構造物の火害診断業務について - 一般財団法人日本建築総合試験所

テーマ解説
構造物の火害診断業務について
Fire damage diagnosis of the building
試験研究センター 構造部 耐震耐久性調査室
1.はじめに
代表する火災事例としては、1972年に発生した千日デ
国内において、2014年の総出火件数は43,741件に達
パートビル火災や、1973年に発生した大洋デパート火
し、このうち、建物火災は23,641件(うち住宅は12,922
災ならびに西武高槻ショッピングセンター火災などが挙
件)に及んでいます 。
げられます。
1)
建物の火災による被害(以下、火害と記す)は、内外
その後の1977年、大阪府内RC造倉庫の火災において、
装材や防火設備のみの軽微な場合もあれば、構造部材に
当法人が初めて火害診断を実施しており2)、1977年頃か
まで及ぶ甚大な場合もあります。鉄筋コンクリート造、
ら1999年頃までは年間数件の頻度で、火害診断を実施し
鉄骨鉄筋コンクリート造(ここでは、鉄骨鉄筋コンクリ
てきました。当時、火災を受けた建物の調査・診断は、
ート造も含めてRC造と記す)および鉄骨造(以下、S
設計・施工に携わった設計事務所やゼネコンの技術者が
造と記す)の建物は、基本的には構造部材が耐火性や不
行うことが多く、依頼件数もあまり多くなかったため、
燃性を備えた材料によって構成されているので、火災に
当初は、依頼内容に応じて材料試験室または耐火防火試
よって建物の取り壊しに至る被害を受ける場合は少な
験室が、各部署の担当試験業務を実施する傍ら、火害調
く、その影響を適切に把握し、被災した建物にどのよう
査業務に対応してきましたが、その後、火災を専門とす
な補修または補強を施せば再利用可能かを検討すること
る耐火防火試験室が本業務を担当するようになりました。
が多くあります。
その判断材料を提供するのが、構造物の「火害診断」
です。
本稿では、これまでに当法人が関わった火災事例や実
2000年以降、当法人の火害診断実施件数は徐々に増
加し、2004年以降の依頼件数は年間十数件まで増加し
ています(図-1参照)。この傾向は、第三者性がより重
要視され始めた社会的風潮によるものと考えられます。
施してきた火害診断の実績などとともに、本業務の概要
についてご紹介します。
2.当法人における火害診断業務の歴史
当法人が設立された1964年当時、「火害診断」という
用語は存在していませんでした。国内は高度成長期にあ
り、コンクリート構造物は、維持管理を必要としないメ
ンテナンスフリーである考えが広く定着していました。
当法人においても、1976年頃までは火害診断業務を専
門に行う部署はありませんでした。ただし、不特定多数
の人々が使用する大規模建築物の火災の際に設けられ
た、学識者や建築技術者などから構成される事故調査委
員会に対して、当法人は何らかの形で協力していました。
図-1 火害診断業務の年度毎の件数
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GBRC Vol.41 No.1 2016.1
2012年には、我が国の社会的課題である高度成長期
に建設された建物の維持保全・活用や被災した建物の評
価・再生プロセス等に対応するため、構造物の調査診断
を専門に実施する耐震耐久性調査室(以下、当室と記す)
が設立されました。これに伴い、火害診断業務は当室が
担当することとなり、火災後の補修・補強計画の監修等
を含めた様々な依頼者のニーズに対応しています。
火害診断を実施する場合、2015年2月に(一社)日本
建築学会より刊行された「建物の火害診断および補修・
補強方法 指針・同解説」3)が拠り所となります。本指針
の歴史は、日本建築学会 防火本委員会において、火災
被害に特化した小委員会として2001年に発足した「火
図-2 火害診断を実施した都道府県の分布
害診断補修小委員会」に遡ります。本小委員会では、
火災時間や燃焼経路などの情報や火害の状況を聴取し、
RC造とS造を中心に火害診断およびその標準的な補修・
調査の可否を検討します。
補強について検討が重ねられました。その成果は「構造
その後、被災した対象構造物を視察し、火災による被
部材の火害診断及び補修・補強方法」(2002年9月)と
害状況を確認し(②下見調査)、本業務の調査計画およ
