モノ作る心

http://www.med.akita-u.ac.jp/~eisei/information.html
モノ作る心
村 田
■ プロローグ
記紀によれば,天照大神は太陽を神格化した神だ
そうで,皇室の祖神(皇祖神)の一柱とされている.
出典怪しき伝承を探ると,天照大神は私が幼き頃に
住んでいた町と満更無縁ではない.故郷の家近くに
ある青龍寺の城光寺縁起と土師百井の慈住寺記録に
「天照大神が国見の際に冠を置かれた」と記されて
いる.歴史に疎い私には,持統天皇や元明天皇の名
を聞いても男女の区別がつかないのであるが,遠い
昔を振り返ると女性が国を治めていた時代もあった
ようだ.
勝 敬
未熟の徴候であるかどうかは判らない.ただ,人格
未熟者は社会に出てから適応障害や現代型うつ病に
罹りやすいと囁かれている.
後輩思いの先輩から試験前に届けられる「過去問
題集」で当座の難局は乗り越えられるかもしれない.
しかし,教科書や論文を読まずして,本の中に籠め
られた学術のエッセンスや著者の本音をどうして理
解することができるのか? 人格未熟から脱皮するた
めにも,寸暇を惜しんで読書に勤しむ習慣を身につ
けて欲しいと思う.何故なら,様々な生き方や知恵
を識ることが人間の相互理解 (communication) や対
処能力を高める礎だと信じて止まないからである.
■ 神憑りの世界
秋田に赴任して間もない頃,国試対策委員を拝命
した.6 年生を対象とし,彼等が無事卒業するとと
もに医師国家試験にパスするよう,叱咤激励する係
であった.当時は基礎医学棟の共用室に余裕があっ
たので,学務課に交渉して一室を借り,10月頃より
彼等が籠もって学習できるようにした.私の国試に
賭けるジンクスは,願かけ後「一時足りとも,逃避
するは救われず」であった.受け持った学生3名のう
ち,正月前に一人の学生が「実家で勉強します」と
言い残して去った.試験直前まで部屋に残って勉強
し続けた2名は春から初期研修医となったが,逃避し
た学生はその年不合格だった.
2年目は最下位の学生1名のみの担当であったが,
初対面時にもう一人の同級生と連れ立って「一緒に
勉強して良いですか」と尋ねた.了解の旨を伝え,
さらに先程の誦文 (じゅもん) を唱えた.彼等は呪縛
の部屋を抜け出すことなく孤軍奮闘し,その甲斐あ
って合格した.その後の同委員在任中も,ここで頑
張った学生に落伍者はいなかった.“究極の目的を忘
れず日々励行すれば,必ずや報われる”は学生時代
の読書から得たマジナイの1つである.
■ 実在の世界
医学科定員増になって以後,それまでの学生像と
は異なる人種が急増しているように感じる.例えば,
サークル活動は熱心であるが,授業の合間にスマー
トフォンばかり凝視していたヒトは試験三昧の 4 日
目に逆ギレして教師に食ってかかった.これが人格
■ 物書きの世界
教師の誉れは「講義が上手い」と評されることで
あろうが,研究者にとっては論文が唯一の評価資料
となる.データ収集,実験,数値解析,そして抄録
書きや発表がどれ程上手くなろうとも,科学論文を
専門誌に自力で掲載させる能力を獲得しなければ一
人前の研究者たり得ない.責任執筆者 (corresponding
author) に然りげなく要所を修正されている間は半
人前なのだと自覚した方がよいだろう.
