No.81 2016 - 日本投資顧問業協会

一般社団法人
日本投資顧問業協会
投資顧問
JAPAN INVESTMENT ADVISERS ASSOCIATION
No.81
2016
Contents 目 次
「長期志向の投資の定着に向けて」
01 巻頭言 宇治原副会長 03 協会の動き
10 スチュワードシップ・コードとフィデューシャリー・デューティー 小口俊朗氏(ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパン(株)代表取締役)
平成28年2月10日発行 通巻81号
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〈巻 頭 言〉
長期志向の投資の定着に向けて
一般社団法人
日本投資顧問業協会
副会長
宇治原
潔
欧米の株式市場の歴史を見ると、プロの投資家である機関投資家の株式保有比率上昇が「市場の高
度化」という変革をもたらしてきたことがわかる。短期的な株価の動きを追いかけるマーケットから、
企業をしっかり分析し、企業との対話を重視するマーケットへの変化である。
「株式市場の機関化現象」
という用語があるが、経験的に株式市場一般に該当する現象ということなのだろう。翻って、我が国
の株式市場をみると、機関投資家の株式保有比率(海外資金含む)は足もと過半に近い水準にまで上
昇しており、変革の時期が近いことを予感させる。
今後、東京マーケットが高度化し、グローバルの資金・情報が一層集まり、日本経済・社会の成長
に貢献するという姿は、国内に位置する資産運用会社にとって望ましい状況である。一方、その変革
に対応するための準備も必要となろう。特に、スチュワードシップ・コードに示された各コードの完
全なる実施と、コードの精神である「長期志向に基づいた投資」の実践が重要になるものと考える。
運用先進国である欧米では、リーマンショック後、長期志向に基づいた投資をより重視する動きが
加速している。この動きの底流には、短期的な視点での投資と企業経営が、経済危機を招いたとの猛
烈な反省がある。金融技法を駆使し、短期的な利潤獲得に走るのではなく、将来、有望な事業に長期
資金を提供し、育成する、そして、社会全体を持続的に豊かにするという金融本来の役割を取り戻そ
うとする動きでもある。
この長期投資の推進の中で、近年、欧米で重視されているのが「ESG を活用した運用」である。ESG
は、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字から構成されている。
長期的な視点で企業が直面する E・S・G 課題を分析、企業の持続的成長性を見極め、投資判断に生か
す運用手法である。英国の年金基金協会である NAPF(The National Association of Pension Funds
Limited)に加盟している年金基金向けアンケート調査(2014 年 11 月)の中に、
「ESG ファクターが長
期的な投資パフォーマンスに影響を及ぼすか?」という問いがあったが、驚くべきことに9割近い年
金基金が肯定的な回答を行っている。この調査結果は、英国では長期志向が運用プロセスに浸透して
いる証左であり、我が国に導入されたスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コー
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(2) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_01_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_巻頭言.docx
ドが英国を範としていることとも無縁ではあるまい。
政府の施策(アベノミクス)もあり、我が国でも「ESG」という言葉が頻繁に聞かれるようになった。
しかし、長期投資・ESG への動きは日本だけの特別な事象ではない。グローバルで生じている長期志
向への投資の潮流の一環であり、引き返すことのない動きでもある。
我が国に長期志向の投資を定着させるには、年金基金に代表されるアセットオーナー(年金基金等)、
資産運用会社、投資先企業で構成されるインベストメントチェーン(投資連鎖)全体の協業と長期投
資推進の枠組みの構築が欠かせない。実際、欧米の運用先進国や欧米にキャッチアップしようとして
いるアジア諸国では、インベストメントチェーン全体での運用環境の高度化に向け、様々な働きかけ
が見られる。例えば、投資家が長期投資を行う際には、投資先企業から長期投資に資する情報提供が
必要となる。シンガポールでは全上場企業から「統合報告書(Integrated Report:従来の財務情報を
中心とする企業報告に ESG の要素を取り入れた企業報告形態)」の提供が行われる施策が検討されてい
る。英国においては、年金基金協会(NAPF)が体制面で年金基金をサポートしたり、年金基金がより
