Feb 24, 2016 伊藤忠経済研究所 日本経済情報 2016 年 2 月号 Summary 【内 容】 1. 景気の現状 2015 年 10~12 月 期の実質 GDP 成長 率は 2 四半期ぶりの マイナス成長 予想以上に低迷す る個人消費 設備投資は予想外 の増勢加速 輸出は財を中心に 再び減少 2. 今後の見通し マイナス金利の効果 は海外発の逆風で 埋没 輸出は持ち直すも円 高が重石 所得環境の改善は 加速せず個人消費 の足取りは重い 住宅投資の駆け込 み需要は小規模に 2016 年度にかけて 景気は回復に向かう がデフレ脱却に至ら ず 限られる政策対応余 地 2017 年度までの日本経済見通し(改訂) 日本経済は、2015 年 10~12 月期の実質 GDP 成長率が 2 四半期ぶりの 前期比マイナス成長となったことが示す通り、足踏み状態にある。個人 消費が暖冬のほか、持続的な所得増への不信感や将来の生活への不安な どから予想以上に低迷、輸出は財を中心に再び減少に転じた。ただし、 設備投資は予想に反して拡大を続けた。 2016 年に入り円高・株安が進んだことを受けて、日銀はマイナス金利 を導入したが、市場の反応は一時的なものにとどまり、再び円高・株安 が進行した。こうした状況から、一部にマイナス金利が景気に悪影響を 与えているという見方もあるが、長期金利は幅広い年限で低下してお り、金融緩和の直接的な効果は十分に確認できる。にもかかわらず円高 が進んだのは米国経済への悲観的な見方により米国金利が低下したた めであり、株安は円高や海外景気に対する懸念が主因である。 今後の主な需要の動向を展望すると、輸出は今後、円高による下押しが 見込まれるものの、良好な米国経済の状況を踏まえると、このまま円高 傾向が続くとも考え難く、円高修正を追い風に 2016 年度後半には緩や かな拡大傾向となろう。 個人消費は、期待の春闘で企業業績への懸念や物価上昇率の低下などか ら賃上げが抑制される見込みであり、足取りの重い状況が続こう。2016 年度後半には消費増税前の駆け込み需要が本格化するが、前回の消費増 税までに需要が相当程度先食いされたとみられ、さほど大きな規模とは ならない見込み。 住宅投資についても、相続税増税に対応した貸家需要の盛り上がりがピ ークアウトしつつあり、駆け込み需要を減殺しよう。また、設備投資は、 2016 年度後半までは増勢を維持するとみられる。 伊藤忠経済研究所 主任研究員 武田淳 (03-3497-3676) takeda-ats @itochu.co.jp 以上の結果、実質 GDP 成長率は 2015 年度の前年比+0.7%(見込み) から、2016 年度は前年比+1.4%へ高まると予想する。ただし、2015 年 10~12 月期に GDP 比▲1.8%まで拡大した需給ギャップが解消する のは 2017 年 1~3 月期となり、消費増税によりゼロ成長となる 2017 年 度には再びギャップが拡大、デフレ脱却には至らない見通しである。 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 1. 景気の現状 2015 年 10~12 月期の実質 GDP 成長率は 2 四半期ぶりのマイナス成長 日本経済は、足踏み状態が続いている。今月 15 日に発表された 2015 年 10~12 月期 GDP の 1 次速 報値は、前期比▲0.4%(年率▲1.4%)となった。事前予想コンセンサスと概ね一致し、大方の予想 通り 2 四半期ぶりのマイナス成長となった(当研究所予想は年率▲0.8%) 。 個人消費が前期比▲0.8%(年率▲3.3%)と大きく落ち込んだほか、民間住宅投資が▲1.2%(年率▲ 4.8%)、公的固定資本形成(公共投資)が▲2.7%(年率▲10.3%)と減少したことがマイナス成長の 主因である。住宅投資や公共投資の落ち込みは相続対策ブームや景気対策で盛り上がった反動という 面もあり予想の範囲内であるが、個人消費の低迷は 実質GDPの推移(季節調整値、前期比年率、%) デフレ脱却に向けた懸念材料である。 