Nature や Science 誌は世界のトップ研究者と言わし
める雑誌であり,論文書きの目指すべき頂点と言え
るかもしれない.しかし,一時脚光を浴びても再現
性実験などの厳しい検証が待ち受け,かつ日進月歩
の技術革新の中で新事実が次々と発表されるので,
後世まで名を馳せるものは少ない.その淘汰は熾烈
であり,iPS 細胞論文のように医科学全体を底上げし
http://www.med.akita-u.ac.jp/~eisei/information.html
たと賞讃されるものもあれば,STAP 細胞論文のよう
に取り下げられるものもある.一方で独創性が極度
に高い場合,当該領域の査読者に理解されず掲載を
拒否されることもあり得る.これは科学の陳腐/新
奇を判断するのもヒトであるからだ.いずれにして
も,成功への鍵は 99%の努力と 1%の運である.若者
は,この現状を弁えつつ,大志を抱き,その志に向
かって邁進して頂きたい.その分岐点は,理屈を“知
る”に留めるか,具象化する“行動”に発想を転換
するかだ.すなわち,絵に描いた餅をいくら並べ立
てても,そこにあるのは虚である.幾度も失敗を重
ねる中で,その途上に出会す真理を見落とさないこ
とである.
■ モノ作りの世界
学生時代のオーディオ研の先輩が真空管 (球) 4 本
と LUX 製出力トランス 2 個を送って下さった.そこ
で,お調子者の私は電源トランスを含む諸々の部品
を昨年暮れに買い集め,オーディオアンプの製作を
始めた.2010 年には別の球を購入して 37 年ぶりにア
ンプを作ったが,今回は 2 mm 厚アルミ板に穴を開け
る作業もあり,還暦過ぎの身体には少々キツかった.
1 週間何もできない状態に陥ったが,それでも描いた
回路図に修正を加えながら,ハンダ付け作業を
正月挟んでおこなった.前回の製作時には電源
スイッチを ON にすると球内で火花が飛んだり,
スピーカーから雑音や発振音が鳴り始めた.幸
運にも,今回はそのような異状事態は発生しな
かった.
完成した真空管アンプの透き通った音色に
耽っていると,フッと,アンプ製作と論文作成
の間にある何某の共通性に思い当たった.アン
プ製作では,金属加工やハンダ付けを,息凝ら
して,コツコツ続けなければならない.抵抗器
や配線コードのハンダ付け作業が中途半端だ
と,音は出ないで火花が散る! 一方の論文作成
も,単語の選択から文章および段落の並べ方に
至るまで細心の注意を払う.すなわち,文の配
列あるいは接続詞の選択如何で読者に伝わる
意味が全く変わってしまう (論文考察の1段落
内に‘however’を 2 回以上使うと多重否定にな
り,読者は困惑する.つまり,この単語の使用
は 1 段落に最大
.... 1 回である).そう,両者の共通
性はモノ作りである.尤も,前者は人知れず自
己満足 (≈非科学) の世界に浸ろうと誰も文句
を言わない.これに対し,後者は人目に晒して
批評の対象となる宿命を負っている.
■ エピローグ
1999 年に男女共同参画社会基本法が「男女の人権
が尊重され、社会経済情勢の変化に対応できる豊か
で活力ある社会を実現することの緊要性を鑑み」施
行された.日本史に出てくる天照大神は女性であっ
た筈だが,この法律の施行前は職域,学校,地域,
家庭などに男性偏重の実態があると国が認識したの
である.緊要性に関しても,法律として提示しなけ
れば,待てども男女平等は達成されないと判断した.
欧米には,恰も「女性が優先される結果として,同
じ能力を持つ男性が差別される」と反対解釈する偏
屈者もいるらしい.兎にも角にも,政治や男女関係
の世界には理屈以外の別要因 (利害や感情) が入り
混じるので問題解決はそう簡単でない.
科学の世界では,①結論の有意義性,②結論を導
く証拠の確からしさ,③独創性,④記述の論理性な
どが批判的に吟味され,雑誌掲載の可否が決まる.
最も嫌われるのは文章の重複と冗長である.しかし,
嫌われないように…と頭でいくら理解しても,年と
ともにクドくなっていく自分が嘆かわしい.
「秋大生活のひろば」 No.154 (2015 年 9 月刊)