139 実践活動紹介2 英語を通じて世界を知ることを目指して~滋賀県立

■実践活動紹介2
※第 32 回勉強会 「英語の教え方教室」 で発表していただいた堀尾先生に発表内容を文章化していただくようお願いをした。 若手の先生を育てていくのも教育の大
きな仕事である。 堀尾先生には快く引き受けていただいた。 勉強会報告では説明が不十分な点をこの実践記録をお読みいただければ幸いである。
英語を通じて世界を知ることを目指して~滋賀県立高島高校での実践~
滋賀県立米原高等学校 教諭 堀尾美央
1 はじめに~私が教員を目指した理由~ 実践発表をまとめさせていただくにあたり、 いささか個人的ではあるが、 私が教員をめざした理由の 1 つを紹介させていただき
たい。 私自身、 自分が高校生の時、 「英語教育」 というものに多少の興味は持っていたが、 教員という職には特に興味はなく、
実際にめざそうと決断したのは大学 4 年の頃である。 もちろん、 生徒個々の英語力を伸ばしたい、 英語を話す力を伸ばしたいと
いうことも、 高校英語教員を志した理由の 1 つだが、 それ以上に、 自身が学生時代に海外を旅し、 実際に見て経験した世界を、
「英語」 という授業を通じて高校生に知ってもらいたい―そんな想いがあったからである。 結果として、 教員として最初に赴任した
滋賀県立高島高校で、 悩みの中でたどりついた方法が、 今回の実践発表の内容となっている。
2 学校の現状
滋賀県立高島高校は、 琵琶湖の北西部に位置する高島市にあり、 市内にある 2 つの高校のうちの1つである。 琵琶湖の湖西
地域は、 県内の他の地域に比べて過疎化が進んでおり、 私が赴任した 2009 年、 第 2 学年 ・ 3 学年は 8 クラスあったが、 第 1
学年は 1 クラス減の 7 クラス、 2012 年には更に 1 クラス減で 6 クラスと、 規模が小さくなってきている。 「地域の学校」 として知ら
れており、 入学してくる生徒の 8 割~ 9 割は、 高島市内の中学校からの進学である。 主に国公立大学進学をめざす特別進学ク
ラスが 1 学年に 2 クラスあり、 他の普通コースのクラスは、 私立 4 年制大学をめざす生徒から、 就職をめざす生徒まで、 生徒の
学力レベルは非常に幅広い。 また、 その中でも、 アスペルガー症候群、 自閉症傾向、 場面緘黙等、 特別支援を要する生徒が
多いのも現状である。
3 赴任当初にぶつかった壁
初任で赴任した 2009 年度、 私は 2 年生の英語Ⅱのクラスを 1 クラス、 Writing のクラスを 2 クラス、 1 年生の英語 I (文法) の
授業を 1 クラスと、 Oral Communication I を 1 クラス担当することになった。 いずれの学年でも、 単語の発音を繰り返して確認しよ
うとしても、 生徒は誰一人もリピートしない。 音読をしようとしても誰もしない、 ペアワークもしない。 予習と復習は他の生徒のもの
を丸写ししているだけで、 非常に無気力 ・・・ というのが常であった。 その中で生徒からよく聞いたことが、 「英語はどうやって勉強
すればいいのか、 わからない」 「なんで英語なんか勉強する必要があるのか」 「英語も話さないし外国も行かないから、 英語を勉
強する意味は自分にはない」 などであった。
昨今の高校英語教育においては、 学習指導要領も改訂され、 訳読が大部分を占める授業内容の見直し、 「使える英語」 をめ
ざす授業など、 様々な取り組みや改善が求められている。 「使える英語」 をめざす言語活動中心の授業の中で、 英語を学ぶ意
欲を高める動機となるのは、 やはり 「自分の英語が外国人に通じる達成感」 であろう。 だが、 そもそも外国人と出会う機会もほぼ
なく、 英語を話す話す機会がない生徒たちが、 この動機を満たすことは非常に難しい。 この点が、 最初にぶつかった壁である。
次にぶつかった壁が、 教員間の連携であった。 例をあげると、 当時 1 学年の英語 I (文法) の授業は 3 人の教員が担当して
いたが、 それぞれ入っているクラスで、 教科書以外は使っている教材やプリントがバラバラなのが普通であった。 授業内容に関し