してシンポジウムで公表されるとともに、2004年に「建
び見積書を提示します(③計画立案・提示)。
物の火害診断及び補修・補強方法」として刊行されまし
依頼者からの業務依頼(④業務契約)の後、対象構造
た。その後、2006年に改訂版を発行、さらに、指針の
物の外観目視による観察や非破壊試験(反発度測定や引
作成を願う声が高まったことを受け、2010年に「建物
っかき傷幅の測定等)によって大凡の被災状況を把握す
の火害診断および補修・補強方法 指針(案)・同解説」
る現地調査を実施します(⑤一次調査)。また、必要に
が刊行され、2015年2月には、2010年の指針(案)の内
応じて被災した部材から試料を採取して、材料の性能低
容を改定した「建物の火害診断および補修・補強方法
下の確認を目的とする試験・分析(コンクリートの圧縮
指針・同解説」の発行に至りました。
強度試験や中性化測定、UVスペクトル法、鋼材の引張
当法人においては、本小委員会発足時より吉田正友(元
試験など)を行う室内試験を実施します(⑥二次調査)。
試験研究センター 建築物理部長、現大阪工業大学 特任
二次調査で行う試験項
教授)が主査として、阪口明弘(試験研究センター 環
目を表-1に示します。
境部耐火防火試験室)が幹事として、委員会活動や指針
これらの調査結果に
発行に尽力して参りました。現在は春畑仁一(試験研究
基づいて、部材の火害等
センター 構造部 耐震耐久性調査室)が委員を引き継い
級 ならび に 建 物 の 被 災
でいます。
度 を 推 定 し( ⑦ 火 害 診
断)
、被災した部材の再
3.当法人における火害診断業務
利用の可否を含めて、こ
火害診断の依頼者は、構造物の所有者、官公庁、マン
れらを取りまとめ火害診
ション管理組合、デペロッパー、設計事務所、工事監理
断結果として報告します
者、施工者、保険会社など幅広い方々となります。また
対象とするのは、公共施設、共同住宅、個人住宅、病院、
(⑧報告書の提出)
。
さ ら に、 診 断 結 果 に
工場、発電所、商業施設などの建築物、橋梁やトンネル
基 づ き、 補 修・ 補 強 の
などの土木構造物となります。
設計者等によって作成
これまでに当法人が火害診断を実施した構造物が所在
する都道府県を、図-2に示します。
当 性 を 検 討 し、 計 画 通
次に、火害診断業務の流れを解説します(図-3参照)。
りの施工がなされてい
調査の問合せ(①問合せ)は、電話や電子メール等に
るかを確認する監修業
よって対応しています。火災を受けた構造物について、
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された補修等計画の妥
務も行っています。
図-3 火害診断の流れ
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定する方法8)を応用し、火害を受けた部材と健全な
表-1 二次調査時に実施する試験方法
試験方法
目
部材のそれぞれで本試験を実施し、引っかき傷幅の
的
大小から、コンクリート表層部の火害の影響を推定
圧縮強度試験
コンクリートの圧縮強度の確認
中性化深さ測定
コンクリート表面の受熱温度の
推定と耐久性劣化の確認
UV スペクトル法,
過マンガン酸カリウム法
金属材料の引張試験
コンクリートの深さ方向の受熱
温度の推定
鉄筋や鋼材の機械的性質(降伏
点や引張強さ及び破断伸びな
ど)の確認
また、ここ数年で橋梁やトンネルなどの土木構造物に
する手法を提案しています9)。
③:コア孔を利用して、孔側面のコンクリート面の貫入
抵抗値の分布を測定し、コンクリート表面から内部
に至る劣化深さを推定する手法として提案されてい
る微破壊試験です10)。当室では、火害を受けた部材
と健全な部材のそれぞれで本試験を実施し、火害に
よる劣化深さを推定する手法として提案していま
す。この結果は、部材の補修計画に利用することも
できます9)。
おける火害診断の受託が増加しています。
平成27年7月、土木学会から「火災を受けた鋼橋の診
4)
断補修ガイドライン」
が刊行されました。本ガイドラ
インは、最近、鋼橋における火災事故が頻繁に発生して
いることを受けて、土木学会鋼構造委員会が、火災発生
の緊急時に橋梁管理者などが行うべきアクションと判断
についての情報を整理したものです。
5.おわりに
本稿では、当法人で実施している火害診断業務につい
