技術情報 - Sigma

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技術情報
細胞培養の基本
微生物学的安全キャビネット
作業表面と床
微生物学的安全キャビネットは、正しく使用すれば実験者を
エアロゾルから保護しながら製品の清潔な作業環境を確保で
きるため、最も重要な設備であるといえます。これらのキャ
ビネット内では、HEPAフィルターを用いて実験者や製品を
保護します。封じ込めのレベルは、使用するキャビネットの
種類によって異なります。外気への排出用のダクトを設置で
き、また外気への排出前にもう1つHEPAフィルターを設置し
て再循環させることも可能です。
清潔な作業環境を維持するために、実験台、壁、床といった
実験室の表面は、平らで、清掃しやすいものにしてください。
また、水やその他の化学物質(酸、アルカリ、溶媒、消毒剤
など)にも耐性をもっている必要があります。液体窒素で物
質を保管する際に使用する区域の床には、液体窒素の漏出に
備えて、ひび割れにくい材質を適用してください。さらに、
床と壁のつなぎ目を清掃のしやすい曲面にして、ほこりが積
もらないようにしてください。窓は密閉してください。作業
面の高さは、作業しやすいように調節してください。
技術情報
キャビネット内のTryptose Soya Broth寒天設置プレートに
よる環境モニタリングを4時間以上行なうことで、キャビネッ
トの清潔度を正確に測定できます。このプレート上で細菌ま
たはカビが増殖してはいけません。
ほとんどの動物細胞培養にはクラスIIキャビネットで十分で
す。しかし、個々の研究についてハザードリスクを評価する
ようにしてください。場合によっては、既知のウイルスによ
る感染や未知の感染源といった付加的な要因により、より高
レベルな封じ込めが必要になります。
遠心分離機
遠心分離機は、多くの細胞株の継代培養手順の一部として、
また、凍結保存細胞の調製手順の一部として、組織培養にお
いて日常的に使用されています。その性質から、遠心分離機
によるエアロゾルの排出は避けられませんが、このリスクは
最小限にする必要があります。密封バケツ付きモデルを用い
ることにより、エアロゾルを最小限に抑えることができます。
ふたを開けることなく内容物を観察することができるという
点で、遠心分離機のふたは透明であることが理想的といえま
す。ふたを開けずに観察することにより、遠心分離中にチュ
ーブが破損した場合でも、実験者が有害物質に暴露される危
険性が低下します。チューブに内容物を入れ過ぎないように
常に注意し、向かい合うチューブ同士のバランスを正確に保
つようにしてください。これは簡単な処置ですが、エアロゾ
ルの発生する危険性を低下させることができます。遠心分離
機は、清掃やメンテナンスに不都合がない位置に設置してく
ださい。また、腐食が生じていないかどうかを頻繁に確認す
る必要があります。
インキュベーター
細胞培養では、増殖環境を厳密に管理する必要があります。
温度、湿度、CO2濃度などの正しい増殖条件を安定して制御で
きるよう、専用のインキュベーターが日常的に使用されてい
ます。一般的には、28°C(昆虫細胞株)から37°C(哺乳動物
細胞株)の温度範囲でインキュベートするように、また、必
要な濃度(5∼10%など)のCO2を供給するように設定するこ
とができます。O2濃度を調節できるインキュベーターもあり
ます。さらに、銅でコーティングされたインキュベーターも
販売されています。このインキュベーターについては、銅の
微生物阻害作用によってインキュベーター内での微生物コン
タミネーションの危険性が低下すると報告されています。ま
た、インキュベーターの水受け皿に水浴処理剤Sigma Clean
(製品番号S 5525)を添加しても、水受け皿で細菌やカビが
増殖する危険性を低下させることができます。しかし、日頃
から清潔にしておくことが最も重要です。
(注:Sigma Clean
(製品番号S 5525)は、吸入や皮膚への付着、または飲み込
んだ場合に有害で、強力な刺激性があります)
プラスチック製品と消耗品
チューブやピペットといった付随する消耗品も含め、ほとん
どすべての細胞培養容器は使い捨て、滅菌包装済みのプラス
チック製品として販売されています。このようなプラスチッ
ク製品を使用すると、ガラス製品を繰り返し使うよりも費用
効率が高く、より高レベルの品質保証が可能となり、また洗
