『事業丸ごと評価』に向けて - 信金中金 地域・中小企業研究所

SCB
SHINKIN
CENTRAL
BANK
金融調査情報
27-26
(2016.2.9)
地域・中小企業研究所
〒103-0028 東京都中央区八重洲 1-3-7
TEL. 03-5202-7671 FAX.03-3278-7048
URL http://www.scbri.jp
1.)
信用金庫の事業性評価をバージョンアップするツール
~)
切れ目のない『事業丸ごと評価』に向けて ~
視 点
中小企業専門金融機関である信用金庫は、もとより「ヒト」の見極めを重視し、財務分析だけ
では対応できない融資にも取り組んできた。財務の見極めとヒトの見極めを両立させた対応こそ
が、これまでの「信用金庫版」事業性評価だった。本稿では、この「信用金庫版」事業性評価を
さらにバージョンアップするため、定量面の象徴である「財務」と、定性面の象徴である「ヒト」
との中間的要素に対するアプローチ手法について、知的資産を中心に整理したい。
要 旨
 特許を持つ中小企業の売上高営業利益率(3.5%)は、特許を持たない中小企業(1.8%)
を上回り、大企業の水準(2.6%)をも上回る。また、特許を持つ中小企業の従業員1人当
たり営業利益(96万円)は、そうでない中小企業(29万円)の約3倍の水準とされる。
 知的資産(人や組織、経営理念など)は、特許等の知財の苗床である。企業は、苗床から
創出された知財を戦略的に活用してキャッシュを獲得するが、その知財の戦略的価値が失
われると業績不振に陥ってしまうことから、競争力を維持するには新たな知財を生み出し
続けていく必要がある。また、企業の決算・財務面を第1層(表面層)、知的財産面を第2
層(中間層)、知的資産面を第3層(基盤層)と定義すると、表面層に着目するだけでなく中
間層の知財を見極めれば3~5年先の企業の姿は見えてくる。だが事業性評価のゴールは、
基盤層の苗床機能を見極め、企業の10年先の姿を評価することである。
 人的資源に制約がある中で事業性評価対応を進めるには、外部機関との連携が欠かせない。
ひとつのモデルは、公的機関の介在により調査会社が技術力や経営力の評価書を作成する
スキームだ。評価の視点も表面層から基盤層までカバーしており、評価手数料も公的機関
が一部補助するこのスキームは、外部連携による事業性評価の理想的なモデルと言える。
信用金庫においては、先行モデルを参考としつつも各地の特性に鑑みた新モデルを考案し、
自治体等に提案を行ってみることも地方創生対応の一類型となるのではないだろうか。
キーワード
産業財産権
知財金融促進事業 知財ビジネス評価書 知的資産経営
©信金中央金庫 地域・中小企業研究所
目次
はじめに
1.信用金庫の貸出ビジネス ~企業の過去・現在・未来を評価する~
(1)コモディティからカスタマイズへの転換
(2)事業性評価をバージョンアップする
2.ABLの活用による事業性評価
3.知的資産・知的財産の活用による事業性評価
4.知財金融促進事業をはじめとした特許庁の支援スキーム
(1)知財ビジネス評価書作成支援
(2)知財総合支援窓口
5.知的資産経営と信用金庫
6.信用金庫による事業性評価のスタイル
(1)表面層から基盤層への展開
(2)信用金庫による事業性評価のスタイルとは
おわりに
はじめに
事業性評価という言葉は、平成26年6月24日に閣議決定された『日本再興戦略・改訂
2014』における「地域金融機関等による事業性を評価する融資の促進等」として登場し、
平成26年9月11日公表の金融モニタリング基本方針に取り入れられた。ここでは、①金
融機関が保証や担保等に必要以上に依存することなく、企業の財務面だけでなく企業の
持続可能性を含む事業性を重視した融資、②関係者の連携による融資先の経営改善・生
産性向上・体質強化支援等の取組みと説明されている。
中小企業専門金融機関である信用金庫は、もとより「ヒト」の見極めを重視し、財務
分析だけでは対応できない融資にも取り組んできた。中小・小規模企業の経営は代表者
個人の意識や能力に大きく依存し、良くも悪くも代表者次第で成功もすれば失敗もする。
利益や内部留保等はその結果に過ぎない。言葉に表すと抽象的だが、ヒトをみるという
信用金庫の行動原理は実態を踏まえた合理的思考に基づいており、この財務の見極めと
ヒトの見極めを両立させた対応こそが、これまでの「信用金庫版」事業性評価だった。
信用金庫業界では今日に至るまで、『貸すも親切、貸さぬも親切』という言葉が語り
継がれている。これは、『たとえ担保が十分であり、高い利息が得られたとしても、投
機のための資金など不健全なお金は貸さない。貸したお金が顧客の役に立ち、感謝され
