誌上翻訳レッスン 実務翻訳2 英 日 ▶ 解説 契約に基づく通知は通常、書留便によるものとされ、郵便局で投函してから何日か目に他方当事者に よって受領されたと見なされる旨が規定されます。昨今はファックスで、あるいは e-mail に通知を添 付して送付する方法も認められる場合が多くなっていますが、その場合は通常、本紙を別途郵送すべき 言葉を省くことなく丁寧に訳す 旨が追加規定されています。 契約書翻訳 注意点 ● 回しで、here は「本契約」を意味し、this Agreement で言い換えることができます。契約書にはこ の他、herewith, hereto, herein といった言葉もよく出てきます。 渡辺昇 契約書の翻訳は、英単語の意味の取り違えや訳抜けが あったりすると、その履行において大きな問題を生じかね ません。日本語では曖昧な単数形・複数形の違いなど も、明確に分かるように工夫を凝らしましょう。 ここには hereunder や hereof といった見慣れない単語が出て来ますが、これは契約書に特有の言い 「するものとする」あるいは「す shall は、契約書では『規定に従う義務がある』ことを意味しており、 ることとする」と訳します。shall の代わりに will を使用することも可能で、shall も will も、次に出て 来る動詞に「義務」 、 「拘束力」があることを意味しています。 (shall の方が will よりも拘束力の強い印 ) 象を与えますが、契約書では shall も will も、基本的に拘束力のあることを意味する助動詞です。 ● 契約書には良く be deemed という表現が見られますが、これは「∼と見なす」という意味で、 『実際 ● 先生 わたなべ・のぼる/翻訳者、サイマル・アカ デミー講師。 慶應義塾大学経済学部卒。 三菱商事(株) に約 30 年間勤務。ニュー ヨーク及ブリュッセルでそれぞれ約 6 年間海 外勤務を経験(主として原子燃料関連取引 および各種非鉄金属取引、欧州との種々取 引、日米財界人会議を担当) 。 2005 年か らはサイマル・アカデミーで英文契約書講座 の講師を担当。その他、主としてエネルギー 問題、環境問題、契約書の翻訳に従事。 にそうであるかどうかにかかわらず、 そのように解釈する』 ということです。この「∼と見なす」 を「∼ とする」と訳してしまうと、契約の運用上問題が生じる場合があります。 2 はじめに 課題 any cause beyond its reasonable control, such Party’s performance shall be excused and 「英文契約書」を邦訳する際に大切なことは、センテンスの文法構成を正確に把握し、日本語として多少ぎこちな the time for performance be extended for the period of delay or inability to perform such くても、意訳することなく、また、例えば a (an), the といった冠詞や some, any といった不定代名詞についても的 obligation due to the occurrence of such cause. 確に、言葉を省くことなく丁寧に訳すよう心掛けることです。また、契約書はその基本に、すべての事項を漏れなく 網羅しようという意図があるため、センテンスが非常に長くなる傾向にあります。そうすると、ある語句がどこまで を修飾しているのか、頭を悩ますことも出てきます。そうした時には焦らず、じっくりと論理的に文章を解きほぐし いずれかの当事者が、その妥当な制御能力を超えた事由により本契約に基づく同当事者 訳例 (不可抗力) の義務のいずれかを履行できない場合、かかる当事者の義務履行は免除され、義務履行の期間は、かか て行けば、パズルを解くがごとく、最後には必ず解明できるはずです。契約書の文章は極めて論理的に構成されて る事態の発生によって義務の履行が遅延しあるいは不可能となっていた期間だけ延長される。 いるため、訳文を読んで意味がすっきりと矛盾なく理解できれば、その訳は正しく、逆に意味がどうも曖昧と感じら れる場合にはどこかに誤訳がある可能性が高いといえます。契約書の文章はその適用範囲を限定した「縛り」の語 句がその前後に存在するのが普通ですが、慣れていないと、英語能力が非常に高い人でもその掛かり具合を間違え 解説 制御能力を超えた事由により」 ) のみの規定となっており、実際にこのように規定した契約も存在しま つ単語も多々あり、それを知らないで通常用いられている意味に理解していると、思わぬ誤訳になってしまうことが す。しかし通常はこのあとに、including but not limited to あるいは including without limitation あります。その辺を、以下の課題文に沿って見てゆきたいと思います。なお、契約書は大きくは「本体条項」と「一 ( 「∼を含むがそれらに限定されることのない」 ) という文言が続き、考えられ得る限りの具体的事由を列 般条項」から構成されており、内容的には本体条項の方が重要ですが、本体条項は契約書の種類によって記載内容 挙する、という形が取られています。 例えば、including but not limited to acts of God, acts of the public enemy, acts of the Government, fires, floods, epidemics, strikes -----(天変地異・内乱・政 といった具合です。 