ストレッチング:短期的(運動直前の) と長期的、それぞれがもたらす効果

©NSCA JAPAN
Volume 15, Number 7, pages 26-33
Key Words [ 短期的(運動直前の)ストレッチング acute stretching | 長期的ストレ
ッチング chronic stretching | 可動域 range of motion ]
ストレッチング:短期的(運動直前の)
と長期的、それぞれがもたらす効果
Stretching: Acute and Chronic? The Potential Consequences
Mike Stone, PhD, Michael W. Ramsey, PhD, Ann M. Kinser
East Tennessee State University, Johnson City, Tennessee
Harold S. O'Bryant, PhD
Appalachian State University, Boone, North Carolina
Chris Ayers, MS
East Tennessee State University, Johnson City, Tennessee
William A. Sands, PhD
United States Olympic Committee, Colorado Springs, Colorado
要約
ストレッチングは、様々な競技スポ
ーツにおいて多くの選手が一般的に
実践している。ウォームアップの一
環としての運動直前のストレッチン
グは可動域を拡大させる一方で、パ
フォーマンスの低下を招くおそれが
ある。具体的には、力のピーク、力
の立ち上がり速度、パワー発揮の低
下である。長期的ストレッチングは
パフォーマンスを向上させると考え
られるが、そのメカニズムは解明さ
れていない。また、運動直前のスト
レッチングは傷害にはほとんど影響
を及ぼさないが、長期的ストレッチ
ング(ウォームアップの一環でない
もの)は受傷率をある程度低下させ
ると考えられる。
26
はじめに
ストレッチングは、筋と結合組織に
伸張する張力を加える行為と定義でき
・アイソメトリックストレッチング
・固有受容性神経筋促通法(PNF)スト
レッチング
る。多くの場合、身体運動を行う前の
ウォームアップの一環として実施され
これらの方法の本質は、場合によっ
る。通常、関節の可動域(ROM)を広げ
ては基本的に同じであるが、コーチや
る(柔軟性を高める)ことを目的とする。
アスリートにとっては運動直前の、ま
その結果得られる効果は、運動直前の
たは長期的なストレッチングを実施す
ものと長期的なものに分けて考えられ
る際に、幅広い選択肢となる。
る。
ストレッチングの厳密なタイミング
ストレッチングには多くの種類があ
や程度は競技によっていくらか異なる
る。インターネットで(
「ストレッチン
が、アスリートが通常行うストレッチ
グ」という言葉を)少し調べただけで、
ングには、大きく分けて2つの形式が
以下のように様々なストレッチングの
ある。1つは(ウォームアップの一環と
種類や方法が見つかる。
しての)運動直前のストレッチングで、
・バリスティックストレッチング
もう1つは、通常トレーニングセッシ
・ダイナミックストレッチング
ョンの後に実施する長期的ストレッチ
・自発的ストレッチング
ングがあり、かなり広範で行われてい
・受動的(弛緩性)ストレッチング
る。アスリートやコーチは、一般にこ
・スタティックストレッチング
れら2つのストレッチング形式につい
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て、2つの信念を抱いている。
(a)
(ウ
表1
運動直前のストレッチング(ウォーミングアップ)がパフォーマンス変数に及ぼす効果
ォームアップの一環としての)運動直前
パフォーマンス
研究
結果
のストレッチングは、パフォーマンス
スプリント
Nelson ら(47)
低下
McBride ら(39)
低下
Koch ら(30)
ND
を向上させる可能性があり、また、エ
クササイズの受傷リスクを低下させる。
(b)長期的ストレッチングは、パフォー
スタンディング・ロングジャンプ(立ち幅跳び)
カウンタームーブメント・ジャンプ(垂直跳び)
マンスを向上させ、疼痛を緩和し、ま
た、エクササイズや競技パフォーマン
スの受傷リスクを低下させる。
Cornwell ら(11)
低下
Knudson ら(33)
ND
McNeal と Sands(42)
低下
Young ら(69)
低下
Cornwell ら(11)
ND
スタティックジャンプ(反動なしの垂直跳び)
しかし、これらの信念が必ずしも真
動的筋力
実ではないことを示すデータが存在す
る。そこで本稿では、ストレッチング、
Fry ら(16)
低下
Kokkenen ら(31)
低下
Nelson ら(46)
低下
Behm ら(8)
低下
等尺性筋力
およびストレッチングと競技パフォー
マンスとの関係にまつわるいくつかの
筋持久力
基本的な疑問に対し、特に体操に焦点
を当てて回答していく。
Avela ら(7)
低下
Nelson ら(47)
低下
Nelson ら(46)
低下
要約:運動直前のストレッチングは、爆発的パフォーマンスを低下させる可能性が考えられる。ND =変化なし
ウォームアップ 運動直前のストレッ
チングはパフォーマンスを向上させる
か?