的確に長期志向の資産運用会社を選択できるようコミュニケーションを活発化する取組みを行ってい
る。
また、最近の大手公的年金基金の短期的なパフォーマンスを巡る議論等を見るにつけ、日本では上
記の施策に加え、年金基金を取り巻く社会への啓蒙活動も併せて必要となるのかもしれない。
もちろん、前言したように長期志向の投資定着に向けては、インベストメントチェーン全体での取
り組みが必要になると考えるが、アセットオーナー、投資先企業との間に位置し、インベストメント
チェーン全体の状況を一番的確に把握することが可能な資産運用会社の果たす役割が極めて重要にな
ると確信している。
(ニッセイアセットマネジメント株式会社
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代表取締役社長)
(3) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
協会の動き
●金融庁幹部との意見交換会
平成 27 年 10 月 28 日に、当協会会議室で「金融庁幹部との意見交換会」を開催しました。当日は、
10 名の金融庁幹部の方々、20 名の当協会の役員が出席し、金融庁幹部の方々から、平成 27 年9月に
公表された金融行政方針と本方針における資産運用に関する重点施策、証券検査の状況、金融審議会
の動向等についての説明を受け、意見交換を行いました。
●プレス各紙記者との懇談会を開催しました
平成 27 年 11 月 19 日に、プレス各紙記者と当協会役員との懇談会を開催しました。当日は岩間協会
長から当業界の現状・協会の取組み等について説明を行った後、協会役員との活発な意見交換が行わ
れました。
●拡大版コーポレートガバナンス研究会の開催について
〇平成 27 年度第4回拡大版コーポレートガバナンス研究会を開催しました
平成 27 年 12 月3日(木)午前 10 時から、当協会大会議室において、平成 27 年度第4回拡大版コー
ポレートガバナンス研究会(座長
池尾慶應義塾大学経済学部教授)が開催されました。
平成 27 年度の拡大版コーポレートガバナンス研究会は「競争力の強い資産運用会社を目指す経営戦
略」をテーマとし、第4回の研究会には、野村アセットマネジメント株式会社渡邊国夫 CEO 兼執行役
社長をゲスト・スピーカーにお招きし、資産運用会社の現役経営者の立場から、同社の運用体制、事
業戦略、ガバナンス体制と責任投資などについてお話いただきました。その後、参加メンバーによる
自由討論が行われました。
●各種研修の実施状況
○平成 27 年度コンプライアンス研修を実施しました
平成 27 年 11 月 26 日に、コンプライアンス研修を「投
資顧問業に求められるサイバーセキュリティ対策」と
いうテーマで開催しました。東証コンピュータシステ
ム
システム監査技術者
情報セキュリティスペシャ
リストの菅原伸昭氏を講師に迎え、情報セキュリティ
の問題に対し、マイナンバー制度の導入も踏まえた、
望ましい解決策と現実的な解決策についてご講演いた
だきました。
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(4) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
●苦情相談の状況(平成 27 年 10 月~12 月)
(1)協会は、お客様等からの会員の行う業務に関する相談、苦情対応及びあっせん業務を、特定非
営利活動法人「証券・金融商品あっせん相談センター」(FINMAC)に業務委託しています。
(2)平成 27 年 10 月~平成 27 年 12 月に FINMAC が対応した苦情・相談、あっせんは、苦情が 11 件、
相談が 34 件、あっせんが0件(表1)となっており、苦情及び相談の具体的内容は表2、表3
のようになっています。
(表 1)受付状況
(単位:件)
区分
投資運用会員
投資助言・代理会員
その他
合計
苦
情
9( 25)
2( 10)
0( 0)
11( 35)
相
談
17( 54)
17( 48)
0( 8)
34(110)
あっせん
合
計
0(
2)
0(
26( 81)
0)
19( 58)
0(
0)
0( 8)
0(
2)
45(147)
(注)・
( )は平成 27 年4月からの累計(以下同じ)。
・その他には、一般的な問合せや非会員に対する苦情・相談を記載(以下同じ)
。
・苦情とは、会員の行う業務に関し、会員に責任若しくは責務に基づく行為を求めるもの、又は、
損害が発生するとして賠償若しくは改善を求めるものなど、会員に不満足を表明するものをい
う(苦情及び紛争の解決のための業務委託等に関する規則第2条)
。
(表 2)苦情の内容
区分
(単位:件)
投資運用会員
投資助言・代理会員
その他
合計
(1)勧誘・契約に関する苦情
7( 17)
0( 4)
0
7( 21)