浄や滅菌の手順をバリデーションする必要もなくなります。
プラスチック製培養フラスコは通常、足場依存性細胞の接着
を促進させる目的で、表面に親水性処理が施されています。
実験区域の手入れとメンテナンス
清潔で安全な作業環境を維持するためには、整理整頓が重要
です。もちろん、漏出物は何であってもただちに処置する必
要があります。また、微生物学的キャビネットの内外、床、
遠心分離機といったすべての備品や機器の全作業表面の洗浄
を含め、日常的に清掃を行なうようにしてください。加湿イ
ンキュベーターは、水受け皿でのカビや細菌の増殖という、
定期的な洗浄以外では避けることができないコンタミネーシ
ョンの危険性があるため、特に注意が必要です。主要な機器
にはすべて定期点検を行なうようにしてください。
消毒
培養廃棄物や作業表面、機器などの消毒や浄化は、コンタミ
ネーションによる被害を最小限に抑えるための重要な処置で
す。
消毒剤は以下の4種類に分類されます。それぞれの特徴を、下
記にまとめました。
次亜塩素酸塩:
• 広い用途に用いることができる消毒剤です。
• ウイルスに有効です。
• 金属を腐食させるため、遠心分離機などの金属面には使用
できません。
• 有機物で容易に不活性化されるため、毎日新しく調製する
必要があります。
• 一般的な表面消毒用としては1,000 ppm、ピペットを洗浄
した後の廃液などを入れる廃液びんには2,500 ppm、組織
培養で生じた廃棄物や漏出物には10,000 ppmで使用してく
ださい。
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細胞培養の基本
ホルムアルデヒドを使用してキャビネットや実験室を燻蒸消 血病、リンパ腫)由来細胞株は浮遊状態で増殖する傾向があ
毒する場合、次亜塩素酸塩と反応して発癌性物質を生じるた りますが、固形組織(肺、腎臓)由来細胞株は単層状態で増
め、消毒前に必ずすべての次亜塩素酸塩を除去してください。 殖する傾向があります。接着細胞は、BAE-1などの内皮細胞、
HeLaなどの上皮細胞、SH-SY5Yなどの神経細胞、MRC-5な
フェノール系消毒剤:
どの線維芽細胞に分類することができ、それぞれの形態は由
• ウイルスには有効ではありません。
来している組織内部を反映しています。
• 有機物の存在下でも消毒性を維持します。
• 脱水と固化によって消毒を行ないます。
• 細菌に有効です。エタノールはほとんどのウイルスに有効
ですが、被膜のないウイルスには効きません。
• イソプロパノールは、ウイルスには有効ではありません。
アルデヒド(グルタルアルデヒド、ホルムアルデヒドなど)
• アルデヒドは刺激剤であるため、感作を考慮して使用を制
限する必要があります。
• グルタルアルデヒドは、次亜塩素酸塩溶液を使用すると損
傷や腐食の可能性がある遠心分離機の回転筒やステンレス
製機材の洗浄といった、次亜塩素酸塩の使用が適さない状
況で利用することができます。
細胞培養の主な種類
初代培養
初代培養は、切除した正常な動物組織をそのまま用いるもの
で、移植片培養として、または酵素消化によって単一の浮遊
細胞に分離した後に培養されます。このような培養は、最初
は不均一ですが、やがて線維芽細胞が大半を占めるようにな
ります。初代培養の調製は手間がかかり、しかもin vitro のみ
で限られた期間しか維持することができません。初代培養細
胞は通常、その短い寿命の間、細胞のin vivoでの分化特性の多
くを保持しています。
連続培養
連続培養は、限られた細胞分裂回数(約30回)までしか増殖
できないか、または無限に培養中で連続増殖することのでき
る、単一の細胞型から成っています。限られた寿命をもつ細
胞株は通常、二倍体であり、ある程度の分化状態を維持して
います。このような細胞株が約30回分裂した後に老化すると
いう事実から、そのような株の長期維持を目的とした親株常
用バンク(Master and Working Bank)システムの構築が不
可欠であるといえます。
無限増殖の可能な連続継代細胞株は、腫瘍細胞への形質転換
によって無限増殖を可能にしていることがほとんどです。腫
瘍細胞株の大部分は、実際の臨床癌に由来していますが、ウ
イルス癌遺伝子や化学処理によって形質転換を誘導すること
もできます。形質転換された細胞株は、事実上無限に入手可
能であるという利点がありますが、その反面、本来のin vivoで
