小・中学校における法的参加の意識・能力の育成に関する基礎的研究

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
Title
Author(s)
小・中学校における法的参加の意識・能力の育成に関す
る基礎的研究
磯山, 恭子
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Issue Date
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2011-05-30
http://hdl.handle.net/10297/6252
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様式 C-19
科学研究費補助金研究成果報告書
平成23年
5月30日現在
機関番号:13801
研究種目:基盤研究(C)
研究期間:2008~2010
課題番号:20530814
研究課題名(和文) 小・中学校における法的参加の意識・能力の育成に関する基礎的研究
研究課題名(英文) Developing Capacity for Law-Related Participation in Elementary and
Junior High School
研究代表者
磯山 恭子(ISOYAMA KYOKO)
静岡大学・教育学部・准教授
研究者番号:90377705
研究成果の概要(和文):本研究は,市民のための法教育のあり方を考える基礎的研究である。
本研究は,市民の法的参加の意識・能力の育成を目指した法教育の理論と実践を多面的に分析
し,小・中学校の法教育のカリキュラムを構想するために必要な視点の提出を試みた。その際,
アメリカの「法教育」
(Law-Related Education)を先行モデルとして取り上げた。さらに,小
・中学校における法的参加の意識・能力の育成を目指した法教育の授業を開発し,考察を行っ
た。
研究成果の概要(英文):This is the fundamental study regarding the state of Law-Related
Education. The study suggested new perspective to Law-Related Education curriculum in
elementary and junior high school by dimensionalizing the theory and practice on
Law-Related Education regarding the capacity for Law-Related participation. It focused
on Law-Related Education in the United States. It revealed how to develop capacity for
Law-Related participation in elementary and junior high school through Law-Related
Education units were developed and practiced.
交付決定額
2008年度
2009年度
2010年度
年度
年度
総 計
直接経費
1,700,000
800,000
900,000
間接経費
510,000
240,000
270,000
(金額単位:円)
合 計
2,210,000
1,040,000
1,170,000
3,400,000
1,020,000
4,420,000
研究分野:社会科学
科研費の分科・細目:教育学・教科教育学
キーワード:教育学,社会科,市民的資質,法教育,アメリカ,法化社会,参加,
カリキュラム
1.研究開始当初の背景
本研究は,日本の法化社会の進展に伴う現
代の教育の課題に応えるために,市民のため
の法教育のあり方を考える基礎的研究である。
法化社会とは,法的な関係を基盤として成
立する社会であり,市民一人ひとりが自由や
責任といった法的な価値を自覚する社会であ
る。法化社会の進展を受けて,今後はますま
す,市民として,法的な関係の中でその問題
を捉え直した上で,様々な法的な紛争解決に
実体的に関与しながら,一定の法理念や実定
法を基礎に価値的な判断を下すという意識・
能力を求められることになると考える。この
ような意識・能力こそ,本研究の研究課題と
して着目する市民の法的参加の意識・能力に
ほかならない。しかしながら,これまで,こ
のような市民の法的参加の意識・能力という
新たな資質の育成を視野に入れた研究・実践
は,ほとんどなされてこなかった。
本研究において注目するアメリカの法教
育とは,「法律家ではない者を対象に,法全
般,法形成過程,法制度と,それらがもとづ
