療,高
・安定虚血性心疾患において血行再建が予後
を改善するストロングエビデンスはまだな
いことを理解する。
・そのなかにあって,最初から血行再建を考
慮するときはどういうときか理解する。
・今後, ISCHEMIA
*6
試験がキーになるこ
とを知る。
血圧治療,禁煙治療,これらの目的は?ワクチン
接種はどうか?実はインフルエンザワクチンは,
心血管イベントが低下するとされ,二次予防とし
2)
て Class Ⅰ勧告になっている 。
コラム:血行再建術の選択
こういったことは,通常循環器内科医と心臓血管
ゴール
・冠動脈疾患の治療には薬物治療と血行再建
がある。
・薬物治療には抗狭心症治療(つまり胸部症
状に対する治療),心筋梗塞予防(つまり
予後を改善させる治療)があり,自分の患
者に行っている(または行われている)治
療の目的を理解する。
外科医で構成されるハートチームで議論されてい
3)
る 。本稿によると,冠動脈病変の数,病変の複
雑さ,合併疾患が意思決定に影響を与える因子で
ある。冠動脈バイパス術(CABG)となると,侵
襲度も高くなり,死亡するリスクもある。このリ
スクは患者の年齢,合併症,手術の規模などによ
る。高齢者の場合,大動脈狭窄症合併もあり,大
動脈弁置換術+CABG となる症例もしばしば経
験する。当然 CABG 単独よりリスクは上がる。
血行再建はできたが,寝たきりになったというこ
安定虚血性心疾患の治療:血行再建
とは避けたい。透析患者もリスクが高い。一方,
85 歳の男性。歩行時にふらつきがあり病院へ紹
薬剤溶出ステント(DES)留置後は,ステント血
介受診。冠動脈 CT にて右冠動脈に狭窄を疑われ
栓症予防のため,一定期間,抗血小板薬 2 剤を
た。冠動脈に狭窄があれば「広げておかないと大
100% のアドヒアランスで服用することが不可欠
変なことになる」と思っている医師,患者がいる
である。そうすると,どう介入してもアドヒアラ
かもしれない。果たしてそんな単純なものだろう
ンスが低いと予想される患者には DES を使用し
*4
,
た PCI 治療は不向きである。こういった情報を
研究では,全例最初から血行再建し
患者のデータベースとしてホスピタリストが聴取
なくても少なくとも生命予後,心筋梗塞発症率は
しておくことが大切な場面もある。高齢で合併疾
か?いろいろ批判はあるが,COURAGE
*5
BARI 2D
変わらなかった。逆に「どの症例に最初から血行
患も多い患者で,薬物治療のみ,薬物治療+PCI,
再建を考慮すべきか?」も知っておかねばならな
薬物治療+CABG から治療を選択する際,目の
535
*4 COURAGE:Clinical
Outcomes Utilizing Revascularization and Aggres sive Drug Evaluation
*5 BARI 2D : Bypass
Angioplasty Revascularization Investigation 2 Diabetes
ISCHEMIA:International Study of Compara tive Health Effectiveness
with Medical and Invasive
Approaches
*6
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特集 循環器疾患 1
前の患者にとって一番安全で現実的な治療法は何
か?より患者の価値観に沿った治療法は何か?を
考えなければならない。患者を最前線でケアする
ホスピタリストも一定の役割を果たす必要がある。
ハートチームにまねき入れられるくらいホスピタ
リストが力をつける必要がある。
〔例:POBA →急性冠閉塞,BMS → 2∼3
か月後に生じる再狭窄(通常狭心症で発症)
,
DES →ステント血栓症(急性心筋梗塞で発
症し予後が悪い〕。
・目の前の患者に,上記のいずれが,いつ施
行されたか?を知り,抗血小板薬の取り扱
ミニコラム:ホスピタリストにもハートチ
ームにおける役割があるのではないか?