て返ってくるような、生きたお金を貸さなければならない』『まず顧客の立場に立って
事業や生活の心配をし、汗を流して、その発展繁栄に尽力することが大切である。その
上で資金が必要ならば融資し、顧客のためにならない資金ならお貸ししないことが親切
である』という考えで、イギリスの正当銀行哲学を受け継ぐものである。
本稿では、この「信用金庫版」事業性評価をさらにバージョンアップするため、定量
面の象徴である「財務」と、定性面の象徴である「ヒト」との中間的要素に対するアプ
ローチ手法について、知的資産を中心に整理したい。
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1.信用金庫の貸出ビジネス
~企業の過去・現在・未来を評価する~
(1)コモディティからカスタマイズへの転換
2015 年3月末の信用金庫の貸出残高 65.8 兆円は、概ね 1994 年3月末の水準(66.1
兆円)に相当する(図表1)。詳しくは、金融調査情報 27-10「「信用金庫の貸出ビジ
ネスの長期的検証」にて述べているが、信用金庫の貸出は低迷・低調期を経てようやく
振り出しに戻った状況にある。今後、この残高の増加トレンドは持続していくのだろう
か。また、貸出利息も増加に転じるのだろうか。この点、貸出残高のピーク時(1999 年
3月末)を起点として見ると、残高は確かに持ち直しつつあるが、貸出金利息の減少ト
レンドは依然継続している(図表2)。
(図表1)信用金庫の貸出残高の推移
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
(図表2)貸出金残高・利息の推移
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
(図表3)事業者が取引金融機関に求める取組み
(備考)複数回答(%)、平成 24 年 8 月東京商工会議所アンケート
調査に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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中小企業専門金融機関である信用金庫のコアビジネスは事業者向け貸出であり、優良
事業先への低利攻勢を仕掛けてくる銀行があれば、対抗上ある程度金利面を妥協しつつ
残高確保を図るケースもあるだろう。しかしながら、信用金庫が銀行に追随して同じデ
ィスカウント戦略を選択することは、果たして合理的と言えるのだろうか。
ここで事業者の金融ニーズ(図表3)を確認すると、「金利の優遇」へのニーズは確
かに多いが、一方で“非金利ニーズ”も根強いことがわかる。特に上位に位置する「安
定した資金供給」「担保・保証条件の柔軟な対応」などカスタマイズを要するニーズへ
の対応は、小回りの効く信用金庫の得意分野だ。銀行によるローリスク・ローリターン
の“薄利多売型”貸出スタイルでは、当該ニーズにきめ細かく対応することは困難だろ
う。地元金融機関として一定のリスクを許容し、中小企業に密着してサポートする信用
金庫の共存型貸出ビジネスとは極めて対照的である。実際、信用金庫と国内銀行の中小
企業向け貸出の長期推移(図表4)を見ると、信用金庫が国内銀行を凌駕している。
(図表4)信用金庫と国内銀行の比較(中小企業向け貸出残高、設備・運転)
(備考)日本銀行「預金・現金・貸出金」調査等に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
このように信用金庫は、景気変動の影響を受けながらも地域の中小企業を金融面で支
える中心的役割を担ってきた。中小企業は総じて担保が乏しく過小資本状態にあり、財
務や保全を重視する銀行の貸出対象とはなりにくい。特に中小企業の場合、競争力の源
泉が経営者自身であるケースも多く、これを決算書上の数値で説明することは困難だ。
それ故に信用金庫は、経営者等の「ヒト」への目利き力を活かし、財務や保全も含めた
トータルの評価に基づき、中小企業向け貸出の分野で貢献してきた。信用金庫が銀行と
同質化せずにプレゼンスを高めるには、この目利き力の高度化こそが近道であることに
疑いの余地はない。
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(2)事業性評価をバージョンアップする
前述のとおり、これまでも信用金庫はヒトへの目利き力を発揮してきた。それでは、
この“既存”の目利き力と“現在要請されている”目利き力は似て非なるものなのか。
本稿では、この事業性評価の強化要請への回答として、既存の目利き力をベースとしつ
つもそれをバージョンアップして対応することの可能性について論じていく。