いている原理と価値に関する知識と技能を
提供する教育」であると定義される。アメリ
カの法教育にみる発想は,今後の市民の法的
参加の意識・能力の育成を目指した日本の法
教育のあり方を模索する上で,十分に有効な
示唆を与えてくれると考える。
2.研究の目的
本研究は,市民の法的参加の意識・能力の
育成を目指した法教育の理論と実践を多面的
に分析し,日本の小・中学校の法教育のカリ
キュラムを構想するために必要な視点を提出
することを目的としている。その際,アメリ
カにおいて研究・実践が進められている「法
教育」(Law-Related Education)を先行モデ
ルとして取り上げる。
3.研究の方法
主として,次の三つの方法を用いて,本研
究の目的を達成する。
第一に,教科・科目としての法教育の意義
と可能性を,市民の法的参加の意識・能力の
育成という視点のもとで,教育内容,カリキ
ュラム,教材,学習指導案といった具体的・
実際的な分析・検討を行なう。第二に,アメ
リカの各州の法教育の取り組みを調査し,ア
メリカにおける小・中学校の法教育の現状と
課題を検討する。第三に,これらの手順を通
じて得られた知見に基づき,小・中学校にお
ける法教育授業を開発し,それらの実践を踏
まえて考察を行う。
4.研究成果
(1)法教育における法的参加の意味
法化社会の進展する現代社会において,市
民に対して,法に関する正しい認識をもち,
法への主体的な参加を行う意識や能力である
法的リテラシー(legal literacy)を育成す
ることは重要である。すなわち,法律専門家
のみならず,法律専門家以外の市民にも,法
的な問題に関心をもち,法的な思考を用いな
がら,それらに一定の判断を下す能力や,法
的な問題に参与し,主体的に働きかけること
で,それらを解決しようとする意識を身に付
けることが求められている。
本研究で注目するアメリカの法教育
(Law-Related Education)は,このような教
育課題にこたえるための先駆的な試みとして
評価されている。アメリカでは,市民として
の法的参加は,主として,次の二つを意味す
ると考えられている 。
第一に,司法制度の一部,とりわけ裁判制
度である陪審制度に参加することで,市民と
して法的な問題を解決する権利をもち,その
責任を果たすということである。第二に,社
会的な問題,経済的な問題,さらに,その他
の政策に関する問題に対して,様々な具体的
な訴訟を提起し,効果的な議論を行なうこと
で,市民として,それらの法的な問題に対し
て法を創造するということである。
アメリカにおける市民としての法的参加
は,裁判制度である陪審制度に参加するとい
った司法参加にのみ,狭く限定されたもので
はない。現代社会で起こっている法的な問題
を解決し,法的な議論に参加し,新たな法を
創造していくことをも広く含めるものであ
る。
このような法的参加への考え方を背景とし
ながら,アメリカの法教育では,目標,習得
すべき技能,および形成すべき態度として,
法的参加が具体的に示されている。アメリカ
の法教育では,法に基づく社会において,法
を創造するために,積極的に行動し,責任を
果たすこととして,市民としての法的参加を
捉えられている。
(2)アメリカの法教育における法的参加に関
する学習の展開
①アメリカにおける法教育の動向
アメリカのアラバマ州,テキサス州,ネバ
ダ州,マサチューセッツ州における法教育の
動向を調査した。具体的には,各州における
法教育の背景,法教育の目的,法教育の展開,
法教育カリキュラムおよび教材の開発,およ
び学校教育との連携の聞き取り調査を行った。
さらに,各州において開発されている法教育
カリキュラムおよび法教育教材を収集した。
中でも,法的参加の意識・能力の育成を視野
に入れた法教育の取り組みが充実しているテ
キサス州に注目して,具体的に考察を行った。
②テキサス州の法教育の背景
アメリカの法教育は,カリキュラムおよび
教材の開発の多様性に特色がある。1970年代
後半には,アメリカでは,七つの団体が,国
家的な法教育プロジェクトを組織していたと
されている。七つのうちの四つの団体は,現
在に至るまで,積極的に法教育を展開してい
る。これらの団体とともに法教育プロジェク
トを組織していたLaw Focused Education Inc.
は,現在も多数の法教育カリキュラムを開発
している。
③テキサス州の社会科と法教育との関連性
テキサス州の社会科は,“Texas Essential
Knowledge and Skills for Social Studies”
(以下,TEKS/SSとする)に基づき,展開され
ている。
テキサス州の小学校低学年の社会科の特色
は,歴史,地理,経済,政治,市民的資質,
文化,科学,技術および社会,社会科技能の
八つの領域をスコープとしながら,子どもに
それらの基礎を培うことを目指していること
