6 特集:中部のものづくり探訪 ~特色ある地域産業

地域の資源や技術を活かし、特色ある製品づくりを
行っている企業群を
「地域産業」
として紹介します。
岐阜の日本酒
◎
◎
○
美味しい日本酒ができる環境がすべて揃っている岐阜県では、
さまざまなアイデアで岐阜の日本酒をPRしている
若者とインバウンド旅客に向けたPRを推進
岐阜県
大衆的な日本酒から高級地酒へ
1
岐阜の持つ名水が、
日本酒の味をつくる
世界で最も水が美味しいといわれる日本。
その中
でも岐阜県の水は美味しいといわれている。穂高連
峰、乗鞍岳などの北アルプスや白山など3 , 000 m級
の山々が連なり、
その雪解け水が長良川、飛騨川、
木曽川、揖斐川など豊かな水量の河川を生み出し、
いが、古くからつくられ、人々に飲まれていたと推
測される。
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嗜好や生活習慣の変化で
消費量はピーク時の1/4に
日本人に愛されてきた日本酒だが、日本酒業界
この清流からの伏流水が、県内各蔵の井戸水とな
の現状は楽観できるものではない。日本酒の消費
って日本酒づくりに使われている。
量は、1973( 昭和 48 )年の176 万 6 , 000 klをピーク
日本酒は、水、米、酵母がその味を決めるとされ
に減 少の一 途である。バブル経済の影 響や地 酒
ており、全国に誇る名水という決定的な要素を持
ブームなどもあり回復傾向を見せた時期はあるも
つ岐阜は、
日本酒づくりには最適な土地柄である。
のの、1989( 平成元)年からは再び減少していき、
日本酒に関する記
2013(平成 25 )年では 44 万 4 , 190 klと、
ピーク時
述 は『 日 本 書 紀 』
の 25 %程度まで低下。1970( 昭和 45 )年に3 , 533
にも記 載されてお
場 あった 蔵 元 の 数も、2 0 1 3( 平 成 2 5 )年 には
り、平 安 時 代には
1 , 652 場まで減っている。
消費量減少の理由としては、日本の人口減およ
今と 近 し い 品 質
の日本 酒がつくら
れてい たようだ 。
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岐 阜における日本 酒づくりの起 源は定かではな
中経連 2016.2
清 流からの伏 流 水 が 、各 蔵 元の井 戸 水と
なっておいしい日本酒を生み出す ◎
び高齢化による一人あたりの消費量の減少、
さら
にはワインや焼酎などの台頭、健康志向から低アル
中経連 2016.2
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コール化が 高まるという消 費 者の嗜 好の変 化な
同研究によって1997( 平成9)年に生まれた、寒冷
ど、
さまざまな影響を受けている。
地でも高い発酵力を持ち、華やかな吟醸香が特徴
このような厳しい環境下において、全国7位・51
の「G酵母」の登場によって、日本酒の味をさらに
場の蔵元数を誇る岐阜県では、岐阜県酒造組合
上質なものにしていった。今後も岐阜大学との共
連合会(以下、連合会)を構成する6つの組合(岐
同研究によって酒造好適米や酵母のさらなる品種
阜酒造組合、西濃酒造組合、関酒造組合、多治見
改良を進めていく予定だ。
酒造組合、中津川酒造組合、飛騨酒造組合)が協
そして日本酒に親しんでもらおうと、連合会の若
力し、さらに産学官が連携することで、岐阜ならで
手組織である青年醸友会が中心となって「岐阜の
はの強みを活かし、大きな成果を上げている。
地酒に酔う」
というイベントを2009( 平成 21 )年か
3
産学官の連携を加速し、
岐阜ブランド確立へ
□
ら毎年開催。岐阜県内の約 40の蔵元が参加し、試
飲などを通して地酒をPRしている。青年醸友会の
三輪研二氏はその効果を「まずは東京で開催し、
日本酒の味を決める水、米、酵母のうち、米と酵
続いて岐阜、大阪で開催した。個々の蔵元ではPR