15 一方で、民間企業設備投資は前期比+1.4%(年率+ 10 5.7%)と 2 四半期連続のプラス、純輸出(輸出-輸 5 入)も輸出を上回る輸入の減少により実質 GDP 成 0 長率に対する寄与度は前期比+0.1%Pt とプラスを ▲5 維持した。設備投資の増勢持続は明るい材料である ▲ 10 が、以下に示す通り持続力が懸念され、輸出が落ち ▲ 15 込んだことは悪材料である。 ( 出所) 内閣府 実質GDP その他 設備投資 純輸出 個人消費 公共投資 2010 2011 2012 2013 2014 2015 予想以上に低迷する個人消費 マイナス成長の主因となった個人消費(家計消費)の内訳を見ると、暖冬で衣料品の販売が不振だっ たことを反映して半耐久財が前期比▲3.7%と大きく落ち込んだほか、耐久財も前期比▲3.1%となり、 全体を押し下げた。また、食料品などの非耐久財(前期比▲0.8%)、サービス(▲0.1%)も減少して おり、暖冬による影響を差し引いても個人消費の基調は極めて弱い。 家計消費の財別推移(季節調整値、前期比、%) 所定内給与の推移(前年同月比、%) 4 1.5 3 1.0 2 1 0.5 0 0.0 ▲1 ▲ 0.5 ▲2 ▲3 その他 非耐久財 耐久財 ▲4 ▲5 ▲ 1.0 半耐久財 サービス 家計消費 ▲ 2.0 2013 ▲6 2010 2011 2012 全体 フルタイム ▲ 1.5 2013 2014 2015 ( 出所) 内閣府 パートタイム 2014 2015 ( 出所) 厚生労働省 個人消費を取り巻く環境は、失業率が 10~12 月平均で約 20 年ぶりの水準となる 3.2%まで低下、所 定内給与(基本給)は 10~12 月期に前年同期比+0.4%と小幅増ながら賃金が底上げされつつあるな ど、着実に改善している。就業形態別に見ても、正社員(フルタイム)が+0.6%と全体を押し上げた が、パートタイムも+0.2%とプラスを維持した。 2 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 そうした中で個人消費が低迷している要因を挙げるとすると、①前回の消費増税(2014 年 4 月)ま での間に耐久消費財需要が思った以上に先食いされたこと、②所得環境の改善が今後も続くと消費者 が信じていないこと、ないしは物価上昇を上回る賃金上昇を見込んでいないこと、③社会保障に対す る不信感を含めた将来の生活(老後)に対する不安、などが考えられる。いずれも解消・改善には時 間を要するものであり、この推察が正しいとすれば、個人消費に景気回復の牽引役を期待することは 難しい。まずは、今年の春闘において基本給の継続的な上昇が担保される必要があろう。 設備投資は予想外の増勢加速 一方で、設備投資が 7~9 月期の前期比+0.7%から 10~12 月期は+1.4%へ増勢を強めており、この 数字が正しいとすれば予期せぬ朗報と言える。日銀短観などで企業の比較的強気な設備投資計画が確 認されていたが、それが徐々に実行されていることを反映したものと評価できよう。 ただし、10~12 月期の実績は、3 月 8 日に公表予定の GDP2 次速報時点で下方修正される可能性が ある。さらに、今後については、今年に入り海外景気に対する見方が一段と悲観的になっていること や、急速に進んだ円高・株安が、企業に設備投資の計画実行を先送りさせる恐れがある。設備投資の 先行指標である機械受注は、2015 年 10~12 月期に前期比+4.3%と持ち直したが、7~9 月期の▲ 10.0%という大きな落ち込みを埋めきれず、均してみれば依然として頭打ちの状況を脱していない。 内閣府による機械受注の 2016 年 1~3 月期予想は前期比+8.6%と増勢を強める見通しであるが、企 業を取り巻く環境は、年明け以降、大きく悪化しており、このまま設備投資が拡大基調を維持できる かどうか予断を許さない。 機械受注と設備投資の推移(季節調整値、年率、兆円) 80 GDP統計の輸出動向(実質季節調整値、前期比、%) 6 12 名目設備投資 機械受注(後方3期移動平均) 75 4 11 2 70 10 65 9 60 8 ▲4 55 7 ▲6 0 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 ▲2 2015 ( 出所) 内閣府 サービス 財貨 実質輸出 2012 2013 2014 2015 ( 出所) 内閣府 輸出は財を中心に再び減少 また、サービスを含む GDP 統計の実質輸出が 10~12 月期に前期比▲0.9%と落ち込んだことは気懸 りである。