原 著 北里医学 2015; 45: 21-26 当科で経験した手部脂肪腫9例の検討 石川 心介,杉本 孝之,鴻池 奈津子,根本 充,武田 啓 北里大学医学部形成外科・美容外科学 背景: 脂肪腫は全身の良性軟部腫瘍の中で最も頻度が高いにも関わらず,手に発生するものは比較 的まれである,また,手に発生する良性腫瘍の中でも脂肪腫は頻度の低い腫瘍とされている。今回 我々は当教室で過去38年間に経験した手部の脂肪腫9例について文献的考察を加えて検討した。 方法: 当教室における過去38年間の手術記録から手関節以遠に発生した脂肪腫について診療録,画 像検査,手術記録から年齢,性別,左右差,罹病期間,発生部位,大きさ,症状の有無を抽出し た。 結果: 過去38年間での手部脂肪腫は9例であった。手術時の平均年齢は55.2歳で男性4例,女性5例 だった。罹病期間は平均65.1か月で深在性が8例だった。術前に症状を有したものは1例のみであり 全例で術後の症状は認めなかった。 結論: 手関節より末梢に発生する脂肪腫は比較的まれであり,神経や腱,血管が密集する深部に発 生することが多く,それらの構造物を圧排するが必ずしも症状を伴わない。しかし放置すると増大 し不可逆的な症状が生じる可能性や,摘出に難渋することがあるため早期の手術を検討してもよい と思われる。 Key words: 手,手指,脂肪腫 序 文 結 果 脂肪腫は全身の良性軟部腫瘍の中で最も頻度が高い にも関わらず,手に発生するものは比較的まれであ る1,2。また,手に発生する良性腫瘍の中でも脂肪腫は 頻度の低い腫瘍とされている3-5。 今回,北里大学病院形成外科・美容外科で経験した 手部脂肪腫について検討し,文献的考察を加えて報告 する。 1973年以降に我々が経験した全身の脂肪腫は631例 であり,手部脂肪腫はそのうち9例であった (Table 1)。 手術時の年齢は13歳から77歳 (平均55.2歳) であり,70 歳以上が3例だった。性別では男性4例,女性5例だっ た。右手5例,左手4例であり,自覚から手術にいたる までの罹病期間は1か月から240か月 (平均65.1か月) だった。発生部位は指が1例のみでそれ以外はすべて手 掌もしくは手背に発生し,手掌中央腔が4例だった。浅 在性1例,深在性8例だった。大きさは長径1.5から8 cm だった。1例に圧痛を認めた以外は術前に症状を認め ず,全例で術後の神経脱落症状などは生じなかった。 対象と方法 対象は手関節より末梢に発生した脂肪腫で,1973年 の当科開設から2011年10月までの38年間に手術を施行 した9例である。年齢,性別,左右差,罹病期間,発生 部位,大きさ,術前の症状や術後の神経脱落症状の有 無について診療録より調査した。発生部位はEnzinger らの分類にならい浅在性と深在性に分類した6。大きさ については記載方法が統一されていないため記載され ているは本邦報告例も含め最大径とした。 代表症例 症例1 75歳,女性。白内障手術後の視力回復に伴い左手掌の 腫脹を自覚し当科受診した。初診時,左母指球全体の 腫脹あり。運動障害,知覚障害は認めなかった。CT検 査所見では母指球筋内に腫瘤を認めた。左母指球筋内 脂肪腫と診断し,全身麻酔下に摘出術を施行した。腫 瘤は母指球筋の深部で短母指外転筋と短母指屈筋の間 Received 22 January 2015, accepted 26 January 2015 連絡先: 石川心介 (北里大学医学部形成外科・美容外科学) 〒252-0374 神奈川県相模原市南区北里1-15-1 E-mail: [email protected] 21 石川 心介,他 Table 1. Hand lipoma cases in our institution Laterality Location Size (cm) Pre/Post-operative symptoms 4 Left Midpalmar space N/R -/- Male 9 Right Midpalmar space 2 × 1.2 × 1.3 1.3 × 1.0.5 Tenderness/- 34 Male 120 Left Thenar space 4 × 3 × 0.8 -/- 4 70 Male 1 Right Midpalmar space 2.2 × 1 × 0.3 -/- 5 77 Female 240 Left Dorsal subaponeurotic space N/R -/- 6 55 Male 8 Left Palmar subcutaneous 1.5 × 1.4 -/- 7 59 Female 84 Right Midpalmar space 1.5 -/- 8 48 Female 84 Right Dorsal subaponeurotic space N/R -/- 9 66 Female 36 Right Dorsal subaponeurotic space 6×4 -/- Case Age Gender 1 75 Female 2 13 3 Disease duration (month) N/R, Not recorded A. Preoperative computed tomography: A mass was found within the thenar muscle. B. Intraoperative picture: A yellow solid mass was found within the thenar muscle. Figure 1. Case 1 22 当科で経験した手部脂肪腫9例の検討 に存在した (Figure 1)。病理組織学的検査では脂肪腫の 診断だった。術後神経脱落症状などは認めず,術後2年 経過した時点で再発を認めない。 