医療・介護・リハビリテーションの総合力で “より良い在宅での生活”を支える

医療・介護・リハビリテーションの総合力で
“より良い在宅での生活 ”
を支える
森本外科・脳神経外科医院では、脳卒中などの患者の在宅生活を
支えるため、30 年以上も前から訪問看護や訪問入浴サービスなど
森本益雄(もりもと・ますお )
の主要な在宅サービスを、次々と整備してきた。これは介護保険
制度の先取りといえる。森本益雄理事長は「『最期まで在宅で暮ら
し、本人・家族ともより良い生活を支援する』という当院の基本コ
ンセプトを追求していったら、自然とそうなりました」と語る。患
者や家族の悩みに一つひとつ応えながら、超高齢時代を迎えた琴
浦町を医療・介護・リハビリテーションの総合力で支える。
医療法人社団もりもと
森本外科・脳神経外科医院
グループホームでの看取りは入居者の 6 割。「看取りは私たちの最後の使命だと思っています」
(森本氏 )
ビリを継続させた。すると、その効果はてきめんに現
(つらい )思いをして」と抵抗する患者が多かった。座
れ、患者は再び動けるようになった。森本氏はリハビ
ることが目的では本人は納得しない。本人がその気に
リの奥深さと可能性に気付いた。
ならなければリハビリをしても意味がない。このよう
82 年からは手術日としている水曜の午後を訪問看護
(鳥取県東伯郡琴浦町 )
1966 年鳥取大学医学部卒業。鳥取大学医学部脳神経外科文部教官助手、
松江市立病院脳神経外科部長を経て、77 年森本外科・脳神経外科医院を
開業。現在、医療法人社団もりもと理事長。NPO法人「在宅ケアを支え
る全国診療所・市民ネットワーク」理事、一般法人パワーリハビリテー
ション研究会鳥取県支部長など多数の役職を務める。日本プライマリ・ケ
ア合同学会認定医
な思いが患者会立ち上げの動機になった。
にあて、手術がない日は森本氏も同行訪問した。訪問
「“座れれば外に出られるよ。歩けなくても外に出ら
看護が制度化されたのは 83 年からである。医療機関か
れるよ”と元気づけました。患者交流会をつくって、
らの訪問看護に「退院患者継続看護指導料」として診療
脳卒中の患者さんたちと外に出掛けるようになったの
報酬に新設された。
は、それからです」
麻痺があっても歩けなくても、患者を外に連れ出し、
1977 年、親戚の土地を借りて、東伯町(現、東伯郡
患者の自宅を訪問してみると、その生活についてさ
琴浦町 )に有床診療所を開業した。近隣には入院でき
まざまなことがみえてきた。まず、患者や家族が困っ
花見や紅葉狩り、海水浴、温泉旅行などに行った。旅
る医療機関がなかった。救急医療機関の指定を受けて
ていたのは入浴だった。思案の末、アメリカ航空宇宙
先で階段があれば、森本氏やスタッフが患者をおぶっ
からは、多い日には 5、6 台の救急車が飛び込んできた。
局(NASA)が開発した組立式の簡易浴槽を購入し、患
て昇った。砂の上を這いながら海につかる患者もいた。
ころ、家にあった聴診器や注射器の筒をオモチャ代わ
森本氏は外来、入院・当直、検査、手術をすべて一人
者の自宅に持ち込んだ。入浴希望者が増えると、ワゴ
外に出ると、皆生き生きとした表情になり、やがて患
りにして遊んでいたそうだ。旧日本陸軍時代に衛生兵
でこなし、多忙な毎日を送っていた。
ン車で患者を送迎して診療所の風呂に入れた。また、
者同士は励まし合う仲間になった。自宅から地域へと、
患者の生活空間が一気に広がった。
リハビリの奥深さと可能性に気付く
森本外科・脳神経外科医院の森本益雄理事長は幼い
だった父・肇氏が軍隊から持ち帰ったものらしい。戦
当時は脳卒中などの脳血管障害で入院してくる患者
トイレに手すりがないと聞けば、森本氏自ら手すりを
後、一家の暮らしは決して楽ではなかったという。森
