自作プラモのすすめ び回っている冗談じみた光景が浮かんだ。 しかし、それでは先の強引な軌道修正で豪 SF 小説とオリジナルプラモで 快にへし折れていただろう。そうでなくても 描く未来兵器の世界 軽量で巨大なガスタンクというだけでは推進 剤を消費するにつれて重心位置が大きく狂っ てしまうから運動性など望むべくもないし、 構造的にも艦船として成り立たない。となる と、強力な粒子砲を含めてすべてをコンパク トに抑える必要があるから既存のものとは根 本的に異なる技術体系に基づいていると考え るべきだ。つまり革新的に高密度な推進剤を 用いているだけでなく、大出力かつ超高効率 の推進方式であるに違いない。 ここまで思考を巡らした後、艦長は幾重に も展開された階層群から脅威判定ソフトを引 き寄せてみると案の定、対処プランを算出で た ち きず性質の悪いループ処理に陥りつつあった ので一旦電脳とつなぎ再処理を実行する。大 方、不具合の原因は推進剤よりもさらに謎に 包まれた推進方式が大きな比重を占めている のだろうが、人工知性体でもないただのソフ トウェアに高度な予測を求めるのは酷だろ う。まともに艦影を捉えられない以上、具体 的な情報といえば妨害物質まみれの排気炎ぐ らいなのだから当然の結果だ。 (ストーリーテラー/模型製作) ──とはいえ、人間だろうと人工知性体で あろうと未知のモノに対しては取り敢えず当 てずっぽうを決め込むしかない。……現実逃 避だな── ≪艦長! 進路このまま、でいいんですね?≫ いつもと違って緊張したミドリの声によって艦長の 「われ敵を撃破せり!」 (後編) 意識は艦橋へ、高加速によって数倍の荷重が襲い慌た 敵は再度進路を変更し、交差軌道から強引に彼我の だしく声が飛び交う現実へと立ち返った。 軌道を平行にもっていくと今度は噴射方向を変えて曲 『ん? ああ、この速度差では敵からみれば本艦は停 線を描き始めた。 止しているのと大差ない。対敵姿勢などとるだけ無駄 ≪これは、まさか!≫ だ。このまま突っ走る』 敵は減速と姿勢制御を交互に繰り返して本艦の軌跡 どういう訳か敵は近付いて本艦を仕留めたいよう を取り巻くような螺旋を描き、その距離を段々と狭め で、そのために敵は何度も減速する必要がある。なぜ ていた。これは敵の目指しているのがロヴィーサとの かは分からないが、ロヴィーサが月に近づきつつある 同一軌道上、すなわち後ろを取ろうとしていることを のと敵が長距離砲撃から近接攻撃に切替えてきている 示していた。 のは無関係ではない気がした。確認すると先ほどの思 図上のそれを睨み続ける艦長の思考は加速する。会 考に費やした物理時間は10秒となかったようだ。 敵残り時間は、敵の機動に合わせるように絶えず修正 ──接敵状態まで恐らく物理時間で4分ないし5 を繰り返して止まらない。 分。……正念場か、── それと並行して敵艦の予想性能値も数瞬ごとに更新 だが敵がこのままの軌道と加速を続ける保証はどこ され、現時点では高機動宇宙艇並みの質量でありなが にもない。むしろ予想より先に攻撃を始める方が確実 ら運動性能はそれを凌駕し、噴射持続性能は既存の長 だろう。 距離偵察艦と比較して300倍~600倍に匹敵するとい 『ミドリ、陣形を単縦陣に再変更、ケンは第二次加速 う、 何とも大雑把で信じがたい数値が表示されていた。 の準備開始。副長、状態は?』 さすがにこの数値はエラーの類としか考えられなかっ 『今の所小康状態。できれば、これ以上の負担は避け たが、艦長の脳裏に極軽量な本体へ小惑星用の核パル るべきで──』 スエンジンを括りつけ、大量の推進剤を詰め込んだ全 副長が言いかけたところで敵が動いた。 長1km 近いガスタンクが推進剤をばら撒きながら飛 『今、反応がシフトした!! ただの乱数加速じゃな SCENE-11 野比 ヒロアキ 60 防衛技術ジャーナル July 2015 いぞ、何だこれは!!』 敵は今まで描いていた緩やかな螺旋軌道から突如、 本艦の軌跡に対して鋭角に突入してくる。同時に図上 に投影された敵位置からノイズの塊が現れると、急速 に枝分かれして本艦に向けて迫ってきた。物理現実の 一瞬を何十倍、何百倍にも引きのばせる電脳空間にお いても “ それ ” は異常な速さで本艦の周囲を覆い…。 『3番デコイに異常発生!!』 ≪なんで、こんな、≫ 突如センシングに負荷がかかると、デコイ群との データリンクが瞬間的に途切れ途切れになる。 