内訳を見ると、財(モノ)が前期比▲1.1%と 2 四半期ぶりのマイナスに転じ、サービスも +0.1%と概ね横ばいにとどまった。サービスについては、国際収支統計で旅行収支受取の拡大(7~9 月期 7,931 億円→10~12 月期 8,621 億円、季節調整値)が続いた一方で輸送収支の受取が減少(1 兆 850 億円→1 兆 161 億円)したことが示す通り、インバウンド需要の増加が財の輸出落ち込みに伴う 運賃などの収入減に打ち消された。 3 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 2. 今後の見通し マイナス金利の効果は海外発の逆風で埋没 先月号でも触れた通り、年初から円高・株安が進み、1 月 21 日には円が対ドルで 1 ドル=116 円台ま で上昇、日経平均株価は終値で 16,000 円近くまで下落した。その後、1 月 29 日に日銀がマイナス金 利導入を決定したことを受けて、2 月 1 日には円相場が 1 ドル=121 円台へ下落、日経平均株価は 18,000 円近くまで上昇したものの、以降は再び円高・株安地合いで推移している。 イールドカーブの状況(国債利回り、%) 年初来の日経平均株価とドル円相場の推移(円、円/ドル) 19,500 122 19,000 121 18,500 120 18,000 119 17,500 118 17,000 117 16,500 116 16,000 115 15,500 日経平均 114 15,000 ドル円(右目盛) 113 14,500 2015/12/30 0.3 2016/1/29 2016/01/28 2016/02/19 0.1 0.0 ▲ 0.1 ▲ 0.2 ▲ 0.3 112 2016/1/14 2016/02/09 0.2 1年 2016/2/13 ( 出所) C EIC DAT A 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年 ( 出所) C EIC DAT A こうした状況を受けて、一部に日銀が導入したマイナス金利 1が景気に悪影響を与えているという見 方もあるが、それはあまりにも表面的過ぎよう。マイナス金利導入の狙いは、あくまでも市場金利を 全期間に渡って引き下げることであり、実際に国債利回りは 10 年物でも 2 月 9 日にマイナスに転じ るなど幅広い年限で低下、イールド・カーブは大きく下方にシフトした。金融機関の間で取引される 無担保コール翌日物金利も、実際にマイナス金利が適用された 2 月 16 日こそ一時的にマイナスを付 けるにとどまったが(前日は 0.07%)、18 日以降は概ね▲0.01%程度のマイナス水準が定着しており、 金利水準は日銀の狙い通りとなっている。このように、日銀の言うところの「イールド・カーブの起 点」、すなわち短期市場ないしはリスク・フリー金利のマイナス化は、理論上は資金調達コストを全面 的に押し下げ、投資採算の改善や貸出の増加などを通じて景気にプラスの効果を与えることとなろう。 にもかかわらず、2 月に入り再び円高ドル安が進行 日米10年物国債利回りの推移(%、%Pt) しているのは、米国金利の低下によるところが大き 2.5 いと考えられる。日米の国債 10 年物利回りの推移 2.0 を比較すると、日本はマイナス金利導入によって年 1.5 初(1/4)の 0.264%から 2 月 22 日には▲0.05%へ 1.0 低下、低下幅は 0.31%Pt となったが、その間、米 0.5 国では 2.24%から 1.77%へ 0.47%Pt も低下した。 0.0 そのため、日米金利差(米国-日本)は逆に縮小し、 円高圧力となったわけである。 