家族信託の世界 家族信託の様々な形

家族信託の世界
40号(27・7)
相続対策の専門家
堀光博税理士事務所
092-292-5138
家族信託の様々な形
~関係機関との連携~
家族信託の世界 39号では、信託財産に対する債権・抵当権等について考えてみました。
今回は、家族信託を考える上で必要だと思われる、委託者・受託者・受益者以外の関係者・
関係機関について考えてみたいと思います。これらのことは、家族信託関係の書籍などで
は全く記述がありませんが、私がこれまでかかわってきた家族信託契約では、非常に重要
な要素であると感じていますので、皆様にご紹介しようと思います。
Ⅰ
金融機関
前回の家族信託の世界では、担保・債権・質権など、金融機関がかかわる事柄について
考えてみたのですが、家族信託における信託財産は、金額評価が出来うる財産と定義すれ
ば、何らかの形で金融機関とのかかわりを持たなければ、信託財産の管理が出来なくなる
からでした。信託契約に基づいて、委託者から預かる信託財産を、安全・確実に管理して
いくためにも、受託者は金融機関とのかかわりを持たざるを得ないということになるでし
ょう。
Ⅱ
税理士
家族信託の世界で、委託者・受託者・受益者以外で最も出てくるのが税理士です。
これは家族信託における信託財産は、金額評価が出来うる財産である以上、必ず税の対象
になるからです。したがって、税理士は家族信託において、様々な場面で登場します。
(1)家族信託契約アドバイザーとして
私がかかわった家族信託契約で、税理士がかかわらなかった契約は1件だけです。
この場合は、委託者死亡により終了するもので、税金関係が充分に考慮された公正証書遺
言がきちんと作成されており、税法上全く問題はないとわかっていたからです。
一般的には、様々な場面で発生する税への配慮は、専門家でなくてはわからないことが多
く存在しますし、家族信託契約のメンテナンスにおいても、変化する税制への対応は専門
家の意見が必要です。これらのことから、私にとっての家族信託契約では、税理士の存在
は、非常に重要な要素であるといえます。
Ⅲ
委託者・受託者・受益者
では、委託者・受託者・受益者にとってはどうなのでしょうか。
(1)委託者:
家族信託契約の締結から、その後の最終受益者への遺贈までなど、あらゆる場面で税
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理士が登場します。家族信託は相続対策を兼ねているケースがほとんどですから、税負
担の軽減や納税対策など、委託者にとって専門家の登場機会が増えるのは当然といえる
でしょう。また、受託者をコントロールする意味でも、資金の流れを追うことは、非常
に重要な要素の一つです。このため、税理士の存在は、委託者に変わって、大切な信託
財産を守るためにも、信託監督人への指定も含めて、考えるべき事柄であると思われま
す。
(2)受託者:
家族信託契約における受託者は、信託財産を預かっているだけですから、信託財産に
関する税は特に考慮する必要はないと考えられますが、受益者が信託財産から得られる
利益を受け取り申告する際など、受託者が管理している信託財産の管理帳簿が必要とな
りますし、信託財産がきちんと管理されているかは、資金の動きを見守る必要がありま
すので、私は税理士に信託監督人をお願いしています。この信託監督人がチェックす
る対象者は、原則的に受託者になります。したがって、付き合い方は異なりますが、受
託者も税理士とのかかわりを持たなければ業務が進めにくいと言わなければなりません。
(3)受益者:
収益受益権者も元本受益権者も、税理士抜きでは非常に困るのではないかと思います。
委託者=受益者の段階は勿論ですが、受益者連続型家族信託などで新たに受益者となった
場合なども、受託者の管理する帳簿をチェックしても、ある程度の経理知識がなければ分
かりにくいであろうと思います。特に元本受益者は、本人の相続・相続税対策がいずれ必
要になる可能性があります。このような場合、従来から信託財産をチェックしていた税理
士の存在は大きいのではないかと思います。
Ⅳ
弁護士・司法書士・行政書士
私の場合、家族信託契約書の作成は、弁護士もしくは司法書士、行政書士にお願いし
ています。家族信託契約を行うにあたり、任意後見の届け出や公正証書遺言などの作成
をセットにしているからです。また、どなたにお願いしたとしても、なるべく別の士業
にリーガルチェックをお願いすることにしています。委託者・受託者・受益者は法律用
語には疎い方が多いですし、信託法以外では民法など他の法律で規定されている場合に、
家族信託契約に記述がないものも多く(作成する士業によって大きく異なります。)、一
般的に委託者の想いに合致しているのかどうかの判断が難しいからです。その上で、私
が一般文書として展開し、関係者の家族信託運用マニュアルとして活用していただいて
います。
(このことは、このコラムで何度か紹介させていただいております)
また、家族信託契約書はメンテナンスも考えなければなりませんから、私にとっては士
業の皆さんとのお付き合いは大切なものなのです。
Ⅴ
医師
家族信託契約に携わらせていただく中で、委託者の自己判断能力の問題はいつもつい
てまわります。資産の所有者のほとんどが高齢者であるからです。これまでの家族信託
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の世界で、何度か書かせていただきましたが、認知症の発症段階は非常にわかりにくく、