では,ホスピタリストの役割は何か?前コラムの
内容をふまえ,ホスピタリストの視点から私見を
いをどうするか,循環器医と議論できる知
識を身につける。
急性心筋梗塞の定義と病態生理
急性心筋梗塞は虚血で心筋が壊死する疾患である。
述べた。
その定義,診断基準が AHA/ESC から出されて
ゴール
5)
・目の前の患者に薬物治療,薬物治療+PCI,
薬物治療+CABG どれがベストか,考え
る因子を理解する。
・ホスピタリストもハートチームの一員とし
て役割を果たせるような知識を身につける。
いる 。診断基準は,簡単に言えば,トロポニン
が陽性
*10
で,かつ虚血症状,または特徴的な心
電図異常,または新たな壁運動異常,冠動脈造影
異常を伴うとされる。その病態にはさまざまなパ
ターンがあり,それらが整理されている。
通常目にする ACS は,冠動脈プラークの破裂
によって生じた血栓である(Type 1)。狭窄が
徐々に進行し,梗塞が生じることもあるが頻度と
コラム:PCI 発展の歴史
*7
急性心筋梗塞を発症し,
死亡率は 20∼30% である。
しては少ない。後者はむしろ,低血圧,消化管出
ステント留置の既往があり,抗血小板薬を服用し
血などによる貧血や頻脈が加わり,相対的心筋虚
ている患者にかかわるホスピタリストは,ぜひ本
血が生じたことで梗塞となる(Type 2)。前章で
稿を読み,知識を整理しておいてほしい。知識が
ステントの問題点が詳述されたが,観血的処置で
なく不用意に抗血小板薬を中止すると「ステント
気軽に 2 剤併用抗血小板療法(DAPT)を中止す
血栓症」で患者をリスク
*7
に曝す可能性がある
からである。ステントを入れた患者の約 10% は,
4)
病態生理を理解しておくことがホスピタリストに
抗血小板薬を中止するかどうか吟味する必要が出
とって重要である。
てもいいか,高齢者の誤嚥性肺炎で絶食管理のた
め薬を一時中断してもいいか,といった議論をす
る場合も出てくる。その議論にホスピタリストが
参加するには,PCI の歴史を知っておくことが近
道と考える。本稿ではバルーン形成術(POBA)
血管解離や elastic re-
coil( バルーンで広げても血
管の弾性でまたすぐに血管が
狭くなる現象)で急性冠閉塞
を引き起こす。
*9
20 ∼30 % の症例に生
じ狭心症で発症。
*10 特に rise and/or fall
き起こすこともある。こういった急性心筋梗塞の
1 年以内に非心臓手術が必要になり ,そのとき
てくる。悪性腫瘍が疑われ生検のため一時中止し
*8
ると,ステント血栓症によって急性心筋梗塞を引
の合併症
*8
,それを克服するために作られたベ
アメタルステント(BMS),その欠点である再狭
窄
*9
・急性心筋梗塞の定義,生理を理解する。
・必ずしも狭窄病変から急性心筋梗塞になる
のではない,むしろマイナーなパターンで
あることを理解する。
・プラーク破裂以外の急性心筋梗塞の機序,
生理を理解する。
を克服するために作られた薬剤溶出ステン
ト(DES)についてまとめられている。特に DES
の場合の抗血小板薬の中止,中断は循環器医とよ
く相談する必要がある。
パターンを呈する場合
ゴール
・冠動脈形成術には POBA,BMS,DES が
あるが,それぞれの問題点を理解する
536
ゴール
急性心筋梗塞の初期マネジメント
胸痛患者が ER に到着。その患者が STEMI であ
ればすぐに(door-to-balloon time 90 分以内!)