母については連合会が牽引して研究開発を進めて
に限界があるが、県内の蔵元が団結してPRしたこ
いる。会長の中島善 二氏は、
「 日本 酒の消費 量の
とで、岐阜県の日本酒のブランド化、販路拡大にも
減少に対峙するためには、
まずは味を高めること、
つながった」
と考えている。
そして飲んだことのない人に飲んでもらうこと。
その
※心白…米の中心部にある白く不透明な部分のこと。心白以外
の部分は雑味の原因になるため、心白のみを使用すれば雑味
の少ない日本酒ができる。
両軸を連合会が推進していった」
という。
日本酒づくりには一般的な食用の米ではなく酒
造好適米を用いる。岐阜県では昭和 40 年代初頭
から連合会と飛騨市にある岐阜県高冷地農業試
験場(現・岐阜県中山間農業研究所)が共同研究
を10 年以上重ね、1982(昭和 57 )年に「ひだほま
れ」を酒米として品種登録した。大粒でタンパク質
が少なく、米づくりに使用する心白※の割合が高い
ため、高級酒づくりに最適の条件を兼ね備えてい
る。
また、連合会と岐阜県産業技術センターとの共
「岐阜の地酒に酔う」
のほかにも中部国際空港で行った
「NGO SAKE FEST」
などさまざまな場所で岐阜の日本酒を発信している ◎
地酒ブームを機に、市場と販路を拡大
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海外への出展や商談会などを
行政や団体がサポート
連合会が牽引役となって岐阜県の日本酒の消
費拡大に向けて活動している一方で、各蔵元の規
清 流からの伏 流 水 が 、各 蔵 元の井 戸 水と
なっておいしい日本酒を生み出す ◎
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中経連 2016.2
ために、若者向けのPRやさまざまな団体との共同
企画によって、国内外の両方に目を向けて積極的な
ち
ご
の いわ
活動をしている、土岐市の千古乃岩酒造㈱である。
4代目である同社代表取締役の中島大蔵氏は、
模や経営体力は異なり、
また300 年以上の歴史を
「当社は創業100 年くらいの若い蔵で、新しいことに
持つ蔵元の中には、挑戦的な取り組みのリスクを
挑戦しやすい環境にある。地域性を活かして、例えば
考え、現状を守ることを大切にする所もある。蔵元
外国人が好む美濃焼とのコラボレーションを進め
同士で連携しにくい部分は各蔵元が独自に工夫し
ている」
と語る。
そのきっかけは、中島氏が蔵元の未
ており、
その一つが、新たな日本酒ファンを獲得する
来を憂い、経営革新に取り組んだ5年ほど前である。
中経連 2016.2
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その後、2014( 平成 26 )年から愛知大学経営学部
香港、シンガポールのマリーナベイサンズといった
のゼミと共同で若者向け商品開発の取り組みを開
一流ホテルのレストランで提供することでブランド
始。
また昨年には、10月にシンガポールで開催され
化を進めた。
た
「Oishii Japan 2015 」
に出展、11月26 ∼ 12月8
一 方 で、海 外 での
日にタイ・バンコクで開催された「 2015 昇龍道(中
知名度を武器に、イン
部・北陸)物産観光展」の商談会へ参加するなど、
バウンド旅 客に向け
新たなチャレンジを続けている。
「アメリカへはすで
た施 策にも取り組ん
に多くの蔵元が進出し飽和状態に近い。
それならア
でいる。天 領 酒 造 ㈱
ジアに目を向け、新たな市場を開拓していきたい」
と
代表取締役の上野田
中島氏。同社では、
「ゴールドマン・サックス中小企
隆 平 氏は、飛 騨 酒 造
業 経 営 革 新 プ ログラ
組 合の理 事 長として、高山市 、飛 騨 市 、下呂市の
ム」でインターン生を受
12 蔵、白川村のどぶろく製造者1蔵、行政、観光協
け入れ、岐阜県東濃の
会、旅行会社などと連携して2013( 平成 25 )年に、