表1は、競技に影響を及ぼす様々な
運動やパフォーマンス特性と運動直前
のストレッチングとの関係について調
べた結果を示したものである。すべて
の研究でパフォーマンスの低下が見ら
れたわけではないが、その大半が運動
限界
応
力
︵
伸
張
に
対
す
る
抵
抗
力
︶
降伏点
1
2
吸収されたエネルギー
直前のストレッチングによってパフォ
ーマンスが低下する可能性を示した。そ
伸張‐長さ
れが特に顕著に見られたのは、最大筋
力と爆発的筋力に関連した動作である。
そのため、体操などの爆発的筋力が非
図1 力‐長さ、または応力‐伸張曲線。1 =弾性域:組織の弾性能力が抵抗(伸張に対して引
っ張り返す)することによって力を増大させている伸張の領域。2 =非弾性域:筋の弾性能
力が限界まで伸張され、非弾性要素が伸張に抵抗している伸張の領域。
常に重要な競技にとって、このような
爆発的能力の低下は、競技能力の低下
のかを簡単に説明する。基本的には、
を指し、一定の長さの変化を引き起こ
を招くおそれがある。
2つのメカニズムが存在し、それぞれ
すのに必要な力によって表される(ΔF/
運動直前のストレッチングの後のパ
が単独で、または2つ組み合わさって
ΔL *筋肉を1cm 伸ばすのに50N 必
フォーマンス低下の根底にあるメカニ
影響を及ぼすと考えられる。その2つ
要な人(a)と、100N 必要な人(b)では、
ズムは、必ずしも明らかなものではな
とは、
(a)
ストレッチングが軟部組織(筋
(b)さんの方が組織の硬度は高い)
。硬
く、また容易に理解できるものでもな
と結合組織)の構造と性質を変えること
度の低下や増大は、応力‐ひずみ曲線
い。なぜ運動直前のストレッチングが
でROM を変化させる、
(b)痛みの耐性
(筋や結合組織が、ストレッチングによ
パフォーマンスを低下させるのかを理
が上昇する、というものである。
解する手掛かりとして、まずはストレ
組織の硬度(スティフネス)とは、組
ッチングがどのようにROM に影響する
織が長さの変化に抵抗する能力のこと
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って伸張または短縮した場合の力の変
化)に変化をもたらし得る。図1(36)
は、組織が限界に達するまで伸ばされ
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ROMの拡大(受動的な硬度の低下)
硬度 パフォーマンス
(Avelaら、2004年)
グ(7)は、能動的/受動的な筋硬度を
低下させ、また、スタティックストレ
受動的な硬度の増大‐弾性貯蔵率の増大
(ランニング効率の増大)
ッチングを30 セッション行ったところ、
受動的な筋硬度の低下が見られた(20)
。
長距離走パフォーマンスの向上
(Spurrsら、2003年)
(Craibら、1996年)
能動的および受動的な硬度の増大
‐パワー発揮(ジャンプ)の向上
(Arampatzisら、2001年)
して長時間(1時間)行うストレッチン
長時間のストレッチングによる能動的
な筋硬度の低下は、単にストレッチン
グの結果というより、疲労に誘発され
て起こった可能性も考えられる(5,24)
。
硬度 パフォーマンス
図 2 もしも筋硬度がカギを握っているのなら、硬度は増大すると考えられ、同時にパフォーマン
スも向上するはずである(J. McBride[39]より修正)
。ROM =可動域。
従って、ストレッチングによるROM の
拡大は、筋硬度の低下によるものとも
考えられるが、それ以上に、組織の粘
性と疼痛耐性の変化が影響している可
た時の受動的な応力‐ひずみ曲線を示
るはずである。しかし、通常の健康な
したものである。ある地点まで、組織
人間では、筋(または筋群)の長さが変
興味深いことに、最大筋力およびス
が伸張されればされるほど、発生する
化すると、神経系へのフィードバック
