こ と し の 子 ど も 最 前 線 特 集 論 文 姿勢と子どもロコモ ー 子 ど も の 体 に 異 変 あ り 林 整 形 外 科 林 承 弘 出 典 :『 子 ど も 白 書 2015』 p61-‐65 日 本 子 ど も を 守 る 会 ; 編 本 の 泉 社 ; 発 行 ( 2015 年 8 月 6 日 発 刊 ) 近年、雑巾がけで歯を折ってしまう、転ぶときに手が出ない、組体操の下段で支え られない等、子どもの体に異変が起きています。超便利社会になった今日、スポーツ のやり過ぎによるスポーツ障害だけでなく、運動不足による子どもの運動器機能低下 と い う 2 極 化 が 大 き な 問 題 と な っ て い ま す 。 埼玉県学校運動器検診 1) でも、こうした子どもの運動器機能の異変を裏付ける結果 が出ました。身体を動かす基本動作である①片脚でしっかり立つ、②上肢を垂直に挙 げ る 、③ し ゃ が み 込 む 、④ 体 前 屈 す る 、こ れ ら の う ち 一 つ で も で き な い 子 ど も た ち は 、 実に 4 割強にのぼりました(図1)。身体のバランスや柔軟性及び反射神経(危険回 避 能 力 ) の 低 下 は 、 ケ ガ や 故 障 を 誘 発 し や す く 、 こ れ を 運 動 器 機 能 不 全 と し ま し た 。 さてロコモとは、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)の略称であり、運動 器の障害により移動機能が低下し、進行すると要介護になる危険性の高い状態をいい ます。大人だけでなく、子どもの場合も運動器機能の異変を放置すると、ロコモ予備 群になる可能性が高いと考えられます。7年間にわたる運動器検診を通じて、運動器 機能不全の子どもが驚くほど多いことが判明し、警鐘を鳴らすため、これを「子ども ロコモ」と名付けました 2) 。 1 【 し ゃ が み 込 み や 体 前 屈 が で き な い 子 ど も が 増 加 】 埼 玉 県 学 校 運 動 器 検 診( 平 成 22~ 25 年 )の 結 果 、幼 稚 園 ~ 中 学 ま で 学 年 全 体 (1343 名 )で は 、 片 脚 立 ち に 問 題 あ る も の 14.7%、 し ゃ が み 込 み に 問 題 あ る も の が 15.3%、 上 肢 垂 直 拳 上 が 7.1%、 体 前 屈 は 23,3%で あ り 、 こ れ ら 一 つ で も 問 題 あ る も の は 、 41.6% でした(図2)。学年別では、片脚立ちは、学年が上がるにつれ静的バランスが良く な り 、 ふ ら つ き は 改 善 傾 向 に あ り ま す が 、 中 学 で も ふ ら つ く 子 が 数 %い ま し た 。 一 方 、 しゃがみ込みや体前屈は学年が上がるにつれ、出来ない子が増え、かたさが増す傾向 に あ り ま し た 。ま た 上 肢 垂 直 拳 上 は 、学 年 を 通 じ て 出 来 な い 子 が 数 % に み ら れ ま し た 。 高校生の運動器機能についても調査が行われました(埼玉県立川越工業高等学校・ 本 庄 朋 香 教 諭 : 対 象 生 徒 250 名 ) 。 そ の 結 果 、 高 校 で も 、 就 学 時 ~ 中 学 と 同 様 に 、 し ゃがみ込み・体前屈などに問題がありました。実際、ボール投げができない、すぐ骨 折する、手足が不器用で靴紐が結べない、突き指・捻挫が高校で初めての経験、マッ ト 運 動 で 首 を 捻 挫 し 易 い な ど 、 高 校 生 の 体 に も 異 変 が 起 こ っ て い ま す 。 【 小 学 生 の 姿 勢 や 食 事 に も 問 題 あ り 】 小学生の姿勢や食育についてアンケート調査が行われました(越谷市立大相模小学 校 ・ 亀 山 俊 子 養 護 教 諭 : 対 象 生 徒 502 名 ) 。 姿 勢 チ ェ ッ ク で は 、「 姿 勢 が 悪 い 、と 注 意 さ れ た こ と が あ り ま す か ? 