差 ▲ 0.5 2016/1/4 2016/1/14 2016/1/24 2016/2/3 日本 米国 2016/2/13 ( 出所) C EIC DAT A なお、米国債利回りの低下は、米国における今後の利上げのペースが、これまで想定していたよりも 1 日銀は 1 月 29 日、金融機関が日銀に持つ当座預金(日銀当座預金)のうち、特定の残高を上回る部分について、金利を 現行の+0.1%から▲0.1%へ引き下げた。適用は 2 月 16 日からで、対象となる部分の規模は、導入当初時点で 10 兆円程度 となった模様。 4 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 緩やかになるとの市場の見方を織り込んだ結果である。昨年 12 月の利上げ開始時には 2016 年中に 2 ~4 回の追加利上げが見込まれていたが、その後、米国経済の先行きに対する悲観的な見方が強まっ たため、今年に入り 0~1 回程度とみる向きが増えている。 また、日本の株価下落は、円高進行による輸出企業の業績悪化懸念が大きな要因である。加えて、中 国市場や欧米市場での株価下落も投資家のリスク回避姿勢を強めることを通じて日本市場に悪影響を 与えた。中国の代表的な株価指標である上海総合指数は、2015 年末の 3,539 ポイントから 2016 年に 入り急速に下げ足を速め、1 月下旬には 2,600 ポイント台半ばまで約 25%も下落した。人民元相場の 大幅下落が中国からの資金流出加速を、経済指標の悪化が景気低迷の長期化を示唆したほか、昨年の 株価下落時に導入された株価下支え策の一つが期限を迎えたことが背景にある 2。 上海総合指数の推移(1990/12/19=100) NYダウ平均株価の推移(ドル) 19,000 5,500 5,000 18,000 4,500 17,000 4,000 3,500 16,000 3,000 15,000 2,500 14,000 2,000 1,500 2014/1 2014/7 2015/1 2015/7 13,000 2013 2016/1 ( 出所) C EIC DAT A 2014 2015 2016 ( 出所) C EIC DAT A 米国 NY ダウ平均株価(工業株 30 種)も、2015 年末の 17,604 ドルから 2016 年に入り急落、2 月半 ばには 15,000 ドル台半ばまで 1 割強下落した。経済指標の悪化のほか、原油価格の下落がシェール 関連企業へ与える悪影響が改めて懸念されたことが主因とみられる 3。 輸出は持ち直すも円高が重石 実体経済に視線を戻すと、1 月の貿易統計では、輸出が比較的底堅い動きを見せた。価格変動の要因 を除いた数量ベースの輸出動向を示す輸出数量指数は、1 月に前年同月比▲9.1%となり、12 月の▲ 4.4%からマイナス幅が拡大した。ただ、中国向けのマイナス幅急拡大(12 月前年同月比▲2.5%→1 月▲12.1%)が示す通り、主因は中華圏の旧正月(春節)4の影響が今年は 1 月に入り込んだためであ る。例年、中華圏向けの輸出は旧正月の半月ほど前から落ち込むが、昨年の旧正月は 2 月中旬だった ため輸出の落ち込みは大部分が 2 月に入ってからであり、今年は 2 月上旬からのため輸出は 1 月半ば 頃から落ち込んだ。そのほか、EU 向け(12 月+4.9%→1 月▲1.1%)の伸びがマイナスに転じたが、 米国向け(▲8.3%→▲8.4%)は同程度にとどまった。 中華圏の旧正月に加え、年末年始は日本の休暇も変動するため、輸出の基調を正確に把握することは 容易ではない。そのため、季節変動をある程度取り除いた当研究所試算の季節調整値で見ると、1 月 中国経済に関する詳細は、2016 年 2 月 23 日付 Economic Monitor「景気の減速と在庫調整が続く中国経済」参照。なお、 その後の上海総合指数は、人民元相場の落ち着き、株価下支え策の延長、比較的良好だった春節消費に加え、政府による景 気刺激策実施への期待などを材料に、3,000 ポイント近くまで値を戻している。 3 米国経済についての詳細は、2016 年 2 月 23 日付 Economic Monitor「米国経済 UPDATE:年初の波乱を越えて 2016 年 も成長持続」参照。 4 今年の春節休暇期間は 2 月 7~13 日、昨年は 2 月 18~24 日であった。 