はじめに、継続的な企業活動に基づく企業の姿を的確に捉えるため、時系列に「過去
の姿」「現在の姿」「未来の姿」の3つに区分(図表5)して考えてみたい。
「過去の姿」については、企業活動の過去の成果である財務内容を分析することで評
価できる。しかし、それだけでは単に従来型の評価手法に過ぎず、当然ながら現在や未
来の企業の姿を評価することはできない。この点、動産や債権の動きを通じて商流を把
(図表5)企業の過去・現在・未来を評価する
握するABL(動産・売掛金
担保融資)であれば「現在の
姿」を評価することはできる。
ただし、このABLでも「未
来の姿」の評価は困難だ。
そこで、目先数年だけでは
なく 10 年先でも通用する競
争力の源泉を見極めるために
は、企業の知的資産を評価す
る方法が考えられる。
これらの非財務アプローチ
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
を企業のバランスシート上で
(図表6)事業性評価のアプローチ
イメージ化すると、図表6の
とおりとなる。本稿で重視す
るのは現預金や土地・建物の
評価ではなく、売掛金や在庫
の動き、機械設備の稼動状況
であり、さらには目に見えな
い知的資産・知的財産である。
この水面下に隠れている真の
企業価値をどのように見極め
ていくかという点が、信用金
庫による事業性評価のバージ
ョンアップに向けた課題とな
る。特に本稿では、知的資産・
知的財産にフォーカスしたい。
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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2.ABLの活用による事業性評価
ABL(動産・売掛金担保融資)のスキームは、図表7のとおりである。ABLにつ
いては、これまでに発行してきた金融調査情報(26-4、26-5、27-6)において事
例を中心に取りまとめていることから、本稿ではその要点についてのみ触れる。
ABLの法制度上の形態は担保融資であるが、実態はモニタリングの徹底によりコン
サルティング機能を発揮することを主目的としており、むしろ無担保融資に近い性格を
持つ。事業性評価においては、決算書上で把握できない資金フローや事業の状況を見極
め、債務者の資金ニーズに応需していくことが求められるが、ABLも担保資産を媒介
として事業の流れやキャッシュフロー等の継続的なモニタリングを行い、経営実態把握
の強化を目的としていることから、
(図表7)ABLのスキーム
両者の目指す方向は同じである。
融資業務のフロー(図表8)は、
担保が不動産でも動産でも大差な
いように見えるが、ABLの生命線
は事後モニタリングであり、この点
が大きく異なる。ABLでは、総じ
て動産の評価・処分プロセスに注目
が集まるが、事業性評価の観点から
言えば、モニタリングプロセスが全
てと言っても過言ではない。
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
(図表8)融資業務のフロー
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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3.知的資産・知的財産の活用による事業性評価
事業性評価に取り組むに際しては、財務面から目に見えない企業価値である知的資
産・知的財産に着目することが有効だ。ここでは、ツールの活用策に入る前に、まず“知
的資産”と“知的財産”について整理する。
経済産業省の定義(図表9)によれば、“知的資産”に含まれるものは、特許、著作
権、ブランド、ノウハウ、人的資産、ネットワーク等と極めて幅が広い。その中で、特
許権をはじめとした法的に保護される権利を“知的財産権”と定義している。
この知的財産権のうち、新しい技術、デザイン、ネーミング等に独占権を与えて模倣
防止のため保護し、研究開発へのインセンティブを高めることを目的としている特許
権・実用新案権・意匠権・商標
(図表9)知的資産と知的財産
権の4つを「産業財産権」(図
表 10・11)といい、特許庁に出
願・登録することで、一定期間
独占使用できる。
一方で、法的な保護は得られ
ないものの、企業の「強み」の
源泉である組織、人材、経営理
念、ネットワークなど財務諸表
上に表れてこないコアの経営資
源を、総称して“知的資産”と
(備考)経済産業省資料に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
定義している。
(図表 10)知的財産権の種類