」に 対 し 、「 よ く 言 わ れ る 」 「 た ま に 言 わ れ る 」 を 合 わ せ る と 、 全 体 で 72.1%が 該 当 し ま し た 。 体の不調の有無では、「よくある」「時々ある」を合わせると、①「疲れを感じる 時 が あ る 」が 実 に 75.7%、②「 イ ラ イ ラ す る 時 が あ る 」が 63.8%、③「 眠 れ な い 時 が あ 2 る 」 が 61.3%、 ④ 「 授 業 に 集 中 で き な い 時 が あ る 」 57.3%と 半 数 以 上 の 児 童 が 訴 え 、 ⑤ 「 肩 が こ る 」 と 訴 え る 児 童 も 、 43%い ま し た 。 朝 食 ( 夕 食 ) を 誰 と 食 べ る か で は 、 「 家 族 全 員 で 食 べ て い る 」 児 童 は 36.8%、 「 家 族 の 誰 か と 食 べ て い る 」 児 童 は 54%、 孤 食 す な わ ち 「 一 人 で 食 べ て い る 」 児 童 は 9.2% と、実に 1 割弱もいました。食育にも問題ありと考えられます。孤食だと偏食になり 易 く 、 で き る だ け 家 族 全 員 で 楽 し く 食 べ る こ と が 大 切 で す 。 【 子 ど も の 成 長 過 程 を 見 つ め 直 す 】 なぜ、子どもの身体に異変が起こったのだろうか。『あんよ』までの成長過程につ いて、考えてみます。このうち『ハイハイ』は生後8ヶ月頃から始まる全身運動で、 上肢の動的機能や反射能力、腹筋と背筋のバランス強化に有用であり、肩甲帯と尻の 筋力強化にもなります。これらが身についていないと、しっかり歩けない、転倒でう まく手が出ない、組体操の下で支えられないことになります。ハイハイは、個体差や 住宅事情等から、あまりしないまま成長するケースも見られますが、出来ればハイハ イ を し っ か り 行 う 期 間 ( 4 ~ 5 ヶ 月 ) が ほ し い と 思 い ま す ( 図 3 ) 。 『パラシュート反応』は元々、人に備わった防御反応で、普通の子どもなら、本来 生 後 8~ 10 ヶ 月 で 出 現 し ま す 。 転 ん だ 時 、 手 を つ け ず に 顔 面 を 打 っ て し ま う の は 、 パ ラシュート反応が低下しているからと考えられます。したがって「あんよ」に必要な 条件として、筋力やバランス、歩きたいという欲求の他に、転んだときパッと手が前 に 出 る 反 射 神 経 す な わ ち 危 険 回 避 能 力 が 求 め ら れ ま す 。 近年の外遊びの減少やゲームの普及は、上手に歩く、走る、ボールを蹴る、投げる などバランスの発達過程に影響し、子どもの運動器機能に異変を起こしているのでは な い か と 危 惧 さ れ ま す 。 3 【 超 便 利 社 会 、 遊 び 場 の な さ が 子 ど も の 体 に 異 変 を も た ら す 】 子どもの体に異変をきたす社会的要因として、第一に超便利社会になってしまった ことが挙げられます。車社会で歩かなくなり、足首や膝・股関節を使わなくなり、下 肢の運動機能が低下します。トイレが和式から洋式に変わり、しゃがまず蛇口もひね ら ず 、最 新 の も の で は 完 全 自 動 で 、手 足 の 関 節 を ほ と ん ど 使 わ ず に 済 ん で し ま い ま す 。 第二に遊び場がない環境が、子どもを外遊びから遠ざけスマホ・ゲームに走らせて います。室内では、皆が集まっているのに、隣の子と会話もせず、ゲームに没頭し、 また外でも、内遊びしている。残念ながらこうした光景が決して珍しくないのが現状 です。運動せず、指先のみのゲームばかりだと下肢運動機能はもちろん、手首や腕全 体を使わないため、上肢の運動機能低下をきたす。さらにスマホ・ゲームの普及は子 ど も の 姿 勢 に も 大 き な 影 響 を 及 ぼ し ま す 。外 遊 び の 減 少 、偏 食 な ど 生 活 習 慣 の 劣 化 は 、 先ず姿勢の崩れをきたします。