症例2 13歳,男性。右小指球部の腫脹と圧痛を主訴に当科紹 介受診となった。前医でのMRI検査所見で小指球筋内 に腫瘤を認め,全身麻酔下に摘出術を施行した。術中 所見で小指球筋内からGuyon管へ尺骨神経上に連続す る腫瘍を認め,これを摘出した (Figure 2)。術後圧痛は 消失した。 考 察 脂肪腫は全身の良性軟部腫瘍の中で最も頻度が高い にも関わらず,その中で手に発生するものは1.2〜6% の割合と比較的少ない1,2。また,手に発生する良性腫 瘍の中でも脂肪腫の頻度は1.2〜4%と少ないとされる3-5。 当科においても手の脂肪腫は全身のうちで1.43%の頻 度であった。 全身の中でも手指の脂肪腫が少ない理由について, 田島らは手は皮下脂肪の量が少ないこと,皮下の結合 組織が強靭であり空間的な制約があるためと述べてい る7。しかし本来脂肪の量が少ない深部に発生が多いこ とについては説明がつかず,実際には不明である。 手に発生した脂肪腫の本邦報告例は,年齢や性別, 発生部位などの記載があるものは渉猟し得た限りでは Figure 2. Case 2 A tumor was present in the region extending from the hypothenar muscle to Guyon's canal. Table 2. Hand lipoma cases reported in Japan Reference Case Age Male : Female Right : Left Disease duration (month) Superficial : Deep Size (cm) With symptoms (%) Iizuka et al.4 Takeguchi et al.8 Kimura et al.9 Ohtsuka et al.10 Kaneko et al.11 Haanaka et al.12 Ohta et al.13 Sonobe et al.14 Kinashi et al.15 Tanabe16 Other cases: single-case reports17-29 8 5 4 3 3 3 2 2 2 2 15〜60 50〜91 57〜64 36〜79 47〜52 55〜67 56〜67 13〜70 59〜71 78〜86 4:4 1:3 3:1 1:2 0:3 1:2 0:2 1:1 1:1 0:2 3:5 3:2 1 : 2 (N/R : 1) 3:0 2:1 3:0 2:0 1:1 1:1 2:0 N/R 84〜144 12〜180 12〜144 60〜96 0.5〜120 4〜24 12〜48 24〜72 36〜552 8 :0 0:5 0:4 0:3 0:3 N/R 0:2 0:2 0:2 0:2 1.2〜4.5 2〜6 4〜11 2.2〜3 3.5〜5 N/ R N/R 5 5〜6 4〜8 0 40.0 75.0 33.3 100 33.3 50.0 100 100 50.0 14 21〜74 6:7 12 : 2 (N/R : 1) 4〜240 3 : 10 (N/R : 1) 1.5〜8.5 28.6 18 : 28 33 : 14 (N/R : 2) 4:5 5:4 Total Our institution 48 9 13〜77 N/R, not recorded 23 11 : 33 (N/R : 4) 1〜240 1:8 20.0 1.5〜8 0 石川 心介,他 自験例以外で48例あり,その多くは1例報告であった4,7-29 (Table 2)。 それらと比較すると,自験例では性差,左右差は症 例数が少ないためかほぼ等しい結果だが,本邦報告例 では女性に多く,右手に発症したものが多くみられ た。ただし左右差については利き手との関係は記載が ない報告が多く,臨床的意義は不明である。 腫瘍を自覚した年齢については自験例および本邦報 告例では50〜60代に多い結果で全身の脂肪腫と同様で あった (Figure 3)。自覚してから手術に至るまでの罹病 期間については自験例,報告例ともに約半数が5年以上 であり,最長40年以上の症例も認められた (Table 3)。 この罹病期間の長さは後述する症状の乏しさがひとつ の原因と考えられる。 脂肪腫の局在についての分類は諸家により様々だ が,我々は手術治療に関係すると考え,Enzingerら6に ならい,浅在性および深在性に分けて検討した。これ によると孤発性の脂肪腫は皮下および浅在性のものと 深部に局在するものがあり,手においては深在性が多 いとされる。今回,自験例では術中所見などから分類 し,本邦報告例で記載されている術中所見もしくは画 像所見から,皮下と記載されていても腱や神経,筋な どと密接に関係するような場合は深在性と捉えた。 その結果としては自験例および本邦報告例ともに深 在性が多く認められた。特に手掌中央腔や母指腔発生 は19例と比較的多い。もちろん今回深在性と考えた脂 肪腫も,もともとが皮下に発生し増大したため深部組 織に進展するようになった可能性もある。しかし,い ずれにせよ手に発生する脂肪腫は増大することによっ て重要組織と近接すると推測される。手の深部には神 経や腱,血管などが狭い空間に存在するため,深在性 が多いことは手術治療の難易度に多分に影響すると思 われる。 このように神経や腱など重要構造物の多い深部に腫 瘍が発生しやすいにも関わらず,自験例では術前症状 を認めたものは1例のみで,本邦報告例でも知覚異常な どの症状を認めたものは20例と半数以下にとどまって いる。また,腫瘍の大きさと症状の有無にも統計的に 有意な関係は認めていない (P = 0.3,Mann-Whitney Utest)。