膵がんのナノナイフ治療

膵がんのナノナイフ治療
目次
1. はじめに
2. ナノナイフの原理
3. 装置
4. 治療の実際
5. ナノナイフ治療の適応
6. 治療効果(有効性)
7. 合併症(副作用)
8. 費用について
9. ナノナイフのできる病院
10. いままでに治療した患者さん
11. 受診を希望される患者さんへ
12. 文献
作成:2016 年 2 月 消化器内科
1
1. はじめに
ナノナイフ治療は細い電極針を、がんを取り囲むように刺し、高電圧で通電することに
よって、がん細胞にナノサイズの穴を空けて細胞死を来す治療法です。
2008 年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を取り、実際のがん患者さんに使われ
るようになりました。当初は肝がん、前立腺がんに主に使われていましたが、膵がんの治
療に有効なことが分かり、現在ではナノナイフ治療を受けている患者さんの半分が膵がん
と言われています。
米国では、現在 50 台のナノナイフ治療器が稼働しています。またヨーロッパでも 20 台
ほどががんの治療に使われています。
日本では、5 台のナノナイフ治療器が導入されていますが、2016 年 2 月現在、実際に、
がん患者さんの治療に使われているのは、東京医科大学病院のみで、臨床研究として治療
が行われています。
森安
史典(もりやす
ふみのり)
東京医科大学消化器内科 主任教授
2. ナノナイフの原理
ナノナイフは2~6本の針を、腫瘍を取り囲むように刺し、針と針の間に 3,000 ボル
トの高電圧で、1 万分の1秒の短時間のパルス電流を流すことによって、癌細胞に小さな穴
を開け死滅させる治療法です。
針は長さ 15 cm で、針の太さは 1.1mm です。針が細いため、皮膚の上から、あるいは外
科的に開腹して、超音波でがんをとらえながら針を進めていきます。針の先端に電気が流
れる電極部分があり、その長さは膵がんの場合 1.5 cm に調節します。針と針の間隔は 2 cm
で、がんの大きさが 2 cm の場合で針を 4 本刺すと、丁度がんの周りを取り囲むように針が
置かれます。そうすると針の 5mm 外側まで通電され、約 3cm の球状の範囲の細胞が死滅し
ます。
2
電極針。長さ 15cmで、太さは 1.1mm (19 ゲージ)。先端の銀
色の部分が通電する電極で、長さは手元のノブで調節する。
電流を流す時間は 1 回のパルス当たり 100μ秒
(1 万分の1秒)
ときわめて短い時間です。
そのパルス電流をおよそ 1 秒に 1 回の間隔で 80~160 回流します。4 本の針を刺した場合、
電流の流れ方は 6 通りあるので、500~1,000 回流すことになります。従って電流を流して
いる実際の治療時間は8~16 分くらいです。
ナノナイフ治療の一般名は、日本語では「不可逆電気穿孔法」と言い、英語では
Irreversible electroporation (IRE)と言われます。電気穿孔法 (electroporation)は、
実験室で、培養した細胞に遺伝子を入れ込む遺伝子導入に使われてきた技術です。高い電
圧でたくさん流すと、細胞に開いた穴が塞がらず細胞の中身が外に流れ出し細胞が死んで
いきます。
ナノナイフ (NanoKnife) は、米国のアンギオダイナミック社から市販されている不可逆
電気穿孔法の機械の商品名です。
正常の臓器は、臓器そのものを支えている構造は、膠原線維などの線維でできています。
ナノナイフの電流はこれらの線維には全く影響がないため、細胞だけが死滅し、臓器や血
管の構造は無傷です。このことが、重要な血管がすぐ近くにある膵臓のがんの治療にナノ
ナイフが使われる理由です。
3. 装置