の特性がほとんど失われているという欠点もあります。
培養の形態学
形態学的に見ると、細胞培養は2種類のうちどちらかの形態で
増殖します。すなわち、浮遊状態(個々の細胞または浮遊す
る小さな細胞塊)での増殖、または単層状態(組織培養フラ
スコに接着した細胞)での増殖です。細胞株の形態は、その
細胞が由来している組織を反映しており、たとえば血液(白
細胞環境
(培地の種類を含む)
大まかにいうと、培養細胞には無菌的環境と増殖のための栄
養補給が必要です。さらに、培養環境についてはpHと温度が
安定している必要があります。過去30年間にわたり、既知組
成の基礎培地が数多く開発され、現在販売されています。当
初は、哺乳動物の心臓組織の収縮性を維持する目的で平衡塩
溶液が使用され、哺乳動物の初代培養細胞研究での使用を目
的としてTyrode塩溶液(製品番号 T 2397)が製造されまし
た。以降、改良によって、アミノ酸、ビタミン類、脂肪酸、
脂質の含有量が増大しました。その結果、現在では様々な細
胞種の増殖を維持しうる培地が使用できるようになっていま
す。多くの培地の正確な組成は、各成分の濃度を最適化する
ことで得られます。表1に、培地の種類とその用途を示します。
表1 培地の種類とその用途
種類
例
平衡塩溶液
PBS, HBSS, EBSS
多くの複合培地のベースに
DPBS (Prod. Code D 8537/D 8662) なります。
HBSS (Prod. Code H 9269/H 9394)
EBSS (Prod. Code E 2888)
基礎培地
MEM (Prod. Code M 2279)
初代培養および二倍体細胞培養
DMEM (Prod. Code D 5671)
高濃度のアミノ酸、ビタミン類
を含有するMEM改変培地です。
ハイブリドーマをはじめ、様々
な細胞型に適しています。
GMEM
(Prod. Code G 5154)
BHK-21細胞用に調製した
Glasgow MEM改変培地です。
RPMI 1640
(Prod. Code R 0883)
ヒト白血病細胞由来の培地です。
ハイブリドーマをはじめ、様々
な哺乳動物細胞に適しています。
Iscoves DMEM
(Prod. Code I 3390)
さらに強化したDMEM改変
培地で、高密度での増殖に適し
ています。
Leibovitz L-15
(Prod. Code L 5520, liquid)
無CO2環境用に調製されて
います。
Graces Insect medium
(Prod. Code G 8142)
Schneiders Insect medium
(Prod. Code S 0146)
昆虫細胞培養用に調製されて
います。
CHO (Prod. Code C 5467)
無血清での用途に使用します。
Ham F10 and derivatives
Ham F12 (Prod. Code N 4888)
DMEM/F12 (Prod. Code D 8062)
注:インシュリン、
トランスフェリン、上皮細胞
増殖因子などの添加物を
加える必要があります。通常、
HEPESで緩衝されています。
Serum-Free Insect Medium 1
(Prod. Code S 3777)
特にSf9昆虫細胞用として調製
されています。
複合培地
無血清培地
昆虫細胞
培養用培地
用途
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アルコール(エタノール、イソプロパノールなど):
• 有効濃度:エタノール70%、イソプロパノール60∼70%
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細胞培養の基本
標準培地の基本構成成分
• 無機塩
• 炭水化物
• アミノ酸
• ビタミン
• タンパク質、ペプチド
• 脂肪酸、脂質
• 血清
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各構成成分には、下記のような具体的な役割があります。
無機塩
培地に含有される無機塩にはいくつかの役割がありますが、
主に細胞の浸透圧平衡の維持、そしてナトリウム、カリウム、
カルシウムイオンの供給による膜電位の制御に役立ちます。
これらはすべて、細胞接着での細胞マトリックスにおいて、
また酵素の補因子として必要になります。
バッファー系
ほとんどの細胞はpH 7.2∼7.4という条件で増殖するため、最