(2)会費つり上げ
0( 0)
0( 0)
0
0( 0)
(3)運用、助言内容の不満
0(
1(
4)
0
1(
(4)契約不履行等
0( 1)
0( 0)
0
0( 1)
(5)その他の苦情
2( 7)
1( 2)
0
3( 9)
9( 25)
2( 10)
0
11( 35)
合
計
0)
(表 3)相談の内容
区分
(1)業者の内容
(2)契約・勧誘に関する相談
4)
(単位:件)
投資運用会員
投資助言・代理会員
その他
0(
2(
0(
2)
11( 23)
6)
合計
1)
3( 10)
0( 0)
2(
9)
14( 33)
(3)途中解約
4( 10)
0(
1)
0(
1)
4( 12)
(4)運用、助言内容の相談
1(
6)
0( 10)
0(
2)
1( 18)
(5)その他の相談
1( 13)
12( 21)
0( 4)
13( 38)
17( 54)
17( 48)
0( 8)
34(110)
合
計
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(5) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
●会員の動き(平成 27 年 10 月1日~12 月 31 日)
協会の会員は、投資運用業のうち、①投資一任業務(従来からの有価証券の一任運用、および不
動産等を原資産とする金融商品の一任業務)を行う会員、②ファンド運用業務(ベンチャー企業育
成や事業再生等を目的として組成されたファンドの運用を行う業務)を行う会員、投資助言・代理
業を行う会員で構成されています。
平成 27 年 12 月末現在の会員数は、次のとおりです。
会員数
投資運用会員
投資助言・代理会員
749
269
480
○入会会員一覧
・投資運用業者の入会
5件
業者名
協会入会日
ユニ・アジアキャピタルジャパン株式会社
平27年10月28日
マーサー・インベストメント・ソリューションズ株式会社
平27年10月30日
NTT 都市開発投資顧問株式会社
平27年11月30日
丸紅アセットマネジメント株式会社
平27年12月14日
リストアセットマネジメント株式会社
平27年12月17日
・投資助言・代理業者の入会
11 件
業者名
協会入会日
おカネ学株式会社
平27年10月29日
ビーロット・アセットマネジメント株式会社
平27年11月 2日
Brigade Capital Japan 合同会社
平27年11月 4日
フェニックス・キャピタル株式会社
平27年11月 6日
コーヘン&スティアーズ・ジャパン・エルエルシー
平27年11月 9日
株式会社エバーグローリー・ジャパン
平27年11月13日
株式会社ストックゲート
平27年11月27日
コランダム・イノベーション株式会社
平27年11月30日
KIA トラスト株式会社
平27年12月18日
やまびこ投資顧問株式会社
平27年12月21日
オクトパスジャパン株式会社
平27年12月22日
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(6) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
○退会会員一覧(11 社)
業者名
退会日
資格喪失理由
株式会社スタイルクリエーション
平27年 8月31日
投資助言・代理業登録の廃止
ファンネル投資顧問株式会社
平27年 9月18日
投資助言・代理業登録の廃止
アブラハム・プライベートバンク株式会社
平27年10月 7日
退会意思表明
株式会社清和クリエイト
平27年10月22日
投資助言・代理業登録の廃止
ユニ・アジアインベストメント株式会社
平27年10月28日
投資運用業登録の廃止
野村プライベート・エクイティ・キャピタル株式会社
平27年11月30日
平成 27 年 12 月1日付で野村アセット
マネジメント㈱と合併のため
日本 GE 株式会社
平27年11月30日
投資助言・代理業登録の廃止
株式会社明和アセットマネジメント
平27年11月30日
投資助言・代理業登録の廃止
MY ADVISOR 株式会社
平27年11月30日
投資助言・代理業登録の廃止
ジャパン・クレジット・アドバイザリー株式会社
平27年12月 1日
投資助言・代理業登録の廃止
エヌ・ティ・ティ都市開発株式会社
平27年12月11日
投資助言・代理業登録の廃止
※当協会ウェブサイトに最新の会員名一覧(電話番号入り)を掲載しています。
詳細につきましては、そちらをご覧ください。
URL: http://www.jiaa.or.jp/profile/kaiin.html
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(7) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
統計数値で見る投資顧問業