ても、話し合うのは主に進度のことであった。 当時初任だった私が担当していたクラスと、他の先生方が担当されていたクラスでは、
定期考査の平均点が 10 点近く低く開いてしまったこともあった。
4 転機
3. でぶつかった壁を克服するために、 「教員間の連携がとれない」 という点を、 マイナスではなくプラスにとらえることにした。 昨
年の実践発表の際に中井先生が仰っていたことでもあるが、連携がとれない大きな原因は、共に協力して物事を作り上げていく「協
同」 の作業を、 面倒だと感じる教員が多いところにある。 そこで、 幅広い学力の生徒が存在する普通コースにおいて、 あえて他
の先生方と同じことをするのはなく、 自分の好きな方法でやってみようと考えた。 これが、 昨年度の勉強会のディスカッションでも
挙げられた 「独自性」 の部分である。 実践してみようと考えたことは主に次ページにまとめた 6 点である。
この時に留意した点が、 「担当クラスの定期考査の平均点を下げない」 ということである。 当時、 高島高校の英語の授業は訳読
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中心であり、 そこで音読中心の授業になって結果が伴わなければ、 ただ単に本当に好き勝手をしているだけになってしまう。 そう
ではなくて、 授業を変えることにより、 「生徒が変わった」、 「英語の授業に対する意識が変わった」 という結果につながれば、 教
員間の連携がとれない状況も、 おのずと変わると考えたからである。
・ 訳読中心→音読中心の授業へ
・ 訳はポイントを絞って 1 ~ 2 文
・ わからない生徒には理解を示す ・・・ 小さなことでもできたら褒める
・ 言語活動は難しい ・・・ 「英語が使えて楽しい」 は無理
→内容からの興味付け、 動機付けを狙う
・ 英語の授業は面白い (fun ・ funny じゃなくて interesting) を目指す
・ 「寝ない授業」 ではなく 「寝させない授業」
5 実践内容
5.1 実践① ―Contents-based Teaching による授業実践―
・ 対象 : 2 年生普通コース (英語の全国偏差値は 40 ~ 50)
・ 授業方法 :
①訳はスラッシュ訳を先渡し配布 (ポイントとなる文法の部分だけ抜いて予習させる)
②内容読解の過程で、 内容に絡んだ別の話を入れる (文化的背景、 歴史等)
③内容読解が終われば、 音読のスラッシュリーディングをさせる
④音読後、 スペルを覚える時間を与え、 その後単語テスト (この方法で、 最終的に 8 割の生徒が点数をとれるようになった)
⑤番外編で、 トピックに関連した教科書外の話に関する授業 (1 時間) ※
・ 目的 : 英語の単語 ・ 文法の内在化 (Intake 中心) 内容の広がりから、 英語という教科に対する興味を引き出す
※⑤の例
・ 教科書 : Power On English II (東京書籍) Lesson 6 “Water and Living Things” (1 part 約 100 語前後の英文)
・・・ 水の大切さについての簡単な読み物
・ 実践内容 :
レッスン終了後、 番外編として、 南スー
ダンの少年が沼で水汲みをしている写真
を見せ、 この水を何に使うかを生徒に考
えさせた。 ただし、 ここではあくまで 「興
味付け」 に重点を置いていたため、 授業
進行は日本語で行った。 (資料①)
南スーダンを代表とするアフリカの大部
分の地域では、 この写真のような風景がよ
く見られる。 大半は自宅から 1 時間以上
歩く必要があるため、 子供たちは学校に
行けない。 そのため、 字が書けず、 読め
ない人が圧倒的に多く、 医者も不足して
いる。 この沼に繁殖している細菌が原因
で病気にかかっても治せず、 亡くなる子ど
ももいる ― 以上のような内容を、 補足と 資料1 Water and Living Things ハンドアウト
して解説した。
また、 実際に授業を行った年に南スーダンが独立したことにも触れた。 識字率が低いこの国
では、投票に 「独立」 の文字を書くこともできず、印刷されていても読むことができない人が多い。
そこで、実際に使われた投票用紙のコピーを見せ、どちらが「独立」を意味するのかを考えさせた。