また進行度合いも個人や病気の種類のよっては大きく異なります。ご本人の意思を疑う
わけではありませんが、家族信託契約に異議を申し立てられた場合に、ご本人の意思確
認に医学的根拠がなければ、非常に面倒なことになるからです。家族信託契約締結・発
効時点では仲の良かった家族・兄弟でも、時間経過と共にどう変化するかは、誰も予測
できません。相続が発生してから、家族信託契約に異議をとなえる場合が考えられ、仮
に契約時の自己判断能力に疑問があるとなれば、それまでの相続対策がすべて無になっ
てしまう可能性もあるからです。だからこそ、私たちは委託者ご本人の意思確認に気を
使うことになります。これまでの打ち合わせでは、病院に行って自己判断能力の有無を
証明してもらうようにしていましたし、多少疑問がある場合は、二人の医師に確認して
いました。しかし、最近参考になる出来事がありました。
ある家族信託契約において、委託者が高齢者介護に詳しい方だったのですが、ご本人の
自己判断能力の話になった時、認知症程度がいくつであろうと(要支援1・2、要介護
1・2・3・4・5)介護に詳しい方は、自己判断能力に疑問を持つという話でした。
特に一日のうちでも、波が激しいケースもあり、認知症程度が低いから良いということ
はできないとの事なのです。家族信託の世界でも何度か触れましたが、現代の医学進歩
により、認知症発症からお亡くなりになるまでは、数年から数十年と言われます。つま
り、お亡くなりになってからの家族信託契約に疑問を持たれると、よほど根拠がなけれ
ばトラブルになりかねないのです。そこで、ご本人が市役所の介護保険課(市町村で担
当の部署名は異なります)に出向かれ、介護保険の申請(自分自身の介護認定審査請求)
をされました。これはどういうことかといいますと、次の通りでした。
40歳以上の介護保険支払者なら、役所の介護保険課等で介護保険の申請をすること
ができます。まったく健康な人でも可能です。この場合には、医師の意見書を有識者会
議(医師・看護師・介護福祉士・社会福祉士等の専門家が10人程度で構成される介護
度判定会議である)で判定し、“自立”(なんともない)と判断が出ることになります。
そして“自立”と記載された保険証が発行されるので、これをもって自己判断能力あり
とすることができるのです。保険証は行政が発行する公的な自立証明として活用できま
すし、無料で取得できます。ご本人は、
「心の健康診断のつもりでやれば、良いと思いま
すよ。
」と言われていました。
このように、家族信託では医師とのかかわりは直接的にも間接的にも必要なのだと思い
ます。
(参考:介護保険による介護サービス申請の流れ)
1 介護保険担当窓口へ申請
介護サービスの利用を希望する方は、長寿支援課(市町村で窓口は異なります)で要
介護認定の申請をしてください。
●介護サービスを利用できる方
第1号被保険者(65歳以上の方)…原因を問わず、日常生活に介護や支援が必要な。
方第2号被保険者(40歳以上64歳の方)…加齢による病気(特定疾病)が原因で、
日常生活に介護や支援が必要な方
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●申請に必要なもの
○要介護・要支援認定申請書
主治医の氏名、医療機関の名称・所在地・電話番号がわかるもの、介護保険施設に入所
している方は入所先の名称、所在地、電話番号がわかるものを持参していただくと記入
するときに便利です。
○ 窓口に申請に来られる方の印かん
○ 被保険者証
65歳以上の方……介護保険被保険者証
40歳~64歳の方……加入する医療保険の被保険者証
※申請してから認定結果がでるまで、30日ほどかかりますが、認定結果は申請日から
有効となります。
2 認定調査
申請をすると、認定調査員が自宅や入所施設を訪問し、本人の心身の状況などに関する
調査項目について、本人や家族などから聞き取り調査を行います。調査項目の調査結果
を全国一律の基準で判定(1次判定)し、調査で聞き取ったことを特記事項としてまと
めます。
3 主治医の意見書
主治医(かかりつけ医)に、本人の心身の状況について医学的な観点から意見書を作成
してもらいます。また、意見書作成にかかる費用は市が負担します。
4 審査判定(2次判定)
認定調査の結果と主治医意見書をもとに、保健・医療・福祉の専門家で構成された「介
護認定審査会」で介護が必要かどうか、どの程度必要かを審査・判定します。
5 認定結果の通知
市は審査結果に基づいて要介護状態区分を認定し、その結果を記載した通知書と被保険
者証を送ります。原則として、申請から30日以内に認定結果が通知されます。
●認定結果の有効期間
新規申請・区分変更申請の場合は、申請日から原則6ヵ月です。また、更新申請の場合
は、前回の有効期限の翌日から原則12ヵ月です。ただし、認定結果が要介護1から要
介護5の方は、有効期間が最長24ヵ月まで延長される場合があります。
Ⅵ
高齢者・障がい者の介護・支援施設
家族信託契約を行う時点では、委託者と受託者で契約は可能ですが、委託者が高齢者の
場合は、介護施設との連携は必要になってくると思います。認知症発症後の病気進行状況
や健康状態などは、介護施設が最も把握しているケースがほとんどだからです。一般的な
介護施設は、定期的にご本人の現状報告があります。認知症の進行状況や病気・体力など、
様々な観点から報告がなされます。委託者が介護施設利用の場合は、いざという時に備え