トレングストレーニングの効果は、ROM
力もより大きくなっていることに注目
もまた変化する。例えば、硬度の低い
の変化に影響を受けない能動的/受動
してほしい。組織が限界に達するまで
筋では、一定の長さで発生する力は小
的な筋硬度の増大に関連しているらし
に吸収されるエネルギーの量は、組織
さく、神経系はこの違いを感知する。そ
い(17,34,37,55)
。筋硬度の増大は、筋
が持つ抗張力の機能を表している。つ
のため、筋硬度(能動的または受動的)
力(66)
、垂直跳びなど様々な種類のパ
まり、吸収されるエネルギーの量が多
の変化は、一定の筋の長さに対する神
フォーマンス、およびランニングの向
いほど、その組織は強く、伸張に対す
経系の反応を変化させ得る。従って、
上(ランニング効率の向上)に関連があ
る抵抗を持っているということになる。
能動的または受動的な筋硬度の変化は、
ると見られる(図2)
。従って、運動直
組織が硬いほど、伸張に対する抵抗力
伸張反射特性と組織の弾性特性(弾性反
前のストレッチング後のパフォーマン
は増し、その結果、次の2つのことが
動のために蓄えられるエネルギーの減
スの低下は筋硬度の低下と関連付ける
起こり得る。
(a)力の立ち上がり速度が
少)にも影響を及ぼし、それによって力
こともできる。
上がる、
(b)組織の限界点がより早く到
の伝達が中断または抑制され、ひいて
ストレッチングは筋損傷との関連性
達するかもしれない。
は力の量、力の立ち上がり速度、およ
も指摘されている。Black と Stevens
びパワー発揮の低下をもたらす可能性
(9)は、マウスを使った実験で、筋線維
筋は、伸張負荷に抵抗する際にも活
性化する(例:エキセントリック筋活
動)
。つまり、筋組織は能動的な硬度を
28
が考えられる。
ストレッチングによるROMの拡大が、
能性が高いと思われる。
を安静時より5%運動直前に伸張させ
たところ、等尺性力発揮が5%低下す
持っている。伸張しながらの収縮は、直
組織の硬度の低下に関連していること
るという結果を得た。人間でも、安静
列弾性要素の緩みをより素早く引き締
を示す研究もある(20)
。しかし、大半
時より20 %ほどの伸張が、筋損傷と力
め、その結果、力の立ち上がり速度を
の研究では、組織の粘性が変化しても
の低下に関連している(38)
。従って、
上げ、限界に達するまでの力の発生量
筋の硬度と弾性は、ウォームアップの
積極的なストレッチングともなると、最
を増大させると考えられる(36)
。
一環としての運動直前のストレッチン
大筋力と爆発的筋力の低下をもたらす
非常に硬度の高い組織は、一定の長
グ(11)にも、3∼4週間にわたる長期
のに十分な筋損傷を引き起こすことが
さに伸ばすためにより大きな力を要す
的ストレッチングにも(21,34,37)
、ほ
考えられる。しかし、著者の見解では、
る。従って、組織の硬度は(理論上は)
とんど影響を受けていない。むしろ、ス
十分にトレーニングを積んだアスリー
柔軟性を抑制すると考えられる。それ
トレッチング後のROM の変化は、疼痛
トが長期的ストレッチングを行ったとこ
ならば、組織の硬度を低下させる運動
耐性の上昇により大きく関連している
ろで、筋損傷が継続的に起こるとは考
直前のエクササイズは、柔軟性を高め
ことを示している(21,37)
。一方、反復
えにくい。もし起こるものなら、上級/
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表2
長期的(数週間)ストレッチングがパフォーマンスに及ぼす効果
研究
被験者
結果
プラスの効果
Dintiman(14)
トレーニング経験者(n = 145、4 群)
ランニング速度が向上 *
Handel ら(22)
様々なアスリート(n = 8)
力が向上
Kerrigan ら(29)
高齢者(n = 47E、49C)
歩行が向上
Wilson ら(64)