カテ室へ。それまでに行う処置は…鑑別は…。日
本型ホスピタリストは病棟だけでなく一般外来,
救急外来も担当することが求められている。本稿
これからの循環器診療にホスピタリストが果たせる役割
では,ER にて急性心筋梗塞の可能性のある患者
られる。
に対し通常行われることが解説されている。胸痛
患者が来たとき,急性心筋梗塞の確定または疑い
で循環器医に報告する際,ホスピタリストも知っ
ておくべきことがまとめられている。
コラム:抗血小板薬(P2Y12 受容体拮抗薬)
急性心筋梗塞,狭心症のカテーテル治療において,
一定期間の抗血小板薬 2 剤による抗血小板治療が
ゴール
・血栓溶解剤の適応・禁忌を知る。
・door-to-balloon,door-to-needle とは何
かを知る。
・地域全体で STEMI への対策マニュアルを
作成することについて考えるきっかけとす
る。
必要となる。日本では従来,低用量アスピリン+
クロピドグレルが使用されてきたが,欧米では,
新規 P2Y12 受容体拮抗薬として,プラスグレルお
よび ticagrelor が使用されている。日本でも,
コラム:胸痛患者,ER での low risk 群の
見分け方
2014 年 5 月にプラスグレルが使用可能となり,
非常に難しいテーマである。ER に来院する胸痛
ticagrelor も第Ⅲ相試験が終了し,厚生労働省の
患者のなかには,差し込むような胸痛で虚血でな
認可待ちの状態である。本稿では,これらのエビ
さそうな場合でも、最終診断が ACS である可能
デンス,使用方法がまとめられている。
性はある。心電図も典型的でないことも多く,帰
宅させていいかどうか迷うこともある。ACS 患
ゴール
・ER や外来で急性心筋梗塞を疑ったときの
注意点を知る。
者を ACS と診断できず帰宅させると,死亡リス
7)
クが高まる とされる。UpToDate では,目の前
の患者が ACS である可能性が 1∼2% 以上であ
・door-to-balloon time を意識する。
8)
れば,さらなる検査が必要 としている。安易に
・初期治療を知る。
帰宅させ,「急性心筋梗塞で再来」,または「自宅
で死亡」は避けたい。一方,『虚血性心疾患の疫
学』の章でも説明されているように,日本ではも
コラム:血栓溶解療法の適応
ともと発症率が低い。その日本で「帰宅可能な患
今の日本で血栓溶解剤を使用することなんてある
者はどんな患者か?」について,日々,救急外来
のか?と思われる読者もいるかもしれない。
で胸痛診療を行っている救急専門医によってまと
STEMI はどれだけ早く再灌流するかが大切であ
められている。
る。都市部で STEMI になれば,いくらでもプラ
イマリ PCI をしてくれる病院が近くに存在する
かもしれない。地方ではどうか?PCI を自施設で
できず,心カテを行っている施設まで送るとなる
と,FMC
*11
*12
-device time
が 90 分以上かかっ
ていることは珍しくないだろう,ということであ
*13
る。離島もそういう状況があり得るだろう
。
ゴール
・ ER に胸痛で来院した患者のなかで, low
probability,low risk の患者(つまり帰宅
させても明らかな急性心筋梗塞に移行しな
い,突然死にならない患者)を見極めるこ
とができるかを知る。
6)
いてのエビデンス,ガイドライン での位置づけ
を説明していただいた。
contact
*12 救急車が患者のもとに
到着したとき,または,自身
で来院した場合,到着した時
本稿によると,こういった場合は血栓溶解療法の
候補になるようである。ここでは血栓溶解剤につ
*11 FMC : first medical
からカテーテルで再灌流が得
られるまでの時間。
非 ST 上昇型急性冠症候群の
マネジメント総論
*13 筆者の勤務している東
京ベイ・浦安市川医療センタ
ーは地域医療振興協会( JA -
各地それぞれの事情があるなかで奮闘されてい
STEMI のマネジメントはホスピタリストにも比
ると思われ,一概には言えない問題であるが,本
較的理解がしやすい。つまり,心電図にて ST 上
稿を読むと,地域を担う小・中規模病院のホスピ
昇があれば,すぐにカテ! door-to-balloon time
タリスト主導で,その地域の STEMI の予後をど
<90 分,できれば 60 分を目指そう!である。
う改善させるか,基幹病院の循環器医とプロトコ
NSTEMI が厄介である。心電図,エコー,採血
ルを作成する必要があるのではないかと考えさせ