日本投資顧問業協会では、四半期ごとに投資運用会員の契約資産に関する統計を作成し、協会のホー
ムページ(下記)で公開しております。今回掲載したデータ以外にも、多種の詳細なデータを公開
しておりますので、是非ご覧ください。
日本投資顧問業協会ホームページ統計資料:http://www.jiaa.or.jp/toukei/
1.契約資産残高は 229 兆円
※投資一任、投資助言、ファンドの契約資産の合計
※数値は、27 年9月末以外は全て3月末時点の残高(以下同様)
平成 27 年9月末の契約資産残高は、229 兆 1,829 億円となり、平成 27 年3月末残高(約 232 兆円)
を若干下回る水準となりました。これは、平成 24 年の秋以降、良好な市場環境を背景として増加傾向
が継続していましたが、平成 27 年9月末時点では、内外の株式市場が軟調であったことなどが原因と
なっています。
契約資産の内訳を見てみると、国内年金資金の割合が 50%を超えており、当業界において年金資金
の存在が非常に大きいことが分かります。年金の資金は、公的年金(年金積立金管理運用独立行政法
人など)と私的年金(企業年金基金など)に分けることができますが、その残高推移は次ページのと
おりです。
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(8) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
公的年金の残高は、平成 22 年3月末(約 69 兆円)をピークに一時減少しましたが、平成 24 年3月
末以降増加に転じ、平成 27 年9月末の残高は 87 兆円となり、年金資産残高の約4分の3となってい
ます。
2.ラップ口座:契約残高、件数ともに過去最高を更新
平成 27 年9月末のラップ口座の契約状況は、契約件数が 42 万 7,303 件、契約残高が5兆 1,617 億
円となり、過去最高を更新しました。
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(9) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_02_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_協会の動き.docx
● 事業日誌
10.28
10.28
11.19
11.25
11.26
12.3
12.8
12.15
12.16
(平成 27 年 10 月1日~平成 27 年 12 月 31 日)
金融庁幹部との意見交換会
第 345 回理事会
(1)入会承認および退会等報告(入会8件、退会5件、会員資格の変更1件)
(2)その他報告
プレス記者等との懇談会(於:東京証券会館)
第 346 回理事会
(1)入会承認および退会等報告(入会4件、退会2件、会員資格の変更2件)
(2)その他報告
コンプライアンス研修(於:東京証券会館)
・投資顧問業に求められるサイバーセキュリティ対策
平成 27 年度第4回拡大版コーポレートガバナンス研究会
第 35 回業務委員会
(1)「定例統計作成実施要領」および「業務内容開示実施要領」の一部改正について
(2)「個人情報保護宣言(プライバシー・ポリシー)」および「個人情報の保護に関する取扱
指針」の一部改正について
(3)「個人番号及び特定個人情報の保護に関する取扱指針」の策定について
(4)日本版スチュワードシップ・コードへの対応等に関するアンケート(第2回)の結果につ
いて
(5)平成 27 年金融商品取引法改正等に係る政令・内閣府令案等の公表について
(6)「主要行等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の公表について(コーポレート
ガバナンス・コードの適用開始を踏まえた金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針等
の改正等)
(7)ISDA JAPAN「信託口を相手方とする取引に関するサブワーキング・グループ」作業部会に
ついて(非清算店頭デリバティブ取引に係る証拠金規制対応)
(8)「金融庁所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針」
(案)に対するパブリックコメントの結果等について
(9)「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の
整備等に関する政令案」等に対する意見の募集結果について
プレス発表
・契約資産残高統計(平成 27 年9月末)
第 347 回理事会
(1)業務委員会委員長報告
(2)「定例統計作成実施要領」および「業務内容開示実施要領」の一部改正について
(3)「個人情報保護宣言(プライバシー・ポリシー)」および「個人情報の保護に関する取扱
指針」の一部改正について
(4)「個人番号及び特定個人情報の保護に関する取扱指針」の策定について