ナノナイフの装置は下の写真にあるように、電流発生装置、心電図モニター、電極針か
ら成ります。電流発生装置は幅 60cm、奥行きが 60 cm、高さ1mの、小型の冷蔵庫ほどの
大きさです。電極の接続ポートは 6 個あり、最大 6 本まで電極をつないで治療することが
できます。膵がんの場合は 4 本使うことを基本としています。
この通電部分の長さは、膵がんの治療には通常 1.5 cm としています。3 cm の大きさの膵
がんを治療する場合は、奥をまず治療し、1.5 cm 引き抜いて重ねて通電します。
3
ナノナイフの電流が針と針の間だけでなく、少ないながらも心臓にも流れます。そのと
き、不整脈を起こすことがあります。不整脈を起きにくくするため、心電図モニターを使
って心臓の不応期と呼ばれるタイミングに電流を流します。
ナノナイフ装置と心電図モニター
4. 治療の実際
1) 入院期間
膵がんのナノナイフのための入院期間は約 2 週間です。治療後の症状によって 3 週間に
なることもあります。入院の翌日にナノナイフ治療を行い、術後の経過がよければ、治療
後およそ 10 日ほどで退院します。
2) 全身麻酔
ナノナイフ治療は、体表から針を刺す場合と、開腹してがんの部分に直接針をさす場合
があります。
体表から刺す場合も、開腹して治療する場合も、治療は全身麻酔下で行われます。気管
にチューブを入れ、麻酔器で人工呼吸を行います。全身麻酔をかけると意識はありません
し、痛さも感じません。
同時に筋弛緩剤を静脈から注射し、筋肉のけいれんが起きないようにします。針と針の
間を高圧電流が流れるとき、その一部が全身の筋肉にも流れ、一斉に筋肉の収縮が起きて、
けいれんを起こすので、それを防ぐために筋弛緩剤を用います。
筋弛緩剤は短時間で効果がなくなりますので、治療が終わる頃には筋肉は正常にもどっ
ています。
4
全身麻酔の元に皮膚の上から電極針を刺して治療する様子
3)治療時間
手術室に入室して、全身麻酔、ナノナイフ治療、麻酔から覚めるまでの時間は 2~3 時間
です。実際にナノナイフ治療を行っている時間は 1 時間から 2 時間です。
5. ナノナイフ治療の適応
膵がんのナノナイフ治療の適応は、遠隔転移や腹膜播種の無い「切除不能の局所進行膵
がん」です。手術で切除(取り除くこと)はできないが、膵臓の周りにとどまっている膵
がん(局所進行膵がん)がナノナイフの適応になります。
1) 「切除不能」とは?
血管への浸潤があると切除不能となります。
膵臓は、太い動脈や門脈(静脈)がその近くにあります。門脈は腸から吸収された栄養
を肝臓に運ぶ重要な静脈ですが、膵臓の頭部の裏側を走り肝臓に向かいます。
ふっくうどうみゃく
動脈としては腹腔 動 脈 とその枝である肝動脈と脾動脈が膵臓の上(頭側)に接していま
じょうちょうかんまくどうみゃく
す。また、 上 腸 間 膜 動 脈 が下(足側)にあります。
門脈、腹腔動脈、上腸間膜動脈にがんが浸潤する(絡み付く)と、手術でがんを取り除
くことができなくなります。無理にがんを血管からはがして取っても、癌細胞が血管の壁
に残り手術後そこから再発します。
ふくまく は し ゅ
2)腹膜播種
ふくまく
膵臓の前(腹側)は腹膜という薄い膜によって覆われています。がんがこの腹膜に浸潤
すると、腹腔内(お腹全体)に拡がります。この状態が腹膜播種と呼ばれ、膵臓のがんを
取り除いても、癌性腹膜炎となって再発するので、腹膜播種があると切除不能となります。
えんかく て ん い
3)遠隔転移
膵臓とは離れた場所の、肺や肝臓、リンパ節に転移すると、膵臓のがんを取り除いても、
5
身体に負担がかかるだけで、寿命が延びることがないため、外科切除の対象になりません。
4)
「局所進行膵がん」とは?
