生産者理論: 費用最小化とシェパードの補題

経済学特殊講義 (中級ミクロ経済学)(2015 年度)
教授 清水大昌
第 7 回 2015 年 11 月 09 日
[email protected]
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/˜20060015/lecture/int-micro2015.html
今回から生産者理論に入ります。
期待効用理論のまとめ
• 期待効用も公理系から唯一性を証明できる。今回の講義ではその証明は省略する。公理とその
周辺を紹介する。
• n 個の結果を (x1 , x2 , · · · , xn ) で表すとき、くじの集合を次のように定義する。
∑
∆ = {(p1 , p2 , · · · , pn ) ∈ [0, 1]n | ni=1 pi = 1}
• 期待効用を司る選好 ≻ が以下の 4 つの公理を満たしているとしよう。(q ≻
̸ p は q ≻ p ではない
ということで、弱選好 ⪰ を含む場合には p ⪰ q になることを第 2 回に示した。)
– (1) 非対称性: ∀p, q ∈ ∆ : p ≻ q ⇒ q ≻
̸ p
– (2) 否定推移性: ∀p, q, r ∈ ∆ : p ≻
̸ q ∧ q≻
̸ r ⇒ p≻
̸ r.
– (3) 連続性: ∀p, q, r ∈ ∆ : p ≻ r ≻ q ⇒ ∃α, β ∈ [0, 1] : αp+(1−α)q ≻ r ≻ βp+(1−β)q
– (4) 独立性: ∀p, q, r ∈ ∆, α ∈ [0, 1] :
p ≻ q ⇒ αp + (1 − α)r ≻ αq + (1 − α)r
p ∼ q ⇒ αp + (1 − α)r ∼ αq + (1 − α)r
∑
• このときある関数 u が存在して、U (p) = ni=1 pi u(xi ) で定義される関数 U は選好 ≻ を表現す
る。また、U で表現される選好 ≻ は公理 (1) から (4) を満たす。
• (1) と (2) は第 2 回の定義 1 で示したように、≻ が選好であるための必要条件である。
• (3) は前回扱った連続性の期待効用理論に合わせた表現。(1)、(2)、(3) より選好 ≻ から効用関
数の描写が可能になる。
• (4) は Independence from Irrelevant Alternatives (IIA) 条件と呼ばれるもの。一見無害に見え
るが問題があるかもしれないとされる。
– アレのパラドックスやエルスバーグのパラドックスは IIA 条件が満たされないと思われ
る例。
– アレのパラドックス: 多くの人々は u(1000) ≻ 0.1u(2500) + 0.89u(1000) + 0.01u(0) かつ
0.11u(1000) + 0.89u(0) ≺ 0.1u(2500) + 0.9u(0) という選好を持つが、これは独立性を満た
さない。
1
– エルスバーグのパラドックス: ある壷のなかに合計 300 個の玉が入っており、そのうち赤
が 100 個、青と緑が合計 200 個ある。青と緑の構成比率は分からない。この壷から玉を一
つ取り出すとする。正解のご褒美は 1 万円、外れれば 0 円である。
多くの人々は
P r(Red)u(10000) + P r(Blue or Green)u(0) ≻ P r(Blue)u(10000) + P r(Red or Green)u(0)
かつ
P r(Red or Green)u(10000) + P r(Blue)u(0) ≺ P r(Blue or Green)u(10000) + P r(Red)u(0)
という選好を持つが、これも独立性を満たさない。
• これらの独立性公理への疑問から、プロスペクト理論や序数的効用への回帰などに研究が進ん
でいたようだ。
生産者理論
• 生産者理論は消費者理論と同様に分析が進められる。
• ここでは企業はプライステーカーであるなど、完全競争の仮定がなされている。
• 消費者理論における予算制約は、生産者理論における生産要素への支払額という意味での費用
に対応する。
• 消費者理論における無差別曲線は、生産者理論における等量曲線に対応する。つまり、効用関
数と生産関数が対応している。
• 消費者理論では、予算制約のもと、効用を最大化しようとしていた。生産者理論では、目標生
産量を制約として、費用を最小化しようとする。これを費用最小化問題と呼ぶ。
• 一方、利潤をそのまま最大化することも出来る。価格が所与のため、生産要素を内生変数とし
て解く。これを利潤最大化問題と呼ぶ。
• この場合、結果的に解かれた解における生産量が費用最小化問題の目標生産量と一致していれ