自験例で術前症状を有した例ではGuyon管内に 腫瘍が存在していたが神経症状そのものは認められ ず,腫瘍自体の圧痛のみが訴えとしてあった。腫瘍が 狭い空間に発生し,重要組織を圧排しても症状が出現 しにくい理由については過去の報告にもあるように腫 瘍が緩徐に発育するためとも考えられる17。そして症 状に乏しいため自覚してから手術に至るまでの罹病期 間が長くなると推測される。 治療については手の脂肪腫は無症状ならば経過観察 を勧める意見もあるが,腫瘍を放置増大すると疎な空 間に向かい多房性に増大し,神経や腱を取り囲むよう に発育する。このため手術をする段階になって摘出に Table 3. Disease duration Disease duration (year) Our institution Case (%) Reported in Japan Case (%) 〜5 5〜10 11〜15 20〜 Not recorded 5 (55.6) 3 (33.3) 0 1 (11.1) 0 21 (43.8) 12 (25.0) 3 (6.3) 4 (8.3) 8 (16.7) Figure 3. Age at the time of first subjective sign 24 当科で経験した手部脂肪腫9例の検討 7. 田島康介,浦部忠久,吉川寿一,他. 示指末節部に発生した lipoma of tendon sheathの1例. 整・災外 2006; 49: 943-6. 8. 竹口輝彦,中村誠也,飯田寛和. 手に発生した脂肪腫の治療 経験. 中部整災誌 2002; 45: 417-8. 9. 木村和正,佐野和史,橋本智久,他. 手部脂肪腫手術症例の 検討─巨大脂肪腫を中心に─. 日手会誌 2010; 26: 188-90. 10. 大塚 壽,野澤竜太,永松将吾. 手の脂肪腫の3例. 日形会 誌 1999; 19: 328-31. 11. 金子宏樹,松岡秀明,西島直城,他. 手掌深部における巨大 脂肪腫の3例. 中部整災誌 2005; 48: 115-6. 12. 畑中 渉,柴田 定,高畑直司. 経験と考察: 手部軟部腫瘍 手術例の検討. 整形外科 2005; 56: 262-6. 13. 太田栄一,中村 潔,大原鐘敏,他. 固有手部に発生した脂 肪腫の2例. 形成外科 1995; 38: 1001-7. 14. 園部成喜,高橋 公,黒羽根洋司,他. 手掌部に発生した脂 肪腫の2例. 東北整災紀要 1984; 27: 313-6. 15. 木梨博史,松崎昭夫,城戸正喜,他. 手掌に発生した巨大脂 肪腫の2症例. 整形外科と災害外科 1987; 36: 252-5. 16. 田邉 毅. 手に発生した巨大脂肪腫の2例. 日形会誌 2009; 29: 494-500. 17. 山田直人,内沼栄樹,安冨義哲,他. 手掌に発生したまれな 脂肪腫の1例. 日形会誌 1988; 8: 255-60. 18. 喜多久美子,武田 啓,芝山浩樹,他. 手掌腱膜下に発生し た脂肪腫の1例. 共済医報 2008; 57: 266-9. 19. 田村壽將,吉田浩之,山下達嘉,他. 手掌部に発生し手背部 まで達したMassive Lipomaの1例. 臨整外 1989; 24: 209-12. 20. 五十嵐康美,舟田公治,岩井和夫. 小指球筋に生じた筋肉内 脂肪腫の1例. 整形外科 1989; 40: 1854-5. 21. 木森研治,村上恒二,村上祐司,他. 手掌に発生し手指の著 明な機能障害をきたした巨大脂肪腫の1例. 中国四国整形外 科学会誌 1990; 2: 337-8. 22. 毛利 忍,佐々木哲雄. 手掌部の脂肪腫の1例. 皮膚臨床 1990; 32: 528-9. 23. 石川昌彦,藤田 悟,田中裕之. 手掌部に発生し掌側指神経 の障害を伴った脂肪腫の1例. 臨整外 1999; 34: 665-7. 24. 小幡千景,幸田 太,桐生美麿. 手指に生じた脂肪腫. 西日 皮膚 1999; 61: 488-9. 25. 神田えり子,高井利浩,福永 淳,他. 手掌部に発生した脂 肪腫の1例. 皮膚臨床 2004; 46: 1071-3. 26. 柿崎 潤,六角智之,高橋勇次,他. 神経内脂肪腫を伴う手 根管症候群の1例. 臨整外 2007; 42: 487-9. 27. 村松英俊,飯田直成,矢澤智博. 手指に発生した脂肪腫の1 例. 形成外科 2008; 51: 1073-9. 28. 野田真喜,佐藤伸弘,蓮見俊彰. 手の背側骨間筋に生じた筋 肉内脂肪腫の1例. 日形会誌 2010; 30: 127-31. 29. 野瀬謙介. 母指基節部に生じた脂肪腫の1例. 皮膚臨床 1992; 34: 1020-1. 難渋し部分切除や分割切除を余儀なくされた例もある9。 また筋萎縮を伴う例や,神経との剥離に難渋した例で は術後も運動障害や知覚鈍麻が残存したとの報告があ る14,15,20,27。 これらより手の脂肪腫においては症状の有無にかか わらず早期に手術を検討してもよいと考える。また脂 肪腫の診断は超音波検査でも可能ではあるが,手部で は深部の重要組織と関係することが多いため,CTや MRIなどの画像診断行って局在を把握することが有用 と考える。 結 語 当科で経験した手の脂肪腫9例について文献的考察を 加え報告した。手関節より末梢に発生する脂肪腫は比 較的まれであり,神経や腱,血管が密集する深部に発 生することが多く,それらの構造物を圧排するが必ず しも症状を伴わない。 しかし放置すると増大し不可逆的な症状が生じる可 能性や,摘出に難渋することがあるため早めの手術を 検討してもよいと思われる。 本論文の要旨は第54回日本形成外科学会総会 (2011 年,徳島) において報告した。 文 献 1. 遠城寺宗知,岩崎 宏,小松京子. わが国における良性軟部 組織腫瘍 8086例の統計的観察. 