種類
特許権
産
業
財
産
権
実用新案権
意匠権
商標権
著作権
そ
の
他
商号
営業秘密
商品表示・商品
形態
概要













根拠法
発明を保護
存続期間は出願から 20 年(延長可)
物品の形状等の考案を保護
存続期間は出願から 10 年
物品のデザインを保護
存続期間は登録から 20 年
商品・サービスに使用するマークを保護
存続期間は登録から 10 年(更新可)
文芸、芸術、美術、音楽、プログラム等の精神的作品を保護
存続期間は死後(法人は公表後)50 年
法人格を表示するための名称を保護
ノウハウや顧客リストの盗用など不正競争行為を規制
混同惹起・著名表示冒用・形態模倣・誤認惹起・ドメイン名
不正取得等の不正競争行為を規制
特許法
実用新案法
意匠法
商標法
著作権法
商法
不正競争
防止法
(備考)特許庁資料に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
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(図表 11)産業財産権のイメージ ~ スマートフォンの例
(備考)特許庁ホームページ(https://www.jpo.go.jp/seido/s_gaiyou/chizai01.htm)より引用
ところで、特許権を持つ企業とはどのような企業なのであろうか。特許庁によれば、
特許を取得している中小企業の売上高営業利益率(3.5%)は、特許を取得していない
中小企業の水準(1.8%)を上回り、さらには大企業の水準(2.6%)をも上回っている
とされる。また、特許を持つ中小企業の従業員1人当たり営業利益(96 万円)は、そう
でない中小企業(29 万円)の約3倍の水準にあるという。
このように見ると、特許権を持つ中小企業は有望な顧客のように見えるが、一方では、
「特許権を持っている企業は大企業ばかりで中小企業は少数だ」という見方もある。こ
の点について、2014 年中の出願状況を件数別・人数別に見てみたい(図表 12)。
すると、特許権出願の“件数”については確かに大企業の割合が大きいものの、出願
の“人数”については中小企業が全体の過半数を占めていることがわかる。実用新案登
録と商標についても、中小企業の件数・人数は大企業並みであり、意匠についても健闘
している。このように見る限り、産業財産権の保有企業は必ずしも大企業ばかりでなく、
中小企業も相応に保有していると言うことができる。
ただし、ここでの問題は母集団の大きさに起因する出現率の違いである。出願企業数
の内訳が仮に中小企業・大企業で半々の場合、400 万社近い国内企業の 99%超を占める
中小企業と1%に届かない大企業とで比較しても、出現率には大差がつく。特許行政年
次報告書(図表 13)によれば、中小企業全体に占める出願中小企業数の割合は1%に満
たない。詳細は非公開ながら、出現率を都道府県別に見ると偏在傾向も否めないようだ。
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(図表 12)2014 年中の産業財産権出願にかかる中小企業と大企業の比較
【出願件数の内訳】
【出願人数の内訳】
(備考)特許行政年次報告書 2015 に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
(図表 13)全国中小企業数に対する産業財産権出願中小企業数の割合等
種類
中小企業全体に占め
る出願中小企業数の
割合(全国平均)
特許権
0.28%
実用新案権
0.05%
意匠権
0.07%
商標権
0.58%
左記全国平均を上回る
都道府県
〔参考〕
2014 年中小企業出願件数
(全体に占める割合)
東京、神奈川、福井、愛知、
滋賀、京都、大阪
埼玉、東京、福井、静岡、愛知、
大阪、奈良
東京、新潟、富山、福井、岐阜、
愛知、大阪、兵庫、奈良、香川
東京、京都、大阪
35,007 件
(13.2%)
2,757 件
(50.8%)
8,507 件
(34.2%)
49,514 件
(49.5%)
(備考)特許行政年次報告書 2015 に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
このような中小企業を探し出すことは容易でないが、地域のネットワーク力を活かし
て地道に取引に結び付けている信用金庫も存在する。また、マッチング促進のためのイ
ンフラの整備・強化も進んでおり、特許情報を提供する新たな情報基盤としての役割を
担うインフラとして、特許庁は平成 27 年 3 月から特許情報提供サービス「特許情報プ