(5)日本版スチュワードシップ・コードへの対応等に関するアンケート(第2回)の結果につ
いて
(6)入会承認および退会等報告(入会5件、退会6件)
(7)その他報告
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(10) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_03_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_SS コード.docx
スチュワードシップ・コードと
フィデューシャリー・デューティー
ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパン株式会社
代表取締役
小口
俊朗
はじめに
2015 年はコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)が6月に適用開始され、コーポレー
トガバナンス元年と呼ばれた。2014 年2月に先行策定されたスチュワードシップ・コード(以下、S
Sコード)との「車の両輪」が揃ったわけだが、
「これはゴールではなくスタート」
(2015 年9月公表
「金融行政方針」)であり、
「今後更に『形式』から『実質の充実』へと次元を高める必要がある」
(同)
との認識から、金融庁と東京証券取引所が共同事務局となり、
「SSコード及びCGコードのフォロー
アップ会議」が設置されている。
実質の充実という終わりなきゴールに向けた取り組みが始まったわけだが、本稿では、如何なる問
題認識がスタート地点となる両コード策定をもたらしたのか、まずは、その歴史的経緯をグローバル
な視点から簡単に振り返ることとしたい。その上で、多くの投資顧問会社が受け入れを表明している
SSコードについて、実質の充実を図るための考察を試みたい。
「攻守一体」のCGコード
CGコード原案が確定した翌月の4月には、日本を代表する名門企業東芝で、2009 年3月期から続
いていた会計不祥事が発覚し、歴代3社長の辞任に止まらず、本稿執筆時点では、監査法人への課徴
金を含む行政処分にまで及んでいる。ドイツでも、2015 年上半期の世界販売台数でトップに躍り出て
いたVWで、9月に排ガス規制の不正逃れが発覚し、CEOが引責辞任に追い込まれた。異なる背景
や事情はあるものの、社会から信頼を勝ち得ていたグローバル企業がその信頼を裏切った点は共通し
ており、株価も大きく下落することとなった。
今の株式会社につながる継続的資本を備えたオランダ東インド会社が 1602 年に誕生して 400 年以上
が経ち、その間、株式会社を発展向上させる様々な工夫がなされてきたが、21 世紀に入ってもなお、
一般株主を欺く企業不祥事がなくならないのはどうしてだろうか。
事の本質は、経済学の父と呼ばれるアダム・スミスの言葉にあるのかも知れない。スミスは 1776
年「国富論」の中で、
「株式会社の取締役は自分の資金ではなく他人の資金を管理する以上、自分の資
金を監視するのと同等の細心の警戒をもって資金を監視するとは考えにくく、会社を管理するうえで、
多少なりとも怠慢や浪費が蔓延することは不可避」と結論づけた。
1932 年にはコロンビア大学バーリー教授とミーンズ教授が「近代株式会社と私有財産」において、
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(11) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_03_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_SS コード.docx
米国企業が事業拡大のために株式公開による資金調達を進めた結果、株式の所有が分散化され、企業
経営を監督するために十分な株を保有する株主が存在しなくなったとする「所有と経営の分離」を指
摘した。株式会社制度は、株主とは別の経営陣、取締役を持つことで、株式の譲渡と株主の有限責任
に基づく多数の株主を形成することを可能にし、今の繁栄を築いたわけだが、その光の部分がそのま
ま影の部分としても深く進行していたことを明らかにしたのである。
実際、コーポレートガバナンスの歴史は、企業不祥事対応の歴史であった。1992 年英国でCGコー
ドにつながるキャドベリー報告書が作成されたのは、相次いだ企業の破綻や財務報告の不透明性への
批判に対応するためであり、米国で 2002 年サーベンス・オクスリー法が制定されたのも、エンロン・
ワールドコム事件を受けてのことであった。
一方、我が国のCGコードは、
「攻めのガバナンス」を標榜し、このような不祥事対応の歴史に新た
な側面を持ち込むことになった。
「CGコードの策定に関する有識者会議」初会合の前日に、経済産業
