ソングブックとよばれているCDのアルバムがある

 ソングブックとよばれているCDのアルバムがある。コール・ポーター・ソングブックとか、ガーシュウィン・
ソングブックとかいったもので、つまり、ひとりのソングライターの作品を集めたCDである。歌い手のうたった
ものが多いが、たとえば、オスカー・ピーターソンのようなピアニストによるものもある。 どのような作品を選んで、それをどう配列して、いかに演奏するかによって、ソングブック・アルバムは興味深
くもなれば、退屈なものにもなる。いずれにしても、ソングブック・アルバムをつくるからには、その歌い手なり
演奏家なりが充分な技巧をそなえ、しかもさまざまな歌に対応できるだけのしなやかな感性をそなえていなければ
ならない。 エラ・フィッツジェラルドは、かつて、ジャズの名門レーベル、ヴァーブで、コール・ポーター、ロジャース・
アンド・ハート、デューク・エリントン、アービング・バーリン、ジョージ・アンド・アイラ・ガーシュウィン、
ハロルド・アーレン、ジェローム・カーン、それに、ジョニー・マーサーといったソングライターの作品を集めて、
八つのソングブック・アルバムをつくり、個々にLPでだしていた。 作品の数の多いジョージ・アンド・アイラ・ガーシュウィンの場合にはLPが四枚にもおよんでいたが、ジョニ
ー・マーサーなどは一枚におさめられていた。エラ・フィッツジェラルドによる、これらのソングブック・アルバ
ムが録音されたのは一九五〇年代後半から一九六〇年代前半にかけてである。その頃が、たぶん、ジャズ・ヴォー
カルの女王、エラ・フィッツジェラルドの絶頂期だったと思う。それだけに、いずれのソングブックもききごたえ
満点で、エラ・フィッツジェラルドの代表作になっている。 そのエラ・フィッツジェラルドがヴァーブに録音したソングブックのすべてが、少し前に、「ザ・コンプリート・
エラ・フィッツジェラルド・ソングブックス」(ヴァーブ 314・519・832・2)として、ボックス・セ
ットにまとめられた。このボックス・セットにおさめられている十六枚のCDできける歌は、なんと、二四〇曲に
もおよぶ。 十六枚組ともなれば、どうしたって、それなりの価格になる。おまけに、そのうちの大半のものはすでにLPで
持っている。もし、これを買えば、ダブってしまうがみすみすわかっていた。そこで、生まれながらのけちん坊は、
思いきって買うべきか、買わずに我慢するべきか、しばし悩んだ。しかし、その赤い布ばりのボックスにおさまっ
た「ザ・コンプリート・エラ・フィッツジェラルド・ソングブックス」は、どうしても持っていたかった。 「ザ・コンプリート・エラ・フィッツジェラルド・ソングブックス」はLPのときのジャケット・デザインをそ
のまま使っていたりして、パッケージがとても洒落ていた。こういうことでの、アメリカのレコード会社の、買っ
た人を喜ばせる粋なはからいにはいつでも感心させられる。さらに、別テイクのものもいくつかおさめられていた
りもしたので、さすがのけちん坊も買ったことを後悔したりしなかった。 そして、ひさしぶりに、エラ・フィッツジェラルドのうたうさまざまなソングブックを、まるで好きな美術館を
気のむくまま見てあるときの、あの要領できいて、とても楽しかった。そのようにしてきいていて、やはり、みん
ながいうように、エラ・フィッツジェラルドは凄いんだと、遅ればせながら思った。 実は、ぼくは、これまで、かならずしもエラ・フィッツジェラルドに対して好意的なききてではなかった。エラ・
フィッツジェラルドは、LPやCDでもかなりきいてきたし、コンサートだって何度もきいている。自慢ではない
が、一九五三年にJATPの一員として来日して、日劇でうたったエラ・フィッツジェラルドでさえ、ぼくはきい
ている。ジャズ好きの友だちに、やはり、ジャズ・ヴォーカルならエラ・フィッツジェラルドだよ、といわれたこ
とも再三ならずあった。 エラ・フィッツジェラルドが、アップテンポの歌であろうと、スローなバラードであろうと、いかなるタイプの
歌にも対応できるだけの抜群のテクニックの持主であることはよくわかっていた。きけば、いつだって、感心しな
いではいられなかった。しかし、歌にある種の情感を求めたがるききてとしては、エラ・フィッツジェラルドによ
ってうたわれた歌から感情の襞のようなものが感じとれないできた。 そのために、上手いとは感心できても、そこでうたわれている歌に自分の思いをゆだねることができなかった。
エラ・フィッツジェラルドのうたった歌をきいて、こういうことであれば、なにも歌である必要はなく、楽器で演
奏されたものできいたっていいのではないか、などと暴言をはいたことさえあった。歌であれば、もう少し湿りけ
がほしいな、と思ったりもしていた。 しかし、「ザ・コンプリート・エラ・フィッツジェラルド・ソングブックス」の、あっちで数曲、こっちで数曲
と、つまみぎきをくりかえしているうちに、これまでのぼくがまるでエラ・フィッツジェラルドをきけていなかっ
たことに気づいた。いずれの歌でも、エラ・フィッツジェラルドは過度な感情移入をさけ、淡々といいたいような
うたい方をしながら、それぞれの歌の姿をくっきり浮かびあがらせていた。この歌は、このようにうたわれるべき
ものなのか、と思わされたりもした。 ソングブックでの歌唱ということもあって、エラ・フィッツジェラルドは例の、エラ・フィッツジェラルドを語
るときにかならずひきあいにだされる「マック・ザ・ナイフ」でのようにはアドリブを駆使したりせず、ストレー
トにうたっている。しかも、ほとんど歌で、うたいだしの、いわゆるヴァースとよばれる部分からうたっている。
そのためもあって、それぞれの歌の、歌として語ることがとてもよくわかった。 「ザ・コンプリート・エラ・フィッツジェラルド・ソングブックス」は、実質的に、「アメリカン・ソングブッ
ク」といってもさしつかえないような内容のアルバムであるが、それにしても、いい歌が多いな、と感心しないで
はいられなかった。そして、同時に、ぼくはこのアルバムをきくことによって、ジャズ・シンガーとしてのエラ・
フィッツジェラルドの、これまで不覚にも感じとりそこなってきた魅力にも気づくことができて、とてもうれしか
った。 ※シグネチャー