『サン、どうした!?』 『いや、あの、デコイがまるで雷を食らったような、 ああ、速度低下、追随不可!!』 『 畜 生!! や り や が っ て、 こ れ で も 食 ら い や が れ!!』 『3番デコイはそのまま、マルスは EMP を撃ち続け ろ、気取られるな!!』 ≪3番デコイだけじゃない、本艦と1番、2番にもわ ずかながら被害が及んでいます!!≫ ミドリの報告は、すなわち敵が数千キロの距離を隔 てて複数の目標に同時攻撃を仕掛けることができるこ とを意味していた。ただし被害の偏りからエネルギー 総量は変わらないと考えられたが、デコイ一つあるい はすべてを見破られた可能性を考えればそんなことは 些細な問題だった。 『敵との距離およそ5,000いや訂正、 およそ4,700㎞!!』 敵は直線加速に入り噴射性能のすべてを増速に注ぎ 込み猛然と迫ってくる。 『3番デコイに熱反応、撃破されました!! 敵は再 度砲撃エネルギーを集中、片っ端から潰していく気 だ!!』 『ミドリ、デコイはあと何回加速できる?』 ≪2回ですわ!≫ 『デコイと同調加速する、ケン、最大戦闘加速! 無 制限!!』 『了解、I・Dモード起動、加速開始!!』 艦橋内に警告音が鳴り響き円周座席が耐G形態に変 形して全員を完全に固定し、続く加速によって5Gも の荷重がのしかかる。もはや操艦も連携も電脳空間上 でなければできず、加速制限を外した状態は艦長が解 除するまで延々と続く。身体は耐えるしかない。 『艦長! 船体に多数のクラックが発生、回復が間に 合っていません!!』 脳内に響く副長の声には明らかな焦りがあった、ロ ヴィーサはもう限界なのだ。 『回す電力はない、もたせろ!!』 そう指示を飛ばすと、艦長は座席の奥のさらに底の 方から何かが大きく歪んだような異常な共鳴を感じ、 すぐさま感覚をカットした。 『ミドリ、通信は?』 ≪後少し、後少しです!!≫ 『EMP の出力が出ねえ、鈴木副長!!』 『駄目だ、ダメージが大きすぎる、マストの応力限界 突破まで20秒!』 『マルス、何としても照射を続けろ!! ケン、オー バーライド、限界まで増速!!』 『了解!』 加速度の数値は5Gからジワジワと上昇し、6Gを 突破した辺りから艦橋内の軋みが不気味な不協和音と なって響き始めた。 『1番デコイ蒸発!!』 『マストの一部が使用不能!! 反応が帰ってきませ ん!』 ≪通信回線開きました! 圧縮通信完了!!≫ 『よし、時間を稼ぐ! ミドリ、デコイ同調! サン、 バレルロールだ!!』 『アイ、サー!!』 ≪あいよ!!≫ ロヴィーサは、あらん限りの力をエンジンノズルか ら振り絞り、船体各所の姿勢制御噴射口から際限なく 燃え上がるプラズマを吐き出し続け、曲芸飛行機のご とく急激な動きで旋回を始めた。敵がとっていたよう な螺旋軌道よりもはるかに緩やかであったが、遠方か らは本物とデコイを合わせた一対のロヴィーサが、ま るで蛾が舞い上がるように不規則な曲線を描いて飛翔 しているかに見えた。そしてすでに限界を通り越して いた船体は、半回転毎に構造物が歪み船殻表面にヒビ が走ると、割れ目から真っ赤な修復液が噴出して白い 船体をつたう。まさに満身創痍の様相であった。 『船殻温度急上昇!! 1番マスト融解!!』 『クソッタレが、俺はまだ撃てるぞ!!』 艦橋内に警報が鳴り響く中、ミドリの声が飛ぶ。 ≪艦外から EMP 感知! 到達まで25秒!!≫ 報告を受けて艦長は素早く指示を返した。同時に艦 長の視界に秒読みが表示される。 『2番デコイを急減速! 敵位置へ放り込め!!』 今まで追随していたデコイが、残りの推進剤を捨て る勢いで姿勢変更と急減速すると、後方から猛烈な勢 いで迫りくる敵にその相対速度差を利用して体当たり を行う位置取りに入った。敵はわずかな逡巡の後に、 回避よりも加速を優先し粒子砲でデコイの迎撃を行う。 『2番デコイ、蒸発!!』 敵との距離がわずかに開き、秒読みがゼロを刻む ……。一瞬の出来事だった、ロヴィーサが通過し終え た軌跡上に敵が差しかかったその瞬間、漆黒の宇宙に 閃光が走った。それは加速度的に増殖し、数百にも連 なる巨大な火球の塊となった。敵は急減速して離脱し ようともがくも、進路上に現れる火球群は次々と直撃 を食らわせ艦影を切り取るようにまつわり着いて離さ ない。 あらが ついに敵は自らの強大な加速度に抗い切れず深い灼 かいじん 熱の海に呑み込まれ、その姿は燃えさかる灰燼となっ て掻き消えた。 (つづく) 61 全体像(後) 大陸連盟 天球保安集団 所属 12式警邏艇 広域警戒・臨検Ⅰ型 バーバチカ(露語で蝶の意) 不審船の臨検、密輸船の拿捕、テロの摘発を目的とする。逆 噴射炎の舞い上り方が蝶の羽ばたきに見えることから名づけ られた。 しかし現場では運用方法も相まってもっぱらフェール シニ (露語で雀蜂の意) と呼ばれている。強制接舷時の激しい 機動や捕まったら最後、 制圧部隊という名の毒を流しこまれる ことから、 その名にふさわしいと評判で、 陣営問わず民間では 「蜂」の隠語で呼称される。性能のために切り詰めた設計が特 徴。全長60m、巡航加速度1G~2G、最大加速時間;150時間 (1G 加速・減速ともに75時間) 、 最大加速度9G+ (強制接舷時) 主機関 主機関が発電機関を兼ね運動性向上と発電冗長化のために双発 にしている。斜めに突き出た逆噴射機関は最大加速から短時間で 減速させられるほど力強く、特に高速目標相手に乱数加速をしな がら減速炎を巻上げる様子は蝶よりも雀蜂と形容されるにふさわ しい獰猛ぶりを見せる。排気炎プラズマの一部に逆起電力を掛け て発電するが当然、発電した分だけ推進剤を余計に消費してしま う。加えて大陸連盟の艦船は瞬発力重視であることもたたって燃 費は悪く、持久力志向である条約機構の同世代艇と比較して62% 程度しかない。ただし部品点数は少ないので整備性は良い。艇影 を円筒に収めるため、放熱板は主機関を覆うように一体となっ た。材質は当然メタ物質製。 推進剤タンク 姿勢制御機関 船体と比較して大きい噴射口をもつ。 62 全体像 (前) この時代では一般的な準安定金属水素。本艇の推進剤は0.852g/ cm³の高密度仕様で液体水素比12倍もあり、見た目以上に大量の 水素をもっている。本艇は計20個のタンクをもち、それらすべて を液体水素に置き換えると同一タンクで240個分に匹敵する。ち なみにロヴィーサは0.923g/cm³と液体水素比13倍の高級仕様であ る。金属状態で安定になる最低下限密度は約0.2g/cm³(液体水素 比約3倍)からで、密度に比例してコストは上がり商船等は密度 比5倍−8倍程度の推進剤をよく使う。準安定金属水素は液相に 近く発展途上、最も安定とされる原子配置は面心立方構造すなわ ち金銀銅などの単体金属と同じ固体状態となり密度は8.5g/cm³で 液体水素比120倍にもなる。これが広く利用された時、太陽系はそ の領域を10分の1に狭めるとまでいわれている。しかし公には軍 民問わず大量生産に成功した事例はないとされている。 相対速度が近い目標と本艇をつな ぐ。銛は可動爪であり再利用可。 パラボラ構造 20 14 本艇のタンク 個と240個 分の仮想タンクおよびシャト ル外部タンクとの比較。 外 部タンク (大) の液 体 水 素 は タンク (大) 全質量の %程度。 20 cm シャフトの先端円盤部分が粒子砲であ る。航行時は射程500 、比重二未満 の軽金属粒子を光速の %で発射、 程度のデブリならスパッタリング効果で 命中部位の原子を削りつつ蒸発させる掃 宙砲となる。突入制圧時には目標外殻を 溶融突破後、円盤部分が伸展しシャフト から臨検隊が乗りこむ。 km 18 アクティブ・パッシブセンサ km 四角錐の部分。能動探知時にはドップ ラー・ライダとドップラー・レーダを併 用。全周走査(3、 000 :変更可)と 長 距 離 走 査( 3 万 : 走 査 角 0・5 度 未 満)があり、後者はパラボラ構造と組み 合せて走査角を前方限定で一五度まで擬 似的に拡大でき捜索艦の真似も可能。 突入シャフト兼対デブリ軽金属粒子砲 艇首複合部 km 基本要員2名に加えて、強化歩兵12人、自律支援体24機 からなる1個臨検隊を運用可能。省電力徹底のため艇内 の主電算システム、端末、配線に到るまで完全光駆動方式 にして機器の排熱やエネルギー損失を最小に抑えている。 拘束銛発射管 同スケールの艦船模型と比較 住居区 複合部の主構造であり銛を打ち込んだ後、円周スリットより 粘着発泡剤を噴出させて目標外殻と本艇を固定すると同時に 空いた気密を塞ぐ。発泡剤は通電することで本艇から瞬時に剥 離可能。 また、 その形状を活かして前方限定のセンサにもなる。 63
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