2 5 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 の輸出数量指数は前月比+2.0%、10~12 月期の水準を 1.3%上回っており、前年同月比で見るほど悪 くはない。仕向地別には、米国向けが前月比+3.1%(10~12 月期比+3.6%) 、EU 向けが▲0.8%(+ 0.6%)、アジア向けが+4.6%(+2.8%) 、うち中国向けが+1.2%(+0.2%)となっており、春節な どカレンダー要因を除けば底堅く推移していることになる。主な地域の財別内訳を見ると、米国向け は鉄鋼が大きく落ち込んだものの全体の約 3 分の 1 を占める自動車関連(完成車、部品)が持ち直し 傾向にある。また、中国向けは自動車関連やプラスチックが落ち込んだ一方で、鉄鋼や半導体が持ち 直している。 仕向地別輸出数量指数の推移(2010年=100) 米国向け輸出数量の推移(2014年Q1=100) 130 150 140 130 米国 EU 合計 アジア 120 ※当研究所試算の季節調整値で最新期は1月単月 110 120 100 110 90 100 80 90 70 80 60 自動車 自動車部品 70 50 鉄鋼 プラスチック 60 2008 ※当研究所試算の季節調整値で、最新期は1月単月 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 40 2010 2016 ( 出所) 財務省 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 財務省 こうした情勢を踏まえると、1~3 月期の財の輸出は横這い程度へ持ち直し、好調なサービス輸出の動 きを併せると GDP ベースの実質輸出は前期比でプラスに転じる可能性があろう。 しかしながら、更に先を見通した場合、少なくとも 2016 年度前半において、最近の円高による影響 は少なからず出てこよう。これまでの大幅な円安は、①現地通貨建て価格の引き下げ余地拡大を通じ て価格競争力を高めるとともに、②現地生産シフトのペースを弱めることによって輸出の減少を抑制 する効果もあったと考えられる。実際には、現地通貨建て価格の引き下げよりも円建て価格の引き上 げによる収益確保を選ぶ企業が多かった模様であり、また、現地生産シフトの動きが続いていること に加え、アジア新興国の景気が総じて予想よりも低調であったうえ、素材分野を中心に中国企業の輸 出ドライブの影響もあり、輸出は数量ベースで目立った拡大には至らなかった。それでも、輸出の落 ち込みを緩和する程度の効果はあったとみられ、最近の円高進行はそれすらも奪い取ると考えるべき であろう。 ただ、このまま円高傾向が続くとも考え難い。市場における現在の米国経済に対する見方は悲観的過 ぎる面が多分にあり、そうした行き過ぎた見方は今後、徐々に修正されよう 5。それにつれて米国の 長期金利も徐々に上昇し、ドル円相場は円安方向に水準を戻していくと予想される。そのため、2016 年度後半以降、日本の輸出は円高の修正を追い風に、再び緩やかな拡大傾向となろう。 所得環境の改善は加速せず個人消費の足取りは重い 個人消費関連では、1 月の主要業態の販売動向と乗用車販売が確認できる。1 月の百貨店売上高(既 存店ベース)は前年同月比▲1.9%となり、12 月の+0.1%からマイナスに転じた。雑貨はインバウン ド需要の大きい化粧品の好調が続き前年を上回る水準を維持したものの、衣料品は暖冬の影響が残り 5 本予測におけるドル円相場の前提は、2015 年度平均 120.3 円、2016 年度 119.0 円、2017 年度 124.5 円。 6 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 冬物衣料の不振により落ち込みが続いたほか、宝飾品などに株価下落の影響が出た模様である。1 月 のスーパー売上高(既存店ベース)は前年同月比+2.3%となり、12 月の前年比横ばいから持ち直し た。暖冬により低迷していた鍋物関連の食料品や冬物衣料が復調しており、百貨店とは異なり暖冬の 影響は一巡しつつある。