ポスター発表 日本語学習者はテイナイを使っていないか ―ロシア語母語話者の縦断データから― 菅谷 奈津恵 東北大学 【キーワード】 第二言語習得、縦断研究、テンス、アスペクト、動詞形態素 1 背景 過去の動作を否定する場合、日本語母語話者(JNS)の会話ではナカッタよりもテイナ イが多く使われるという(江田 2013) 。だが、日本語学習者にはテイナイがなかなか使用 できないようである。松田・深川・松本(2011)では、OPI データの分析、質問紙調査、 授業実験と複数のデータを用いて、JNS に比べて学習者のテイナイの使用が少ないことを 報告している。 ただし、これは習得条件によっても異なる可能性があり、第二言語環境の生徒の場合に は異なる傾向が示されている。小原(2011)の L1 中国語の中学生を対象とした縦断研究 では、ナカッタが全体で 1 例しかなかったのに対し、テイナイは調査開始時より頻繁に使 用されており、のべ数で計 67 例が見られたという。成人の場合もインプットの豊富な環境 で自然習得をする場合には、JNS の使用状況を反映した習得過程を示すかもしれない。 そこで、本研究では自然習得の成人日本語学習者を対象に、テンス・アスペクト形式の 使用状況を縦断的に検討した。 2 調査方法 調査対象者は、ロシア語母語話者の Alla(仮名)である。Alla は配偶者が日本人で、調 査開始前には明示的な文法指導を受けた経験がなく、自然習得をしてきていた。 分析資料は、菅谷(2003)と同一のインタビューデータを用いた。これは約 9 カ月にわ たる会話資料で、 (1)OPI データ 2 回分(調査 1 ヶ月目、7 ヶ月目) 、 (2)Alla が書いた日 記に関するインタビュー25 回分(1 ヶ月目~9 ヶ月目)からなる。OPI のレベル判定は、1 ヶ月目が初級の上、7 ヶ月目が中級の下であった。 語形 ナイ ナカッタ テイナイ テイナカッタ 表 1:動詞否定形の平均使用数 のべ数 異なり数 常体 敬体 常体 敬体 9.3 1.0 4.3 0.7 0.8 0.2 0.6 0.1 1.6 0.4 1.3 0.3 0.1 0 0.1 0 273 ポスター発表 3 結果とまとめ インタビューの文字起こしから動詞の否定形を抽出し、語形毎に使用頻度を算出した。 インタビュー毎の平均使用数は表 1 のようになった。表 1 より、Alla はのべ数、異なり数 ともに、ナカッタよりもテイナイのほうを多く使っていることがわかる。また、敬体より も圧倒的に常体の使用数のほうが多い。 以下の発話例のように、Alla には調査開始時から適切にテイナイが使用されていた。 インタビュー1 回目 インタビュアー:インタビューとか面接をする、そういう経験はありますか? Alla:まだない。~中略~ わたし、ロシア仕事してない。だからわからない。ほんと。 インタビュー7 回目 インタビュアー: (映画の中で)子どもは、殺されたんですか? Alla:殺されてない[笑] 。食べちゃった。 テイナイはその後も継続的に用いられ、過去の文脈で効果的に用いられていた。また、 上記の例のように、全体に縮約形の「テナイ」が多く使用されていた。 このように、テイナイが適切に使用されていたこと、語形も常体の縮約形が多いことか ら考え、Alla のテンス・アスペクト形式の習得には、学習環境やインプット頻度が大きく 影響していたと考えられる。学習者がうまく使えない言語項目があった場合、教師がどう 説明すべきかが議論されることが多いようだが、明示的説明が習得につながるかどうかは 議論が分かれる点でもある。本研究は 1 名の学習者を対象とした事例研究であるが、菅谷 (2005)の指摘のように、動詞形態素の習得には暗示的学習の役割が大きい可能性が示唆 される。 付記.本稿は H23-H26 年度科学研究費補助金(課題番号:23520608)を得て実施した研究 の一部である. <参考文献> 小原貴子(2011)「12 歳で来日した中国語母語話者の来日 10~16 か月のテンス・アスペ クト表現:テイルに選考するテイナイの習得」『第 22 回第二言語習得研究会全国大会 予稿集』pp.38-43. 江田すみれ(2013)『「ている」「ていた」「ていない」のアスペクト:異なるジャンル のテクストにおける使用状況とその用法』くろしお出版. 菅谷奈津恵(2003)「日本語学習者のアスペクト習得に関する縦断研究:『動作の持続』 と『結果の状態』のテイルを中心に」『日本語教育』第 119 号, pp.65-74, 日本語教育学 会. 菅谷奈津恵(2005)「日本語のアスペクト習得に関する研究の動向」『言語文化と日本語 教育』2005 年 11 月特集号, pp.39-67, お茶の水女子大学日本言語文化学研究会. 松田真希子・深川美帆・山本洋(2011)「『使わなかった』は『使っていない』:堀った イモを生かす教育文法と授業実験」森篤厚嗣・庵功雄(編)『日本語教育文法のための 多様なアプローチ』ひつじ書房, pp.295-311. 274
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