て紹介しました。
当法人は、1967年に耐火試験棟を建設して耐火試験
業務を開始して以来、火災に関する実験的な研究を続け
また、トンネル火災後の調査方針を示した「トンネル
ており、関連する学協会の活動にも長く関わってきまし
構造物のコンクリートに対する耐火設計施工指針(案)
」
た。このように、火災に関する実験を行うことができる
(土木学会)や、「コンクリートの高温特性とコンクリー
第三者機関として火害診断を行っている組織は、日本で
5)
ト構造物の耐火性能に関する研究委員会報告書」 (コ
6)
は当法人以外にありません。
ンクリート工学会)なども刊行されており、土木構造物
火災は決して起こしてはいけない災害ですが、日常的
においても、火災後の構造物の再利用を目的として現地
に発生しているのも事実です。火災を受けた構造物のそ
調査を行い、火害範囲を把握した上で、火害を受けた部
の後を検討される手段として、火害診断が役立ちますよ
分の補修や補強が実施されています。
う、今後も第三者の立場から本業務に取組んで参ります。
なお当室では、本ガイドラインに沿った土木構造物の
火災後の調査についても対応が可能です。
本業務につきましてのご相談、またご不明な点などは
お気軽にお問合せください。
4.火害診断業務における当室の取組み
当室では、部材の火害状況をより簡便・迅速に把握で
きる火害調査手法の確立を目指して、新たな調査手法の
開発研究に取組んでいます。
① 高力ボルトセットのロックウェルC硬さ試験
② コンクリート表層での引っかき試験
③ 孔内局部載荷試験
①:S造の建物に使用されている高力ボルト座金は調質
鋼であり、焼戻し温度以上の熱履歴を受けると履歴
温度に概ね反比例して材料の硬さが低下することが
知られています。当室では、S造建物に使用される
高力ボルト、ナットおよび座金のロックウェル硬さ
から、受熱温度を推定する手法を提案しています7)。
②:当室では、コンクリート表面を一定の針圧で引っか
いてできた引っかき傷幅からコンクリート強度を推
【お問合せ先】
(一財)日本建築総合試験所 試験研究センター
構造部 耐震耐久性調査室 担当:春畑・根津
Tel:06-6834-5316 E-mail:[email protected]
【参考文献】
‌ 務省消防庁ホームページ:平成26年(1月~12月)におけ
1)総
る火災の状況(確定値),http://www.fdma.go.jp/neuter/
topics/ houdou/h27/07/270716_houdou_1.pdf
2)田
‌ 村 博:火災を受けた建物の躯体の構造安全性に関する調
査結果,GBRC Vol.2 No.3,1977.7
3)建
‌ 物の火害診断および補修・補強方法 指針・同解説,日本
建築学会,2015年2月
4)火
‌ 災を受けた鋼橋の診断補修ガイドライン,土木学会 火災
を受けた鋼橋の診断補修技術に関する研究小委員会,2015
年7月
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GBRC Vol.41 No.1 2016.1
5)ト
‌ ンネル構造物のコンクリートに対する耐火設計施工指針
(案),土木学会,2014年6月
6)「
‌ コンクリートの高温特性とコンクリート構造物の耐火性
能に関する研究委員会」報告書,コンクリート工学会,
2012年5月
7)阪
‌ 口明弘ほか:高力ボルトのセットのロックウェル硬さに
基づく受熱温度推定方法,日本建築学会構造系論文集,
No.691,pp1649-1657,2013.9
8)辻
‌ 奈津子ほか:各種非破壊試験法による低強度コンクリー
トの強度推定方法に関する研究 その4 垂直コンクリート面
に対する引っかき傷法の適用性,日本建築学会大会学術講
演梗概集,材料施工,pp.233-234,2010.9
9)春
‌ 畑仁一ほか:非破壊試験による火害を受けたコンクリー
トの劣化範囲の評価に関する実験的検討,GBRC Vol.40
No.2,2015.4
10)皿
‌ 井剛典ほか:孔内局部載荷試験による構造物の深さ方向
のコンクリート物性評価に関する研究,コンクリート工学
年次論文集,Vol.34,No.1,pp.1828-1833,2012.7
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