GRRM/AFIR 法による未知中間体を含む複雑有機反応の解析

GRRM/AFIR 法による未知中間体を含む複雑有機反応の解析
(所属)京都大学福井謙一記念研究センター諸熊グループ(氏名)植松 遼平
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2010 年に、前田•諸熊らにより人工力誘起反応 (Artificial Force Induced Reaction, AFIR)
法[1]が開発されたことで、合成型反応経路の系統的探索が可能となった。すなわち、分
子内の適当な原子フラグメントと人工力の大きさを入力することで、計算者の直感に頼
ることなく遷移状態を求めることができる。私は博士課程で、本手法を反応機構が未知
の複雑な有機合成反応に適用した。今回は、北海道大学工学研究院の伊藤教授と行った
共同研究[2]に関して発表する。
有機ホウ素化合物は、医薬品合成や有機材料の開発において、今日欠かせない重要な
化合物群である。伊藤らは、有機ハロゲン化物の効率的なホウ素化反応である
BBS(Base-mediated Borylation with Silylborane)法を開発した。すなわち、シリルボラン
[R3Si–B(pin)]とアルコキシ塩基[RO–M+]を有機ハロゲン化物(R–X)に作用させると、稀少
価値の高い遷移金属を用いることなく R–X を R–B(pin)へと効率よく変換できる。一般
にシリルボランは塩基の存在下で、ケイ素化試薬として挙動する。しかし、BBS 法の条
件下ではホウ素化が主に進行する。この実験結果は、従来の有機ホウ素 • 有機ケイ素
化学の常識から大きく逸脱している。また、BBS 法は官能基許容性に優れ、反応点周り
の立体障害が大きい基質であっても円滑に反応が進行する特徴を有する。
この特異な反応性と反応機構の全容を解明すべく AFIR 法を本系に適用した。その結
果、BBS 法の条件下では高活性なアニオン中間体が瞬間的に発生 • 消費されることを
見出した。すなわち、[PhMe2Si–B(pin)OMe]–K+からケイ素–ホウ素結合の不均等開裂に
より、PhMe2Si–K+が生じる。次に、PhMe2Si–が R–X のハロゲン原子を攻撃することで、
R–K+と PhMe2Si–Br が生じる。このカルバニオン種が B(pin)OMe へと求核攻撃すること
で、望みの炭素–ホウ素結合が形成された[R–B(pin)OMe]–K+を与える。その後、ホウ素
上 の メ ト キ シ 基 は PhMe2Si–Br と の 置 換 反 応 に よ り 除 去 さ れ る 。 一 方 で 、 R–K+ が
PhMe2Si–Br と置換反応を起こすことで、副生成物の R–SiPhMe2 を与えることを見出し
た。ここで、ホウ素化とケイ素化の分岐比を対応する遷移状態の自由エネルギー差(6.0
kJ/mol)からボルツマン分布により算出すると、B/Si = 92 : 8 と実験値(94 : 6)をよく再現
した。通常、シリルアニオンやカルバニオンはその高い反応性から、様々な副反応を起
こすが、BBS 法の場合にはどちらのアニオン種も 1~4 kJ/mol の非常に低いエネルギー障
壁を越えて直ちに消費されるため、立体障害に強く、官能基許容性が高いことを理論計
算により明らかにした。
【Reference】
[1] Maeda, S. et al, J. Chem. Phys., 2010, 132, 241102.
[2] Uematsu, R. et al, J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 4090.