パワーリフティング選手(n = 9E、7C)
ストレッチ‐ショートニング・サイクルが向上
Hunter と Marshall(26)
各種のアスリート(n = 60、3 群)
垂直跳びが向上
Worrell ら(67)
身体活動が活発な学生(n = 19)
ハムストリングスの力が増大
Hortobagyi ら(25)
身体活動が活発な学生(n = 12)
膝の伸展力が増大
Nelson ら(46)
身体活動が活発な被験者
ランニングパフォーマンスへの効果なし
Godges ら(18)
身体活動の活発な被験者
歩行効率への効果なし
効果なし
* 筋力とスプリントトレーニングの成績が向上。E =試験群、C =コントロール群。
エリートアスリートの間に慢性的な筋
ッションの後にストレッチングを行う。
は、非常に柔軟性の低い集団において、
肉痛が発生しているはずだが、そのよ
このようなストレッチングを長期的に
ストレッチングがパフォーマンス
(歩行)
うな事実がないことは明らかである。
行うことは受傷リスクを下げる効果が
を向上させる可能性を指摘している。
あり、またおそらくはパフォーマンス
しかし、
(3∼4週間の実験における)
によると、ウォームアップの一環とし
を高めるとの考えからである。表2は、
主要な変化は、伸張と疼痛への耐性の
ての運動直前のストレッチングは、最
長期的ストレッチングがパフォーマン
変化であって、粘弾性の変化ではない
大筋力(力の量)といくつかの変数、例
スに及ぼす影響について調べた研究の
と思われる(21,37)
。従って、ストレッ
えば、力の立ち上がり速度、パワー発
結果である。その多くが、パフォーマ
チングの結果、筋硬度と動作効率が大
揮などを低下させることを示している
ンス、特に最大筋力と爆発的筋力のパ
きく変化することは考えにくい。
(8,46,53)
。さらに、H 反射の低下も見
フォーマンスが向上したことを示して
られる(6,7,20)
。H 反射は、神経、特
いる。全般的に向上の度合いは小さく、
る筋肥大を引き起こす可能性も考えら
に脛骨神経を電気ショックで刺激する
おそらく3∼4%ほどである。しかし、
れる。動物に長期的なストレッチング
ことで起こる単シナプスの反射である。
ハイレベルな競技では、わずかな向上
(24 時間/日)を行ったところ、ある程
そのため、ウォームアップの一環とし
率が大きな意味を持つことを忘れては
度の筋損傷と慢性的な反射活動が起こ
ての運動直前のストレッチングは、力
ならない。例えば、過去2度のオリン
り、その結果、筋肥大が見られた。運
の発揮、パワー発揮、および伸張‐短
ピックにおいて、
(ほとんどの競技の)
動直前のストレッチング(安静時の5%
縮サイクル運動の特性にマイナスの影
1位から4位までの競技成績の差は
伸張)は、
(少なくともトレーニングを
響を及ぼし、それによって筋力、およ
1.5 %以下だった。長期的ストレッチン
積んでいない動物では)ある程度の筋損
び体操競技などの爆発的なパフォーマ
グによるパフォーマンス向上の根底に
傷を引き起こし、結果として力の低下
ンスを含むパフォーマンスを低下させ
あるメカニズムについては、現時点で
が見られた(9)
。しかし、トレーニング
る可能性があると見られる。この低下
は不明である。
を積んだアスリートがストレッチング
パフォーマンスに関する研究の大半
は、筋硬度の変化に関連している可能
ウェイトリフティング、ダイビング、
あるいは、ストレッチングがさらな
を行っても、筋肥大を促進し、力発揮
そして特に体操など、姿勢に関する要
能力を向上させるに足る組織の損傷が
求の多い一部の競技では、ROM の拡大
起こるとは考えにくい。特に、十分な
長期的(ウォームアップでない)ストレ
が有利に働くことは明白である。そこ
トレーニングを積んだ筋力/パワー系
ッチングはパフォーマンスを向上させ
で、組織の硬度を低下させると、動作
競技の選手はそうである。そのため、柔
るか?