適な培養条件を整えるにはpHの厳密な調節が不可欠です。こ
の最適条件には大きな変動があり、線維芽細胞にはより高い
pH(7.4∼7.7)が適するのに対して、形質転換細胞株の連続
培養にはより低いpH(7.0∼7.4)が必要です。
子の前躯物質です。多くのビタミン、特にビタミンB群は細
胞の分裂と増殖に必要で、一部の細胞株にとってはB12の存在
が不可欠です。また、ビタミンA、ビタミンEが増量されてい
る培地もあります。培地で一般的に使用されるビタミンには、
リボフラビン、チアミン、ビオチンなどがあります。
タンパク質、ペプチド
タンパク質やペプチドは、無血清培地において特に重要です。
最も一般的なタンパク質およびペプチドとしては、アルブミ
ン、トランスフェリン、フィブロネクチン、フェチュインが
あり、これらは培地への血清を添加して、元々存在している
血清と交換するために使用されます。
脂肪酸、脂質
タンパク質やペプチドと同様、血清中に広く存在しているた
め、無血清培地において重要です。たとえば、特殊細胞にと
ってコレステロールとステロイドは不可欠です。
微量元素
微量元素としては、亜鉛、銅、セレン、トリカルボン酸中間
体などがあります。セレンは解毒剤であり、酸素フリーラジ
カルの除去に役立ちます。
すべての培地は基本的な成分から調製することも可能ですが、
その調製には長い時間が必要で、そのためコンタミネーショ
ンの危険性も高まります。そういった理由から、大半の培地
新しく培養を始める場合、細胞播種直後のpH調節が特に重要 は成分調製済み粉末、または10倍、1倍の液体として販売し
で、このpH調節は通常、下記の2種類のバッファー系のうち ています。本書「細胞培養マニュアル」には、一般的に使用
される培地をすべて掲載しています。粉末または10倍液体培
どちらかを用いて行います。
地を購入された場合、粉末を溶解したり、液体培地を希釈す
(i)気体CO 2が培地中のCO 3/HCO 3と平衡を保つ、「自然な」 るために使用する水は、無機物、有機物、微生物によるコン
バッファー系
タミネーションがあってはいけません。また、発熱物質が含
(ii)HEPES(製品番号H 4034)などの両性イオンを用いる まれていてもいけません(本書に記載の水(Water、製品番
化学的バッファー系
号W 3500、細胞培養用)を使用してください)
。ほとんどの
重炭酸/CO 2の自然なバッファー系を使用している培養では、 場合、最終抵抗16∼18 MΩ、逆浸透および樹脂カートリッジ
空気中のCO 2濃度を5∼10%に維持する必要があり、通常は で精製された水が適しています。一度調製した培地は、使用
CO2インキュベーターに設置します。重炭酸/CO2は、低コス 前に滅菌濾過する必要があります。もちろん、シグマ・アル
トで、毒性がなく、化学的にも細胞にとって有利なバッファ ドリッチの1倍液体培地を購入された場合はこの手順は必要あ
りません。
ー系といえます。
血清
HEPES(製品番号H 4034)は、pH 7.2∼7.4での緩衝能に優
れていますが、比較的高価で、高濃度では一部の細胞型に対 血清は、アルブミン、増殖因子、増殖抑制物質の複合混合物
して毒性を示す場合があります。HEPES(製品番号H 4034) で、細胞培養培地の最も重要な成分の1つであるといえます。
最も一般的に使用されている血清は胎児ウシ血清です。新生
で緩衝した培養では、気体環境の制御は必要ありません。
仔ウシ血清、ウマ血清など、他の種類の血清も販売していま
市販の培地の大部分は、pH指示薬としてフェノールレッド
す。血清の品質、種類、濃度はすべて細胞増殖に影響を与え
(製品番号P 3532、P 0290)を含有しており、常に培地の
る可能性があるため、細胞増殖性能について、血清バッチの
pHを色で確認することができます。通常、色が黄色(酸性)
スクリーニングが重要になります。また、クローニング効率、
または紫色(アルカリ性)になったときに培地を交換するか
コロニー形成率、そして細胞特性の維持など、血清バッチの
補充してください。
選択に役立つ試験は他にもあります。
炭水化物
血清は培養液の緩衝能を向上させることもでき、これは増殖
エネルギーの主な供給源は炭水化物で、通常は糖として供給
の遅い細胞、また播種密度の低い場合(細胞クローニング実
されます。用いられる主な糖はグルコースとガラクトースで
験など)に重要となる可能性があります。また、撹拌培養中