(資料②)
資料2 投票用紙
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5.2 実践② ―言語活動を含めた Contents based Teaching―
実践①では、 英語という教科に対する興味を持たせられるような取り組みを中心に行ってきた。 この結果、 生徒たちが少しずつ
授業に向き始め、 音読等にも意欲的に取り組むようになったところで、 少しずつ言語活動の導入を図った。
・ 対象 : 実践①と同じ
・ 授業方法 :
①訳はスラッシュ訳を先渡し配布 (ポイントとなる文法の部分だけ抜いて予習させる)
②内容読解の過程で、 内容に絡んだ別の話を入れる (文化的背景、 歴史等) ※
③内容読解が終われば、 音読のスラッシュ ・ リーディングをさせる
④音読後、 スペルを覚える時間を与え、 内容のまとめの穴埋めと、 ターゲットの文法事項を使った Output 活動 (主に Writing)
⑤音読後の単語テストは、 復習をかねて次の授業の最初に行うよう変更。
・ 目的 : 英語の単語 ・ 文法の内在化から、 その文法や単語を使って、 指示されたことを自分の英語で表現する力をつける。
※②、 ④の例
・ 教科書 : Power On English II (東京書籍) Lesson 8 “Canada – A Dynamic Mosaic of Multiculturalism”
(1 part 約 100 語前後の英文) 様々な人種が暮らすカナダについての紹介
②の実践内容 :
各パートで単語や表現などをピックアウトし、 それに関連した文化的背景や歴史を紹介したり、 考えさせたりする。 “aboriginal
people” というキーワードより、 カナダの先住民族の写真と、 現在北米に暮らす主な人たちの写真を見せ、 顔のつくりが違うことを
意識させ、 そこから人類の起源と様々な地域に特有人間を生みだした大陸移動の話を紹介した。
④の実践内容 :
Intake Reading で単語や文法事項を読ませた後、 こちらで用意した Summary の空欄に、 あてはまる単語を入れていく。 その後、
ターゲットとなる文法事項に関連した応用問題に取り組ませる。 (ここが Output 活動にあたる)
資料3 サマリー作成ワークシート
6. 実践結果と考察
一番の懸念であった 「定期考査の平均点を下げない」 は危惧に終わり、 年間を通じて、 他のクラスより概して平均点が低くなる
ことはなかった。 5 時間目の眠くなる時間に音読があることで目を覚まし、 授業中に寝る生徒も少なく、 教科に対する興味付けは、
全体的に成功だったと思われる。 ただし、 言語活動という点では、 なかなか Intake で単語や文法事項が内在化せず、 Output
までつながらない生徒も多く、 言語活動を取り入れて英語が使える楽しみを実感するには、 やはりまだまだ長い期間を要すると感
じた。
以下は、 生徒からの授業アンケートの一部である。
・ とりあえず、 5 時間目に英語Ⅱがあると助かった (眠い時間に音読するから目が覚めた)
・ 訳もポイントを絞るから、 テスト勉強がしやすかった。
・ 書いた英語に○をもらえると嬉しかった。
・ 教科書外の話が面白かった。 知識が増えて賢くなった気がする。
10 月の勉強会での実践発表の中で、 このような活動報告の内容について、 参加者の皆さんから様々な意見をいただいた。 こ
れらの活動は、 高島高校で実践する場合、 主に日本語で行ってきた。 それはまず、 英語に興味を持たせることを趣旨としており、
英語で深い内容を議論したり、 理解したりすることは困難だったからである。 ただ、 この日本語で行う Contents based の方法はた
たき台のようなものであり、 学力の高い生徒に対しては、 英語で進行や内容理解を促すことができる。 英語の運用能力を育成す
るだけの授業ではなく、知識を深めることで、学習に幅を持たせることができる、という点が、この活動の大きな利点であると考える。
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7. その他の実践活動