効率が向上するのではないかという考
軟性の向上に伴って頻繁に起こる、わ
えが出てくる。実際、Godges ら(19)
ずかだが明白なパフォーマンスの向上
性がある(図2)
。
多くのアスリートはトレーニングセ
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29
表3
受傷率低下の可能性
傷害と可動域
研 究
受傷部位
結 果
Nattress ら(44)
腰椎
関連なし
Zuberbier(70)
腰
関連なし
Emery と Meeuwisse(15)
鼠径部(ホッケー)
関連なし
Watson(63)
サッカー傷害
関連なし
傷害の決定要因
研 究
30
変 数
結 果
Stewart と Burden(60)
極端な可動域
受傷率が増大
Konradsen と Vioght(32)
過大な可動域/スタビリティの低下
受傷率が増大
Orchard(48, 49)
受傷または異常の前歴
受傷率が増大
Emery と Meeuwisse(15)
受傷の前歴
受傷率が増大
Orchard(48, 49)
疲労
受傷率が増大
Almeida ら(1)
トレーニング量/疲労
受傷の可能性が増大
Yamamoto(68)
相対筋力
受傷率が低下
McCarthy ら(40)
筋力
受傷率が低下
Orchard ら(49)
筋力
受傷率が低下
Nadler ら(43)
筋力
受傷率が低下
Crosier ら(13)
筋力(エキセントリック)
受傷率が低下
Askling ら(2)
筋力
受傷率が低下
については、その詳しいメカニズムが
を試みたら、多くの場合、筋腱組織
従って、過度の伸張を原因としない傷
依然としてわからないままである。お
(他のいくつかの部位は言うまでもなく)
害には、何かほかのメカニズムが関わ
そらく、このようなパフォーマンス向
にかなりの傷害を負うだろう。しかし、
っているに違いない。過度の伸張を原
上を引き起こすメカニズムは、単に疼
体操選手のようにストレッチングによ
因としない傷害の発生メカニズムとし
痛耐性が上がったことによるROM の拡
って高度な柔軟性を得ている場合には、
て考えられることは、特にエキセント
大によって説明がつくのかもしれない。
通常この姿勢は問題なく行うことがで
リックな負荷を受けたりして筋が活動
きる。このような例には柔軟性が関与
している時に、筋硬度が高まることで
ストレッチング(運動直前の、長期的
している可能性が高く、従って、柔軟
ある(54,58)
。弾性の低い、硬い筋腱部
の両方)は受傷率に影響を及ぼすか?
性を強化する十分な根拠となるが、す
に外から伸張力が加わる場合には、よ
柔軟性は傷害、特に筋の傷害に関連
べての傷害がROM を原因として発生す
り少ない力の吸収によって傷害が発生
していると考えられることが多いが、そ
るわけではない。例えば、スプリント
する可能性がある。従って、弾性の高
れがどのように関連しているのかは明
選手がハムストリングスの筋を傷めた
い組織には緩衝効果があり、筋線維が
らかでない(57)
。柔軟性が筋腱の傷害
時などに起こる肉ばなれ(筋断裂)は、
受ける損傷を減らすため、結果的に損
に影響を及ぼすメカニズムとしては、一
その大半が組織の過伸展が原因ではな
傷が小さくてすむといえる(65)
。一部
般に、組織を通常の活動の限界を超え
いと見られる。このような過度の伸張
の研究データは、柔軟性によって測定
て伸張させることが関係していると考
を原因としない傷害の多くは、エキセ
される受動的な筋硬度が高いと、エキ
えられている。例えば、組織がそれ以
ントリックな負荷がかかっている時に
セントリック筋活動がより大きな筋損
上の伸張に耐えられる弾性を備えてい
起こるが、それは通常のROM の範囲内
傷を引き起こし、ひいては筋力の低下
ないような競技動作を行った場合、そ
である(58,62)
。しかも、エキセントリ
と遅発性筋肉痛をもたらす可能性を示
の組織は断裂する。普通の人が、体操
ックな負荷が伸張速度を増大させるほ
唆している(41)
。すなわち、組織が硬
競技でよく行われる前後開脚ジャンプ
ど、受傷率は高くなるようである(61)
。
いと、それだけ受傷のリスクが高まる
August/September 2008•Strength & Conditioning
わけである。ストレングストレーニン
としての)運動直前のストレッチングが
在するか。運動直前の(および長期
グは筋硬度を高めるため、筋が強くな
パフォーマンス低下をもたらし、また、
的な)バイブレーション(振動)は爆
ると、それだけ受傷しやすくなるはず
優れた柔軟性が体操などのパフォーマ
発的パフォーマンスを向上させるこ
である。しかし、既存のデータは必ず
ンスにとって必要不可欠であるとする
とがわかっている(28,51,52)
。さら
しもこの考えを裏付けていない。スト
なら、
に、運動直前の(および長期的な)バ
レングストレーニングは確かに筋硬度
イブレーションは、ストレッチング
を高めるが、同時に受傷リスクも下げ
A.