次いで疲れやすさ、そして体のかたさ・バランスの悪 さ な ど の 運 動 器 機 能 不 全 も ひ き お こ し 、結 果 、ケ ガ を 誘 発 し 易 く な る と 考 え ら れ ま す 。 【 正 し い 姿 勢 、 悪 い 姿 勢 と は 】 1~ 2 歳 児 は 、 と く に 姿 勢 指 導 し て い な い の に 、 姿 勢 は と て も 良 い ( 図 4 ) 。 で は 、 ど う し て 姿 勢 が 悪 く な る の で し ょ う か ? ス マ ホ ・ ゲ ー ム 遊 び の 低 年 齢 化 、 そ し て 姿 勢 教 育 の 衰 退 も 要 因 の 一 つ と 考 え ら れ ま す 。 躾 に つ い て 、 哲 学 者 ・ 教 育 者 の 森 信 三 氏 は 、 し つ け 3 原 則 ① 挨 拶 ② 返 事 ③ 後 始 末 + 立 腰( り つ よ う )す な わ ち 腰 (骨 盤 )を 立 て る こ と 、と し て い ま す 。昔 の 子 ど もたちは、姿勢が良かった。それに比べ、今の子どもたちはゲーム等の影響で、姿勢 が崩れる傾向にあります。但し、きちんと指導さえ受ければ、矯正は可能です。姿勢 4 は ADL の 基 本 で あ り 、 骨 盤 を 立 て る こ と に よ り 心 身 と も に 元 気 に な り ま す 。 さ ら に 運 動 器 機 能 に も 影 響 し 、 身 の こ な し や 振 る 舞 い が 美 し く な り ま す 。 正しい姿勢とは、耳垂→肩峰→大転子→外果前縁を結んだラインが一直線になるこ と、といわれています。悪い姿勢とは、顎だし、猫背で腹が前に出て、骨盤が後傾す る、いわゆる「腹突き出し」姿勢が悪い姿勢の典型です。また腰の「反り過ぎ」は、 一見良い姿勢にも見えるが、猫背が隠されていることがあり、「胸突き出し」姿勢も 良 く あ り ま せ ん ( 図 5 ) 。 猫 背 は 何 故 悪 い の か ? 猫 背 だ と 横 隔 膜 や 腹 横 筋 が う ま く 動 か な い た め 、 結 果 、 疲 れやすくなります。子どものゲーム遊び姿勢では、首への負担だけでなく、猫背によ る 疲 れ や す さ も 加 わ り 、 心 身 に 影 響 を お よ ぼ し ま す 。 【 重 心 位 置 を 高 く す る こ と で 姿 勢 が 矯 正 さ れ る 】 首 の 角 度 と 負 荷 に 関 す る 最 近 の 研 究 に よ る と 、大 人 の 頭 の 重 さ を 約 5 kg と し て 、首 を 15 度 ず つ 前 傾 す る ご と に 、首 に か か る 負 荷 が 2 倍 、3 倍 、4 倍 と 増 大 し 、60 度 で は 、 小 3 の 体 重 に あ た る 27 ㎏ に も な る と い い ま す 3) 。す な わ ち 子 ど も の ゲ ー ム 遊 び 等 で も 、 大 き な 負 荷 が か か っ て い る の が わ か り ま す 。 頭の重さと重心位置について考えてみます。頭と身体の比率では、大人から児童生 徒 、 幼 児 、 新 生 児 に な る に つ れ て 、 頭 身 が 6~ 8 頭 身 か ら 、 5 頭 身 、 4 頭 身 、 3 頭 身 と なります。すなわち頭でっかちの幼い子どもほど、体の重心位置が高くなり、大きな 頭を上手く支え、バランスをとろうとします。重い頭を支えるという点では新生児で は 体 重 比 30% 、 成 人 で 10%と 、 新 生 児 は 大 人 の 3 倍 の 頭 で っ か ち で す 。 ア フ リ カ で は 女性が重い荷物を運んでいる光景を目にします。日本でも桶に子どもを載せた、一昔 前の女性の写真があります。こうした所作では、頭でっかちとなり、重心位置が高く 5 なり、その結果、重い頭部を上手く支え、バランスをとろうとして姿勢が良くなりま す 。 立位での姿勢矯正では先ず、①頭のてっぺんを糸で天井から引っ張られるイメージ をもつ、②顎をひく③肩の力を抜く④お腹を引っ込める⑤尻を引き締める。