膵臓にできて、膵臓の外に出たがんが進行膵がんと呼ばれます。進行膵がんでも遠くに
転移せず、膵臓の周りに限局した膵がんを局所進行膵がんと呼びます。
ナノナイフは電極針で取り囲んだ範囲の癌細胞を殺傷するので、膵臓に限局した局所進
行膵がんが治療の対象となるわけです。
えんかく て ん い
日本の膵がんのステージの決まりでは、遠隔転移の無い「切除不能局所進行膵がん」は
「ステージ4a」の膵がんと呼ばれます。転移がある場合が「ステージ4b」です。
6. 治療効果(有効性)
膵がんのナノナイフの治療効果は、1)ダウンステージングと、2)長期延命効果の2
つです。
1) ダウンステージング
切除不能局所進行膵がんはステージ4a ですが、ナノナイフ治療によって「切除可能」な
膵がん、ステージⅢになる効果です。このダウンステージングにより、ナノナイフ治療後
1~3ヶ月して膵がんの切除手術を行い、根治をめざします。
ふっくうどうみゃく
じょうちょうかんまくどうみゃく
膵がんは比較的小さいうちから、門脈、腹腔 動 脈 、上 腸 間 膜 動 脈 に浸潤して切除不能
となります。ナノナイフ治療によって、それらの血管に絡みついたがん細胞を殺すことに
よって血管とがんを切り離すことができるようになります。
米国ルイビル大学のマーチン先生のデータでは、200 例の切除不能局所進行膵がんをナノ
ナイフしたところ、50 例(25%)が切除できたと報告しています。
2) 長期延命効果
ナノナイフ治療によって、膵がんのほとんどのがん細胞を死滅させることによって、膵
がんの進行を食い止め、長期延命を図る効果です。ナノナイフの治療後は抗がん剤の投与
を行い、膵臓の外に転移したがんが出てくるのを抑えることによって、延命を図るもので
す。
ナノナイフで治療した膵がん患者さんの、全生存期間(診断から死亡までの期間)の平
均は 24 ヶ月(2 年)であり、抗がん剤の治療だけの 12 ヶ月の約 2 倍の延命効果が期待でき
ます。
7. 合併症(副作用)
ナノナイフの膵癌治療の合併症は以下のようです。
1)治療中に手術室で見られる合併症
①
不整脈
②
高血圧
③
出血
6
① 不整脈
膵がんの部分に刺した針の間には多くの電流が流れますが、そこから 10~20cm 離れた心
しんぼうさいどう
しんしつさいどう
臓にも電流が流れます。そのため心房細動や心室細動などの不整脈が起きることが動物実
験で確かめられています。特に心室細動は致命的になることもあるので起きないように予
防します。心電図をモニターして不整脈が起きにくいタイミングのみに電流を流す、
「心電
図トリガー」という方法を使い、不整脈が起きないようにします。
万が一心室細動が起きた場合には電気ショックによる除細動器を使い治療します。
② 高血圧
ナノナイフの電流を流しはじめてしばらくすると、多くの場合血圧が上がります。とき
に最高血圧が 200 近くに上がることがあります。その場合には血圧を下げるくすりを点滴
の中に入れて治療します。血圧が下がるまで、電流を流すのを止めて数分間待つ場合もあ
ります。
血圧が上がる原因は良く分かっていませんが、電気刺激によって交感神経が刺激される
ためと考えられます。
③ 出血
ナノナイフ治療が終わると針を抜きますが、針穴から出血することがあります。そのた
め、手術医が手で圧迫して止血します。
2)治療後に見られる合併症
① 腹痛
② 膵炎
③ 出血
④ 血栓
⑤ 膿瘍(感染)
① 腹痛
ナノナイフの治療後、麻酔から覚めた後に腹痛を訴える患者さんが 20~30%に見られま
す。鎮痛剤の座薬や注射で治まり、1-2日で軽快します。
② 膵炎
ナノナイフで通電する範囲に正常の膵臓も一部含まれるため、正常の膵臓の細胞が障害
を受け、膵炎が起きることがあります。膵癌のナノナイフを行った患者さんの 10~20%に
見られます。そのため、予防的に膵炎の治療薬を注射して予防します。それでも膵炎が起
きた場合は、絶食して膵臓を休ませ、点滴で栄養を補給します。そのため入院期間が1-2
週間延びることがあります。
7
③ 出血
ナノナイフ治療後、1 週間から 1 ヶ月経過して十二指腸から出血することがあります。ナ
ノナイフ治療によって細い動脈が障害され、仮性動脈瘤を作って十二指腸に出血するため
です。頻度は 10%以下ですが、出血量が多い場合にはカテーテルを使って止血術を行いま
す。
④ 血栓
膵がんはしばしば門脈という静脈に浸潤します。膵がんをナノナイフで治療すると浸潤
した門脈の中に血栓(血液が固まったもの)を作ることがあります。血栓が大きくなると
門脈の血液の流れが悪くなるので、血栓を溶かす薬を点滴や飲み薬で投与し、治療する必
要があります。
⑤ 膿瘍