すが、マルトースやフルクトースを含有する培地もあります。
や細胞スクレーパーの使用中に生じうる物理的損傷から細胞
糖の濃度は、基礎培地に含有される1 g/Lから、より複雑な培
を保護する役割もあります。他にも血清の利点をあげると、
地中の4.5 g/Lまで、培地によって変動します。より高濃度の
培地ごとに増殖因子の必要条件が異なるにもかかわらず、多
糖を含有する培地は、より幅広い細胞型を培養することがで
様な細胞種に使用できることがあります。さらに、毒素を吸
きます。
着して中和することができます。しかし、血清はバッチごと
ビタミン
に性質の差があり、このことが生産プロトコールの標準化を
血清は、細胞培養における重要なビタミン源です。しかし、 困難にしています。また、血清の使用にはコンタミネーショ
多くの培地ではビタミンも強化されており、常に幅広い細胞 ンの危険性が伴います。この危険性は、シグマ・アルドリッ
株に適合するようになっています。ビタミンは、多くの補因 チのような信頼できるメーカーから血清を購入することで最
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血清使用のガイドライン
胎児ウシ血清(FBS)は、多くの生化学物質の調製に使用さ
れており、安全性において優れた成績を残しています。1986
年にウシ海綿状脳症(BSE)が発見され、そのBSEとヒトに
おけるクロイツフェルト・ヤコブ病の新変種との間に因果関
係がありうるとする発表がヨーロッパ全土に広まったことで、
すべてのウシ製品の安全な原料調達に関する懸念が増大しま
した。1993年、米国食品医薬品局(FDA)は、BSEが発見さ
れた国々で飼育されていた、またはこれらの国々で生まれた
ウシに由来する原料の使用中止を勧告しました。ウイルスの
安全性に関する現行のEU(ヨーロッパ連合)ガイドラインで
は、原料調達や試験に加え、屠殺や出発原料の収集中に生じ
うるクロスコンタミネーションの危険性について特別の注意
を払うことが強調されています。BSEに関する限り、医薬品
を介したBSE感染の危険性を最小限にするためのEUガイドラ
インCPMP/BWP/877/96では、BSE感染の危険性に対する
ウシ由来原料の安全性を確保するための主な対策の実施を勧
告しています。ここでもまた、地理的起源、動物の年齢、飼
育条件と屠殺条件、使用する組織、処理条件が同様に強調さ
れています。
別の培養系
大規模細胞培養系
大半の組織培養は小規模で実施され、この場合、実験に必要
となる細胞の数は比較的少数です。この培養規模では、25∼
225 cm2のTフラスコを用いて培養を行なうのが一般的です。
T-175フラスコで産生される標準的細胞数は、接着細胞株の
場合で1×107個、浮遊細胞株の場合で1×108個です。しかし、
正確な産生数は細胞株によって変化します。細胞を繰り返し
継代するために長い時間がかかること、インキュベーターを
占有すること、そして費用面からも、標準的なTフラスコで上
記よりもはるかに多くの細胞を産生することは現実的ではあ
りません。
細胞培養プロセスのスケールアップを検討している場合、ス
ケールアップを成功されるために考慮すべき改善要素や最適
化要素は多岐にわたります。たとえば、栄養の欠乏、ガス交
換(特に酸素欠乏)、そしてアンモニアや乳酸などの有毒な副
生成物の生成といった問題があります。1 Lを超える量の培地
を用いる培養プロセスの最適化は、プロセス開発を研究して
いる専門家に委託されるのが一番よいでしょう。
しかしながら、スケールアップの「中間物」となる溶液を提
供するシステムも多く市販されています。これらは必ずしも
専門的なプロセス開発を必要としません。そのようなシステ
ムの一部を抜粋して、最大産生数、メリットとデメリットを
簡単にまとめたものとともに表2に記載しています。
注意事項:原則として、表2に記載したシステムはスケールア
ップのための市販溶液として解説されています。すべての細
胞型に一様に適用可能というわけではなく、また細胞だけで
なくシステムにも適応する期間を必要とする場合が数多くあ
ります。
ローラーボトル培養
ローラーボトル培養は、接着細胞(足場依存性細胞としても
知られる)を初めてスケールアップする場合に最も一般的に
使用される方法です。ローラーボトルは、ゆっくりと(1時間
に5∼60回転)回転する円筒形容器で、内面に接着した細胞
を培地に浸すことができます。表面積490∼1,750 cm2のロー
