高速衝突まで対応した小型乗用車前面のエネルギ

JARI Research Journal
20151202
【技術資料】
高速衝突まで対応した小型乗用車前面のエネルギ吸収特性
High Speed Frontal Crash Energy Absorption Characteristics of Small Passenger Cars
福山
慶介 *1
Keisuke FUKUYAMA
鮏川
佳弘 *2
田久保
Yoshihiro SUKEGAWA
宣晃 *3
涼 *3
大賀
Nobuaki TAKUBO
Ryo OGA
1. はじめに
交通事故鑑識手法のひとつとして,運動量保存
則とエネルギ保存則の連立方程式を解くことによ
剛体壁には荷重計を設置し,衝突時のバリア荷重
を計測した.
り衝突速度を推定する方法がある.エネルギ保存
則を用いる場合には,事故車両の永久変形量から
Collision speed:55km/h,80km/h,130km/h
車体のエネルギ吸収量を求める必要がある 1).こ
Barrier load-cell
Rigid
barrier
(Flat)
のエネルギ吸収量を算出する際には,衝突実験デ
ータ等から求めた車体のエネルギ吸収分布図が用
いられている.これまでに剛体壁へのフルラップ
前面衝突実験のデータから,様々な車種での車体
Fig. 1
Test method
前面のエネルギ吸収分布図が報告されている 2)3)4).
実験条件については,表 1 に示す条件とした.
しかし,これまでのエネルギ吸収分布図は, 55
km/h 程度(中速度)で剛体壁へ衝突させた実験
車両タイプは,フロントエンジン・フロントドラ
データをもとに作成されたものであり,80 km/h
イブ方式の小型乗用車(FF 車)で排気量が 1500
を超えるような高速衝突での車体変形まで対応し
cc,車両質量が約 1000 kg のボンネット型車両を
ていないのが実状である.一方,実際の交通事故
使用した.車両の衝突速度は 55 km/h と 80 km/h
においては様々な速度での事故形態があるため,
と 130 km/h の 3 つのパターン(F1・F2・F3)を行
これまでのエネルギ吸収分布図を超える永久変形
った.なお,高速衝突も実施することもあり,乗
量の場合も散見される.このため,実際の交通事
員を模擬する衝突用ダミーは,搭載していない.
故鑑識の現場では,高速衝突で車体変形が大きい
場合にも対応した車体エネルギ吸収分布図が必要
Table 1
となっている.
Test No.
Drive system
も対応可能なエネルギ吸収分布図を作成すべく,
実施することにより,潰れ量が 1.4 m までの小型
F1
Barrier
本稿では,高速衝突で車体変形が大きい場合で
この手始めとして,小型乗用車の高速衝突実験を
Test condition
1500
Shape
Bonnet type
Weight [kg]
1040
いて報告する.
1040
984
No dummy
Dummy
Collision speed [km/h]
F3
Front engine & Front wheel drive
Displacement [cc]
Vehicle
乗用車のエネルギ吸収分布図を検討した結果につ
F2
Rigid barrier (Flat)
55
80
130
3. 実験結果
2. 実験方法および実験条件
本検討では,高速衝突での乗用車前面の特性を
把握するために,図 1 に示す衝突実験を行った.
実験前後の三次元寸法測定から得られた車体の
永久変形量を図2に示す.なお,この計測での永
久変形量としては,バンパ地上高の位置での変形
*1 一般財団法人 日本自動車研究所 安全研究部 博士(工学)
*2 一般財団法人 日本自動車研究所 安全研究部
*3 警察庁 科学警察研究所 交通科学部 博士(工学)
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量を測定した.
- 1 -
(2015.12)
寸法測定の結果,55 km/h衝突(F1)の永久変
4. 車体のエネルギ吸収と永久変形量の関係
形量は0.46 m,80 km/h衝突(F2)の永久変形量
車体のエネルギ吸収特性を求める際,従来の求
は0.73 m,130 km/h衝突(F3)の永久変形量は
め方では,バリア荷重とビデオ解析等から求めら
1.40 mであった.なお,55 km/h衝突と80 km/h
れる車体変形量から車体のエネルギ吸収特性を算
衝突の場合はフロントピラー手前までの変形であ
出している.しかし,高速衝突においては,衝突
ったが,130 km/h 衝突の場合ではフロントピラ
した車体のピッチング(車体後輪が上方に持ちが
ー周辺まで変形が生じており,車室内にまで変形
る)挙動等により,正確に吸収エネルギーと車体
が及んでいた.
変形量の関係を算出することは困難であった.
文献4)によれば,平均化したエネルギ吸収特性
(車体変形量を永久変形量に補正した曲線)と衝
Deformation : Lateral [m]
1.5
突直前の運動エネルギとの違いは,平均で1.3%の
1.0
差であり,ほぼ同じ数値と考えられている.そこ
0.5
で,図3にエネルギ(平均化したエネルギ特性・
0.46 [m]
0.0
衝突直前の車体の運動エネルギ)と永久変形量の
-0.5
関係を示した.同図には,今回実施した3実験の
-1.0
Before
-1.5
2.0
3.0
4.0
1.0
Deformation : Longitudinal [m]
0.0
データを文献3)にならって二次曲線で近似した近
After
似曲線(原点を通過),ならびに文献4) にある23
5.0
る.同図から,永久変形量が0.6 mにおける文献4)
の曲線と今回の近似曲線の差は12 kJ(6%)となり,
Collision speed:55km/h (F1)
1.5
ほぼ一致することがわかった.
