年次活動報告書 2014 頭部搭載型風覚ディスプレイによる 一人称エンタテインメント体験の臨場感向上 顔写真 筑波大学 システム情報系 知能機能工学域 助教 橋本 はじめに 近年,複数の感覚を提示することでエンタテインメン ト体験の臨場感を向上させる研究が盛んに行われている. その中の 1 つである“風覚”に着目すると,既に数多く 提案されてきた[1-5]ものの,風を提示するための風源が 環境側に固定されているものがほとんどである.そのた め,ユーザの位置や行動が大きく制限されており,身体 運動と連動した風提示は難しかった.また,装置が大型 で,風の表現力に乏しいという問題も存在していた. そこで本研究は,風源をユーザ側に設置することで, ユーザの位置・姿勢・動作に合わせた「風」の演出が可 能な頭部搭載型風覚ディスプレイの開発を行い,一人称 エンタテインメント体験の臨場感を向上させることを目 的とした.本目的を達成すべく,以下に述べる 2 点につ いて取り組んだ. ① 送風機構の効率化による風表現の強化 ② システムの小型・軽量化による運動追随性の向上 悠希 1 2 頭部搭載型風覚ディスプレイ 我々は普段衣服で体が覆われていることから, 全体に 風を提示する必要は必ずしも無く,局所的な提示する装 置で十分である可能性が高い.よって筆者らは,皮膚露 出面積の広い顔面部位および手に対して風知覚実験を行 い,耳が最も風知覚に敏感であることを明らかにした [6]. また,この知見を基に,耳近傍をターゲットとした頭部 搭載型風覚ディスプレイを提案・実装した[7].その際, スピーカ膜の往復運動とスリット機構を利用した,小 型・軽量で時間分解能が高い送風手法を新たに提案した (図1 ).本手法は回転ファンによる送風とは異なり, スピ ーカ膜が下がることによって側面のスリットから空気を 取り込み, スピーカ膜を押し上げて直線的に空気を押し 出す機構となっている.この機構は,機械的に可動する 弁を用いなくても空気の射出口に生じる負圧を大きく削 減でき,空気吸入時にユーザが負圧を知覚することはほ ぼ無い.また,アクチュエータの特性から,回転ファン タイプのものと比べて時間応答性に優れ,時間分解能の 高い風提示が可能となっている. -1- 図1 スリット機構を用いた送風手法 [6] 本研究では,この送風機構の効率化とシステム全体の 小型・軽量化を行うことで,風の表現力の強化と運動追 随性の向上を果たし,様々なコンテンツに利用可能な風 覚ディスプレイとしての基礎を固めることを試みた. 3 送風機構の効率化 これまで,スピーカを覆うカバーの形状は平板型(図 2 左)を採用していた.しかしながら,これでは射出時に大 半の空気が押し返され,風速が低下している可能性が高 い.そこで,カバーの形状を見直すことで送風の効率化 を行った.実験は,流体シミュレーションと実機による 検証をそれぞれ行った.比較した形状は以下の 3 種類で ある. 図2 比較したカバー形状 シミュレーションの結果,円錐型における射出口の流 速が最も大きいという結果となった(図3).また,実際に 同形状のカバーを作成し,風速計で計測した結果,シミ ュレーション結果と同様に円錐型が最も大きな風速とな った(図4).以上から,カバーとして円錐型を採用するこ ととした. 年次活動報告書 2014 風機の数は従来と変わらず計 6 個であり,性能低下は生 じていない.以上から,従来のプロトタイプと比較して 身体運動を阻害しにくいものができた.本プロトタイプ の風提示能力を計測したところ,耳近傍において最大約 10 m/s であった.これは,100m 走やボクサーのパンチ など,身体から出せる最大速度に相当する値であり,本 プロトタイプは身体運動によって生じる風が十分に提示 できる能力があることが分かった. 5 おわりに 本研究では,一人称エンタテインメント体験の臨場感 を向上させることを目的に,ユーザの位置・姿勢・動作 に合わせた「風」の演出が可能な頭部搭載型風覚ディス プレイの性能向上を試みた.2 点の取組みの結果,プロト タイプの重量や体積を削減しつつ,送風能力を強化する ことができた. 今後は,具体的なコンテンツの制作を行い,風覚提示 がエンタテインメント体験の臨場感にとってどのような 影響を及ぼすのかを検証していく. 図3 流体シミュレーションの結果 参考文献 [1] L. Deligiannidis, R. J.K. Jacob: The VR Scooter: Wind and Tactile Feedback Improve user Performance, Proceedings of the 2006 IEEE Symposium on 3D User Interfaces, 2006 [2] L. Soares, L. Nomura, M. Cabral, L. Dulley, M. Guimaraes, R. Lopes, M. Zuffo: Virtual Hang-gliding over Rio de Janeiro, nternational Conference on Computer Graphics and Interactive Techniques archive ACM SIGGRAPH Emerging technologies, 2005 [3] 小 坂 祟 之 : WindStage (WindDisplay & WindCamera), 芸術科学会論文誌 Vol. 8, No. 2, pp. 57-65, 2009 [4] T. Moon, G. J. Kim: Design and Evaluation of a Wind Display for Virtual Reality, Proceedings of the ACM symposium on Virtual reality software and technology,pp122-128, 2004 [5] R. Sodhi, I. Poupyrev, M. Glisson, A. Israr: AIREAL: Tactile Gaming Experiences in Free Air, SIGGRAPH2013 Conference Proceedings, Volume 32 Issue 4 Article No.134, 2013. [6] 小島雄一郎, 橋本悠希, 梶本裕之: 皮膚を局所 的に刺激するウェアラブル風覚提示デバイス の基礎的検討, 日本バーチャルリアリティ学 会 第 13 回大会論文集, 2008. [7] Y. Kojima, Y. Hashimoto, H. Kajimoto, “A Novel Wearable Device to Present Localized Sensation of Wind,” Int. Conf. on Advances in Computer Entertainment Technologies (ACE2009), 2009. 図4 実機による風速計測結果 4 装置の小型・軽量化 これまで製作したプロトタイプは,重量が約750g であ り,ウェアラブルデバイスとしては重かった.また,体 積も大きく,身体運動が妨げられる要因となっていた. そこで,ヘルメット部や部品の取付け方を見直し,小型・ 軽量化を図った. 図5 新たに製作したプロトタイプ ヘルメット部の素材の見直し,送風機構の取付け部品 の削減等を行った結果,最終的に約500g まで軽量化する ことができた.また,ヘルメットの形状を見直し,サイ ズが一回り小さくなったため,風に対する抵抗や回転運 動におけるモーメントの影響が小さくなった.なお,送 研究業績 [a] -2- 橋本:耳への局所的な送風機構を用いた頭部搭載型風覚デ ィスプレイ, 第 14 回力触覚の提示と計算研究会, 2015/3/2-3.
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