ラーボトルが一般的に市販されています。 一部のローラーボ
表2 スケールアップ用溶液(細胞またはシステムへの適用を行なわない場合)
技術
浮遊細胞
接着細胞
最大容量
(ml)
最大表面積 最大細胞数
最大細胞数
(cm2)
(浮遊細胞) (接着細胞) メリット
Tフラスコ
✓
✓
150
225
1.5 x 108
~107
安価、使い捨て可能、
洗浄・滅菌が不要。
小規模。大量バッチの場合、
複数個が必要。
多層フラスコ
✓
✓
150
525
1.5 x 108
3 x 107
安価、使い捨て可能、
洗浄・滅菌が不要。
接着細胞の回収が困難。
大量バッチの場合、複数個必要。
多層培養
チェンバー
N/A
✓
8,000
25,280
N/A
1.5 x 1010
使い捨て可能、単一
バッチ製造。
追加備品(洗浄の必要な容器など)が
必要。細胞の回収が困難。
ローラー
ボトル
✓
✓
1,000
1,700
1 x 109
1 x 108
安価、使い捨て可能、
洗浄・滅菌が不要。多用途。
自動化システムが利用可能。
回転用の「デッキ」が必要。
大量バッチの場合、複数個必要。
自動化に必要な経費。
拡張ローラー
ボトル
N/A
✓
(1,000)
3,400
N/A
2 x 108
同上
同上(浮遊細胞に用いる場合、
メリットはありません)
振とう
フラスコ
✓
N/A
1,000
N/A
1 x 109
N/A
数種の使い捨て製品が
利用可能。
浮遊細胞のみに対応。ガラス製容器は
洗浄・滅菌が必要。撹拌
インキュベーターが必要。
スピナー
フラスコ
✓
N/A
最大
36 L
N/A
1 x 109
3.6 x 1010
N/A
数種の使い捨て製品が
利用可能。
浮遊細胞のみに対応。ガラス製容器は
洗浄・滅菌が必要。撹拌機と
インキュベーターが必要。
デメリット
技術情報
小限に抑えることができます。大量の血清を扱うメーカーは、
一連の品質管理試験を行なって血清の分析証明書を発行して
いるからです。血清の場合、特に牛ウイルス性下痢症ウイル
ス(BVDV)とマイコプラズマの有無について試験していま
す。血清は熱不活性化(56°Cで30分間インキュベーション)
により、コンタミネーションの危険性を抑えることができま
すが、これは一部のウイルスがこの処理により不活性化され
るためです。ただし、熱非働化済み血清は、細胞培養におい
て日常的に使用する必要のあるものではありません。また、
培地調製のみならず、それ以降の工程を考えても、血清の使
用には多くの経費が必要となります。10%FBSを添加すると、
培地1 ml中に約4.8 mgのタンパク質が含有されることになり、
これによって後の工程が複雑になります。
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細胞培養の基本
技術情報
トルは、そのサイズを微生物学的安全キャビネットの限られ
た空間内で取り扱うことが困難なため、問題となることがあ
ります。最近、サイズはそのままで内部表面積を拡張したロ
ーラーボトルが販売されるようになり、表面積が広いボトル
も扱えるようになりましたが、ローラーボトルでの繰り返し
操作や継代培養はなるべく避けてください。ローラーボトル
に関する別の問題として、一部の細胞株が一様に接着しない
という細胞接着の問題があります。これは上皮細胞で特に問
題となります。この問題は、接着効率の低い細胞の接着にお
ける回転速度を最適化する(通常は減速する)ことにより、
ある程度解消することが可能です。
スピナーフラスコでの培養
ハイブリドーマや、たとえばHeLa S3細胞といった浮遊状態
での増殖に適応した接着細胞株など、浮遊細胞株に対して選
択される方法です。スピナーフラスコは、電磁撹拌用のセン
ターシャフトと、細胞や培地の添加、除去そして高濃度CO 2
供給のためのサイドアームを備えたプラスチック製またはガ
ラス製のボトルです。播種済みのスピナーフラスコを撹拌機
の上に設置し、適した培養条件で細胞株をインキュベートし
ます。培地は、回転数100∼250 rpmで撹拌します。シグ
マ・アルドリッチでは、体積125 ml∼36 Lの培地用に設計し
たスピナーフラスコシステムを販売しています。
その他のスケールアップ方法
浮遊細胞株の接着細胞株の両方について、次のスケールアッ
プの段階は、大量培養(100∼10,000 L)を行なうためのバ
イオリアクターです。浮遊細胞株の場合、チェンバー容器底