から,rule in または rule out できる症例もあるが,
537
DECOM)の関連病院の 1 つ
である。 JADECOM は全国
の地域医療を担っている。当
院からも多くの医師が派遣さ
れる。その経験から思うとこ
ろである。
Hospitalist VOL.3 NO.3 2015.9
特集 循環器疾患 1
できない症例も多々ある。この rule in/rule out
の概念から,現在は probability とリスク層別化
冠攣縮性狭心症
に代わってきている。ACS の可能性があり,シ
冠攣縮狭心症は,筆者の米国経験ではほとんど遭
ョック,心不全など状態が悪ければ緊急カテ,一
遇しなかったが,日本では多い。旅行者が内服薬
見状態が安定していても高リスク群であれば早め
を忘れ,冠攣縮性狭心症を発症し,心筋梗塞,さ
に心カテをする。状態が安定しており,リスクも
らには心停止にまで至る症例がある。ここでは概
低いなら,今度は長期予後を推定する。長期予後
念,診断,リスク層別化,治療についてまとめら
リスクが高いなら退院までに心カテを考慮する。
れている。もし冠攣縮性狭心症で亜硝酸薬が投与
こういった大まかな流れを知っていることが ER
されている場合,安易に不用意に亜硝酸薬を中断
の医師,ホスピタリストには大切である。非 ST
してはならない。カルシウム拮抗薬,ニコランジ
上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)こそ,循環器
ル,亜硝酸薬を服用している理由がわからないと
医と共通言語で議論をすることが大切である。
きは,常に冠攣縮性狭心症ではないか病歴を十分
ゴール
確認する必要がある。
・NSTE-ACS の診断,リスク層別化,リス
クに応じた心カテの適応と心カテ施行のタ
イミングについて,循環器医と共通概念を
ゴール
・日本人には冠攣縮性狭心症が多いことを知
る。
もつ(これはホスピタリストと循環器医双
・予後が悪いリスク因子を知る。
方にとって非常に大切であり,必要な知識
・安易に薬を中止してはいけないことを知る。
である)
。
・NSTE-ACS のケアの流れを理解する。
急性心筋梗塞の入院治療
ミニコラム:急性心筋梗塞を疑って
緊急冠動脈造影,有意狭窄がなかったら?
胸痛があり,トロポニンも陽性,NSTEMI と診断,
STEMI は,ER,心カテ室,CCU でのケアをス
冠動脈造影したがまったく病変なし,といった症
ピーディに進めねばならず,エキサイティングな
例は時々経験する。先日も,そういった症例があ
部分である。その後の退院までのケアは,予後を
り,最終診断は肺血栓塞栓症であった。ほかにも
さらに改善するために非常に大切である。心筋梗
鑑別すべき疾患がある。このコラムは救急にかか
塞の予防薬,心不全の治療薬の導入,残存狭窄の
わるホスピタリスト必読のコラムである。
血行再建,これだけではない。患者の人生は退院
後も長い。もとの生活に戻れるか?仕事は?旅行
は?死ぬかもしれない病気に罹患したあとの心の
ケアは?さらにアドヒアランスの重要性を教育す
ることも大切である。こここそホスピタリストの
腕の見せ所である。そういったことがまとめられ
ている。
ゴール
・急性心筋梗塞は血行再建が重要であるが,
その後の退院までに行うケア,その意味づ
けを知る。
・生活における注意点を知る。
・心筋梗塞再発予防について知る。
・アドヒアランスの重要性,その患者教育に
ついて知る。
ゴール
・ ACS と考え心カテをして正常冠動脈であ
ることがある。
・鑑別疾患を知る。例:プラーク破裂したが
血栓が消失,冠攣縮性狭心症,たこつぼ心
筋症,肺塞栓症など。
● ● ●
ホスピタリストは,現在の日本の医療で十分にケ
アされていないところを積極的に補う役割がある。
感染症などは力がついてきていると思うが,地域
医療では,やはり循環器疾患,呼吸器疾患,消化
器疾患,脳梗塞などの神経疾患の急性期,慢性期
患者が多く,これらのコモンディジーズをホスピ
タリストが管理できるようにならなければならな
い。専門家と共通言語をもって協働し,ときには
538
これからの循環器診療にホスピタリストが果たせる役割
ホスピタリストがリーダーシップをとっていくこ
とが重要になってくる。また,現場での経験と知
識を定着させる教育システムも重要になる。今回
の特集がその一助になり,読者の施設でも考えて
いくきっかけになることを期待している。
◉ 文献
1.内閣府.高齢化の状況.In:平成 27 年版高齢社会白
書(概要版).