1.0
0.5
0.73
[m]
0.0
700
-0.5
500
-1.0
Before
-1.5
0.0
After
1.0
2.0
3.0
4.0
Deformation : Longitudinal [m]
5.0
400
300
200
Collision speed:80 km/h (F2)
100
0
1.5
Deformation : Lateral [m]
F1:55km/h
F2:80km/h
F3:130km/h
Reference4
Approximate curve
(55km/h+80km/h+130km/h)
600
Energy [kJ]
Deformation : Lateral [m]
車種を平均化したエネルギ特性を重ね合わせてい
0.0
1.0
0.5
Fig. 3
1.40[m]
0.0
-0.5
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Permanent deformation [m]
1.2
1.4
Approximate curve by 55, 80, 130 km/h
以上から,図3に示すエネルギと永久変形量の
関係でみれば,ほぼ同じ線上の特性が得られるも
-1.0
Before
-1.5
0.0
Fig.2
After
1.0
2.0
3.0
4.0
Deformation : Longitudinal [m]
のと考えられる.よって,低速衝突および中速衝
5.0
突(~0.6 m)については従来の特性を用い,高
速衝突(0.6 m以上)については,この近似曲線
Collision speed:130 km/h (F3)
の結果を利用して,エネルギ吸収分布図を作成す
Permanent deformation of the vehicles
ることとした.
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- 2 -
(2015.12)
② 式(1)にE’と車両質量 kgを代入する.
5. 高速衝突に対応したエネルギ吸収分布図
文献4)のデータ,および図3を基に作成した小型
乗用車(排気量1000~1500 cc,FF車)前面のエ
E=E'×車両質量[kg]/1000 [kg]・・・(1)
ネルギ吸収分布図を図4に示す.
6.実際の車両相互事故への適用
Permanent deformation
Left
0
Front
Center
3.1
0.2
4.6
0.3
5.4
0.4
4.5
0.5
5.0
0.6
6.1
0.7
0.8
0.9
1.0
1.1
1.2
1.3
1.4
(m)
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
エネルギ吸収分布図は実際の車両相互事故に使
Right
3.1
3.1
3.1
3.1
3.1
3.1
3.1
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
4.6
5.4
4.5
5.0
6.1
6.4
6.7
7.1
7.4
7.7
8.1
8.4
用されることから,その精度を検証するため,高
速度衝突による車両相互の実験結果に適用して,
精度の確認を行った.
図5に衝突形態を表2に実験条件を示す.本実験
では,A車とB車を走行速度70 km/hで正面衝突さ
せた.なお,A車とB車の衝突角度は,B車進行方
向左側に30°傾かせている.
70km/h
(kJ/ton)
Fig.4
B
Energy absorption diagram
A
30°
No Brake
70km/h
同図の作成にあたっては,永久変形量0.6 mま
では,図3の文献4)のデータを参照している.なお,
Fig.5
Test configuration
文献4)のエネルギ吸収分布図では変形量0.6 mま
Table2
での車幅方向の分割数は16分割となっていたが,
取り扱いを簡便にするために,変形量0.6 m以上
Test vehicle
と同様に8分割とし,エネルギも8等分とした.
Drive system
永久変形量0.6 m以上については,近似曲線を
Test vehicle
A
B
Front engine & Front wheel drive
Displacement [cc]
1500
用いて永久変形量0.1 m毎に吸収エネルギを算出
Vehicle shape
Bonnet type
し,これを車幅方向に8等分することで,分布図
Weight [kg]
1186
1200
の数値を算出した.作成したエネルギ吸収分布図
Dummy
2 bodies
2 bodies
Collision speed [km/h]
70
70
は,フルラップ衝突で130 km/h相当まで対応する
分布図であり,永久変形量が最大で1.4 mまで対
図6は衝突後の現場状況および車両の損傷状況
応したものとなる.
このエネルギ吸収分布図を用いて,小型乗用車
の前面衝突における低中速衝突から高速衝突まで
を示したものである.衝突後の車両は,衝突地点
から少し離れた場所で停止していた.
の車体の吸収エネルギを1つのエネルギ吸収分布
図7は衝突後の車両の永久変形量を示したもの
図で求めることができる.実際にこのエネルギ吸
である.両車ともに車両前部が最大で約0.8 mの
収分布図を用いて,事故車両の吸収エネルギ(E)
永久変形量が生じていた.このため,従来のエネ
を求めるための方法は以下の通りである.
ルギ吸収図では対応できない状況であった.
① 車両の変形した部分に相当する分布図の数
値の総和(E’)を求める.