が多かったため、リハビリテ―ション(以下、リハビリ)
取り付けにも行った。このような医師らしくない行動
本少年の目に何が映ったのだろう。物心がつくころに
にも力を入れた。といっても、リハビリ室はないし、
に、
「患者を確保したいからやっている」という中傷が
は「将来は医師になって、人々が安心して暮らしていけ
専門職もいなかった。看護師と共に診療所の廊下を利
流れたこともあった。
るようにお手伝いしたい」と思い始めていた。その思い
用してリハビリに取り組んだ。
は学生時代も、勤務医時代も変わることがなかった。
■沿革
1977. 7
1978. 4
1982. 6
1984. 4
1986.12
1988. 4
1989. 5
1992. 3
1994. 5
1995. 5
2000. 7
2001.10
2013.10
2014. 6
20
有床診療所開院
(15 床)
救急医療機関指定
訪問看護開始
第 1 回患者交流会
入浴サービス開始
ミニデイケア開始
山陰老人ケア研究会開催
在宅医療に専念のため救急指定返上
老人デイケア
(Ⅱ)
施設認定
リハビリ施設認定
グループホーム開設
パワーリハビリセンターもりもと開設
泌尿器科開設
(佐伯英明医師着任)
サービス付き高齢者向け住宅
「鈴ヶ野」
開設
(20 室)
一方、同院では患者会の立ち上げも早かった。森本
「病院勤務のころは、患者さんをずっと診続けるとい
氏は寝たきりや閉じこもりを防ぐためとして、まず座
うことはなく、退院していく患者さんを地域の先生に
ること(座位保持 )にこだわった。半ば強引に行う早期
紹介してすんでいました。でも、開業したら、最期ま
リハビリに対して「何のために座るのか、こんなエライ
「私の原点は、地域リハビリテーション*という思想
*地域リハビリテーション 障害者や高齢者等が住み慣れた地域(在宅)で
安心して生活できるよう、地域の住民や医療・保健・福祉などの機関・組織
が連携して支援するリハビリテーションシステムやそのサービスを指す。目
的は、障害者等の身体能力・生活能力の維持・向上を図りながら、社会参加
を促進させていくこと(大田仁史、三好春樹監修『実用介護辞典』より)
。
でお付き合いをするのは当然のことです。患者さんを
歩けるようにして、たとえ歩けなくても自立した生活
ができるようにして自宅にお帰ししました」と、森本
氏は開業当時を振り返る。
患者には退院したあとも外来を受診してもらい、そ
の後の経過を診るのだが、きちんと受診していなかっ
たり、受診回数がだんだん減っていったりする人も少
なくなかった。気になる患者の家々を看護師に訪ねて
もらったところ、なんと自宅で寝たきりになっている
人もいた。森本氏はなんとかして患者の予後を安定さ
せていきたいと考え、看護師を訪問させて自宅でリハ
「パワーリハビリセンターもりもと」では 2003 年から始まった琴浦町介護
予防事業パワーリハ教室(琴浦町委託事業 )を行う。6種類のパワーリハマ
シンを使用して介護予防に取り組む。週 2 回、3ヵ月間で 25 回が 1 サイクル。
この日も教室で、皆さんが元気よく楽しそうに身体を動かしていた
「重度化した人たちから外に連れ出そう」というのが森
本氏の方針。デイケア、デイサービスの利用者の 6 割
は、要介護度 4、5 の高齢者
21
では、認知症が重度化して食事がとれないという方は
「意欲から入っていくのは間違い。できる能力(まず
いらっしゃらない。これも驚きです」
。佐伯氏は地域に
は体力 )を上げていくと、意欲はおのずと付いてきま
出ていき、仲間と共に活動することや身体を動かすこ
す。そして、意欲が出れば QOL が上がり、元気になり
との有効性も説く。
ます」
。これが金田氏の目指すケアマネジメントである。
体調管理の基本は、水分・栄養・運動・排便
これからのケアの形を目指し、