ラットフォーム(Japan Platform for Patent Information、略称:J-PlatPat)」の運
用を開始した。文字どおり、知財情報を“ぷらっと”寄って“ぱっと”見つけることが
できる仕組みで、企業名や代表者名を入力すれば知財の内容や質権設定の有無まで確認
できるなど、知財を持つ中小企業を探し出すための手掛かりとなるツールである。
しかしながら、産業財産権を持たない中小企業が多い現状を踏まえると、やはり信用
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金庫としては別の選択肢を検討することも必要だ。そこで図表 14 では、知的資産・知
的財産活用支援の観点から考えられる対応策を中小企業のタイプ別に整理した。
(図表 14)知的資産・知的財産活用支援の類型(中小企業のタイプ別)
(※) 兵庫県・広島県・福岡県で取り組まれている中小企業の
技術力や経営力等の評価書を発行する制度
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
このフローチャートでは、まず対象企業における知財保有の有無で分岐する。
保有している場合、保有する知財が産業財産権であれば後述の知財ビジネス評価書の
スキームを活用でき、それ以外の知財(著作権等)であれば、各都道府県の知財総合支
援窓口に相談のうえ活用策についてアドバイスを受けることが現実的だろう。
保有していない場合でも、所定の手続きを経ることで権利化の可能性がある独自技術
など知財の“候補”を持っていれば、知財総合支援窓口への相談が有効である。
それでは、中小企業の大部分を占めるであろう「知財もその候補も持っていない企業」
に対してはどのような対応策が考えられるだろうか。ここでは、①経営者と社員に熱意
と意欲がある、②何らかの「強み」を持っている、③自社の「強み」を理解していない
という3種類にタイプ分けして例示している。
経営者や社員に熱意と意欲があれば、知的資産経営への取り組みが極めて有効だ。知
的資産とは前述のとおり、法的な裏付けはないものの企業の競争力の源泉となる経営資
源(組織、人材、ネットワーク等)であり、知的資産経営報告書に基づく全社一丸とな
った PDCA サイクルによってこの強みを最大化する仕組みである。もし自社の強みを理
解していない企業であれば、この知的資産経営の考えをマスターするため、知的資産経
営セミナーに参加することが第一歩となる。
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本稿冒頭では、信用金庫の事業性評価をさらにバージョンアップするため、定量面の
象徴である「財務」と、定性面の象徴である「ヒト」との中間的要素に対するアプロー
チ手法が必要である旨述べた。図表 14 を踏まえれば、以下の視点に基づく知的資産・
知的財産へのアプローチが、財務とヒトの中間的要素を補強する有効な対応となろう。
1. 知的財産があれば、知的財産を活用する。
2. 知的財産がなければ、埋もれた知的財産を発掘する。
3. それでも知的財産がなければ、知的資産に着目する。
4. 知的資産が見えなければ、セミナーに参加する。
5. セミナーを経て知的資産経営にチャレンジする。
4.知財金融促進事業をはじめとした特許庁の支援スキーム
特許庁は、金融機関における中小企業向け知財金融の促進を図るため、知財金融促進
事業に取り組んでいる。施策の中心は知財ビジネス評価書の提供で、その事例分析を通
じた「現実的な」知財融資マニュアルの作成をゴールと位置付けている。
(1)知財ビジネス評価書作成支援
特許庁は、平成 26 年度から知財ビジネス評価書作成支援事業に取り組んでいる。こ
の背景には、リレバンの時代から幾度となく注目されながらも定着しなかった“知財担
保融資”の教訓がある。当時の知財担保融資は、その知財から直接得られるキャッシュ
フロー価値に着目する手法が主流で大企業や中堅企業に適用される事例はあったもの
の、キャッシュフローの源泉が不明確な中小企業に対して同様の手法を適用することは
現実的と言えず、広く普及するには至らなかった。そこで知財ビジネス評価書は、知財
の金銭的価値だけでなく、企業の強みや弱みを含むビジネスモデル全体を評価する方式
を採用している。
事業の詳細については別稿に譲るが、金融機関が選定した取引先企業の持つ特許等に
ついて専門機関が評価を行い、この評価コストを特許庁が負担する仕組みで、金融機関
が知財評価に取り組むことを後押しする政策である。評価書のスタイルは多様であり、
金融機関が任意に選択できる評価機関は平成 27 年度事業で8機関(図表 15)となった。
定性評価、定量評価、価値評価、法的分析、パテントマップなど各々の特性に基づく評
