持続可能社会の実現に向けた化学の役割

シリーズ GSC
低炭素・循環型社会を先導する GSC
持続可能社会の実現に向けた化学の役割
SHIMADA Hiromichi
島田広道
産業技術総合研究所 つくばセンター 次長
グリーン・サステナブル・ケミストリー(Green & Sustainable Chemistry, GSC)は,20 世紀後半の人類の
急速な進歩が「持続可能性」に危機感をもたらした結果,世界の化学者集団に生まれた新たな指導原理とも言う
べき概念であり,GSC 活動はその理念が研究開発の方向性に活かされるのみならず,全産業,人類社会におい
て幅広く共有されることを目指している。今後の GSC には,化学プロセスの環境負荷低減に止まらず,新機能
材料の開発等により資源,環境,エネルギーによる制約を脱却し,幅広く持続可能社会の実現に貢献する役割が
期待されている。
1 は じ め に
GSC
GSC は「持続可能社会を目指す環境共生化学」,より詳
しくは「エネルギー・資源制約を克服して環境との共生を
図り,安全・安心で持続可能な社会の構築を目指す化学」
と定義づけられる。20 世紀末ごろから米国,欧州,日本
の三極で「地球に優しい化学」を一歩進める動きが活発化
した結果,わが国で生まれた言葉である。
GSC についてはこれまでにも多くの図書が出版され 1─3),
本誌でも 2006 年∼2008 年に GSC シリーズとして具体的
な技術紹介記事が掲載された。本稿は,2 年間の休載を経
た後,講座シリーズとして再開される第一回として,GSC
が生まれた背景,歴史を振り返るとともに,ますます重要
となる GSC の役割について紹介することとしたい。
2 持続可能性(Sustainability)とは
世界的に「持続可能性」が大きく取り上げられたのは
1972 年の国連人間環境会議が最初の機会であろう。Herman Daly は「持続可能性」を表 1 のように定義し,持続
可能な社会を築くためのひとつの指針であり,世界経済の
パラダイムとして捉えるべきであると述べた。この考え方
は,人類誕生から産業革命までの間,人類の環境負荷が自
然の回復力より遙かに小さかった「ワンウェイ型社会」と
は異なり,人類が地球環境に及ぼす負荷が環境容量(地球
の持つ回復力)と同程度の大きさになった社会では「有限
表 1 持続可能性の定義(Herman Daly)
。
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の地球観」が不可欠になっていることと共通している。
続いて国連に設けられた「環境と開発に関する世界委員
会」の最終報告書(ブルントラント報告,1987 年)は,
“Our Common Future(地球の未来を守るために”と題さ
れ,環境と発展(開発)が共存する概念として “Sustainable Development(持続可能な発展)”を提唱した。Daly
の定義が極めて科学的で厳密であるのに対し,ブルントラ
ント報告は南北問題にも焦点を当て,①世代間の公平(将
来世代が人間らしい生活ができるように,生態系を破壊せ
ず,地球の浄化能力の範囲内に生産・消費を納めることの
できる発展)と②世代内の公平(現在の世代で,全人類が
人間らしい生活ができるように貧困問題,南北格差を解決
できる発展)を保つことが持続可能であると定義した。以
後,持続可能な発展についての国連での議論は 1992 年の
地球環境サミット(リオデジャネイロ),2000 年のミレニ
アムサミット(ニューヨーク),2002 年の環境開発サミッ
ト(ヨハネスブルク)と継続され,その都度,国連宣言と
して「持続可能性」の重要さが訴えられ,様々な合意がな
されている。
この議論の背景としては,20 世紀後半,特に 1980 年以
降の先進国の急速な富裕化による消費拡大が挙げられる。
表 2 は 1950∼2000 年の人口および資源消費等の変化を示
す。人口はおおよそ 2.5 倍になっているのに対し,石油消
費量は 7 倍,自動車登録台数は 10 倍以上になっている。
技術の進歩は農林水産生産物にも及び,木材パルプ生産
量,コーン生産量も人口増加よりも大きな割合で増加して
いる。一方,1980∼2000 年の 20 年間の一人当たり GDP
を見ると,高所得国 20 ヵ国の平均値が約 3 倍($10,000/
y → $28,000/y)に増加したのに対し,最貧 20 ヵ国の平均
値は $250/y 前後でむしろ低下傾向にある。技術の進歩が
もたらした豊かさの恩恵は先進国が授かり,貧困国の経済
状況が改善されないまま南北格差が拡大した 20 年間で
あった。
2000 年には 61 億人となった世界人口は,2050 年には
90 億人に迫ると予想されている(国連中位予測)。食料総
生産量は 1965 年∼2000 年にかけて 10 億 t/y から 20 億 t/
