景気の減速と在庫調整が続く中国経済

Feb23, 2016
No.2016-005
伊藤忠経済研究所
Economic Monitor
主任研究員 武田 淳 03-3497-3676 [email protected]
主任研究員 須賀 昭一 03-3497-3678 [email protected]
景気の減速と在庫調整が続く中国経済
2016 年に入ってからの中国経済は、個人消費はサービス消費を中心に底堅い動きを見せている
ものの、製造業 PMI 指数が引き続き 50 割れ、輸出も弱い動きとなるなど、減速が続いている。
製造業 PMI の在庫指標が減少を表していることから、在庫調整は進展していることがうかがえ
るが、生産者物価は低下が継続しており、需給の状況は改善が見られない。今後は、来月上旬に
全人代の開催を控えて、景気を下支えする政策が打ち出されるかが注目される。
景気の減速と在庫調整の動きは継続
1 月は、工業生産、小売販売(社会商品小売総額)、固定資産投資といった主要経済指標が公表されないこ
とに加え、年によって日程が変わる春節(旧正月)の影響を受けるため、景気動向の詳細な把握は困難で
あるが、現時点までに発表された経済指標及び定性的な情報から判断する限り、中国経済は 2016 年に入
ってからも緩やかな減速が続いている。
まず、景況感を表す PMI について見ると、
製造業は先月より低下し(2015 年 12 月 49.7→2016 年 1 月 49.4)、
6 ヵ月連続で好不調の境目となる 50 を割り込んだ。サブ指標を見ると、生産は引き続き 50 台で推移して
いるものの先月より低下、新規受注は 50 を割り込むなど、需要の弱さから生産を抑制する動きは続いて
いる(生産:12 月 52.2→1 月 51.4、新規受注 12 月 50.2→1 月 49.5)
。一方、非製造業は、1 月は 53.5 と、
12 月の 54.4 より低下したものの、依然として 50 を大きく上回って推移している。
このように、製造業の景況感は悪化が続いているが、PMI のサブ指標のうち、製造業の製品在庫(12 月
46.1→1 月 44.6)や原材料在庫(12 月 47.6→1 月 46.8)は、それぞれ 50 を下回って推移していているこ
とから、製造業において在庫抑制が進展しており、とりわけ製品在庫は 4 カ月連続で低下が続いているこ
とから在庫削減が加速していることが示唆される。
PMI(担当者購買指数・在庫)の推移(中立=50)
PMI(担当者購買指数)の推移(中立=50)
60
60
58
58
56
改善
在庫増
56
54
54
52
52
50
50
48
48
46
46
44
製造業
非製造業
42
新規受注(製造業)
生産(製造業)
悪化
44
製品在庫(製造業)
42
原材料在庫(製造業)
在庫減
40
40
2012
2013
(出所)中国国家統計局
2014
2015
2016
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)中国国家統計局
生産抑制と在庫調整の継続にもかかわらず、製品需給のバロメーターとなる生産者物価(企業間の取引物
価)は、依然として前年比で大幅なマイナスが続いており、需給の状況は悪い。ただ、1 月の生産者物価
は 10 カ月ぶりに、前月からマイナス幅が縮小(12 月前年比▲5.9%→1 月▲5.3%)、これは主に、川上で
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊藤忠経済研
究所が信頼できると判断した情報に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告
なく変更されることがあります。記載内容は、伊藤忠商事ないしはその関連会社の投資方針と整合的であるとは限りません。
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ある生産財のマイナスの伸びの縮小(12 月前年比▲7.6%→
生産者物価の推移(前年同月比、%)
1 月▲6.9%)によるものである1。さらに生産財のうち、専
10
8
ら国際的な資源安に影響された原油ガスや鉄鉱石などの鉱
工業製品
うち生産財
うち消費財
6
産物のマイナス幅は拡大した一方で(12 月前年比▲19.7%
4
2
→1 月▲19.8%)、原材料(12 月前年比▲10.3%→1 月▲
0
9.1%)や加工品(12 月前年比▲5.4%→1 月▲4.9%)のマ
▲2
イナス幅は縮小しており、製品需給の一部に改善の兆しが見
▲4
られる。なお、国家統計局は、生産者物価のマイナス幅縮小
▲6
▲8
について、2015 年 1 月のマイナス幅が大きかったこと(2014