部のプロペラ、もしくは培養容器を通じた気泡により、細胞
の浮遊状態が保たれています。しかし、これらの方法はどち
らも細胞に物理的ストレスを与えます。浮遊細胞株に関する
別の問題として、得られる細胞密度が2×106個/ml程度と比較
的低いことがあげられます。
接着細胞株の場合、得られる細胞密度はマイクロキャリアビ
ーズの添加により高まります。これらのマイクロビーズは直
径30∼100 µmで、デキストラン、セルロース、ゼラチン、ガ
ラス、またはシリカを原料としており、細胞接着に利用可能
な表面積を著しく増大させます。バイオリアクターを用いる
システムで使用できるマイクロキャリアの範囲は広く、その
ためほとんどの細胞型をこのシステムで培養することが可能
です。
最近の進歩は多孔性マイクロキャリアの開発で、これにより
細胞接着に利用可能な表面積がさらに10∼100倍に拡大しま
した。ビーズ2 gの表面積は、小さなローラーボトル15本に相
当します。
細胞培養プロトコール
以下は、細胞培養に不可欠な「Do's & Don'ts(べし・べから
ず集)」の一部です。個人用保護具(PPE)の使用など、義務
付けられているものもあります。ほとんどは常識ともいえる
もので、すべての研究領域に適用されますが、一部は細胞培
養に特有のものです。
Do's(すべきこと)
1. 常にPPE(白衣・上着、手袋、保護めがね)を使用しまし
ょう。液体窒素を取り扱う際には、さらに断熱手袋、フル
フェイスバイザー、防沫エプロンを着用しましょう。
2. 髪を覆う使い捨てキャップを常に使用しましょう。
3. 組織培養施設専用のPPEを着用し、他の一般的な研究室
環境で着用するPPEとは区別しましょう。色違いの上着や
白衣を使用すると区別が容易になります。
4. すべての作業面を整頓するようにしましょう。
5. フラスコ、培地、アンプルなども含め、試薬は内容物と
調製日が明確にわかるようラベリングしましょう。
6. 一度に1種類の細胞株だけを扱いましょう。常識的な注意
点ですが、クロスコンタミネーションや誤ったラベリン
グの可能性を低くすることができます。また、キャビネ
ット内でエアロゾルが生成した場合、細菌やマイコプラ
ズマが拡散する開封済み培地ボトルやフラスコの数も減
少します。
7. 操作の合間には作業面を適切な消毒剤(70%エタノール
など)で消毒し、異なる細胞株を取り扱う際には15分以
上の間隔を置きましょう。
8. 培養中は、各細胞株の培地ボトル同士を可能な限り離し
て置きましょう。
9. 細菌やカビによるコンタミネーションの徴候がないかど
うか、培養培地を毎日点検しましょう。市販の培地を購
入した場合もこの点検は行いましょう。
10. 使用前に、すべての培地と試薬の品質検査を行いましょ
う。
11. 細胞培養を行なっている区域に、段ボールなどの包装を
なるべく置かないようにしましょう。
12. インキュベーター、キャビネット、遠心分離機、顕微鏡
は、必ず定期的に洗浄、点検するようにしましょう。
13. 細胞のマイコプラズマ感染を定期的に試験しましょう。
Dont's(してはいけないこと)
1. 培地に抗生物質を連続して使用しないようにしましょう。
抗生物質耐性菌の発生は避けられず、場合によっては細
胞株の商業目的での使用ができなくなります。
2. 特に微生物学的安全キャビネットまたはインキュベータ
ー内には、廃棄物を溜めないようにしましょう。
3. 一度に多くの人数が実験室に入らないようにしましょう。
4. 出所が定かでない細胞は、メインの細胞培養室内では取
り扱わないでください。これらの細胞は、品質管理チェ
ックが終了するまで隔離して取り扱いましょう。
5. 凍結保存せずに細胞株を連続培養することは避けましょ
う。
6. 細胞培養が100%コンフルエントになることは避けましょ
う。常に70∼80%コンフルエントとするか、または
ECACCの細胞培養データシートに従って継代培養を行い
ましょう。
7. 培地が期限切れにならないようにしましょう。一度グル
タミンや血清を添加した培地の保存寿命は、2∼8°Cでわ
ずか6週間です。
8. 水浴が汚れないよう、Sigma Clean(製品番号S 5525)
を使用して清掃しましょう。
9. 培養に必要な機器の校正を欠かさないようにしましょう。
微生物学的安全キャビネットは必ず定期的に点検しまし
ょう。
「細胞培養の基本」は、シグマ・アルドリッチとECACCが共同
で作成しています。