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表 2 1950∼2000 年の人口・資源消費・生産の変化 4)。
1950 年
2000 年
1950─2000 年
の変化
世界人口(億人)
25.2
60.7
247%
石油消費(Gbbl/y)
3.80
27.6
727%
自動車台数(M 台)
70
723
1,030%
発電容量(MkW)
154
3,240
2,104%
パルプ生産量(Mt/y)
12
171
1,425%
コーン生産量(Mt/y)
131
594
453%
3 GSC の歴史と GSC ネットワークの活動
化学は多様な原料を変換して多様な機能の製品を作り上
げる学問・技術であり,化学産業は他の産業に新たな機能
の材料を提供する上流産業である。新たな物質,材料を開
発し,製造する「先進性」が故に,他産業よりいち早く,
1970 年代には化学産業に持続可能性を考えるきっかけが
与えられた。1970 年には自動車排ガスや工場からの亜硫
酸ガス削減のためにマスキー法と呼ばれる大気浄化法が米
国に導入され,1980 年には世界保健機構(WHO)による
国 際 化 学 物 質 安 全 性 計 画(International Program on
Chemical Safety, IPCS)の活動が始まった。1972 年には
廃棄物の海洋投棄を禁止するロンドン条約,1989∼2001
年には有害廃棄物質の輸出を制限するバーゼル条約,ロッ
テルダム条約,ストックホルム条約が相次いで採択され
た。化学産業では,廃棄物の減量,特に毒性物質の排出抑
制によって環境負荷を低減することは社会的にも,経済的
にも必須条件となっていった。
このような潮流の中,米国では 1990 年代始めに当時環
境省(EPA)に在職していた Anastas 博士が「廃棄物が
できてから処理(End of Pipe)するのでなく廃棄物がで
きないように生産(In Plant)する」ことを目指すグリー
ンケミストリー(GC)を提唱した。1997 年には GC 推進
のための組織「グリーンケミストリー研究会(GCI)」が
EPA 内に設置され(GCI は 2001 年にアメリカ化学会の一
部へと移行)
,GCI は毎年の GC 会議,大統領表彰を実施
している。GC の理念では,「不純物を含む製品を製造し
てから分離精製するプロセス」より「選択性向上により不
純物を含まない製品を製造するプロセス」を選択し,「有
機溶剤を含む塗料を使う工場にスクラバー(有害成分吸収
塔)付きの排風機を設置する」のではなく「有機溶剤を含
まない塗料を使用する」ことが推奨される。
欧州では,化学産業自身の持続可能性確保の観点も含め
て,1994 年,欧州化学工業協議会(Cefic)が SusTech プロ
グラムを設け,サステイナブルケミストリー(SC)に関
わる技術開発支援を開始した。また,
「環境により優しく,
より効率的/効果的/安全な化学製品/化学プロセスを設計/
製造/使用する」SC が提唱され,OECD 内に SC 推進を図
るイニシアティブが設置された。並行して,欧州内の SC
推進の組織として,2004 年に SusChem を設立した。現
在,SusChem は Cefic にドイツ化学会,英国化学会など学
会も加わり,産学 6 団体が中心となって運営されている。
翻ってわが国は,1960∼1970 年代に,四日市ぜんそく,
水俣病,光化学スモッグ等,化学物質を原因とする大規模
環境被害に見舞われた他,エネルギー源の大半を中東から
の石油に頼る脆弱なエネルギー需給構造のために数度にわ
たるオイルショックの深刻な影響を被った。その結果,化
学産業はもちろんアカデミアも含めて化学に携わる者は,
化学,化学技術の発展には,有害廃棄物の減量化に加え
て,省エネルギー,省資源など,大量生産・消費・廃棄か
らの脱却の必要性をいち早く理解していた。米国の GC,
欧州の SC が伝えられた折り,わが国化学者コミュニティ
は,既存の概念が改めて海外から伝わったことに多少の戸
惑いを覚えつつも,速やかに持続可能社会を目指して環境
負荷を低減する化学を推進する組織の結成に向かった。
その結果,「環境負荷低減」と「持続可能社会」を合わ
せた意味を込めて GSC と名付け,2000 年には化学関係の
学協会,諸団体,国立研究機関が中心となって産学官連携
の GSC 活動推進のために GSC ネットワーク(GSCN)を
発足させた。GSCN は「GSC の指針に沿った活動の推進
と支援」をそのミッションとして,下記三つの行動指針を
掲げている。
(1)産学官,業際・学際および国際連携への取り組み
(2)情報の収集・開示および対話への取り組み
(3)教育・啓発活動への取り組み