年 12 月▲3.3%→2015 年 1 月▲4.3%)の反動と説明してお
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)中国国家統計局
り、製品需給の状況が改善したかどうか見極めるには、もう少し時間を要しよう。
輸出は弱い動き
需要動向を見ると、1 月の輸出は、弱い動きとなっており、
仕向地別の通関輸出の推移(季節調整値、百万ドル)
当社試算の前期比(季節調整値)では、1 月は 10~12 月期と
1,200
比べて▲5.1%と、10~12 月期+2.5%から伸びはマイナスに
1,000
転じている。仕向地別に見ると、米国、日本向けは引き続き
800
700
▲2.6%→1 月 10~12 月期比▲3.5%、日本向け:10~12 月
500
期▲2.0%→1 月▲2.3%)
、持ち直しつつあった ASEAN 向けも
300
し、春節休暇が昨年より 10 日余り前倒しになり2 、1 月の輸
米国
アセアン
900
減少傾向にあることに加えて(米国向け:10~12 月期前期比
減少に転じている(10~12 月期+2.1%→1 月▲2.6%)。ただ
日本
EU
1,100
600
400
200
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)中国海関総署
(注)当社試算の季節調整値。最新期は1月単月。
出は、本来 2 月に予定されていた出荷が 1 月に前倒しされて水準を押し上げている部分と、1 月に予定さ
れていた出荷が昨年 12 月に前倒しされて水準を押し下げている部分の影響が考えられるため、1 月単月だ
けで輸出の動きの正確な判断は困難であることには留意する必要がある。
個人消費は底堅く推移
個人消費について、1 月分の小売統計は発表されないが、乗用
自動車販売台数の推移(季節調整値、年率、万台)
車販売台数や春節休暇期間の消費動向から判断すると、底堅い
2,800
動きが続いているようである。小売販売額の 2 割以上(2015
2,600
年)を占める乗用車販売台数は、自動車購入税引き下げ実施(10
月 1 日)後の 10~12 月期と比べると、前年比の伸びは低下し
2,400
2,200
2,000
(10~12 月期前年同期比+18.6%→1 月前年同月比+9.4%)、
1,800
当社試算の季節調整値による台数ベース(年率)で見ても減少
1,600
しているが(10~12 月期 2,409 万台→1 月 2,254 万台)、自動
自動車販売台数
うち乗用車
1,400
1,200
車購入税引き下げ実施以前からの傾向を見ると、おおむねトレ
ンド線上にあることが確認でき、中期的な拡大基調を維持して
1
2
(出所)中国汽車工業協会
(注)当社試算の季節調整値。最新期は1月単月。
消費財は、マイナス幅が拡大している(12 月前年同月比▲0.4%→1 月▲0.5%)
。
2015 年 2 月 18 日~24 日、2016 年 2 月 7 日~13 日。
2
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いると言えよう。
春節休暇期間の個人消費は総じて好調である。小売・飲食3は堅調な伸びを維持し(2015 年前年同期比+
11.0%→2016 年+11.2%)、国内旅行者数(2015 年前年同期比+12.9%→2016 年+15.6%)や旅行関連消
費(2015 年+14.6%→2016 年+16.3%)4、映画チケットの売上げの伸びは高まるなど(2015 年+36%→
2016 年+67%5)
、サービスは増勢を強めている。
金融市場は一旦落ち着きを取り戻す
春節休暇明けの動向が注目されていた金融市場は、ひとまず落ち着きを取り戻している。人民元相場は、
休暇明け初日の 2 月 15 日に、当局が発表する基準値が前日比▲0.3%と大幅に引き上げられたことや、春
節休暇期間中の 13 日に周小川人民銀行総裁が、
「資本の越境の状況は正常の範囲内であり、人民元安が長
く続く根拠はない」と述べたことを好感し、約 6 か月ぶりに対ドルで大幅な上昇(前日比+1.2%)を見せ、
22 日現在まで、年初来比で元高の状態が継続している。
また、株式市場も、李克強総理による景気下支え策実施を示唆する発言(詳細後述)
、新規貸出額(1 月)
の大幅増(12 月 5,978 億元→1 月 2.5 兆元)6、人民元相場の落ち着きなどを好感し、16 日の上海総合株
価指数は、前日比+3.3%と大幅に上昇し、その後もおおむね横ばいの状況が続いている。ただし、前回7指
摘したように、中国の株式市場においては、依然として上海市場の信用買い残高の水準は高く、深セン市