である。これらの教育内容に基づき,「愛国
心の重要性とともに,自由企業制に基づく社
会における機能を理解し,テキサス州の教育
として提示する州および国家の基本的な価値
を評価する態度」を形成する。
小学校低学年の社会科の中でも,幼稚園段
階では,自己,家庭,家族,教室に焦点を当
てて,学習を行う。第1学年では,教室,学校,
地域との関係を学習することになる。さらに,
第2学年では,州や国家とともに地域の歴史に
おけるできごとや個人の影響力の重要性を考
えることによって,身近な地域に焦点を当て
て,学習を行う。
Law focused Education Inc.では,2003年8
月から2010年11月までの間に,400種類程度の
法教育授業案を提示している。これらの授業
案には,それぞれ,授業名,学習のねらい,
TEKS/SSとの関連性,必要な資料,用語,授業
の展開,評価が掲載されている。
小学校低学年の法教育授業案には,三つの
特色を指摘することができる。
第一に,これらの法教育授業案が,歴史,
地理,経済,政治,市民的資質,文化,科学,
技術および社会,社会科技能の全ての領域と
の関連を視野に入れながら,開発されている
ことである。第二に,これらの法教育授業案
は,とりわけ,歴史,政治,市民的資質,社
会科技能の領域との関連が強調されているこ
とである。第三に,これらの法教育授業案で
は,社会科技能の育成が重視されていること
である。
(3)小・中学校における法教育授業の提案
①子ども同士の関わり合いを深める特別活
動の実際—ルールづくりの活動を中心とし
た法的参加の意欲の高まりを目指して—(裾
野市立富岡第一小学校 北原淳平)
本研究の目的は,「みんなのことはみんな
が納得して決める必要があること」「決めた
ルールは学級の実態に応じて変えていくこ
とができること」を子どもたちが実感できる
実践を展開することである。そのため,小学
校 6 年生を対象に,特別活動「全力会議『秋
のお祭りに向けて』」を構成した。本研究で
は,「みんなのことはみんなで決めていく必
要があるという意識が根付き,自分たちの力
でまとめた,決めた,解決したという達成感
を感じる子どもが増えた」「決定したことを
実行し,反省し,再考していくという活動を
通して,法的参加の意欲が高まってきた」と
いった成果や「考えを自由に安心して言い合
える雰囲気をつくる学級づくりが活動の一
番の基盤となることがわかった」といった課
題が明らかになった。
②小学校の法教育における紛争解決能力の
育成—「4 の 1 憲法づくり」の分析を通じて
—(菊川市立小笠北小学校 細野雅希)
本研究の目的は,学校生活におけるルール
づくりを通して,小学校の法教育における紛
争解決能力の育成の過程を明らかにするこ
とである。
そのため,
小学校 4 年生を対象に,
特別活動単元「4 の 1 憲法づくり」を構成し
た。本研究では,本学習活動を通じて,「ど
のような問題が起きても,子どもたちが自分
たちで解決しようと積極的に議論を深める」
「自分たちの生活を自分たちの手でよくし
ていこうと自主的に活動する」といった子ど
もたちの活動に様々な変化を生むことが明
らかになった。
③裁判員制度の意義を追究しながら,法がよ
り身近になった社会に参加する力を育てる
授業実践(静岡大学教育学部附属島田中学
校 岩本知之)
本研究の目的は,生徒に育成すべき力を踏
まえながら,模擬裁判員裁判を含む司法の学
習の意義や課題を考察することである。その
ため,中学校 3 年生を対象に,
「裁判員制度
が導入された意義は何なのだろうか」という
学習課題のもとで,社会科単元を 6 時間で構
成した。具体的には,
「紛争を解決してみよ
う」
「法廷図の変化と裁判の概念」
「裁判員制
度で国民が参加する裁判とは?」「模擬裁判
員裁判①②」「裁判員制度への見方・考え方
を深めよう」である。本研究では,「模擬裁
判員裁判を通して,法が身近になった社会に
主体的に参加する力の必要性を学んでいる
こと」をはじめ,裁判員制度の意義と課題に
対する生徒の様々な思考が明らかになった。
④市民性を育成する法教育のあり方(掛川市
立大浜中学校 高橋恒明)
本研究の目的は,社会的実践能力の視点を
踏まえ,よりよい社会の一員として社会に参
加する能力を子どもに育成する社会科授業
を提案することである。そのため,中学校 3
年生を対象に,社会科単元を 4 時間で構成し
た。具体的には,「政治って何?」「日本の
選挙制度ってどうなっているの?」「政党っ
て何?」「政治参加とマスコミの問題点を考
えよう」である。本研究では,「世の中には
様々な紛争があり,紛争を解決するためには,
当事者同士の話し合いが大切であり,その中
で合意が図られなければならないこと」「政
治のシステムと政治参加の方法を理解した
こと」
「一方的な意見を聞くのではなく,双
方の意見を良く聞き,正しく判断をしていか