(1)として,2001 年には第一回の GSC シンポジウムを
開催,2002 年には GSC の推進に貢献のあった業績を対象
として GSC 賞の表彰を開始した。翌 2003 年からは特に優
れた GSC 賞について,経済産業大臣賞,文部科学大臣賞,
環境大臣賞が授与されることとなった。また,GSC 活動
全般に関わるわが国の国際窓口として,2003 年には第一
回 GSC 国際会議,2007 年には第一回 GSC アジア―オセ
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y へとほぼ倍増しており,表 2 の発展を支えてきたが,こ
の間耕地面積はほとんど増加せず,単位面積当たりの収穫
量の向上に頼ってきた。砂漠化による耕地面積の減少が深
刻である現状を考えれば,今後の人口増加に見合う食料増
産は,単位収量増加をもってしても容易ではないことが想
像される。
人口,食料のみならず,環境,エネルギー,資源等につ
いても,エネルギー起源二酸化炭素による地球温暖化問題
に加えて,原油価格の上昇とピークオイル論が引き金と
なった原油枯渇説,レアメタルに代表される希少資源問題
等,「有限の地球観」が必要と考えさせる事象が 21 世紀に
なって顕在化している。このような事象の全てが十分科学
的な裏付けをもって議論されているわけではないにして
も,世界全体が 20 世紀後半の先進諸国の延長線上に沿っ
て成長を続けていくことは不可能に近いと考えられる。
すなわち,今後の成長は,従来型の大量生産・消費・廃
棄によるのではなく,持続可能性を担保した上で初めて可
能となるのであって,技術開発,産業,社会生活等全てに
渡って持続可能性が上位概念となる,いわゆるパラダイム
シフトが求められている。
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アニア国際会議を東京で開催した。(2)では,GSC に関
わる諸情報を集約し,登録者約 5,000 人にメルマガを送信
するとともに,定期ニュースレターを刊行しネットワーク
の強化を図っている。(3)では,GSC の理念が一般に広
まるとともに,将来世代に共有されることを願い,高等学
校教員や若手研究者を対象として GSC をわかりやすく解
説する活動を進めている。
GSC,GC,SC の い ず れ も が, 表 現 の 差 こ そ あ れ,
(1)∼
(3)を提唱し,産学官連携と国際間の協調を通じて
広く化学関係者および一般市民の間に「持続可能社会のた
めの化学」の理念を普及させることを活動の大きな柱と位
置づけている。
(3)は GSC 活動が長期的に活性化される
ために極めて重要であり,大学学部学生はもちろん高校生
も対象として GSC の理念発信を強化することが世界的な
流れとなっている。本シリーズもその一助となることを期
待している。
4 GSC の研究開発と評価基準
GSC
GSC,GC,SC では,研究開発,技術開発,産業の方向
性に指針を与えることが重要な柱であり,また,米国の
GC 大統領賞,わが国の GSC 賞の選考にも,GC,GSC の
評価基準は欠かせない。世界各国で広く知られている基準
としては,Anastas 博士が提唱した GC 推進のための「グ
リーンケミストリー 12 箇条」5)があり,定性的ながらも化
学プロセスの進むべき方向について定めている。
より定量的に化学プロセスの GSC(GC)度を評価する
指標として,Trost 教授(Stanford 大学,米国)は原子効
率(目的生成物の分子量/反応物の分子量の総和)を,
Sheldon 教授(Delft 大学,オランダ)は E─ ファクター
(廃棄物の総量/目的製品の総量)を提唱した 6)。
図 1 はエチレンオキシド(EO,PET 原料のエチレング
リコールなどの原料,わが国だけでも 80 万 t/y 以上の生
産量)合成法を例とする原子効率の考え方を紹介する。
(1)
のクロロヒドリン法では,図に示すとおり EO 1 モル当た
り化学量論的に 1 モルの塩化カルシウムが副生し,原子効
率は 25% と計算される。一方,(2)の直接酸化法は化学
量論的には副生物がないため,原子効率は 100% となる。
(1)の
E─ファクターの考え方は,より実践的である。
クロロヒドリン法の場合,実際の工業規模生産では化学当
量以上の塩素が加えられ,塩化カルシウム生成量が EO 1 t 当たり 3∼3.5 t となること,塩素の一部はエチレンと反
図 1 エチレンオキシド合成反応。
(1):クロロヒドリン法 原子効率=44/
(28+71+74)=25%,
(2):直接酸化法 原子
効率=100%。
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応して二塩化エチレンを生成するため廃水処理が必要にな
