リサーチ TODAY 2016 年 2 月 29 日 ユーロ圏の国債は地方債に相当、国債の規制強化は当たらず 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 バーゼル銀行監督委員会は、ソブリンリスク(国債の保有をはじめ、政府や中央銀行、政府関係機関等 に対する信用供与に係るリスク)の規制上の取り扱いについて見直しを行っている。先行して議論が行わ れているユーロ圏では、銀行のソブリンに対する信用供与について、リスクウェイトを引き上げることや、国 ごとに上限を設けること等の規制強化案が検討されている。みずほ総合研究所は、この見直しについての リポートを発表している1。日本のような通貨発行権を有する国と、ユーロ圏各国のような通貨発行権の無い 国とでは、後述の通り、発行する国債の性格が大きく異なる。そうした中で、グローバルにソブリンリスクへの 規制が強化された場合には、邦銀をはじめとする国債保有量の大きい銀行のみならず、日本を含む各国 の財政政策や金融政策にも幅広く影響が及ぶ可能性がある。日本は、ドイツ等が主導するこの見直しに慎 重に対応する必要があり、ユーロ圏各国とユーロ圏外の先進国とでは置かれた環境が全く異なることを強く 主張すべきだ。 下記の図表はユーロ圏における国家財政と銀行財務の負の連鎖を示す概念図である。ここでの「負の 連鎖」とは、国家財政が悪化すれば国債の価値の低下を通じて銀行財務が悪化し、銀行財務が悪化すれ ば国家による銀行救済を通じて国家財政が悪化するという悪循環を指す。この問題に対して、ドイツは、銀 行が自国国債を大量に保有していることが、国家財政が銀行財務に悪影響を及ぼす原因であり、財政規 律の緩みにもつながっているとして、銀行による自国国債の保有に対する規制の強化を主張するようにな った。その後、ユーロ圏内で結論が出る見通しが立たないなか、ECBをはじめとするユーロ圏レベルの金 融当局は、規制強化についてグローバルなレベルでも検討することを求めるようになった。 ■図表: 国家財政と銀行財務の負の連鎖 ユーロ圏 財政の悪化した 加盟国を支援・ 救済 財政政策の 「裁量と責任の 不一致」 銀行救済費用の負担 ユーロ圏首脳会議 ユーログループ 各国が国内の 財政政策を決定 支援・救済 国家財政の 悪化 負の 連鎖 銀行財務の 悪化 欧州中央銀行(ECB) 欧州金融安定ファシリティ(EFSF) /欧州安定メカニズム(ESM) 保有国債の価値下落 (資料)みずほ総合研究所作成 1 リサーチTODAY 2016 年 2 月 29 日 ただし、先述のようなドイツの主張は、ユーロ圏特有の問題に対処するための議論であり、グローバルな レベルで検討する際には、ユーロ圏の内と外の先進国間の違いを念頭に置く必要がある。英国のかつて の金融監督機関である旧FSA(金融サービス機構)のターナー卿は、ソブリンを「完全なソブリン(full sovereign)」と「副次的ソブリン(subsidiary sovereign)」の2種類に分類する考え方を示している。ここで、完 全なソブリンには、基軸通貨を発行できる米国のような国か、通貨発行権を有し経常収支が黒字で自国内 においてファイナンスが可能な日本のような国が該当する。このような国は、金融政策の自由度が高く、債 務を自国でマネタイズすること(政府が発行した国債等を中央銀行が通貨を増発することにより直接引き受 けること)ができ、通貨調整を行うことも可能である。一方、副次的ソブリンには、国債の発行主体が通貨発 行権を持たないユーロ圏各国等が該当する。このような国は、国債を発行しても、それを中央銀行が自由 裁量でマネタイズすることができず、通貨調整も十分に行うことができないことから、ソブリン性の重要な要 素が充たされていないと考えられる。ドイツであっても定義上は副次的ソブリンとなる。世界の中で「リスクフ リー」と位置づけられる国債は極めて限られるが、その有力な条件の一つは完全なソブリンが発行したもの であるということだろう。 ■図表:ISバランスの4類型と金融危機 国内貯蓄 財政状況 米 国 経常収支 備考 「双子の赤字」だが、基軸通貨で、 「full sovereign(完全なソブリン)」 「full sovereign(完全なソブリン)」 赤字 赤字 大幅赤字 日 本 2001 年アルゼン チン等、途上国 危機 大幅黒字 赤字 黒字 赤字 赤字 赤字 通貨調整あり、 ただし、「sovereign」自体に議論 ユーロの PIIGS 赤字 赤字 赤字 通貨調整困難で、「subsidiary sovereign (副次的ソブリン)」 (資料)『国債暴落』(高田 創 中央公論新社 2013 年) ユーロ圏各国の国債は、日本で例えると、地方交付税措置が十分に働いていない地方債のようなものだ。 本来「地方債」に過ぎないユーロ圏各国の国債に特有な問題を、グローバルなレベルで議論することには 違和感がある。東京都債にあたるドイツ国債と、完全なソブリンが発行する一般的な国債とでは前提が大き く異なる。日本は、ソブリンリスクに関する規制の見直しにあたって両者を区別すべきであることを主張する 必要がある。一方、イタリアをはじめとする南欧諸国は、国債の問題の前に民間貸出における不良債権問 題を抱えている。バランスシート調整の過程において不良債権の処理が十分に済んでいないなか、依然、 100%を超える預貸率にあることは資金繰りの観点から問題も含む。さらに、昨今、南欧国債のクレジットス プレッドが再び拡大する可能性も生じており、南欧諸国は、不良債権、国債リスクの双方の問題を抱え、満 身創痍の状況にある。 1 佐原雄次郎 「銀行の国債保有に係る規制の強化」(みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2016 年 2 月 12 日) 筆者の都合により、3 月 1 日(火)から 4 日(金)は休刊とさせていただきます。 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
© Copyright 2025 ExpyDoc