(パフォーマンス低下の)効果が切
による柔軟性を向上させることもわ
ているのである。組織は伸張されると
れるまでに、どのくらい待てばいい
かっている(3,27,56)
。この2つの
エネルギーを吸収し、能動筋は受動筋
のか。残念ながら、この問題はこれ
効果を組み合わせることによって、
に比べてより多くのエネルギー吸収力
まであまり研究されてこなかった。
爆発力を変化させずに柔軟性を向上
を持つ(36)
。強い筋ほど、エキセント
爆発力の低下がいずれ解消されるこ
させることが可能になるかもしれな
リック活動を行う際、断裂にいたるま
とは確かだが、正確にどれほどの時
い。Cochrane とStannard(10)は、
でに吸収するエネルギーの量が多い
間を要するかはわかっていない。著
女子フィールドホッケー選手に、エ
(35)
。そのため、ストレングストレー
者の見解では、効果が切れるまでの
クササイズ前の5分間、ストレッチ
ニング、特にエキセントリックトレー
時間は1∼2時間で、その長さは個
ング姿勢でバイブレーションプラッ
ニングは、筋腱部位の受傷率を高める
人によって差があると思われる。時
トホームを使用させ、ジャンプ計測
よりも、実際にはむしろ低下させてい
間差が発生する原因としては、個人
によって、柔軟性と爆発力の両方が
る可能性がある。
差のほかに、実施したストレッチの
向上することを報告している。
表3は、身体活動中の受傷、および
受傷率低下にかかわる要因についての
研究結果である。受傷率の増大は、過
種類、抑制の度合い、および疲労の
有無などが考えられる。
B.運動直前に柔軟性エクササイズとそ
結論
ストレッチングは関節のROM を変化
去の受傷歴など、いくつかの要因によ
の後に行うパフォーマンスとの間に、
させ、柔軟性を高める効果がある。し
って起こるようである。興味深いこと
何らかの介入がある場合(他の運動
かし、ウォームアップの一環としての
に、関節が極端なROM を示している場
を行う場合)はどうか。この問いは、
ストレッチングには、パフォーマンス
合を除き、大半の研究では、柔軟性の
次のような考えに基づいている。ウ
を低下させる傾向も見られる。運動直
低さと典型的なスポーツ傷害との間に
ォームアップの一環としてのストレ
前のストレッチングが、筋硬度の低下
関連性はほとんど示されていない。運
ッチングによって、柔軟性は運動直
または疼痛耐性の上昇(またはその両
動直前の(50)
、長期的(23)ストレッチ
前に向上させられるが、これはパフ
方)をもたらすかどうかは定かでない。
ングのどちらも、身体活動に関連した
ォーマンスにおける爆発力を低下さ
しかし、利用できるデータの大半は、運
傷害を有意に減少させる効果はないよ
せる。ならば、ストレッチングとそ
動直前のパフォーマンスの低下が起こ
うである。Thacker ら(62)は、柔軟性
れに続くパフォーマンスとの間に何
り得ること、また、それが筋硬度の低
に関する研究の大規模な見直しを行い、
らかの爆発的動作を挟むとどうなる
下またはストレッチ‐ショートニング・
1950 年代までさかのぼって361 件もの
か。実際、一部の研究データは、ス
サイクルの神経系要素、例えば、筋伸
論文を調べた末に、ストレッチング
トレッチングが爆発力に及ぼす負の
張反射などの変化に関連している可能
(ROM の拡大など)と傷害の間には、ほ
効果を、介入的なエクササイズが少
性を示している。これらの変化が、ひ
とんど関連性はないと結論付けている。
なくともある程度は負の効果を低減
いては最大筋力と爆発力の低下を招き、
従って、ストレッチングやROM の拡大
させ得ることを示している(69)
。し
結果としてパフォーマンスの低下を引
に受傷率を下げる効果があるという説
かし、柔軟性の変化がどの程度保持
き起こしていることが考えられる。一
には、ほとんど根拠がないということ
されるかはわかっていない。
方、長期的ストレッチングはパフォー
になる。
C.柔軟性を向上させつつ、パフォーマ
マンスを向上させるが、そのメカニズ
この議論によって、興味深い問題が
ンスを低下させない、あるいは向上
ムは明らかになっていない。体操など、
浮かび上がる。
(ウォームアップの一環
させられるウォームアップ方法は存