飛騨地酒ツーリズム協議会では、御酒飲
券、御酒飲帳、御酒飲読本を発行するなど
工夫をこらし観光客を誘致している 回
地 域 資 源 である美 濃
「飛騨地酒ツーリズム協議会」を結成。自らが協議
焼、紙製品、
さかおり棚
会の会長になり、販売促進活動を開始した。
「 五感
田米を活用した日本酒
で味わう、日本酒の聖地。」をキャッチフレーズに、
ギフトセットの開発にも
取り組んでいる。
国内外からの観光客による酒蔵見学や日本酒の
美濃焼でつくられた酒瓶と酒器を、
日本を象徴する富士山をプリントし
たパッケージでセット化
販売増加を目指している。
また同年には、中経連の
欧州調査団のフランス・アルザス地方訪問をきっ
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昇龍道などと連携した、
インバウンド旅客の誘致策
かけに、
アルザスワイン街道と友好宣言書に調印。
上野田氏によれば「飲食業界誌に、 パリで日本酒
海外市場にいち早く目を向け、
ブランド化に成功
人気が高まっている という記事が載り、その誌面
した好 例 が 下呂 市 の 天 領 酒 造 ㈱ である。1 9 9 9
に掲載されていたのが、
アルザスのコルマール市で
(平成11)年に下呂市主催のアメリカ視察に参加して
開催された国際観光展に飛騨地酒ツーリズム協
日本酒への好感触をつかむと、海外における 日本
議会が出品した日本酒だった」
と、早くも効果が出
酒=高級酒 というイメージを活かして販路を拡
ているという。インバウンド旅客の誘致においては
大。
これまでアジアを中心に世界 11カ国に輸出して
昇龍道プロジェクトと連携しながら、飛騨地域が
おり、量販店ではあえて販売せず、ザ・ペニンシュラ
一体となったブランド化に努めている。
日本酒の分類
日本酒は精米歩合と原料で分類される
「特定名称酒」
と、
そのほかの
「普通酒」
に分類される。
他にも製造方法の違いや季節、発酵させる期間などで名前が変わる。
精米歩合とは、玄米の表層部を削る精米工程において、元の重量に対する割合のこと。
たとえば「精米歩合60%以下」
は、玄米の表層部を40%以上を削り取った状態。
原材料
特定名称酒
米・米こうじ
米・米こうじ
+
醸造アルコール
特定名称酒は、
こうじ米の使用割合(白米の重量に対する、
こうじ米の重量の割合)
が15%以上のものに限られる。
普 通 酒
50%以下
純米大吟醸酒
精米歩合
60%
60%以下
以下
純米吟醸酒
または特別な製造
方法(要説明表示)
特別純米酒
吟醸造り、固有の香味、 吟醸造り、固有の香味、
香味、色沢が特に良好
色沢が特に良好
色沢が良好
大吟醸酒
吟醸酒
吟醸造り、固有の香味、 吟醸造り、固有の香味、
色沢が特に良好
色沢が良好
添加する醸造アルコールの重量は、原料
白米重量の10%以下に限られる。
特別本醸造酒
香味、色沢が
特に良好
以前、純米酒には精米歩合70%以下という要件があ
ったが、現在は米と米こうじだけを原料にした日本酒
であれば「純米酒」
と表示できるようになった。
70%以下
純米酒
ー
香味、色沢が良好
本醸造酒
ー
香味、色沢が良好
吟醸造りとは、吟味して醸造すること。伝統的な技法で、
日本酒特有の香りである
「吟醸香」
が高い酒になる。
特定名称酒以外の日本酒を
「普通酒」
という。精米歩合70%以上の米や、特定名称酒に使われているもの以外の原料
を用いたり、醸造アルコール量が10%を超えるものなどがある。
※色沢(しきたく)
とは、酒の色と透明度を指す。 参考/平成元年国税庁告知第8号「清酒の製法品質表示基準」の概要
出所:日本酒造組合中央会『& SAKE 二十歳からの日本酒BOOK』
をもとに作成
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中経連 2016.2
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くに女性に日本酒を広めることが欠かせない。
その