府の行為・火災・洪水・疫病・ストライキ・----- ) が大きく異なるため、以下では種々の契約書に共通して見られる、通知 (Notice)、不可抗力 (Force Majeure)、権利 の(不) 放棄 (Waiver)、分離独立性 (Severability)、譲渡 (Assignment) といった一般条項を例に見てゆきたいと思 低くなります。その辺については各課題の「解説」をお読みください。 1 課題 (Notices) All notices hereunder shall be in writing and be deemed delivered five (5) business days after it has been sent by registered mail to the address given at the beginning hereof. 本契約に基づくすべての通知は書面によるものとし、本契約の冒頭に記載された住所宛てに 訳例 (通知) 書留便で送付されてから 5 営業日後に引き渡されたものと見なされる。 契約においては、規定された事項を不可抗力以外の理由により履行しない(できない) と契約不履行 「その妥当な になってしまいます。この例文では due to any cause beyond its reasonable control( てしまい、縛りのない浮いた言葉の混ざった訳文(誤訳) にしてしまいがちです。さらには、契約書に特有の意味を持 います。それぞれの条項が基本的にどのようなことを規定するものか理解しておくと、誤訳を犯す可能性は大幅に (Force Majeure) If either Party is unable to perform any of its obligations hereunder due to 注意点 Party は通 常「当事 者 」と訳します。the other Party は「 他 方当事 者 」、the Parties は「 両当事 “AA and BB are 者」となります。Party の頭文字を大文字書きにしたのは、通常冒頭で例えば、 hereinafter individually referred to as the“Party”, and collectively referred to as the“Parties” 「以下、AA および BB のそれぞれを「当事者」 、両者を併せて「両当事者」という」といったように定義 付けがなされるためですが、契約書によっては party / parties のように、小文字書きで定義付けされ ● ているものもあります。そうした場合には、文中でもすべて小文字書きされます。ただし、訳文では こうした定義の大文字書き、小文字書きの違いを特に区別する必要はありません。 ● なお、 契約書においては英文ではカンマ、訳文では読点を付ける位置によって文章の意味が異なって きたり、掛かり具合が曖昧になってしまうことが良くありますので、誤解が生じないようにどこに読 点を付けるべきかを熟慮する必要があります。また、 同列の単語が列挙されている場合には、 読点(、 ) に代わり、中点(・) を使用することも、文章を読みやすくするための工夫のひとつです。 138 139 誌上翻訳レッスン 3 する形容詞です。 課題 ● ここでも deemed (Waiver) The waiver by either Party of a breach or default of any provision hereof by the ● any other provisions. 放棄) 他方当事者による本契約のいずれかの規定の違反または不履行についていずれか 訳例 (権利の(不) の当事者が権利を行使しなかったとしても、それは同一または他のいずれかの規定の違反に対する権 利を放棄したと解釈されるものではない。 解説 この条項の意味するところは、 「たとえある時に、他方当事者が犯した契約違反についてそれを指摘し 矯正を求めることがなかったとしても、 それをもって違反を指摘し矯正を求める権利を喪失するものでは modified or deleted と出てきていますが、これは実際にある条項を修正したり削 除したりするのではなく、 「修正または削除したとみなす」ということです。 other Party shall not be construed as a waiver of any succeeding breach of the same or 「意図を表明 / 表現する」 「意図を反映する」という意味です。 represent the intention は、 5 課題 (Assignment) This Agreement, and the rights and obligations hereunder, may not be assigned by either Party without the prior written consent of the other Party. 本契約、および本契約に基づく権利および義務は、他方当事者の事前の書面による同意を得 訳例 (譲渡) ることなく譲渡されることがあってならない(譲渡してはならない) 。 ない」というものです。