省から「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェク
ト「最終報告書」
(以下、伊藤レポート)が公表され、我が国の長期低迷する「稼ぐ力」を取り戻すた
めにコードを策定する流れが加速した。
成長戦略の一環として政府がトップダウンの旗振り役を務めたことがコード策定の原動力になった
ことは疑いないが、121 ものパプリックコメント(和文 80、英文 41)のうち、賛成・歓迎の意を明ら
かにしたものが約3分の2に及び、残り約3分の1も内容の確認を求める等で、反対の意を明らかに
したものは数件に止まったという事実は、
「攻めのガバナンス」を標榜したCGコードが、自分達が慣
れ親しんだガバナンス・システムのみに固執していると誹謗されてきたグローバル機関投資家からも、
幅広い支持を得たことを意味していた。
世界中の上場企業経営者は、譲渡性と有限責任という特性を持った株主資本でリスクをとって企業
価値を創造することに成功してきたのであり、我が国が実現を目指す「攻めのガバナンス」とは、上
場企業の本来機能であるリスクテイクにスポットライトを当てたものである。
ただし、CGコードではコーポレートガバナンスを「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行う
ための仕組み」として、透明性・公平性の担保を前提とした「攻守一体」で定義していることは、改
めて確認しておく必要があろう。グローバル機関投資家は過去のガバナンス改革の経験から、
「守りの
ガバナンス」と「攻めのガバナンス」が表裏一体の関係にあることを暗黙知し、我が国のCGコード
を支持したものと理解される。
車の「後輪」としてのSSコード
所有と経営の分離をもたらした分散化によって専門経営者への影響力を失った株主が、年金基金と
いう器を通じて集約され、数多くの受益者からの負託を受けた年金基金が再び大株主となって企業と
向かい合う将来を、ピーター・ドラッカーは 1976 年「見えざる革命―年金が経済を支配する」の中で
予言した。現実にも、米国労働省が 1988 年にエイボン社の年金基金に向けたレターが、企業年金によ
る議決権行使を年金資産運用に伴うフィデューシャリー・デューティーの一部であると明示したこと
で、年金基金によるコーポレートガバナンス活動は活発化し、グローバルな資本移動に伴って国境を
超える広がりを見せていった。
我が国でも、バブル崩壊後の 1990 年代にグローバル機関投資家の海外運用が拡大したことに加え、
1997 年銀行危機による持合株の解消が生み出した浮動株を吸収することで、1990 年度は5%弱に過ぎ
なかった外国人投資家による株式保有比率は、2003 年度には 20%を超えるまで急拡大し、変革への圧
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力が強まっていった。
その一方で、
「アクティビスト」の台頭が我が国の会社共同体への挑戦と受け止められ、様々な摩擦
を引き起こす不幸な事件も合わせて経験することになった。そのため、海外では必ずしも否定的に捉
えられるわけではない「アクティビスト」が、我が国では一種の嫌悪感を持って受け止められる社会
観が醸成されるようになり、2009 年6月には、金融審議会スタディグループ報告書にて「経営に対し
て建設的にものを言う投資家の厚みをいかに確保していくかが重要」との提言がなされてはいたもの
の、機関投資家が経営と対話すること自体に肯定的とは言えない空気が支配的となっていた。
しかし、2013 年6月に閣議決定された「日本再興戦略」を受けて日本版SSコードが策定されると、
企業側のコーポレートガバナンスに関する責任と機関投資家のスチュワードシップ責任は「車の両輪」
であり、企業の持続的な成長と顧客・受益者の中長期的な投資リターンが図られる観点から建設的な
「目的を持った対話」
(エンゲージメント)が促されるとする、グローバルな認識に沿った価値観の転
換が図られることとなった。
これに対しては、CGコードを欠いたままSSコードが先行したこともあってか、SSコードが「機
関投資家が投資先企業の経営の細部にまで介入することを意図するものではない」と明記したにもか
かわらず、数の論理で一方的な主張を投資先に押し付ける劇場型「アクティビスト」までSSコード
が支援するかのような解釈も一部で見受けられるようになった。しかしながら、CGコードが、企業
の自律的な取り組みをSSコードに基づくエンゲージメントによって更なる充実を図るという意味で、
両コードは「車の両輪」であるとの位置づけを示したことで、両コードの指向する方向は、企業が「前
輪」として方向を決め、機関投資家が「後輪」としてそれをサポートしながら必要に応じ軌道修正す
る関係であることが明らかになっている。
SSコードの行き過ぎた解釈がなされる一方で、エンゲージメントの回数等を重視し、形式を競う
機関投資家の話も少なからず耳にするようになった。この点について、
「機関投資家等の皆さまへ」と