ること等から,少なくとも E─ ファクターは 4 以上とな
る。
(2)の直接酸化法でも EO の生成と同時にエチレンの
完全酸化が進行し,CO 2 が生成する。高性能触媒の開発
と反応条件の精密制御により,現在は工業的に 80% 程度
の EO 選択率が得られており,生成物の 80% が EO,20%
が CO 2 と仮定すれば,E─ ファクターは 0.25 と計算され
る。実際には,80% 程度の選択率を得るためにはエチレ
ン転化率を 10% 程度に抑える必要があり,未反応エチレ
ンのリサイクルのための分離・循環によるエネルギーがさ
らに必要となるが,E─ファクターが(1)のように大きく
なることはない。1960 年代途中までの EO 製造にはクロ
ロヒドリン法が採用されていたが,高選択性のアルミナ担
持 Ag 触媒が開発された後は,直接酸化法が優勢となり現
在クロロヒドリン法は用いられていない。化学の進歩が
GSC を推進した好例といえよう。
E─ファクターについては,石油精製等,極めて大規模
で完成度の高いプロセスでは 0.1 程度,生産量が 10,000∼
1,000,000 t/y の基礎化学品では 1∼5 程度であるのに対し,
100∼10,000 t/y のファイン化学品では 5∼50,医薬品や特
殊な液晶材料等では 25 以上となり,1,000 程度の事例もあ
ると言われている。一般的には,付加価値の高いファイン
化学品ほど E─ファクターが大きく,技術開発による GSC
進展の余地が大きい。
原子効率は化学反応の効率を考える上で,E─ ファク
ターは工業規模生産における廃棄物削減を考える上で,
GSC の良い指針となるが,持続可能社会のための指標と
して完全とは言い難い。化学システムでは,有害廃棄物を
減らすことがときには希少金属資源の消費やエネルギー使
用量の増加をもたらす,いわゆるトレードオフの関係にな
る場合が多く,GSC 評価には総合的視点が必要である。
わかりやすい例として,自動車排ガス浄化を考えれば,有
害廃棄物(NOx)削減を徹底すれば,希少資源(Pt,Rh
等)の消費量増加やエネルギー効率(燃費)の低下は避け
られない。
わが国 GSCN では,研究開発の総合的な評価基準とし
て,①化石燃料消費量(エネルギー使用量),②新規地下
金属資源消費量,③一般的環境負荷
(NOx,
SOx,
BOD,
COD
等)量,④最終処分生成量の四つの量について従来法と新
規法を比較した結果をレーダーチャート形式で表現する四
軸法を提案し,前述の GSC 賞の評価に活用している。
例えば,第二回 GSC 賞(2002 年)を受賞した「副生
CO 2 を原料とする新規な非ホスゲン法ポリカーボネート
(PC)製造プロセス(旭化成)」(図 2)では,PC 原料と
なるジメチルカーボネート合成をホスゲン原料から二酸化
炭素原料に変更した。この結果,ホスゲン法と比べて,①
猛毒であるホスゲン(COCl 2)を使用しない,②(1)で
は塩酸中和により生ずる塩化カルシウムが廃棄物として生
成するが,
(2)で生成するエチレングリコールは PET 原
料になるため原子効率 100% になる,③副生する有機塩化
物を含む排水処理が不要になる,④ EO 合成の際の副生物
である CO 2 を原料とするため,トータルとして PC1 万 t
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図 2 ジメチルカーボネートの合成法。
(1):ホスゲン法(従
来法)
,
(2):非ホスゲン法。
あたり CO 2 1,730t の削減に相当する省エネルギーになる,
など前述の四軸法の三つの軸と毒性原料からの脱却の点で
極めて優れている。当該製造法は価格競争力も十分であ
り,PC が光ディスクなどの用途に世界中で 300 万 t 近い
需要があることも含め,インパクトの大きい GSC 成果と
評価される。
5 これからの GSC
て,i)エネルギー制約からの脱却,ⅱ)資源制約からの
脱却,ⅲ)環境との共生に加えて,ⅳ)人類の生活の向上
を通じて,持続可能社会の構築に貢献する。マテリアルイ
ノベーションの課題例としては,高効率太陽電池材料の開
発や次世代蓄電材料技術開発などが挙げられている。GSC
賞についても,第九回(2009 年)の受賞「省エネタイヤ
用シランカップリング剤の新製造法開発」
(東京工業大,
ダイソー)は,自動車の燃費を 5―6% 改善する効果のあ
るタイヤ添加物の開発を対象としており,マテリアルイノ
ベーションの一例と位置づけられる。
新機能化学製品の省エネルギーへの貢献を定量的に示す
ことによって,化学・化学産業の持続可能社会への貢献を
明らかにしようとの試みも進められている。国際化学工業
協会協議会(ICCA)が行っている cLCA(カーボンライ
フサイクル分析,詳細は次号で解説)8)は化学製品の原料