JARI Research Journal
- 3 -
(2015.12)
表3は新たに作成したエネルギ吸収分布図(図
4)を用いて,図7の変形量をもとに衝突後のエネ
Vehicle B
Vehicle A
ルギ吸収量とバリア換算速度等を求めたものであ
る.計算の結果,両車ともに200 kJ前後のエネル
ギ吸収があったと推定され,バリア換算速度では,
70 km/h前後と算出された.
Table3
Energy and Equivalent barrier speed
Test vehicle
A
B
Vehicle A
Vehicle B
Energy absorption [kJ]
(E barrierA ,E barrierB )
Equivalent barrier speed [km/h]
(V barrierA , V barrierB )
216.1
180.2
73.7
66.9
この他に,タイヤ痕跡と車両の変形状況より,
Fig.6
衝突直後の速度や衝突直後の角度を推定し,表4
Vehicle A
Vehicle B
の結果を得た.
Situation after collision
衝突速度の算出にあたっては,式①に示す運動
量保存則と式②に示すエネルギ保存則の連立方程
1.5
式に表5の値を代入することにより両車の衝突速
1.0
度を求めることができる.
[m]
0.5
① 運動量保存則(X軸方向)
0.0
m A u A cos β A + m B u B cos β B = m AV A cos α A + m BV B cos α B
0.82[m]
-0.5
② エネルギ保存則
-1.0
Before
-1.5
0.0
1.0
2.0
[m]
3.0
After
4.0
1
1
1
1
2
2
m A u A + m B u B = E barrierA + E barrierB + m AV 2 A + m BV 2 B
2
2
2
2
5.0
m A , m B :A車とB車の質量[kg]
Vehicle A
1.5
E barrierA , E barrierB :エネルギ収量[J]
1.0
V A , V B :衝突直後の速度[m/s]
0.5
[m]
u A , u B :衝突速度[m/s]
β A , β B :衝突角度[deg]
0.77[m]
α A , α B :衝突直後の角度[deg]
0.0
-0.5
Table4 Basic data obtained from the field
-1.0
Before
After
Symbol
-1.5
0.0
1.0
2.0
[m]
3.0
4.0
Vehicle B
Fig.7
Permanent deformation of the vehicles
JARI Research Journal
5.0
Mass [kg]
mA, mB
Test vehicle
A
B
1186
1200
210
Collision angle [deg]
βA , βB
0
Angle after collision [deg]
αA, αB
270
292
Velocity after collision [km/h]
VA, VB
23.8
21.2
- 4 -
(2015.12)
衝突速度u A とu B を算出した結果と実測した衝
参考文献
突速度を表5に示す.連立方程式から算出されたA
車の衝突速度u A は73.4 km/hとなった.また,B車
の衝突速度u B は74.5 km/hとなった.実計測して
1) Kenneth L. Campbell:Energy Basis for Collision
Severity.SAE paper No.740565
2) 松川不二夫,石川博敏:事故解析における固定壁換算
いた衝突速度と比較するとA車は5.2%でB車は
速度推定の一手法について,自動車研究
6.7%の差であった.両車ともに10%以下の速度誤
No.80001
差であることから,作成したエネルギ吸収分布図
(1980)
3) 久保田正美,国分善晴:前面形状別の車体エネルギ吸
収特性.自動車研究
が速度の推定に有効であることが分かった.
第2巻第1号
第17巻第2号No.95003
(1995)
4) 大賀涼,井出芳和,碇孝浩:自動車アセスメントの試
Table5
験データを用いた変形エネルギー吸収分布図の作製.社
Collision speed
団 法 人 自 動 車 技 術 会 学 術 講 演 会 前 刷 集 No.49-07
Test vehicle
A
B
Calucurate : Collision speed [km/h]
73.4
74.5
Experiment : Collision speed [km/h]
69.8
69.8
Difference of speed [%]
5.2
6.7
No.20075257 (2007)
7. まとめ
本検討より得られた成果は以下のとおりである.
1) 小型乗用車23車種を平均化した特性(変位を
永久変形量に補正したエネルギ特性)と実施
した3実験の近似曲線(運動エネルギと永久
変形量の関係)は,0.6 mまでは同一曲線上
にある.
2) 変形量0.6 mまでを従来のエネルギ吸収特性
を用い,変形量0.6 m~1.4 mのエネルギ吸収
特性については今回の実験から得られた近
似曲線をもとに高速衝突まで対応した小型
乗用車のエネルギ吸収分布図を作成した.
3) 作成したエネルギ吸収分布図を用いて実際
の高速域での車両同士の衝突に適用し,衝突
速度算出の際に有効であることが分かった.
今後は,小型乗用車以外の車種についても,高
速度のフルラップ前面衝突実験データを蓄積する
ことにより,高速衝突までに対応したエネルギ吸
収分布図を作成していきたい.
謝辞
本研究における実験データは「交通事故鑑識官養成委託
研修」で行なった実験結果の一部を使用した.関係各位に
謝意を表します.
JARI Research Journal
- 5 -
(2015.12)