1 コヒーレント状態を用いたブラインド量子計算

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コヒーレント状態を用いたブラインド量子計算
BFK プロトコルは、1キュービットを吐き出すマシンさえあればいい、という点
でアリスはほとんど古典的でした。しかし、1光子状態を作るのは簡単ではない
ため、アリスの負担をもっと減らせないだろうか、ということが問題になります。
実際、 [1] において、アリスが1光子状態のかわりに、コヒーレント状態をボ
ブに送る、ということをしても、ブラインド量子計算が可能である、ということ
が示されました。コヒーレント状態は1光子状態よりも古典的と考えられていま
すので、アリスが持たなければいけないマシーンが、より、古典的になったと考
えることができます。(ただ、彼らの方法では、アリスの負担を減らした変わり
に、ボブが、光子数の非破壊測定という、現在の技術では難しい操作をしなけれ
ばならなくなりました。ここは今後の改良が待たれるところです。)
この、コヒーレント状態を使ったプロトコルについて詳しく説明しましょう。
まず、アリスは、Phase をランダム化したコヒーレント状態
ρσ =
∞
∑
pk |kihk|σ
k=0
を用意します。ただし
pk =
α2k −α2
e
k!
です。偏光 σ は {0, π/4, 2π/4, 3π/4, ..., 7π/4} の中からランダムに選びます。こ
のようなコヒーレント状態をボブに N 個送ります。(各 σ は相関無くランダムに
選びます。)アリスとボブを結ぶ量子通信路のトランスミッタンスを T とすると、
ボブが受け取る状態は
ρTσ =
∞
∑
pTk |kihk|σ
k=0
となります。ただし
pTk =
T k α2k −T α2
e
k!
です。
ボブは各コヒーレント状態に対し、光子数の非破壊測定をし、N 個の、光子
数と光子数状態の組
{ki , |ki iσi }N
i=1
を得ます。ボブは各 ki をアリスに報告します。(ただし、ki ≥ 3 の場合は、2と
報告します。)ここで、以下の議論のため、次の量を定義します。アリスが N 個
のコヒーレント状態をボブに送り、ボブがそれらについて光子数非破壊測定した
結果、
• 0 個の光子を得た回数=M0
• 1 個の光子を得た回数=M1
• 2 個以上の光子を得た回数=M2
1
とします。また、ボブがアリスに向かって
• 0 個の光子を得たよ、と報告した回数=N0
• 1 個の光子を得たよ、と報告した回数=N1
• 2 個の光子を得たよ、と報告した回数=N2
とします。もし、ある正のパラメタ ∆ に対し、
N0
≥ pT0 + ∆
N
だったら、ボブが邪悪な可能性があるので、アリスはプロトコルを中止します。
もし、
N0
< pT0 + ∆
N
だったら、プロトコルを続行します。
プロトコルを続行する場合、まずボブは ki = 0 の状態を捨てます。また、ki > 1
のものについては2光子だけ残し、他の光子は捨てます。このようにしたとき、ボ
ブは合計 n 個の光子を持っているとします。
(2光子状態は同じ偏光を持つ2つの
1光子状態として扱います。)次にボブはこれら n 個の光子を1列に、得た順番ど
おりに、左から1列に並べます。そして、nearest-neighbour の光子に CZ(H ⊗ I)
をかけることによりエンタングルした1次元鎖を作ります。そしてボブは左から
順番に、1番右端の光子を除いて、全て X 基底で測定します。測定結果はアリス
に伝えます。このようにして最後に残った1光子の偏光 η は、
η=
n
∑
(−1)tl σl
l=1
になっています。ただし、
{ ∑n−1
tl =
j=l
sj
0
(l < n)
(l = n)
です。また、sj = 0, 1 は j 番目の光子の測定結果です。ということは、もし、ボ
ブが測定した光子たちのうち、どれか一つでも偏光 σj がわからなければ、η も分
からない、ということになります。つまり、ボブに、偏光のわからない光子を一
つ持たせることができました。これを繰返せば、ボブに、偏光の分からない光子
を大量に持たせることができ、そこから、BFK プロトコルを実行することができ
ます。
さて、気になるのが次の2点です。
1. 本当はボブは正直なのに、アリスがプロトコルを中止するようなことはな
いのか?
2. ボブが何をしても、本当にアリスの情報はボブに漏れないのか?
まず(1)から考えましょう。もしボブが正直者であれば、もちろん N0 = M0
です。このとき、Hoeffding の不等式により、
P r[
2
M0
− pT0 ≥ ∆] ≤ e−2∆ N
N
2
となります。したがって、パラメタ ∆ を適切にとれば、正直者のボブを Reject し
てしまう確率は N の指数関数的に小さくなります。
次に(2)を考えましょう。まずボブが正直者の場合、再び Hoeffding の不等
式により、
P r[
2
M1
− pT1 ≥ ∆] ≤ e−2∆ N
N
となりますから、十分大きな N に対し、ボブはほぼ1の確率で少なくとも1回は
1光子状態を得ます。そうすると、上で述べたように、ボブは η を知ることはで
きません。次にボブが邪悪な場合を考えましょう。ボブが邪悪な場合、N0 = M0
とは限りません。邪悪なボブはどうしたら η を知ることができるでしょうか。も
し光子数が 0 だったら、アリスには 0 個と報告しなければなりません。そうでな
いと、不明な偏光 σi が η に寄与してしまいますので η が分からなくなってしま
います。同様の理由から、もし光子数が 1 の場合、アリスには 0 個と報告しなけ
ればなりません。つまり、
N0 ≥ M0 + M1
です。言い方をかえればボブはアリスに 0 光子の回数を実際より多く報告するこ
とになるのです。ボブがこのようなことができるためには
M0 + M1
< pT0 + ∆
N
が成り立たないといけません。しかしこれが成り立つ確率は Hoeffding の不等式
より
P r[
0
0
M0 + M1
M2
≤ pT0 + ∆] = P r[
− q2T ≥ 1 − pT0 − ∆ − q2T ]
N
N
˜2
≤ e−2∆ N
ただし、
˜ =
∆
q2T
0
=
1 − pT0 − ∆ − q2T
0
1 − pT0 − pT1
0
0
です。(ここで、T ではなく T 0 となっているのは、邪悪なボブが量子通信路を別
のものに取り替える可能性があるからです。)
1光子状態を用意する方法としてメジャーなものに、Weak coherent pulse を
使う方法があります。つまり、十分 attenuate したレーザー光を使うのです。こ
の場合、ある確率で2光子以上出てしまうこともあり、これは例えば、量子鍵配
送(QKD)においては、イブの Photon number splitting attack(PNS) の標的
になってしまいますし、上記の BFK プロトコルにおいても、セキュリティの脅
威になります。しかし、上で示したような方法を使えば、アリスがコヒーレント
状態を送っている場合は、2光子以上でてしまうことを気にせずに、BFK プロト
コルができる、ということがわかったのです。
1光子状態を用意するもう一つの方法として、Parametric down conversion
を使った、heralded な方法があります。これはどういうものかといいますと、ま
ず、エンタングルした2光子を Parametric down conversion により発生させ、片
方の枝の光子を測定します。そのときに、光子を検出したら、もう一方の枝には
確実に光子がいる、ということがわかるのです。この方法でも、ある確率で、2
光子以上でてしまう場合もあるわけですが、このような場合にも、上のような方
法がつかえるのでしょうか。それは、(準備中)
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References
[1] V. Dunjko, E. Kashefi, and A. Leverrier, Phys. Rev. Lett. 108, 200502
(2012).
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