場の PER の割高感も顕著であるため、株価下落リスクは払しょくされていない。加えて、景気の減速が続
き、在庫調整にめどがつかない中で、企業の業績も当面は改善を見込めないため、株式市場はしばらく軟
調な地合いが続くと考えられる。
上海総合株価指数の推移(1990年12月19日=100)
5500
人民元相場の推移(元/米ドル)
6.90
5000
6.80
4500
6.70
4000
6.60
3500
6.50
3000
6.40
2500
6.30
2000
6.20
1500
6.10
6.00
2010
(出所)上海証券取引所
3
人民元
安
人民元
高
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)中国銀行
商務部。
国家旅遊局。なお、旅行関連消費の内訳は、飛行機や鉄道の利用、観光スポット、ホテル、飲食店などの売上げ。
5 国家新聞出版広電総局。
6 春節前の資金需要増加も一因として、マネーサプライ(M2)や資金供給量の総額を表す社会融資総量もそれぞれ伸びが高まっ
ている(M2:12 月前年同月比+13.3%→1 月+14%、社会融資総量:12 月+6.6%→1 月+67.1%)
。なお、社会融資総量について
は、内訳の約 7 割を占める人民元建て貸出の増加が寄与していると見られる(人民元建て貸出 12 月+19.4%→1 月+72.7%)
。
7 2016 年 1 月 21 日付「在庫と過剰設備の調整局面が続く中国経済」
3
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今後の政策動向に注目
今週 26~27 日には上海で G20 財務大臣・中銀総裁会合が、その翌週の 3 月 5 日からは一年に一回の全国人民
代表大会(全人代、国会に相当)が開催され、2016 年から始まる新しい五ヶ年計画や 2016 年の経済政策が策
定されるなど、中国政府が新たな政策スタンスや具体策を国内外に表明する政治イベントが予定されている。
とりわけ、
「第 13 次五ヶ年計画(2016~2020 年)
」や 2016 年の経済政策の具体的な内容が注目されるが、こ
れまでは、リーマンショック後の巨額な財政出動による後遺症にいまだに悩まされている経験から、中国政府
が短期的な景気下支え策を打ち出す可能性は低く、戸籍改革、過剰生産能力削減などの中長期的な構造改革の
ための政策が中心となると見込まれていた8。
しかしながら、春節休暇前後から、政府が景気下支え策を実施する可能性を示唆する政府首脳の発言や、
関連施策について政府機関の発表が相次いでいる。2 月 14 日の国務院常務会議(閣議に相当)において、
李克強総理は、「経済が合理的な範囲から下振れする兆候が表れたら断固とした政策手段を取る」と発言
した9。ここでいう「合理的な範囲」とは、2016 年の経済成長率目標に設定される見込みの「6.5%~7%
成長」10を指し、
「断固とした政策手段」とは、財政支出11と金融緩和を想定していると思われる。すなわ
ち、経済成長率 6.5%が下振れする予兆が見られれば、即座に財政支出や金融緩和を政策ツールとして打
ち出す準備があることを示唆している。
そのため、全人代において、中長期的な構造改革政策のみならず、成長率の予想以上の低下を見越して従
来のスタンスを修正し、短期的な景気下支え策を打ち出すかどうかが今後の中国経済の行方を左右するこ
ととなろう。
8
最近も、安定成長の維持や産業構造の転換を目的として、新興産業向けの融資拡大、生産過剰産業への融資抑制などを促進す
る方針を打ち出されている(中国人民銀行、国家発展改革委員会、工業情報化部、財政部、商務部、銀行業監督管理委員会、証
券監督管理委員会、保険監督管理委員会「関於金融支持工業穏増長調結合増効益的若干意見」2016 年 2 月 16 日)
。
9 中央政府ポータルサイト「李克强春節後首次発話:中国経済在挑戦中越戦越勇!
」2016 年 2 月 15 日。
10 2 月 3 日に、国家発展委員会の徐紹史主任は、
「政策道具箱の中にはまだ多くの政策が用意されているため、我々は合理的な範
囲内で経済を運営していくことが可能であり、今年の経済成長目標は 6.5%~7%とする」と述べた。
11 マクロ経済政策を所管する国家発展改革委員会も、14 日に発表した声明の中で、
「2016 年は、投資が経済成長のカギとなる役
割を十分に果たすように、有効性の高い投資を積極的に拡大する」としている(国家発展改革委員会「2015 年促投資穏増長『組
合拳』全面発力」2016 年 2 月 14 日)
。
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