サービス付き高齢者向け住宅を開設
体調管理の重要性を語るのは、同院副院長の金田弘
子氏。金田氏は看護師として長年、高齢者の在宅ケア
に関わってきた。同院の基本コンセプトである「自立」
佐伯英明(さえき・ひであき )
金田弘子(かねだ・ひろこ )
1997 年秋田大学医学部卒業。島根大学臨床教授、独立行政法人国立病院機構浜田医療
センター副院長、医療法人清生会谷口病院院長を経て、2014 年 6 月から森本外科・脳
神経外科医院院長に就任。日本泌尿器科学会指導医・専門医、日本がん治療暫定教育医
鳥取県立厚生病院看護師を経て、1994 年より森本外科・脳神経外科医院勤務。現
在、同医院副院長兼看護部長。介護支援専門員(認定ケアマネジャー)、日本ケア
マネジメント学会評議員、認知症介護指導者など
です。大田仁史先生、竹内孝仁先生、浜村明徳先生か
していると聞いたのです。うちではそんなことはない
らたくさんのことを教えていただきました」と森本氏
ですよ。認知症を発症して 10 数年になる方もいるけれ
は強調する。
ど、毎日散歩していて、あんまり変わりませんから」
なぜ短期間で重度化しているのか。森本氏は「基本
と「重度化予防」に重点を置いた支援を行っている。
2009 年から各地で認知症重度化予防実践塾を開催
同院では 3 人がそれぞれの専門性を生かしながら、
地域連携に取り組んでいる。
森本氏は地域の力を強めようと、早い時期から健康
教室、家族会、セミナーなどを開催してきた。最近では、
し、講師として年間二百数十例の事例検討を行ってい
鳥取大学医学部地域医療学講座の谷口晋一教授の協力
る。金田氏が関わった事例の経過を 5 年間追跡調査し
を得て、勉強会を立ち上げた。
「意識の高い人たちに
たところ、97%で身体機能や認知症状が改善していた。
勉強の機会を提供し、琴浦町を行政に影響を与えられ
キーワードの一つは“水分 ”
。
「アセスメントしてみ
るようなモデル的な町にしていきたい」と考えている。
ると、水分不足が解消されていたことがわかりまし
また、新院長に就任した佐伯氏の専門は泌尿器科。
た」
。高齢者の水分摂取量は在宅だと1日 300~700cc、
専門医から地域の医師になった佐伯氏は、栄養に着目
施設でも700~1,000cc 程度で、明らかに不足している
し、地域おこしの視点からアプローチしている。
「『乳
「基本は普段の体調管理、環境づくり、そして運動
という。そこで 1,500cc を目標に水分摂取量を増やした
製品と野菜をきちんと摂取された方は認知症になって
です。当院ではパワーリハビリを 2001 年から取り入れ
ところ、覚醒水準が上がり、活動性が向上した。また、
いない』という研究データが出されています。地元に
同院がある東伯郡琴浦町は、鳥取県のほぼ中央に位
ているのですが、これによって TDAS
(Touch Panel
それによって便秘も改善された。
は大山乳業がありますから、乳製品を上手にとってい
置する。現在は人口約 1.8 万人、高齢化率 33.0%
(2013
Type Dementia Assessment Scale:タッチパネル式
「基本は、森本理事長が提唱している“寝たきりを防
年 12 月1日現在 )だが、高齢化率は年々上がっている。
認知機能評価法 )の点数が、4~5 点は改善されていま
ぐ、閉じこもりを防ぐ ”ということなのです。寝たきり
脳卒中などの身体疾患がある高齢の患者に認知症の
す。統計的なデータも出しています。今のところ 70 数
になれば認知症の症状がセットで現れてきますし、閉
症状がみられるようになったのは、20 年ほど前からだ
例ですが、運動は(認知症の予防や改善のために )非常
じこもる人というのは覚醒水準が落ちていますので、
研修の人気講師として各地を飛び回り、情報発信や人
