94年人民元切り下げ・アジア危機のトラウマに

リサーチ TODAY
2016 年 2 月 25 日
94年人民元切り下げ・アジア危機のトラウマに怯えるアジア
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
人民元安はアジア諸国の輸出にプラス・マイナス両面の影響を及ぼしうるが、近年、中国との輸出競合
度の高まりなどからマイナスの影響が大きくなっている。中国政府の政治的配慮などから、大幅に人民元安
が進む見込みは低いものの、世界経済の弱含みから輸出不振が続くアジア諸国にとって人民元安による
輸出競争力悪化への警戒感は根強い。仮に、アジア諸国で通貨安誘導が強化されれば、外貨建て対外
債務返済負担増大への懸念などから通貨安に歯止めが掛からず、債務負担がさらに増すという悪循環が
生じる恐れもある。みずほ総合研究所は、人民元安のアジア諸国・地域への影響に関するリポートを発表し
ている1。下記の図表は人民元安によるアジア諸国・地域の輸出への波及経路を示す概念図であり、人民
元安によるアジア諸国の輸出全体への影響には、プラス・マイナス両面がある。ただし、プラス要因を見ると、
中国の輸出促進による投資押し上げ効果は近年低下し(図表の②)、中国を介した加工貿易増加によるア
ジア諸国への対中輸出促進効果も低下している(図表の③)。一方、マイナス面を見るとアジア諸国との競
合の度合いが高まっている可能性が高い(図表の④)。1994年には人民元切り下げの後にアジア危機が生
じたため、今回も人民元切り下げによるアジア危機再来を恐れる向きは根強い。
■図表:人民元によるアジア諸国・地域の輸出への波及経路
人民元安
①中国の輸入コスト上昇
中国の輸出競争力改善
アジア諸国・地域の
対世界(中国除く)
輸出への影響
アジア諸国・地域の
対中輸出への影響
②中国の輸出増加を通じた
生産や雇用所得への波及効果
③中国を介した
加工貿易の増加
④アジア諸国・地域と中国の輸出
競合品目における競争力の低下
中国の投資や消費の押し上げ
(-)
(+)
(+)
(資料)みずほ総合研究所作成
1
(-)
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2016 年 2 月 25 日
下記の図表は米国・欧州それぞれの輸入に占める中国、NIEs、ASEAN5からの輸入シェア推移を示す。
2002年から2014年にかけて、米国、欧州のいずれにおいても中国からの輸入シェアは増加傾向である一
方、NIEsからのシェアは低下し、ASEAN5からのシェアは横ばいであることから、中国の競争力が高まって
いる可能性が強い。こうした状況下、アジア諸国・地域は輸出下振れへの警戒から人民元安を看過しにく
い状況にある。
■図表:米国・欧州におけるアジア諸国・地域別輸入シェア推移
(%)
25.0
(%)
【米国】
【欧州】
20.0
18.0
20.0
16.0
14.0
15.0
10.0
中国
12.0
NIEs
10.0
ASEAN5
中国
NIEs
ASEAN5
8.0
6.0
5.0
4.0
(年)
0.0
2.0
(年)
0.0
2002
2004
2006
2008
2010
2012
2014
2002
2004
2006
2008
2010
2012
2014
(注)1.台湾の値は「その他アジア」の値で代用。
2.ASEAN5 はインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム。
(資料)UN Comtrade
人民元の先安観が高まった場合、アジア諸国・地域の政策当局は輸出競争力の維持の観点から通貨
安誘導を実施する可能性がある。実際に、アジア諸国・地域では2016年初前後から金融緩和・通貨安誘
導とも取れる政策が実施されるケースが徐々に増えている。今年1月、2月のインドネシアの利下げ、昨年
12月の台湾の利下げ、今年1月のマレーシアの準備率引き下げがその例である。
ただし、通貨安には輸入インフレの高騰と外貨建て対外債務の実質負担増加という副作用がある。通貨
安誘導が行き過ぎれば、市場でアジア通貨売りが強まる不安もある。特に、対外純債務国であるインドネシ
アやフィリピンなどのASEANの国々や、インドについては対外債務返済負担の増大で不安が拡大する悪
循環のリスクがある。今週末、上海でG20財務相会議が開催される。中国は議長国の面子にかけてもアジ
アを中心にした近隣窮乏化の通貨戦争への参戦を避けたいと思っているだろう。一方、中国内でも輸出環
境が悪化するなか、人民元安への期待が根強いために中国当局には苦しい手綱さばきが求められる。中
国が1994年末に大幅な人民元切り下げを行ったことが、1997年以降のアジア危機につながった。そうしたト
ラウマがあるゆえ、アジア諸国・地域は、中国の人民元切り下げ不安の亡霊に当面怯えることになるだろう。
1
宮嶋貴之「人民元安はアジア諸国・地域の経済に悪影響を及ぼす恐れ」(みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2016 年 2 月
12 日)
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