収集から,製造,流通,消費(使用),廃棄に関わる全て
の工程での CO 2 排出量を分析し,化学製品を使用しない
場合との比較により,化学製品の CO 2 削減効果を示した。
建設部材として幅広く利用されている断熱材と照明材料は
特に大きな CO 2 削減効果を示し,2005 年の全化学製品使
用による CO 2 排出の正味削減量(化学製品使用による総
削減量 69 億 t―化学工業の排出量 33 億 t)は 36 億 t に達
することを示した。化学製品の製造自身は CO 2 を排出す
るが,それを補って余りある削減効果があることが明瞭に
示されている。
有害廃棄物の排出,化石燃料の大量消費等,負の側面が
社会的に問題となった歴史から,GSC も化学の環境負荷
低減を対象とすることから始まった。持続可能社会のため
に,前記ⅰ)
∼ⅳ)が不可欠な解決課題となっている現在,
物質変換により新たな機能を創出する学問・技術である化
学・化学技術には,化学産業を直接の対象とするだけでな
く,社会全体の持続可能性追求のための大きな役割が与え
られている。次号以下では,このような観点から GSC の
具体例を紹介する。
GSC
化学産業は化石資源を主原料とする上,製品製造工程に
多くのエネルギーを使用する。2007 年度国内統計によれ
ば,化学産業は全産業の 14.6%(鉄鋼業に次ぐ第二位)に
相当する約 7,700 万 t のエネルギー起源の CO 2 を排出して
いる。化学反応が 100% の選択率で進むことは希であるこ
とから,減量化してもなおある程度の廃棄物が生成する
し,化学物質がハザードゼロ(毒性皆無)ということはほ
と ん ど な い。 こ の よ う な 背 景 か ら, こ れ ま で の GSC,
GC,SC の研究開発の対象は主として化学産業,化学プロ
セスからの省エネルギー,省資源,廃棄物減量化,リスク
削減であった。学問的には,高い原子効率,低い E─ファ
クターの化学反応を目指し,有機合成ルート,新触媒の研
究開発が対象となることが多かった。
化学,化学技術の進歩は化学産業の環境負荷低減に加え
て,他産業,運輸部門,民生部門を含めて社会全体の持続
可能性向上に大きく貢献する。特に,近年の顕著な省エネ
ルギー,新エネルギー技術は新材料の開発に支えられてお
り,物質の変換により新たな機能を持つ製品を生み出す化
学の役割はますます重要になっている。
経 済 産 業 省,新エネルギー・産業技術 総 合 開 発 機 構
(NEDO)が作成・公開している GSC 分野の技術戦略マッ
プ 7)はこのような考え方を図 3 のように示している。持続
可能社会のための環境共生化学である GSC は「プロセス
イノベーション(主として化学産業を対象)」と「マテリ
アルイノベーション(新たな機能の材料の創出)」によっ
シリーズ GSC
参考文献
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学,2001,講談社.
2) 環境と化学 グリーンケミストリー入門 第 2 版,荻野和子,竹内茂
彌,柘植秀樹 編,2009,東京化学同人.
3) 産業技術総合研究所,きちんとわかる環境共生化学 グリーン・サス
テイナブルケミストリー,2010,白日社.
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事務局,サステナビリティの科学的基礎に関する調査報告書,2005
http://www.sos2006.jp/houkoku/index.htm(2010 年 12 月現在)
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5) P. T. Anastas, J. C. Warner,グリーンケミストリー,渡辺正,北島昌
夫 訳,1999,丸善.
6) GSCN ニュース,2002 年のグリーンケミストリー,http://www.gscn.
net/r&d/index.html(2010 年 12 月現在)
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(2010 年 12
月現在).
8) International Council of Chemical Associations, Innovations for
Greenhouse Gas Reductions. 2009, http://www.icca─chem.org(2010
年 12 月現在).
図 3 GSC 実現のための技術。
[連絡先]305─8561 茨城県つくば市東 1─1─1 h─[email protected](勤務先)。
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