また、1 月のコンビニ売上(既存店ベース)は前年同月比+1.0%となり、12 月の+1.4%からは伸びが鈍化したがプラスを維持し底堅く推移した。弁当などの惣菜、ソフトドリン クなどの加工食品が好調を維持しており、良好な天候による客足増が販売増を支えたようである。 業態別小売り売上高の推移(前年同期比、%) 乗用車販売台数の推移(季節調整値、万台) 15 20 小売業計 コンビニ スーパー 百貨店 普通車 小型車 軽自動車 18 10 16 14 5 12 0 10 8 ▲5 6 ※直近期は小売業計を除き1月単月。 百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。 ▲ 10 2010 2011 2012 2013 2014 2015 4 2008 2016 ( 出所) 経済産業省、 各業界団体 ※当研究所試算の季節調整値 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 ( 出所) 自動車工業会 1 月の乗用車販売は前年同月比▲4.4%となり、12 月の▲14.6%からマイナス幅が大きく縮小した。し かしながら、当研究所試算の季節調整値では前月比▲2.0%であり基調は弱い。前年比と前月比で評価 が分かれたのは、12 月の前年比大幅マイナスが、前年同月に軽自動車の押し込み販売による大幅増 6の 反動によるものであり実勢を反映していないことが主因である。つまり、乗用車販売の実勢は前月比 が示す一進一退であり、1 月の水準(年率 418 万台)は 10~12 月期(420 万台)を下回っている。 以上の 1 月の指標から見る限り、個人消費は暖冬の影響が薄れ持ち直しの動きが見られるものの、一 方で株安の影響もあり、特に耐久消費財などの高額商品において足取りは重い。さらに、今年の春闘 は賃上げ要求が昨年実績を下回る企業が多い。春闘において重要な外部環境は、企業業績、物価動向、 雇用情勢であるが、企業業績は円高・株安の影響もあって不透明感を強めており、物価は原油価格の 下落に加え円高の進行が下押し要因となるなど、賃上げを要求するにあたり逆風が吹いている。その ため、所得環境は前述の通り改善傾向にあるものの、その動きが加速するほどの状況は期待できない。 そのため、個人消費は、当面、緩やかな拡大にとどまると見込まれる。 2016 年度後半には、2017 年 4 月に予定される消 個人消費の推移(季節調整値、2005年価格、兆円) 費増税を控えて駆け込み需要が発生、個人消費は 325 増勢を強めるとみられる。ただ、その中心となる 320 予想 315 耐久財消費は、これまでの需要の先食いが相当に 310 大きかったため、前回(2014 年 4 月)に比べ増税 305 幅が小さいことを割り引いたとしても、駆け込み 300 需要の規模は比較的小規模となろう。その結果、 2016 年度の個人消費は前年比+1%程度の伸びに とどまると予想する。2017 年度は消費増税による 6 295 290 285 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 ( 出所) 内閣府 軽自動車上位 2 社の年間シェア争いに伴う押し込み販売があった模様。 7 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 購買力の低下により、2015 年度と同様、前年比マイナスに転じよう。 住宅投資の駆け込み需要は小規模に 駆け込み需要という点では、住宅投資の動向も注 目される。日銀のマイナス金利政策により長期金 利が一段と低下、住宅ローン減税は基本的に最大 400 万円まで拡充 7されており、住宅取得環境は極 めて良好である。加えて、小幅とはいえ賃金の上 昇傾向が続いていることは、住宅ローン負担の軽 減につながり住宅取得を促進する要因となる。