価書であり、仮に同一の特許(企業先)であってもその評価内容は異なるとされている。
このため金融機関においては、単にこれらの評価を鵜呑みにすることなく、事業性評価
の補強材料として主体的に活用する意識が求められる。
当事業での民間金融機関の採択実績は、平成 26 年度 51 件、同 27 年度 135 件と全国
に広がりつつある。対象先の属性(27 年度)をみると、従業員 20 人以下が6割弱、資
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金融調査情報 27-26 16.2.9
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本金5千万円以下が9割弱と大部分が中小企業となっている。業種については製造業が
7割弱と多く、現状での対象は特許権が中心と予想される。しかしながら、非製造業の
採択実績は少なからずあり、今後は商標権への活用も増えていくものと思われる。
(図表 15)知財ビジネス評価書を作成する調査会社の特徴
主な評価
項目
主な評価
項目
評価機関 A
・事業概要や業績推移
・保有している知的財産
権の概要や事業との関
連性等
・価値評価
評価機関 B
・事業概要や業績推移
・基本的なビジネスモ
デルや製品の特徴等
・保有技術の新規性や
競合と比較した優位
性、有効性等
・市場規模と成長見通
し、競争環境変化、新
規市場の可能性等
・技術面、事業面、知的
財産面での課題等
評価機関 C
・売買価値(処分価値)
を前提に蓋然性を重
視した金銭価値評価
・企業・技術の強み等の
分析、課題の整理等
を踏まえた評価
・市場におけるポジショ
ン等の分析
・処分価値や企業の実
態バランスを踏まえた
知財価値
評価機関 D
・知的財産権の目録
・評価額
・市場分析と対象企業
の売上予測
・知的財産権の定性評
価
・知的財産権の金銭的
価値評価
・今後の課題
評価機関 E
・企業の強みや産業全
体での製品の特徴等
・パテントマップ
・他者の出願動向も加
味した自社特許の分析
・知的財産活動によって
社内で生じた変化等
・事業計画達成の評価
評価機関 F
・主力事業や出願分野
・保有技術の特徴
・特許から見た強みと
弱み
・協業や技術的補完性
・海外出願状況
・パテントマップ一式
評価機関 G
・事業・技術における特
許動向と位置づけ
・出願件数のシェアや
出願動向等
・知財サポート力評価
・技術の独自性や防衛
力、収益力、重要度等
・対象知的財産権の売
却先候補
評価機関 H
・時系列の出願、登録動
向(過去 20 年)
・審査中、拒絶等の登録
には至っていない出願
リスト
・発明に関する他者との
コラボレーション
・競合企業
・各特許の評価額
(備考)特許庁「知財ビジネス評価書作成支援公募要領」に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
(2)知財総合支援窓口
中小企業等が経営の中で抱えるアイデア段階から事業展開までの知的財産に関する
悩みや相談をワンストップで受け付けるため、全国 57 ヶ所に設置されたのが知財総合
支援窓口である。ここでは、窓口支援担当者がヒアリングを通じて経営課題を把握し、
無料でアドバイスを実施している。
この知財総合支援窓口については、特許権以外の知財や、知財の“候補”を持つ企業
先も有効に活用できる。実際に特許権や商標権の権利化につながっている例も多く、特
許庁ホームページ等には具体的な支援事例(図表 16)が数多く公開されている。
窓口活用のポイントは単純明快で、何らかの知財ニーズを有する企業と窓口の専門家
とを如何に引き合わせるかである。信用金庫職員が企業先から知財の相談を受けた場合、
第一歩としては、とにかくこの窓口を紹介してみることだろう。そもそも専門家でもな
い限り、権利化の可能性を見極めることは難しい。その時点で十分に内容を理解できて
いなかったとしても、ここは躊躇せず、つなぎ役に徹してみることが営業担当者1人ひ
とりで実現できる対応策と言えよう。企業先にとっても、窓口への相談は知財意識の向
上にもつながり、あらためて自社を見直すきっかけとなる。
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金融調査情報 27-26 16.2.9
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(図表 16)知財総合支援窓口による支援事例(抜粋)
(備考)特許庁知財ポータル(http://chizai-portal.jp/)に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