癌の臨床 1974; 20: 594-609. 2. Kransdorf Mj. Benign soft-tissue tumors in a large referral population: distribution of specific diagnoses by age, sex, and location. AJR Am J Roentgenol 1995; 164: 395-402. 3. Thomas JP. Common tumors of the hand. Orthopaedic Review 1987; 16: 28-39. 4. 飯塚雄久,児島忠雄,木下行洋,他. 当教室における手指脂 肪腫の検討. 日形会誌 1993; 13: 35-41. 5. 細川 哲,三浦裕正,光安廣倫,他. 手の腫瘍症例の検討. 日手会誌 2006; 23: 637-40. 6. Weiss SW, Folpe AL. Enzinger and Weiss's Soft Tissue Tumors, 4th edition. St. Louis: CV Mosby; 2001; 574-619. 25 石川 心介,他 Nine cases of a lipoma of the hand encountered in this department Shinsuke Ishikawa, Akira Takeda, Tomoyoshi Shibata, Mitsuru Nemoto Department of Plastic and Aesthetic Surgery, Kitasato University School of Medicine Background: Lipomas are the most common benign soft tissue tumor and can develop anywhere in the body. However, these tumors are relatively rare in the hand. In fact, among all benign tumors that can develop in the hand, lipomas are considered to be the least common. In this study, we examined 9 cases with lipoma of the hand that our department managed during the 38 years from 1973 through 2011. The relevant literature is also reviewed. Method: From the records of operations performed in our department during the 38-year period, we selected cases with lipomas located distal to the wrist. The following data were extracted from each patient's medical records, imaging test results and operative records: age, gender, bilateral difference, disease duration, site, size and presence/absence of symptoms. For each of these items, the data were compared with those of other cases reported in Japan. Result: The 9 hand lipoma cases identified consisted of 4 males and 5 females. The mean patient age at the time of the operation was 55.2 years, and the mean disease duration was 65.1 months. Eight cases had deepseated lipomas. Only 1 case presented with preoperative symptoms and none had postoperative symptoms. Conclusion: Lipomas located distal to the wrist are relatively rare, and most hand lipomas develop deep within the skin where nerves, tendons and blood vessels are concentrated. Although a deep-seated lipoma will compress these structural components, such compression is not necessarily symptomatic. However, if left untreated, the lipoma may grow, cause irreversible symptoms, or become difficult to remove. Therefore, early surgical intervention should be advocated. Key words: hand, finger, lipoma 26
© Copyright 2024 ExpyDoc