という。同院が救急指定を返上し、在宅医療に専念し
に重要な因子だと考えられます」
そうした方々をどうやって元気にするかです」
材育成に尽力している。
的なことを忘れているのではないか」と指摘する。
運動と認知症は密接に関係している
たころだ。以来、森本氏は地域のかかりつけ医として
14 年 6 月、同院の院長に就任した佐伯英明氏は、リ
ハビリや運動の効果をこう語る。
認知症医療にも取り組んできた。
2013 年 12 月に森本氏は認知症サポート医研修を受講
したが、そこで気になることがあった。
「講義で、認知症になってからあっという間に重度化
金田氏は高齢者の ADL の構成要素を、体力・活動
ただくことを勧めていきたいですね。地域企業の活性
化にもつながります」
。
副院長の金田氏は、認知症ケアやケアマネジメント
開業 37 年目。脳卒中の患者や家族とはすでに 10 年、
力、機能、意欲、環境から捉える(図1)
。1 階部分の
20 年という長いお付き合いになっている。患者や家族
「脳卒中になられた方、あるいは認知症の方も、
“蘇
体力・活動力を付けていくことを最優先し、さらに 2
の歴史、生活状況などを同院はすべて把握している。
る ”と形容したくなるほど回復されているのを私は目
階部分の機能、環境が整ってくれば意欲が出ると金田
の当たりにしています。自分がここで見聞きする範囲
氏は考える。
「(長い介護で )介護者は疲れきりますし、家族の介
護力も弱まってきて、最期はどうしても病院や施設に
行くことになりかねません。そこで良いケアをしてく
虚弱・寝たきりの「○○」さん、元気を取り戻すには・・・
生活意欲の向上
病状も安定、
普段の体調を整える、
脱水も注意!
意欲
機能
環境
体力・活動力
体力・活動力
の基本
人→看護師・デイケアスタッフ、
家族、知人等
物→電動ベッド、移動バー、
ナーセントトイレ、
段差解消→排泄の自立
えません。それなら、自分のところで患者さんを最期
まで診させていただこう。それが私たちの使命だろう
と思っています」
。
今年 6 月、念願だったサービス付き高齢者向け住宅
「鈴ヶ野」を開設した。
「生きていて良かったなあと思
える生活を支援できる住宅にしていきたい」と、意欲
寝たきりにしない、
日中の離床、
いすの生活へ
を語る森本氏。入居費用は県内同様施設の平均以下に
水分
栄養
排便
運動
1,500ml
1,500kcal
常食
規則的な排便
活動性↑
毎日運動会
参考資料:
『ケアマネジメントの職人』
(竹内孝仁著、年友企画)
図 1 高齢者の ADL の要素
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ださるなら、それでよいのですが、なかなかそうは思
森本外科・脳神経外科医
院に併設するデイケア
センター(1 日平均利用
者 35 名 )。デイサービス
(同 50 名 )、リハビリセ
ンター、グループホーム
(入居者 18 名 )など、医
療だけでなく介護を含め
た地域包括ケアの役割を
同医院は果たしている
在宅の要介護者を送迎
し、リハビリテーショ
ンやレクリエーショ
ン、入浴、食事介助な
どの介護サービスを
行っているデイサービ
ス「鈴ヶ野」
抑えた。高齢化が進むとともに老老介護や独居高齢者
が増えてきている町の現状を見据え、訪問するだけで
は支援しきれない生活全般を看ることができる方法を
2014 年 6 月にオープンしたサービス付き高齢者向け住宅「鈴ヶ野」。医療機関が隣接し
ていることが入居者や家族の安心につながっている
模索し続けている。この鈴ヶ野には、地域住民と一緒
に歳を重ねてきた開業医の思いが込められている。
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