し かしながら、前回の消費増税から 2 年しか経過し ておらず需要先食いの影響が残っている可能性が 住宅着工戸数の推移(季節調整値、万戸) 14 持家 貸家 分譲 予想 12 10 8 6 4 2 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 ( 出所) 国土交通省 高いことに加え、2015 年からの相続税増税を受けて、税負担軽減を狙った貸家建設が大幅に拡大した こともあり、住宅投資においても駆け込み需要は前回の消費増税時に比べ規模は相当小さくなるとみ ておくべきであろう。 住宅着工戸数は、貸家の増加により 2015 年度は 90.3 万戸程度まで増加するとみられるため(2014 年度 88.0 万戸) 、 その反動が駆け込み需要を減殺し、2016 年度は 93 万戸程度への拡大にとどまろう。 2017 年度は、これらの一時的な拡大要因がともに剥落し、87 万戸程度まで減少すると予想する。 2016 年度にかけて景気は回復に向かうがデフレ脱却に至らず 以上を踏まえて、今後の主な需要の動向を展望すると、2016 年度前半までは弱い海外需要や円高進行 を受けた輸出の伸び悩みに加え、期待外れの所得改善や株安などにより個人消費の回復も遅れるため、 景気は緩慢な拡大にとどまろう。ただ、2016 年度後半には米国経済の堅調な拡大を背景に再び円安傾 向が定着、輸出が持ち直すほか、消費増税前の駆け込み需要により個人消費や住宅投資の増勢が強ま るため、景気の拡大ペースはやや加速すると見込まれる。こうした中で、企業の設備投資も 2016 年 度後半までは増勢を維持するとみられる。この結果、2016 年度の実質 GDP 成長率は、2015 年度の 前年比+0.7%(見込み)から+1.4%へ高まると予想する。 民間設備ストック循環図 期待成長率 2015年Q4 2011年Q1 10 2012年Q1 5 0 2017年Q1 ▲5 2010年Q1 2018年Q1 ▲ 10 1 2.0% 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 ▲1 1.5% ▲2 1.0% 5.5 5.6 予想 除く消費税・食料・エネルギー 需給ギャップ(GDP比) 0 2009年Q1 ▲ 15 ▲ 20 需給ギャップと消費者物価上昇率(前年同期比、GDP比、%) 2 設備投資の前年同期比(%) 15 ▲3 0.0% 0.5% 5.7 5.8 5.9 6.0 前期のIK比率(%) ▲4 2010 ( 出所) 伊藤忠経済研究所による試算 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 ( 出所) 内閣府、 総務省 正確には、毎年、住宅ローン残高の 1%ないし 40 万円を上限として 10 年間、所得税額から控除。一定の条件を満たす住 宅の場合は年間 50 万円、総額 500 万円が上限となる。2019 年 6 月までの措置。 7 8 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 しかしながら、この程度の成長では、デフレからの脱却を確実にすることは難しい。デフレ圧力の指標 となる需給ギャップ(需要と供給力との差)を内閣府の試算 8をベースに試算すると、2015 年 7~9 月 期の GDP 比の▲1.3%から 10~12 月期のマイナス成長によって▲1.8%へ拡大、以降は上記の通り景 気(需要)の拡大が続くことから 2017 年 1~3 月期には需給ギャップが解消すると見込まれる。 ただ、2017 年 4~6 月期には消費増税による需要の落ち込みが見込まれる。2017 年度の実質 GDP 成 長率は前年比+0.1%と横ばい程度にとどま 日本経済の推移と予測(年度) るとみられ、需給ギャップは再び拡大、需給 面からのデフレ圧力解消は先送りされる。 さらに、現実の物価上昇率の低下が期待イン フレ率を抑制、言い換えるとデフレ・マイン ドを呼び戻し、経済活動を委縮させる恐れが ある。2015 年度の消費者物価指数(生鮮食 前年比,%,%Pt こととなる。弱い需要と円高の進行が、期待 と現実の両面からデフレ脱却を阻むことと なろう。 