題した 2014 年9月金融庁HP開示資料は、そのような「形式主義」は、SSコードの趣旨・精神とは
相いれないと注意を促している。
エンゲージメントの長い歴史を持つイギリスで 2012 年に発表され、伊藤レポートの参考ともなった
ケイ報告では、
「株主のエンゲージメントは、それ自体では良くも悪くもない。重要なのは、エンゲー
ジメントの性質とクオリティーである」として、エンゲージメントの目的化に釘を刺している。エン
ゲージメントが目的化されてしまうと、経営の貴重な時間を奪うだけで、SSコードの副題である「投
資と対話を通じて企業の持続的成長を促す」ことに反するということを、機関投資家は自戒しなけれ
ばならないであろう。
SSコードとフィデューシャリー・デューティー
このような歴史的背景をもって我が国に誕生したCGコードとSSコードは、「プリンシプルベー
ス・アプローチ」及び「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法を共有している。ソフト・ロー
である「コンプライ・オア・エクスプレイン」の本質は、ハード・ローでは認められない選択の柔軟
性を得る代償として説明責任を負うことにあると言われるが、CGコード 73 原則に対し7原則のみの
SSコードは、原則(プリンシプル)の抽象度や括りが大きい分だけ、実質に欠けるコンプライが蔓
延するリスクが高いことは否めない。
CGコードが始動した今、SSコードの受け入れを表明した機関投資家には、金融庁「機関投資家
等の皆さまへ」が指摘したSSコードの趣旨・精神とは相容れない「形式主義」を排除し、CGコー
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(13) / 2016/02/18 11:02 (2016/02/18 11:02) / wn_16186982_03_os7 一般社団法人日本投資顧問業協会様_投資顧問第 81 号_SS コード.docx
ドに匹敵する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の実質の充実を図る取り組みが求められよう。
そのために、SSコード7原則がスチュワードシップ責任を果たすに当たり有用として定められた原
点に立ち返り、スチュワードシップ責任の趣旨・精神を改めて確認する中で軸となるアプローチが見
いだせないか、以下で考察を試みたい。
SSコードにおけるスチュワードシップ責任の定義は「機関投資家が、投資先企業やその事業環境
等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を持った対話』
(エンゲージメント)などを通じて、当該
企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、
『顧客・受益者』
(最終受益者を含む。
)の中長
期的な投資リターンの拡大を図る責任」である。SSコード受け入れ表明機関は、当該スチュワード
シップ責任を、自らの意思で負うことを明らかにしているのである。そして、
「日本版SSコードに関
する有識者検討会」座長の神作教授は、このようなスチュワードシップ責任は、法的責任ではないが、
フィデューシャリー・デューティーと親近性のある概念だと指摘している(2014 年2月東京大学比較
法政シンポジウム)。金融行政方針が「フィデューシャリー・デューティーの浸透・実践」を具体的重
点施策の一つとしたことで注目される概念だが、SSコードに対する「コンプライ・オア・エクスプ
レイン」もフィデューシャリー・デューティーの視点で適用されるべき可能性が、SSコード策定時
から示唆されていたことは興味深い。
金融行政方針ではフィデューシャリー・デューティーを、
「他者の信任に応えるべく一定の任務を遂
行する者が負うべき幅広い様々な役割・責任の総称」と定義づけている。委任者が他者を信頼して何
らかの権限(例えば、財産管理権など)を与えた場合、権限に基づき裁量をふるうのが受任者(フィ
デューシャリー)であり、委任者との信任関係を裏切ると社会からの厳しい非難を受け、信頼に応え
る行動を取ることが裁判所から強制される、英米法諸国で発展した信任法理の考え方である。
このような信任関係には様々あるが、フィデューシャリーが負うべき義務を整理すると、忠実義務
と注意義務の二つが中心になると言われている。忠実義務は権限の濫用を防ぐため、フィデューシャ
リーに受益者の利益のためだけに行動することを求め、受益者の利益に反する行動を禁止する。具体
的には、受益者の利益に反し他人の利益を優先する利益相反を認めず(ノーコンフリクト・ルール)、
受益者に隠れて利益を取得することを認めない(ノープロフィット・ルール)とする、禁止の規律で
ある。一方、注意義務は合理的な行動を取る者が払うであろうレベルの注意を用いて権限を行使する
ことを求めるもので、資産運用の世界ではプルーデントマン・ルールで知られている。