膵がんが十二指腸に浸潤している場合、がんをナノナイフで治療すると、がんが壊死し、
そこに細菌が入り膿瘍(感染)を作ることがあります。抗生物質を投与して治療します。
8. 費用について
ナノナイフは保健適応になっていないので、健康保険は使えません。
膵がんのナノナイフの治療費はおよそ入院費を含めて 150 万円かかります。東京医科大
学病院では、肝がんと膵がんのナノナイフ治療の臨床研究をしています。臨床研究におい
ては、治療にかかる費用は大学の研究費で負担します。患者さんからは、差額ベッドの部
屋代をいただいています。およそ 50 万円です。
臨床研究に参加するためには厳しい適応基準があり、また研究費の予算枠もあるので、
対象になる患者さんの数に限りがあります。
9. ナノナイフのできる病院について(2016 年 2 月現在)

東京医科大学病院(東京都新宿区西新宿)
2016 年2月現在、日本で、ナノナイフの装置が導入されている施設は東京医科大学病院
を含め4施設あります。実際にがんの患者さんを治療しているのは、東京医科大学病院だ
けです。東京医科大学病院では、肝がん、膵がんを対象として臨床研究が行われています。
(他、国立がん研究センター中央病院、愛知県がんセンター中央病院、岡山大学病院でナノ
ナイフ導入。2016 年 4 月より山王病院(東京都港区)でも対応予定。)
8
10. いままでに治療した患者さん
2015 年 4 月から 2016 年 1 月までに 7 人の膵がんの患者さんが東京医科大学病院でナノナ
イフ治療を受けています。治療を受けた患者さんの多くは原発巣の膵がんが縮小し、地元
の病院で引き続き化学療法を受けています。
そのうちの 1 例の治療前後のCTを示します。
ナノナイフ治療前後のCT像。矢頭(△)で囲まれた範囲が膵
がんの範囲。治療後がんは小さくなり、6 ヶ月後にはほとんど
分からなくなっている。
11. ナノナイフ治療を希望される患者さんへ
膵がんと診断され、治療を受けている患者さんで、ナノナイフ治療を希望する患者さん、
またナノナイフ治療について相談したい方は、下記の外来を受診してください。
外来受診時に、現在罹っている主治医から紹介状(医療情報提供書)とCTのデータ(C
Dに焼いたもの)をお持ちいただくと、外来で検査をする必要がなく、適応の決定が早く
なります。
電話での問い合わせも受け付けています。
9
1)ナノナイフに関する外来

東京医科大学病院(東京都新宿区西新宿 6-7-1)
【消化器内科外来】
★2016 年 3 月 31 日まで
曜日
月曜日
火曜日
水曜日
金曜日
土曜日
午前/午後
担当医
午前
森安史典医師
午後
土屋貴愛医師
午前
小林功幸医師
午前
森安史典医師
午後
小林功幸医師
午前
杉本勝俊医師
午後
土屋貴愛医師
午前
杉本勝俊医師
★2016 年 4 月 1 日以降
曜日
午前/午後
担当医
月曜日
午後
土屋貴愛医師
火曜日
午前
小林功幸医師
水曜日
午後
小林功幸医師
午前
杉本勝俊医師
午後
土屋貴愛医師
午前
杉本勝俊医師
金曜日
土曜日
変更や休診などがありますので、受診される方は事前に電話でご相談ください。
■東京医科大学病院 内科外来受付:電話 03-3342-6111 内線 3000 または 3001
■受診予約は、かかりつけ医師より当院 総合相談・支援センター医療連携担当を通じ
ご予約をお願いいたします。
■2016 年 4 月 1 日以降は山王病院(東京都港区赤坂 8-10-16)森安医師のナノナイフ外来
でも対応いたします。(月・水・木それぞれ午後) 電話:03-3402-3151(代表)
2)電話相談:
東京医科大学病院:

平日 午前 8:30~午後 5:30

第 1,3,5 土曜日(祝日を除く)午前 8:30~12:30
電話番号: 03-3342-6111(代表)
交換台で「ナノナイフについて問い合わせしたい」と告げてください。
10
12.文献
1) Martin RC, et al. Treatment of 200 locally advanced (stage III) pancreatic
adenocarcinoma patients with irreversible electroporation: safety and
efficacy.Ann Surg.2015, 262(3):486-94
2) Narayanan G1. Irreversible Electroporation.Semin Intervent Radiol.
2015, 32(4):349-55.
3) 森安史典 他 膵癌の IRE (Irreversible electroporation)治療 日本膵
臓学会誌「膵臓」2015, 30(2):210-218
11