特に日本人の場合、相手側の軽微な違反に対しては、 「それを指摘し矯正を求め ると角が立つ」と考えてそのまま放置しておくことがあります。しかし欧米では、 「違反に気が付いてい ながらそれを指摘しなかったとしたら、それを指摘し矯正を求める権利自体を放棄したことになる」とい 解説 うような解釈がなされる傾向にあります。そうした事態が生じないようにするのがこの規定の趣旨です。 での権利・義務を第三者に譲渡してはならない」というのがこの条項の趣旨です。 注意点 ● 表題の Waiver はそのまま訳すと「放棄」ですが、内容的には「権利の不放棄」です。The waiver by either Party は直訳すると「いずれかの当事者による権利の放棄は」となり、そのように訳しても構 注意点 ● may not は「してはならない」という禁止を表す用語です。なお、契約書では肯定形で may ~ という わないのですが、少しぎこちない日本語になってしまうので、 「いずれかの当事者が権利を行使しな 「∼することがで 表現が沢山でてきますが、この may は「∼する権利を有する」という意味で、通常、 かったとしても、 」のように少しかみ砕いた訳にした方が日本語らしくなります。同様に、ここには出 きる」 、 「∼することが可能である」と訳します。may が付いている場合は直接的に「∼する」という という単語も、例えば「∼できなかったとしても、∼を履行 てきていませんが、failure(失敗、不履行) 意味ではないので、この may を的確に訳さないと意味が異なってきてしまいます。may はあくまで しなかったとしても」といったように、かみ砕かないと日本語らしい表現になりにくい単語です。 も「そうする権利を持っている」ということです。 4 課題 表題の Assignment の邦訳は「譲渡」ですが、ここも Waiver の規定と同様に、内容的には「譲渡の禁 止」になっています。すなわち、 「他方当事者の書面による事前の同意なしには、契約および同契約の下 (Severability) In the event that any provision of this Agreement is found to be ● 契約書は契約両当事者の権利・義務を謳ったものなので、契約書の文中に、単に「あることを行う能 ● 力がある」ことを示す can が出て来ることはほとんどありません。 prior written consent は「 事 前 の 書 面 による同 意 」という意 味 で、without the prior written consent で「事前の書面による同意なしには」という意味になります。 unenforceable, the remainder of the Agreement shall be enforced as fully as possible, and the unenforceable provision shall be deemed modified or deleted to the extent required to permit its enforcement in the manner most closely representing the intention of the Parties as expressed herein. 本契約のいずれかの規定が法的拘束力を持たない旨判明した場合にあっても、本契約 訳例 (分離独立性) の残りの規定は可能な限り完全に有効なものであり、当該の法的拘束力を持たない規定は、本契約にお いて明示された両当事者の意図を最も忠実に表明する形でその実行を可能とするために、必要な範囲 内で、修正または削除されたものと見なされる。 解説 契約の中でうっかり法律にそぐわないことを規定し、 「かかる規定は法的拘束力(執行力) を有さな い」旨の裁定を裁判所から下される場合も考えられます。そうした時に、 「契約におけるある条項が法 的拘束力を有さない旨判明したとしても、それは契約の全体を無効とするものではなく、その他の条項 は依然として有効であり、法的拘束力を有さないと判断された条項は、両当事者の意向に極力沿うよう に、法的に有効な範囲内で、修正または削除されたものと見なす」というのがこの条項の趣旨です。 注意点 140 (( リサーチの仕方 )) 次に、英文契約書の翻訳に関連した用語の検索方法についてお話しします。結論から言うと、契約書用語につい ての優れた辞書を持つこと、およびインターネット検索を駆使すること、ということになると思います。 (( 専門的辞書の利用 )) 英文契約書で使用されている用語には、通常の英会話等で使用されているのとはかなり異なった意味を有するも のが少なくありません。例えば、どの契約書にも良く出てくる consideration という単語について見てみましょう。 この単語は通常、契約書の条項を述べるに先立ち、例えば in consideration of the mutual understandings and agreements といった形で出てきます。この consideration は、普通は「考慮、熟考、熟慮」といった意味で使用され ています。しかし上記の節を「相互の契約および合意を考慮し、 」と訳してしまうと、契約書として正確な訳文とはな りません。