これだけ で、多くは姿勢矯正されます。立位で矯正がうまくいかない場合、膝立ち姿勢をとら せ る の も い い で し ょ う 。膝 立 ち で は 、乳 幼 児 と 同 じ 頭 で っ か ち の 身 体 バ ラ ン ス と な り 、 結 果 、 重 心 位 置 が 高 く な り 、 よ い 姿 勢 が と り や す く な り ま す 。 【 最 近 の 症 例 か ら 骨 折 、 腰 痛 、 肩 こ り な ど 】 症 例 1 の 15 歳 男 子 は 跳 箱 で 、 症 例 2 の 10 歳 女 子 は 馬 跳 び で 、 そ れ ぞ れ 両 手 首 を 骨 折してしまいました。両者ともケガ歴がなく、外遊びをしなかったため危険回避能力 が 十 分 備 わ っ て い な っ か っ た の で は 、 と 考 え ら れ ま し た ( 図 6 ) 。 症例3は5歳男子。運動が嫌いでほとんどスマホばかりしていて、何と腰痛で来院 しました。姿勢を見ると顎だし、猫背、腹突き出しで、悪い姿勢の典型でした。膝立 ち 姿 勢 で 姿 勢 矯 正 さ れ ま す が 、 立 つ と す ぐ 悪 い 姿 勢 に 戻 っ て し ま い ま す ( 図 7 ) 。 6 症例4は6歳男子。肩こりが主訴で、やはりゲームを長時間やっており姿勢がよく ありません。体前屈できず、股関節で折るように指導すると、何とか指が床に着ける よ う に な り ま し た ( 図 8 ) 。 症例3、4ともに指導により姿勢は直ぐ矯正されますが、問題はその持続です。良 い姿勢を保つことがいかに大切かを保護者にしっかりと理解・協力してもらうことが 重 要 で す 。 【 学 校 、 医 療 機 関 、 家 庭 ・ 社 会 全 体 で 子 ど も の 体 を 守 る 】 ロコモの啓発・予防には子どもへの前倒し対策が必要です。そのためには、学校運 動器検診等でのチェックが重要となります 7 1)。 こ の 際 保 護 者 に も 事 前 チ ェ ッ ク を し て も ら い 、問 題 の あ る 子 ど も た ち に は 、運 動・食 事 な ど 生 活 習 慣 の 改 善 が 求 め ら れ ま す 。 こ れ が 、 結 果 的 に 将 来 の ロ コ モ ・ メ タ ボ ・ 認 知 症 な ど の 予 防 に も つ な が り ま す 。 運動、食事以外で重要な生活習慣に姿勢があり、幼児からの姿勢指導も大変重要で す。子どもの身体を守るのは大人の使命。学校や医療機関だけでなく、家庭、社会が 一 体 と な っ て 子 ど も の 運 動 器 を 支 え る シ ス テ ム 構 築 が 求 め ら れ ま す 。 【 文 献 】 1 ) 林 承 弘 、 柴 田 輝 明 : 埼 玉 県 グ ル ー プ 平 成 22 年 度 報 告 書 . 平 成 22 年 度 「 運 動 器 の 10 年 」 日 本 委 員 会 「 学 校 に お け る 運 動 器 検 診 体 制 の 整 備 ・ 充 実 モ デ ル 事 業 」 報 告 書 ( 第 6 報 ): 212-227, 2011. 2 ) 柴 田 輝 明 、 林 承 弘 : 学 童 期 運 動 器 検 診 と 健 康 教 育 に つ い て ー 子 ど も の ロ コ モ テ ィ ブ オ ル ガ ン シ ン ド ロ ー ム に つ い て ー .埼 玉 県 医 学 会 雑 誌 ,46:367-377,2012. 3 ) Kenneth K. Hansraj: Assessment of Stresses in the Cervical Spine Caused by Posture and Position of the Head. SURGICAL TECHNOLOGY INTERNATIONAL 25 t h EDITION Oct,: 277-279, 2014. 8
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