5.知的資産経営と信用金庫
中小企業基盤整備機構は、「従来のバランスシート上に記載されている資産以外の無
形の資産であり、企業における競争力の源泉である人材、技術、技能、知的財産(特許・
ブランドなど)、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど財務諸表には表れてこ
ない目に見えにくい経営資源の総称」を“知的資産”とし、「自社の強み(知的資産)をし
っかりと把握し、それを活用することで業績の向上に結び付ける経営」を“知的資産経
営”としている。
この手法を中小企業にも取り入れようとする動きは、平成 19 年3月の中小企業知的
資産経営研究会による「中小企業のための知的資産経営マニュアル」の公表後に本格化
したが、現状において広く普及している状況とは必ずしも言えない。何故だろうか。
図表 17 では、知的資産経営の作成フローと活用方法について整理した。一見すると
やや概念的であり、既存のコンサルティングツールと同じようにも見え、信用金庫職員
にとっての目新しさは乏しいかもしれない。この知的資産経営は、実は「使い手を選ぶ
ツール」としての性格を持つ。マニュアルに沿って知的資産経営報告書を形式的に取り
まとめるだけでは、その真の効用は得られない。知的資産経営における「報告書の作成」
は、PDCA サイクルのスタート地点に立ったに過ぎず、そこからが本番である。そして、
その後も「これで完成」という局面は決して訪れない。この行動原理を企業に根付かせ
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ることこそ知的資産経営の効用であり、専門家任せではなく、全社が一体となって困難
に取り組むプロセスを経ることでようやく実現する。
知的資産経営という手法は、このように得られる効用は大きいものの、熱意や意欲の
ない企業では使いこなせない高度なツールと言えよう。このため、図表 14 では知的資
産経営の取組みに適した対象先の要件として「熱意や意欲がある企業」と位置付けた次
第である。別稿では、幸運にも取引信用金庫から知的資産経営の紹介・サポートを受け
た、熱意・意欲の旺盛な企業の取組み事例を紹介したい。
(図表 17)知的資産経営報告書の作成フローと活用方法
(備考)独立行政法人中小企業基盤整備機構資料に基づき信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
6.信用金庫による事業性評価のスタイル
(1)表面層から基盤層への展開
ここまで、信用金庫による事業性評価をバージョンアップするためのツールとして知
的資産・知的財産の活用について触れたが、図表 14 で整理したように具体的対応に際
しては、様々な要件・制約を踏まえたメニュー選択を行う必要がある。
だが、“メニュー”という言葉に示されるとおり、これは信用金庫の事業性評価をバ
ージョンアップするための「テクニック」に着目しているに過ぎない。そこで全体像を
見失わないように、事業性評価における知的資産や知的財産の位置付け、そして信用金
庫の事業性評価の道筋について図表 18 のとおりイメージ化した。
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(図表 18)第1層(表面層)から第3層(基盤層)への展開
(備考)信金中央金庫 地域・中小企業研究所作成
ここでイメージされるように、企業の知的資産(人や組織、経営理念など)は、知的
財産や知的財産権の苗床である。企業は、この苗床から創出された知財を戦略的に活用
することで利益やキャッシュフローを獲得するが、時間の経過とともに知財が陳腐化し
てしまったり、優位性が低下して戦略的価値を失ったりすれば、企業の業績は悪化する。
このため、企業が競争力を維持していくには、単発的に知財を生み出して終わるのでは
なく、新たな知財を生み出し続けていく必要がある。
ここでは、企業の決算・財務面を第1層(表面層)、知的財産面を第2層(中間層)、
知的資産面を第3層(基盤層)と定義している。金融機関が企業先を見る場合、どうし
ても表面層である財務面に着目してしまう傾向があるが、それは苗床から生み出された
知財が活躍した成果に過ぎない。そこで、まずは事業性評価バージョンアップの第一歩
として、中間層である知財に着目したい。一概には言えないものの、この知財を見極め
ることで概ね3~5年程度先の企業の姿は見えてくる。
ただし長期的視点から言えば、苗床から生み出された知財に着目し続けても、それは
対症療法の域を出ないことに留意すべきである。最終的には基盤層の苗床機能、つまり