なお、2017 年度の消費者物価上昇率は前年 2017 予想 予想 1.4 0.1 国内需要 2.4 ▲1.5 0.6 1.5 ▲0.3 民間需要 2.2 ▲1.9 0.6 1.8 ▲0.5 2.3 ▲2.9 ▲0.4 1.0 ▲0.5 8.8 ▲11.7 1.1 0.9 ▲6.2 実質GDP 個人消費 住宅投資 設備投資 を主因に前年比横ばいにとどまるとみられ 輸入品価格の下落が物価全体を下押しする 2016 予想 0.7 政府消費 入れを見込んでも 2015 実績 ▲1.0 在庫投資(寄与度) 9、既に進んだ円高による 2014 実績 2.0 品を除く総合)は、原油など資源価格の下落 るが、2016 年度についても、原油価格の底 2013 3.0 0.1 2.3 4.5 ▲1.8 (▲0.3) (0.5) (0.3) (0.1) (0.4) 1.6 0.1 1.3 1.0 0.8 10.3 ▲2.6 ▲2.1 ▲2.0 ▲2.9 (▲0.3) (0.8) (0.1) (▲0.1) (0.4) 4.4 7.8 0.3 2.4 3.9 6.7 3.3 ▲0.1 3.2 1.6 名目GDP 1.7 1.5 2.2 2.1 1.6 実質GDP(暦年ベース) 1.4 ▲0.0 0.4 0.9 0.7 鉱工業生産 3.3 ▲0.5 ▲0.5 3.9 0.6 失業率(%、平均) 3.9 3.6 3.3 3.2 3.2 消費者物価(除く生鮮) 0.8 2.8 0.0 0.4 2.0 公共投資 純輸出(寄与度) 輸 出 輸 入 (出所)内閣府ほか、予想部分は当研究所による。 比+2.0%程度を予想しているが、うち 1.4% Pt 程度は消費増税分であり、実態は+0.6%程度である。日銀は消費者物価上昇率が 2%となる目標時 期を 2017 年度前半へ先送りしたが、その達成は極めて困難であろう。 限られる政策対応余地 こうした状況の中で、デフレ脱却を確実にするための数少ない選択肢の一つとして、まずは日銀の追 加緩和に市場の期待が高まっている。 次回の金融政策決定会合は 3 月 14~15 日に予定されているが、 その時点で為替相場の円高地合いが続いていれば、自ら設定した物価目標の達成確率を上げるため、 追加緩和を迫られるであろう。今回は、政策金利のマイナス幅を更に拡大するとともに、その効果を 高めるため 1 月のマイナス金利導入時に見送った量的な拡大、つまり国債や ETF などの買い入れ額 の増額をメニューに加えると予想される 10。 もう一つの有力な選択肢は、消費増税の先送りであろう。賃金の上昇ペースが緩慢なため、現時点で は前回の消費税率引き上げ幅 3%を所得の増加によってほとんど補えていない。そうした中での更な 内閣府は 12 月 18 日、2015 年 7~9 月期時点の需給ギャップを GDP 比▲1.3%とする試算結果を発表している。なお、こ の試算の前提となる潜在成長率は 0.4%であった。 9 本予測における原油価格(WTI 先物)の前提は、2015 年度平均 44.1 ドル、2016 年度 33.5 ドル、2017 年度 39.0 ドル。 10 本予測においては、3 月ないしは 4 月の追加緩和を前提としている。 8 9 日本経済情報 伊藤忠経済研究所 る消費税率の引き上げは、消費者に対する大きなデフレ圧力となり、デフレからの脱却を妨げること になる。増税先送りは財政健全化の遅れにつながるが、一方でデフレ下に比べ、経済成長を阻害しな い程度のインフレ下の方が遥かに速く財政再建が進むことも事実である。いずれが最終的に財政健全 化への近道なのか、冷静かつ柔軟に判断することが必要であろう。5 月 18 日に発表される 2016 年 1 ~3 月期の実質 GDP 成長率や今後の為替相場の動向次第の部分はあるが、7 月に予定される参議院選 挙が消費増税先送りの是非を問う場となる可能性はあろう。 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊 藤忠経済研究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負い ません。見通しは予告なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と 整合的であるとは限りません。 10
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