優れたROM を明らかに必要とする競技
August/September 2008•Strength & Conditioning
31
では、当然ながら柔軟性は最も重要な
要素のひとつである。運動直前のスト
レッチングは、傷害にはほとんど影響
を及ぼさないと思われる。一方、長期
的ストレッチングは、受傷率をある程
度低下させる効果があると考えられる。
ストレッチングに関しては、今なお
いくつかの疑問が残っている。例えば、
運動直前のストレッチングが爆発力に
及ぼす負の効果はどのくらい持続する
のだろうか。このような疑問に答える
べく、USOC Sports Science、East
Tennessee State University、および
Appalachian State University による合
同研究が進行中である。◆
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checks. Spine. 26:2735-2737. 2001.
謝辞: 本稿執筆に際しては、一部 USECA から補助金
を得た。
From Strength and Conditioning Journal
Volume 28, Number 6, pages 66-74.
著者紹介
Mike Stone : East Tennessee State University の
information
NSCA-CPT 認定試験テキスト
NSCA
パーソナルトレーナー
のための
基礎知識
総監修:福永哲夫 (早稲田大学教授)
サイズ: B5 判ハードカバー、
オールカラー 720 頁
森永製菓健康事業部刊
●定価:12,600 円
→ 会員価格:11,550 円
スポーツ科学、スポーツ栄養&心理学
の基礎知識、効果的な各種エクササイズ
テクニックやプログラムデザインなど、ス
トレングス&コンディショニングのエッ
センスとなる必須事項を収録。アスリー
ト、高齢者、子どもなど多様なニーズに
応え、特定の条件がついたクライアント
に対しても指導ができるパーソナルトレ
ーニングの基礎知識を網羅しています。さ
らには安全性や法的問題への対処法など、
専門職としていかにリスクマネジメント
すべきか、ケーススタディも交えまとめ
てあります。NSCA-CPT 認定資格取得
のための教本として、トレーニングの指
導要綱として、またフィットネス全般の
見識を高めるためにも必携のテキスト決
定版です。
本書の特徴
エクササイズおよびスポーツ科学研究所責任者。
■パーソナルトレーニングに関するすべ
ての分野を 6 パート全 25 章で構成
Michael Ramsey : East Tennessee State
University のエクササイズ科学准教授。
■適切なエクササイズテクニックを
240 枚以上のカラー写真を使用して
解説
Ann Kinser : East Tennessee State University の
エクササイズおよびスポーツ科学の修士課程に在学
中。
Harold O'Bryant : Appalachian State University
の健康、レジャーおよびエクササイズ科学部のシニ
アファカルティ。
Chris Ayers : East Tennessee University の准教
授。
William Sands : United States Olympic
Committee のスポーツバイオメカニクスおよびエン
ジニアリング責任者。
August/September 2008•Strength & Conditioning
■ NSCA 認定パーソナルトレーナー試
験対策として役立つ、120 問以上の
練習問題
■あらゆる年齢層のクライアントを評価
するためのテスト方法と、その評価基
準を提示
■契約書など実務的な各種書類フォーム
も収録
ご注文は、NSCA ジャパン事務局まで。
(その他の教材、ご注文方法の詳細は P66 を参照)
NSCA ジャパン 事務局
Tel : 03-3452-1684
http://www.nsca-japan.or.jp
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