ためには日本酒のファッション化、
つまり日本酒を飲
むことが格好良い、
というイメージ戦略を進めていく
ことが必要である。岐阜県でも蔵元によっては女性
への波及効果を狙い、アルコール度数を落とした
スパークリングや果汁をまぜた新しい味わいの日本
昨年11月、名古屋市内にて開催された友好宣言一周年を記念したレセプシ
ョンには多くの関係者が参加し、中部とアルザスの交流をさらに深めた
酒を開発するなど、独自の動きも活発である。
また、
高山市の㈲舩坂酒造店が取り組む、観光客向け
また世界的な和食ブームにより、和食に合う飲
に通年醸造を可能にして観光スポットの一つとし
み物として、世界最大のワイン教育機関「WSET」
て酒蔵をPRする
「プロジェクト四ツ星」の開始や、
(Wine&Spirit Education Trust)
に日本酒コース
㈱ 平田酒 造 場の日本 酒が、国 際ワインの品 評 会
が作られたのも朗報である。農林水産省の
「日本食・
「IWC」
(International Wine Challenge)
で2014
食文化の世界的普及プロジェクト」の一環として、
チャンピオン・サケに選ばれるなど大きなニュースも
2014( 平成 26 )年に日本酒コースの講師が日本に
続いており、岐阜県の蔵元への注目は高まる一方だ。
招聘され、飛騨地方も研修コースの一つに選ばれ
世界で高級酒として愛されている日本酒のブラン
た。研修に参加したのはマスター・オブ・ワインの資
ド化をさらに加速しようとしている中、
TPPによる関
格を持つメンバーで、今後の彼らの発信力に期待
税撤廃が、
日本酒にどのような影響を及ぼすのだろ
が持てる。
日本酒の世界的な知名度は着実に向上
うか。現在、岐阜県における日本酒輸出量の多い国
していくだろう。
は圧倒的にアメリカで、韓国、中国、シンガポール、
このように岐阜県では、海外プロモーションおよ
オーストラリアと続く。
TPP対象国も含まれる中、各
びインバウンド旅客の増加に向けた先進的な取り
蔵元で「価格が下がれば多くの人に飲んでもらえ
組みが功を奏している。
さらに外交・通商に関する
る」
「 値段が高いからブランド化できている」など意
キャリアと幅 広い人 脈を持つ古田岐 阜 県 知 事が
見は異なるが、
これから岐阜の日本酒はどのように
自ら先頭に立って、岐阜のブランドとして、飛騨牛や
市場環境の変化に対応していくのか。日本の海外
美濃和紙などと一緒に日本酒をPRするトップセー
戦略の成功例となることを期待している。
ルスを 行 って お
取材協力・資料提供/岐阜県酒造組合連合会、千古乃岩酒造㈱、天領酒造㈱、
飛騨地酒ツーリズム協議会
写真提供/◎岐阜県酒造組合連合会、○天領酒造㈱、回飛騨地酒ツーリズム
協議会、□岐阜県
り、海外での販路
開拓や、現地での
セミナ ー の 開 催
飛騨地域の日本酒の蔵元が一堂に集まり試飲会を開催
などを 積 極 的 に
支援している。
岐阜県知事自ら岐阜の日本酒のPRを行う。
スイ
スのグローバルアンテナショップ
「Sato」
にて □
6
「日本酒=格好良い」が、
未来の道を切り拓く
新春 飛騨の蔵元勢ぞろい!
!
オープニングセレモニーの鏡割りからはじまり、12の蔵元の
日本酒・日本酒を使ったカクテルの試飲会、
日本酒にまつわる
展示、甘酒・ぜんざいのふるまいなどが予定されている。
現在、
日本酒ブームが起きていると言われている。
しかしそれは、純米酒・純米吟醸酒・吟醸酒などの
特定名称酒の出荷数量の増加であり、
その反面、普
通酒の落ち込みは激しい。今後、
日本酒業界が国内
消費拡大に向け進むべき道として、20 代の若者、
と
中経連 2016.2
2016年2月14日(日)10:00∼15:00 昨年のイベントの様子 回
● 会場/飛騨高山まちの博物館
(高山市上一之町75)
● 問い合わせ先/
(一社)飛騨・高山観光コンベンション協会
TEL 0577 ­ 36 ­ 1011
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