ば、2 つの問題の解は一致する。これを双対性と呼ぶ。つまり、どちらの問題を解いても支障
はない。
費用最小化問題
• 費用最小化問題では、企業がある目標生産量を持ち、それを所与として生産に価格費用を最小
化しようとする。
• 生産要素は労働に関する賃金 w と、資本に関するレンタル価格 r をここでは扱う。
2
• ここでは生産要素は競争的に入手できるとする。もしくはこの企業は生産要素需要に関して市
場支配力を持たないとする。このような状況を費用一定産業と呼ぶ。一方、生産要素使用量を
増やすごとに生産要素価格が増えるような産業を費用逓増産業と呼び、減るような産業を費用
逓減産業と呼ぶ。
• 生産関数を x = f (K, L) としよう。x は生産量、K は資本の使用量、L は労働の雇用量を表す。
• ここで x が一定となる K と L の集合を等量曲線と呼ぶ。これは一般的に原点に対して凸であ
る。無差別曲線に対応する。
• 費用は c = rK + wL となる。
• 企業は x まで生産するという制約のもと、費用を最小化する。つまり、ラグランジュ関数と一
回の条件は
L = rK + wL + λ[x − f (K, L)]
∂L
∂f
= r−λ
= r − λfK = 0
∂K
∂K
∂L
∂f
= w−λ
= w − λfL = 0 となる。
∂L
∂L
• fL と fK は生産要素の増分に対する生産量の増分となり、これを資本の労働の限界生産力 (限
界生産性) と呼ぶ。
• 一回の条件の比を取ると、fL /fK = w/r となる。左辺は技術的限界代替率と呼ばれる。これは
等量曲線の傾きを表す。よって、技術的限界代替率の逓減の法則も普通は成り立っている。
• w/r は要素価格比である。横軸に L、縦軸に K をとった場合の等費用線の傾きである。
• よって、消費者理論の場合と似た分析が再現されている。
• ここで得られた最適な生産要素水準を使って求めた費用のことを費用関数と呼ぶ。具体的には
c(r, w, x) = rK(r, w, x) + wL(r, w, x)
となる。
• これを x をとめて r で微分すると、
∂K
∂L
∂c
=K +r
+w
∂r
∂r
∂r
が得られる。
• また、f (K, L) = x を x をとめて r で微分すると
∂f ∂K
∂f ∂L
+
= 0
∂K ∂r
∂L ∂r
∂K
∂L
r
+w
= 0
∂r
∂r
が得られる。これに技術的限界代替率の式を代入すると
が得られる。
3
• つまり、
∂c
=K
∂r
そして、L と r について分析すれば
∂c
= L が得られる。
∂w
これをシェパードの補題と呼ぶ。
• マッケンジーの補題と同様、直接効果のみが残って、間接効果が打ち消されるということである。
• これを x = K 2/3 L1/3 のコブ・ダグラス型生産関数で再現してみよう。
• 生産要素の種類が 3 以上ある場合にも同様の分析が可能である。
CES 生産関数について
• x = f (L, K) を生産関数と呼ぶ。
• x = K α Lβ をコブ・ダグラス型生産関数と呼ぶ。特に α + β = 1 の場合のみそう呼ぶことも
ある。
• α + β = 1 の場合は規模に関する収穫一定。> 1 の場合は収穫逓増、< 1 の場合は収穫逓減と
なる。
• Leontief (レオンチェフ) 型の生産関数は生産要素が完全補完な場合。x = min{aK, bL}, a, b > 0
で表される。
• 線形の生産関数は生産要素が完全代替な場合。x = aK + bL, a, b > 0 で表される。
• 規模に関する収穫一定の生産関数の例として CES 生産関数があげられる。Constant elasticity
of substitution、つまり代替の弾力性が一定であるというものである。意味は後で述べる。
• x = f (K, L) = [α(β1 K)σ + (1 − α)(β2 L)σ ]1/σ , α, βi ∈ (0, 1), σ < 1 という形状をとる。他にも
表し方はいくつかある。
• f (2K, 2L) = [α(2β1 K)σ + (1 − α)(2β2 L)σ ]1/σ = 2[α(β1 K)σ + (1 − α)(β2 L)σ ]1/σ = 2f (K, L) よ
り、これは規模に関して収穫一定 (一次同次) である。
• CES 生産関数は上記の 3 つの生産関数を特殊例として含む概念である。これは次回詳しく説明
しよう。
次回の予定
CES 生産関数についてもう少し進めます。その後、利潤最大化問題とホテリングの補題を紹介します。
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