契約書の翻訳に習熟している人がこれを読めば、 「この訳者は契約書用語を理解していない、従ってこの 訳文は信用できない」と即時に判断してしまう可能性があります。通常の辞書でも、説明を克明に見ていくと最後の ● severability は直訳すると「分離可能性」となりますが、それでは日本語として意味がよく分からない 方に「 《法》 約因」という邦訳がでています。 「約因」とは「対価」の意味で、契約書では上記の節は「相互の了解事項お ので、 「分離独立性」や「可分条項」といった訳し方をした方が、意味が分かりやすくなります。 よび合意事項を約因として、 」と訳すのが適切なのですが、この「約因」という言葉を知らないと英文契約書の的確な ● 「法的拘束力を持たない」あるいは「法的執行力を持たない」といったことを意味 unenforceable は、 邦訳はできません。では契約書関連用語に特化した辞書があるかというと、私の知る限りでは市販はされていませ 141 ん。ただ、大きな本屋に行けば英文契約書について説明した書籍(解説書) は何冊もあり、そのいずれも最後に用語 集を含めていて、そこには consideration は「約因」であることが記載されています。英文契約書を訳すに当たり、英 文契約とはどのようなものであるかを理解するためにも、一度はそうした解説書のいずれかを読んでおくのが望ま しいのですが、それらの解説書に採択されている用語数はせいぜい 2~300 で、少し込み入った契約書の翻訳の場合 それでは不十分です。法律用語辞典にも多くの契約書用語が網羅されていますが、いずれもかなり高額です。私自 身はサイマル・アカデミーのインターネット講座「英文契約書の読み方・訳し方」用に約 2,000 の用語を網羅した「英 文契約書用語集」を作成して受講者に配布しており、講座の中では英文契約書とその訳し方についてかなり詳しく 説明していますが、それにも費用がかかります。 ( ( インターネット検索 ) ) 皆さんご存知のように、現在はインターネットの検索機能が充実しており、無料でかなりのことを安易に検索する ことができます。上記の consideration の意味について検索して見ましょう。例えば Yahoo の検索エンジンを利 用し、検索欄に「consideration 意味」と入力してみます。すると幾つもの辞書サイトでその意味を知ることができ ます。その際、英語だけでなく、何らかの日本語(例えば「意味」 ) を一緒に入力する必要があります。 (英語だけの入 力では英語だけのサイトに行ってしまう可能性が高いです。 ) ただそこでも、先ず出て来る日本語の意味は「考慮、考 察、熟慮、熟考」といったもので、 「約因」という言葉が出て来るのはかなり下の方になります。そこで、もうひとつの キーワードとして、 「意味」 の代わりに「契約書」 を入れ、 「consideration 契約書」 と入力してみます。すると、 この「約 因」という邦訳だけでなく、その意味の説明、契約書中で consideration を使った文章の例、等を知ることができ、自 信を持って「約因」と邦訳することができます。 契約書では、上述の通り、consideration に限らず、単語や熟語を通常使用しているのとはかなり異なる意味で使 用している場合が多いので、慣れていない場合、少しでも疑問を感じた単語に出会ったときには時間を惜しむことな く、丁寧に契約書におけるその意味を確認しながら先に進むことが必要です。でも、慣れてくれば契約書の邦訳は、 機械的に相当のスピード感を持って出来るようになるものです。 上記は英文契約書を邦訳する際の検索方法について述べたものですが、最後に、自ら英文契約書を作成するには どうしたら良いかをお話しします。このためには、それこそインターネット情報を駆使することです。契約書といっ ても多くの種類があり、内容はそれぞれかなり異なっていますが、例えば「コンサルタント契約を自ら作成してみた い」と思ったら、インターネットの検索個所に例えば「sample consultant agreement」と入力します。そうすると 英文サイトで沢山のコンサルタント契約のひな型を見つけることができます。それらを引き出し、その中で「一番良 くできている」と判断されたものをベースとし、他のひな型も参考にしつつひとつの契約書にまとめ上げると、弁護 士に依頼し大金を支払って文章を作成してもらわなくても、相当に高いレベルの契約書を自分自身で作成すること ができてしまいます。もちろん契約書についてある程度の知識がないと、どのひな型が最も優れているかを判断す るのが難しいという問題もありますが、やってみるとなかなか楽しい作業です。英文契約書の良いところは、文法的 にも論理的にも、しっかりと構成されていることです。パズルを解く楽しみがありますので、ぜひ、試していただき たいと思います。 おわりに 契約書はセンテンスが長くなる傾向にあるのがその特徴ですが、会話調の英語とは異なり、極めて論理的に構成 されており、文法的に明解に読み解くことができます。したがって、しっかりとした文法力を身に付け、じっくりと解 明して行く癖をつければ、英文契約書の翻訳は、逆に取り扱いがとても易しいジャンルの翻訳に属すのではないかと 思います。最初はちょっととっつきにくいところもありますが、あとは慣れの問題です。ぜひ契約書の翻訳にもチャ レンジしてみてください。 142
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