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知財を持続的に生み出すことができるかどうかを見極めることが企業の 10 年先の姿を
評価することとなり、事業性評価のゴールとなる。
なお、事業性評価をバージョンアップする道筋としては、「表面層 ⇒ 中間層 ⇒ 基
盤層」のステップが自然な形となるが、中小企業の場合は中間層(知的財産・知的財産
権)が明確になっていないケースが多いと考えられることから、「表面層 ⇒ 基盤層」
というステップでの展開も想定しておく必要がある。
(2)信用金庫による事業性評価のスタイルとは
信用金庫の人的資源に制約がある中で、効果的・効率的に事業性評価への対応を進め
ていくには、やはり外部機関との連携が欠かせない。特に知的資産・知的財産の分野は
専門性が高いことから、知財ビジネス評価書作成支援や知的資産経営支援の仕組みにお
いても、専門的知見の活用を前提としている。
ひとつのモデルとなるのは、公的機関の介在により調査会社が技術力や経営力の評価
書を作成するスキームであろう。このスキームは兵庫県から発祥したもので、それを参
考として広島県、福岡県にも広がりを見せている。ここではボリュームゾーンである知
的財産権を持たない企業も幅広く対象となり、評価の視点についても前述の表面層から
基盤層までカバーしている。さらに、調査会社に支払う評価手数料の一部を公的機関が
補助することが、結果として調査書の信頼性の確保に繋がっている。取組み事例の詳細
については別稿で紹介するが、各県内の中小企業が制約なく利用できるこのスキームは、
外部連携による事業性評価対応として理想的なモデルと言えるだろう。
当スキームは、各地の自治体でも成功事例として認識されており、経済産業省が実施
した平成 26 年度の委託調査結果報告においても、産業支援機関と地域金融機関とが連
携した先駆的な取組みとして紹介されている。同報告は、スキームの成功要因として、
①金融機関の協力、②県の支援体制、③事務局(産業支援機関)の人員体制、④評価機
関および評価者の確保 の4点を挙げ、他の地域へ波及させることも念頭に置いた検
討・整理を行っている。
それでは、この4点の中で信用金庫が対応できることは何かというと、通常であれば、
①金融機関の協力、③事務局の人員体制の2点であろう。例えば、①については評価制
度と連携した融資商品を開発したりすること、③については職員を産業支援機関等に出
向させることが考えられる。実際、別稿で紹介する取組み事例では、地元の信用金庫が
このような役割を果たしている。
他の都道府県の信用金庫においては、先行モデルを参考としつつも各地の特性に鑑み
た新モデルを考案し、自治体等に提案を行ってみることも地方創生対応の一類型となる
のではないだろうか。
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おわりに
本稿では、知的資産・知的財産の活用による事業性評価のバージョンアップをテーマ
とし、信用金庫が選択可能なツールや活用スタイルについて整理した。もっとも、個別
信用金庫にとっては、それらツール等の活用事例や企業側の意見などに対する関心が高
いものと思われる。したがって、本稿はあくまでも導入編という位置付けである。
具体的な活用例については、この分野で先行する2金庫とその取引先企業2社に対す
る調査を実施したことから、別稿にて紹介することとしたい。
以 上
(竹村
秀晃)
<参考文献>
・知的財産戦略本部(2015 年 6 月)「知的財産推進計画 2015」
・経済産業省(2009 年 4 月)「知的資産経営評価融資の秘訣」
・経済産業省(2015 年 3 月)「平成 26 年度地域経済産業活性化対策調査報告書」
・特許庁(2015 年 9 月)「知財を活用した中小企業向け融資の促進について」
・特許庁「特許行政年次報告書 2015 年版」
・特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/web/all/top/BTmTopPage)
・独立行政法人中小企業基盤整備機構(2012 年 5 月)「事業価値を高める経営レポート(知的資産経営報告
書)作成マニュアル改訂版」
本レポートのうち、意見にわたる部分は、執筆者個人の見解です。また当研究所が信頼できると考える情報源から得た各種データなど
に基づいてこのレポートは作成されておりますが、その情報の正確性および完全性について当研究所が保証するものではありません。
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