<http://www8.cao.go.jp/kourei/
whitepaper/w-2015/gaiyou/pdf/1s1s.pdf>Accessed
on Sep. 3, 2015.
2.Smith SC Jr, et al. AHA/ACCF Secondary Prevention and Risk Reduction Therapy for Patients with
Coronary and other Atherosclerotic Vascular Disease:2011 update:a guideline from the American
Heart Association and American College of Cardiology Foundation. Circulation 2011;124:2458-73.
PMID:22052934
3.Levine GN, et al. 2011 ACCF/AHA/SCAI Guideline
for Percutaneous Coronary Intervention. A report
of the American College of Cardiology Foundation/
American Heart Association Task Force on Practice Guidelines and the Society for Cardiovascular
Angiography and Interventions. J Am Coll Cardiol
2011;58:e44-122.
PMID:22070834
4.Franchi F, et al. Perspectives on the management
of antiplatelet therapy in patients with coronary artery disease requiring cardiac and noncardiac surgery. Curr Opin Cardiol 2014;29:553-63.
PMID:25144343
5.Thygesen K, et al. Third universal definition of
myocardial infarction. Circulation 2012;126:202035.
PMID:22923432
6.循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012
年度合同研究班報告)ST 上昇型急性心筋梗塞の診療
に関するガイドライン(2013 年改訂版).
<http://
www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2013_kimura_
h.pdf>Accessed Sep. 1, 2015.
7.Pope JH, et al. Missed diagnoses of acute cardiac
ischemia in the emergency department. N Engl J
Med 2000;342:1163-70.
PMID:10770981
8.Miller C, et al. Evaluation of patients with chest
pain at low or intermediate risk for acute coronary
syndrome.<http://www.uptodate.com/contents/
evaluation-of-patients-with-chest-pain-at-low-orintermediate-risk-for-acute-coronary-syndrome>
Accessed Sep. 1, 2015.
付録 1 本特集で使用する用語表
略語
和表記
欧文フルスペル
ACE
アンジオテンシン変換酵素
angiotensin converting enzyme
ACS
急性冠症候群
acute coronary syndrome
AMI
急性心筋梗塞
acute myocardial infarction
ARB
アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬
angiotensin II receptor blocker
ATP
アデノシン三リン酸
adenosine triphosphate
CABG
冠動脈バイパス術
coronary artery bypass grafting
CAG
冠動脈造影
coronary angiography(angiogram)
CAS
冠動脈攣縮
coronary artery spasm
CFR
冠血流予備能
coronary flow reserve
CRP
C 反応性タンパク
C-reactive protein
CVR
冠血管抵抗
coronary vascular resistance
DAPT
2 剤併用抗血小板療法
dual antiplatelet therapy
DES
薬剤溶出ステント
drug eluting stent
FFR
血流予備量比
fractional flow reserve
FMC
first medical contact
GRACE
Global Registry of Acute Coronary Events
IABP
大動脈内バルーンパンピング
intra-aortic balloon pumping
ICD
植込み型除細動器
implantable cardioverter defibrillator
IHD
虚血性心疾患
ischemic heart disease
IVUS
血管内超音波
intravascular ultrasound
LAD
左前下行枝
left anterior descending artery
LCX
左回旋枝
left circumflex artery
LMT
左主幹部
left main trunk
LVEF
左室駆出分画
left ventricular ejection fraction
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