5. の実践で生徒が前を向くようになり、 高島高校でも、 訳読中心から次第に音読を取り入れる授業を増やすようになった。 主に
行った内容は、 以下のようなものである。
・「説明だけの文法授業」 から 「絵を見て、 習った文法事項を使い、 絵の内容を英語で表現する授業」 に ・・・ 主に現在進行形、
助動詞、 so / because の使い方、 分詞などを使わせる。
・ 簡単なディベート 最初は日本語で始め、 流れができたら英語で行う。
・ 夏休みに英語暗唱大会を実施する。
・ 滋賀県高校生英語ディベート大会への参加 ・・・ 生徒指導常連の、 ヤンチャで英語好きな生徒達中心のチーム。 平日でも学校
をサボっていたような生徒達だったが、 休みの日でも学校に来て練習をしたり、 修学旅行中でも集まって頑張っていた。 大会
の結果は 1 勝 2 敗 1 分けで、 入賞はできなかったが、 生徒達の終了後の達成感が大きかった。
・ GTEC for Students(Benesse) の導入 ・・・ リスニングの結果が悪いという結果を目の当たりにし、 授業を英語で進行しても、 生徒
たちが集中して聞くようになった。
結果、 赴任当初よりは授業の内容が大きく変わり、 授業の中でのペアワーク ・ 音読も可能になった。 1 年生のときから積極的
にペア ・ ワークを導入し続けたのも、 生徒が音読やペア ・ ワークに抵抗をしなくなった 1 つの理由だと思われる。 また、 何よりも、
赴任当初は英語の授業に無気力的に取り組んでいる生徒が非常に多かったが、 実践後は、 音読などで発音を間違える際に見ら
れる真剣な表情や、 授業を取り組む中に笑顔が見られるようになったなど、 活動の変化を通してつかめるようになったことが最大
の収穫であった。
8. おわりに~私の教育信念~
実践発表の際にも中井先生が仰っていたことではあるが、 教師が生徒を育てることに携わるにあたり、 教師 1 人 1 人がそれぞ
れの信念 ・ 哲学を持つことが、 生徒の人間性の成長に繋がる。 そしてその信念や哲学に根拠があれば、 生徒は自然に教師に
ついてくる。
私が高島高校で常にめざした 「理想の人間像」 は、 「点数が取れるだけの生徒 ・ 成績がいいだけの生徒ではダメだ」 というこ
とである。 これは Contents based を実施した理由でもあるが、 「様々なことに興味を持つ生徒」 を育てたい、 教科を通じて人間
性を育てたい、 という想いが、 今も昔も変わらない。 それが私の教育信念である。 生徒たちからは、 「こんなことをして何の意味
があるのか」 「成績に関係があるのか」 等度々聞かれたが、 そういう生徒たちには、 「何が大切か」 を伝えるように努めてきた。
成績やテストの点数も大切な部分ではあるが、 それ以上に、 「将来どんな人間になるか」 という部分が大切だと考える。
赴任当初、 教員間の連携がとれないという壁にぶつかった際にめざしたのは、 「私にしかできない授業」 であった。 そこで、 自
身が教員を目指す理由となった、 「英語を通じて世界を知ってほしい」 という原点に戻り、 Contents based の方法で、 興味を引
き出すように努めてきた。 ただ、 他の教員と連携がとれていない段階では、 必ずしもいい方法とはいえない。 今後の私の課題は、
他の先生方と連携をとりながら、 私の独自性を消さないような授業を確立していくことであるだろう。 本年度から勤務している米原
高校では、 教員間の連携の密度が非常に濃い。 その中で連携をとりながら、 独自性を発揮できる方法を模索していきたい。
最後に、 今回の勉強会には多数の先生方に興味をもっていただき、 また貴重な議論とご意見をたくさんいただきました。 また、
大阪女学院大学の中井先生には、 このような実践発表の機会を与えていただき、 また的確なアドバイスやご意見もいただき、 本
当に感謝しています。 今回の勉強会でいただいたご意見、 アドバイスは、 今後の自分自身の成長のために生かしていきたいと思
います。 本当に有難うございました。
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