なければならないことを理解したこと」「本
授業で身についた資質は,今後の司法や消費
者教育につなげていくことができること」と
いった成果や,「政治のあり方について,一
方的な知識の習得に終わってしまい,じっく
り考える時間を与えることができなかった」
「マスコミの報道について,一方的な報道に
ついての危険性を理解した,どのような判断
をしていけばいいかについて言及できてい
ない」といった課題が明らかになった。
⑤社会科歴史の学習における法教育の展開—
江戸時代で「正義」を学ぶ授業実践を事例
として—(袋井市立浅羽中学校 高橋壮臣)
本研究の目的は,過去の出来事や事件,紛
争などの法的な問題や課題の解決方法を評
価したり,現在の視点から新たな解決方法を
考えたりしながら「正義」について学ぶ社会
科歴史の学習を提案することである。そのた
め,中学校 3 年生を対象に,選択社会科単元
を 4 時間で構成した。具体的には,
「生類憐
れみの令は,何のために出されたのか」「御
蔵米盗難事件を解決しよう」「江戸時代の裁
判の問題点を考えよう」「菜種をめぐる紛争
はなぜ起こったのか考えよう」である。本研
究では,社会科歴史の学習で,法的な問題や
課題を「正義」という法的な見方考え方でと
らえて解決する力の育成が可能であること
が明らかになった。
(4)教員養成学部・大学院における法教育授
業づくりの取り組み
①「ルールをつくるため,評価するための視
点を身につけよう」の開発(静岡大学教育
学部 安良田麗,伊藤孝之,北見静英奈,
河野仁,高橋啓介,中村桃子,藤田礼香)
中学校 3 年生を対象に,社会科単元「ルー
ルをつくるため,評価するための視点をみに
つけよう」を,静岡大学教育学部の学部生 7
名で開発した。実際に,静岡大学教育学部附
属島田中学校において,授業を実践した。
本単元の目標は,正しい法に関する認識や
主体的な法への参加といった法的資質を育
成することである。第 1 時では,導入で新聞
記事を用いて,騒音問題の意識付けを行った。
架空の中学校と 4 人の住民を取り巻く騒音問
題を解決するためのルールを各小集団で作
成した。第 2 時では、授業の始めにルールを
つくるための四つの視点について授業者が
説明した。一人に一つの立場を与えて,前時
と同じ騒音問題を解決するためのルールづ
くりを各小集団で行った。第 3 時では、第 2
時に付箋を用いて作成したルールを評価し
た。その後,町内会チームと住民チームに分
かれた。町内会チームは付箋で行った評価を
もとに騒音問題を解決するための最終決定
案をつくり,住民チームは各々の小集団のル
ールを付箋の評価をもとに再考した。個人で
最終決定案を評価して,授業を終了した。
法教育授業の実践の成果と課題を踏まえ
て,学部生それぞれが,分析を行った。
②ルールづくりを題材とした法教育の授業
実践の考察—単元「公平な体育館の使用ルー
ルを考えよう」を事例として—(静岡大学大
学院教育学研究科 辻本直道,深津臣,三
上芳典,山崎彩乃)
中学校 3 年生を対象に,社会科単元「公平
な体育館の使用ルールを考えよう」を,静岡
大学大学院教育学研究科の大学院生 4 名で開
発した。実際に,静岡大学教育学部附属島田
中学校において,授業を実践した。
単元の目標は,行動調整のためのルールを
つくることである。部活動という中学校生活
に即した事例を取り上げた。第 1 時では,生
徒に体育館の使用の現状における問題を読
み取らせ,体育館の使用ルールを考え,グル
ープでまとめさせた。第 2 時では,グループ
で考えた使用ルールを発表し,その中から平
等という視点に注目させ,一つの使用ルール
をつくらせた。第 3 時では,平等という視点
を中心につくった使用ルールを分析させ,新
たにバスケ部が休みの時の体育館の使用ル
ールを考えさせた。
法教育授業の実践の成果と課題を踏まえ
て,大学院生それぞれが,分析を行った。
5.主な発表論文等
(研究代表者、研究分担者及び連携研究者に
は下線)
〔図書〕
(計3件)
①谷川彰英(監),江口勇治,井田仁康,伊
藤純郎,唐木清志(編),東京書籍,
『市民
教育への変革』
(分担部分:磯山恭子「法教
育における法的参加に関する学習の重要
性」
)
,2010 年,174-184 頁。
②江口勇治,磯山恭子(編)
,東洋館出版社,
『小学校の法教育を創る-法・ルール・きま
りを学ぶ -』,2008年,8-20頁,174-185頁。
③江口勇治,大倉泰裕(編)
,東洋館出版社,
『中学校の法教育を創る-法・ルール・きま
りを学ぶ -』
(分担部分:磯山恭子「アメリ
カの中学校の法教育から学ぶ—『法的参加』
の視点から—」)
, 2008年 , 216-225頁 。
6.研究組織
(1)研究代表者
磯山 恭子(ISOYAMA KYOKO)
静岡大学・教育学部・准教授
研究者番号:90377705
(2)研究分担者
なし
(3)連携研究者
なし