スチュワードシップ責任をフィデューシャリー・デューティーとして捉えれば、各原則の「コンプ
ライ・オア・エクスプレイン」は、忠実義務、注意義務の視点から適用されるべきことになる。その
場合、各機関投資家は、顧客・最終受益者を含む受益者を明確に意識し、各原則がそれら受益者の利
益に反して実施されることなく、受益者の利益のためだけに実施されることをもって、忠実義務のコ
ンプライと考えなければならないであろう。さらに、注意義務のコンプライには、各原則について、
SSコードの受け入れを表明した機関投資家として必要となる専門性を保持し、その実現のために慎
重で十分な配慮をもって専門性を行使し、専門性発揮のための最善のプロセスを踏むことを示さなけ
ればならないことになる。
抽象的なコンプライが蔓延するリスクが高いSSコードだが、このようにフィデューシャリー・
デューティーを横串として各原則に適用することは、次元の高い「コンプライ・オア・エクスプレイ
ン」の実現に寄与するものと思われる。
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おわりに
企業の持続的な成長を副題として共有する両コードはまた、それぞれの冒頭囲みで、コードの適切
な実践が、ひいては経済全体の発展、成長につながるものとしている。
1%未満に低下しているとみられる我が国の潜在成長率引き上げには、労働投入量と資本ストック、
全要素生産性の改善が必要となるが、日米の全要素生産性の成長への寄与度には大差がなく、問題は、
資本係数(1単位の生産に必要な資本量)でみて米国の 1.2 倍程度となる日本の資本の投資効率の悪
さにあるとされる(2015 年 12 月 18 日
日本経済新聞「経済教室」)。2015 年9月に公表されたアベノ
ミクス「新3本の矢」のうち、子育て・介護支援は供給面の制約である労働投入量の改善も狙ったも
のであるが、両コードには、投資効率を高めて資本投入の拡大を図ることで資本ストックを改善し、
「GDP600 兆円」に寄与する役割が求められよう。
また、ESG投資が、国連責任投資原則などを通じ世界中に広がりを見せる中、12 月に採択された
地球温暖化に関する「パリ協定」の実現などの社会・環境問題に対し、機関投資家が中長期的な投資
リターンの拡大と如何に両立を図っていくのか、新たな課題も生じてきている。
このような長期的課題の解決に向け、コーポレートガバナンスの枠組み構築によって踏み出したの
が、コーポレートガバナンス元年の 2015 年とするならば、2016 年をその枠組みを活用して実践する
「実質充実の年」としなければならない。SSコードにおいては、フィデューシャリー・デューティー
の適用を図ることで、その実現への寄与が期待できるのではないだろうか。
(略歴)
ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパン代表取締役。1984 年早稲田大学法学部卒。同年4月日本
生命入社後、日本生命及びそのグループにて日本、米国、英国にて勤務し、2002~03 年、英国ハーミー
ズ社派遣(アジア太平洋担当コーポレートガバナンス・マネジャー)
。退社後 2007 年GOジャパン設
立の後は、主にグローバル機関投資家の投資先日本企業数百社とのエンゲージメントを実践。
金融庁「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」、経済産業省「伊藤レポート」、
金融庁/東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」並びに「ス
チュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」の各メンバー
などを歴任。
著作に「コーポレートガバナンス・コードへの期待と課題-中長期的な企業価値の向上は会社と機関
投資家の共同責任」
(証券アナリストジャーナル 2015.8)、共著に「コーポレートガバナンスの新し
いスタンダード」(森・濱田松本法律事務所編、日本経済新聞出版社)など。
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投 資 顧 問 No.81 2016
平成28年2月10日発行
編集兼発行人
宮保 貞
発
一般社団法人 日本投資顧問業協会
行
所
〒103-0025
東京都中央区日本橋茅場町1-5-8
東京証券会館7階
電 話 03(3663)0505(代表)
FAX 03(3663)0510
http://www.jiaa.or.jp
制
作
株式会社プロネクサス
〒105-0022
東京都港区海岸1-2-20
汐留ビルディング
一般社団法人
日本投資顧問業協会
J A PA N I N V E S T M E N T A DV I S E R S A S S O C I AT I O N
http://www.jiaa.or.jp