て、介護施設の報告はきちんと把握しておく必要があると思います。
また、将来の受益者として指定されるケースが多い障がい者については、支援施設との連
携は重要だと思います。介護施設と同様に、日頃の状況は支援施設が把握しています。障
がいによっては、状態の季節変動や薬の強い副作用など、注意しなければいけない項目が
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多く存在します。また、自傷行為を伴うこともあるため、家族が状況を把握することは必
要なのです。パニック障害をもつ方はもちろんですが、知的障がい者もパニックを起こす
ことが多いため、特に注意が必要となります。
つまり、委託者や受益者となる方の、精神的・肉体的健康状況の把握も、受託者として
は意識しておかなければなりませんから、病院も含め介護施設や支援施設などとの連携は
必要なことなのです。
これら介護施設や支援施設のことは、家族信託に関する書籍には一切登場することはあ
りません(これまで、私が読んだ書籍には触れているものはありませんでした)
。
しかし、契約書のテクニック的なものではなく、運用実務面から考えると非常に重要な要
素であると言えるのです。
また、家族信託契約の発効が、委託者の自己判断能力の有無による場合は、
「Ⅴ医師」のと
ころでお話しした証明書が有効ですし、これに加えて医師や施設の意見がなければ、発効
のタイミングが分からなくなることになります。
さて、ここまで委託者・受託者・受益者以外の関係者・関係機関について考えてみました
が、参考になったでしょうか。実務から考えると必要な事柄を説明したと思いますし、な
かなか聞いてわかることでもないと思います。
次回からは3回程度の予定で、金融機関における家族(民事)信託への取り組みと考え方
をフリートークで話していただいたものをご紹介したいと思います。現場での考え方など、
非常に面白い話がきけるものと期待しています
by T.Senoo (文責:家族信託研究所 妹尾哲也)
本コラムの内容は筆者が独自に開発したものであり、筆者の許可なく他への登載、利用及
び読者がこのコラムを基に公的機関に対する登録上の記載を禁止致します。
税理士堀の感想
最近、あるハウスメーカーの研修の一部に家族信託の活用法もありました。レジュメには
「金融機関や建設業者、不動産業者等との協力が必要です。
」とありました。しかし、研修の
場ではその件に関しての講師の説明はありませんでした。そこで、研修後の懇親会の場でそ
の講師にお尋ねしました。
「関係機関との協力については言及されませんでしたね。」と、
その返事は、
「実はそうなんですよね。」と、強い口調で関係機関との事前打ち合わせや協力
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が必要であることをお話しされました。そして、言及されたことは、ある家族信託の書籍の
執筆者にお聞きされたそうです。
「先生は何回、家族信託を実行されましたか」と、返答は「あ
ちこちの家族信託の書籍を寄せ集めて書きました。
」これが、家族信託に関する書籍や一般の
研修講師の実態ではないかなと言われました。その講師は家族信託についての実務上の知識
は十分に持ち合わせておられたように感じられました。
本コラムの関係機関との協力体制をどうするかということに関しては、一般的には殆どと
言っていいほど触れられていません。
今や、家族信託についてはブームです。特にハウスメーカー主催の家族信託の研修は花盛
りです。委託者に意思能力があるうちに不動産を信託財産にして相続人が自由に不動産活用
をすることができるようにすることが狙いではないでしょうか。このように、実務上解決す
べきことや、委託者の意思能力及び金融機関その他の機関との協力関係の構築なしに、家族
信託をお勧めしているというのが現状ではないかとも思えて仕方がありません。
最近、家族信託に関する書籍を購読しました。しながら、その書籍には家族信託設計上の
要である本コラムのテーマである関係機関との連携や協力に関しては、全てパススルーして
ありましたが、他の家族信託の書籍よりは少しは高度なものがあるとは感じていました。し
かしながら、
「銀行との協力は得ています。」とか、
「委託者の意思能力に関しては問題ありま
せんでした。
」と、家族信託設計及び実務上の前提の法的要件事実や事実認定に関する前提問
題はすべて解決されているということでの家族信託に関する書籍ではなかったかなあと感じ
ました。
話は異なりますが、税理士試験の計算問題では、提供された事実の内容を法的判断する上で
の「法的要件事実」
「事実認定」は一切考えなくて良いような問題になっています。すなわち、
「すべて民法上の問題は解決済みであるから、提供した資料のみで答えなさい。
」これとよく
似た書籍ではないかなとも思えました。
これでは、浅学の筆者にとっては実務上参考にすることはできそうにもありません。書籍の
タイトルには「手引書」と謳ってありました。浅学の筆者は自ら研究することなく直ぐ「手
引書」に頼る癖がありますので、この書籍は実務に役立と勘違いしていました。おそらく、
筆者の専門家としての努力のほうが足りないのかなと思い、むしろ妹尾哲也先生のコラムを
参考にしたほうが良いと感じた次第です。
狗
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