平成22年度 仙台市中学校教育研究会 生徒指導研究会 第3回例会 実践事例発表資料 仙台市立中田中学校 教諭 一條 浩明 研究テーマ 「けじめのある生活態度を身につけ,望ましい自己実現を目指し努力する生徒の育成」 1 主題設定の理由 近年,生活環境の変化や厳しい経済状況の中,家庭の問題や多様な価値観の氾濫により,社会で役 に立つ人間になるなどの望ましい自己像を描くことが出来ぬまま成人となる者が増加している。仙台 南警察署による「非行少年等の検挙,補導状況」によると,前年度に比較して,犯罪にかかわる中学 生や未成年が大きく増えているとの統計が発表されている実態である。 本校においても,同様な実態がある。本校学区において非常に特徴的なのは,検挙補導されている 実数が大変多い地区であるにもかかわらず,学校への通報はあまり多くないということである。これ は,本校の生徒が落ち着いているためではなく,例えば万引きなどの行為が発覚した時,店の方針や 地域との今後の関わりを勘案し,学校に通報されないこともあるためではないかと考えられる。 このような実態を踏まえ,事故や事件のない,活気のある学校にしていくために,生徒自身の生活 基盤や習慣をしっかりと作る必要があると考えた。そうした土台の上に,自ら目指すものを実現する 努力を重ねる生徒を育成することが本校の課題であると考え,このような研究テーマを設定した。 2 中学校区の様子 かつては名取川以南の柳生中学校区と袋原中学校区を含めすべてが学区であったが,現在では仙台 バイパスを中心に JR 線と袋原小学校に挟まれた地区が学区となっている。旧来の住宅地,新しく開発 された宅地,耕作地が混在しており,さまざまな職種の人たちが居住している。 校区内にはヤマザワ等の大きなスーパーや量販店,パチンコ店,ゲームセンター,成人向けの書店 などがあり,子どもにとって大変刺激の感じられる環境である。また,中田中央公園をはじめとして, 人が集まるのに都合のよい場所が多く存在する。南警察所の報告にも,要注意箇所としていくつかの 場所がリストアップされている状況である。 生徒の学習に対する態度は,比較的よいと感じている。学んだ後の達成感に喜びを感じる生徒も多 い。しかしその一方で,あまり学習に意欲的でない生徒も存在している。このような生徒に自信をつ けさせ,伸ばしていくために,本校では部活動を全員加入とし,奨励している。そしてなんらかの目 標を持ちながら,努力が少しでも自分の成長につながるように,真剣に取り組むよう指導している。 そうした取り組みに対し,保護者や地域の期待も寄せられており,多くの生徒にその効果が表れてい る。 地域の人たちの意識には,かつて大変荒れていた中学校をみんなで立て直したという意識が強くあ る。そしてその意識から,現在でも様々な協力を惜しまない気風が随所に表れている。しかし,新し く移り住んだ人たちが増えていくにつれ,学校が落ち着いているためか,あまり熱心に活動しなくな ってきたとおっしゃる方々もいる。 3 研究の実践内容 (1)QーUアンケート 学級の人間関係が,普段の学習への意欲につながることが多い。また,つまずきの内容によって は不登校などの原因となったり,問題行動のきっかけとなったりすることが考えられる。そこで本 校では,学級の様子と生徒一人一人の意識を知るために,「Q ー U アンケート」を年2回実施して いる。 「Q ー U アンケート」とは早稲田大学の河村茂雄博士が考案したもので,学校生活における満足 感や充実感を数値化し,問題点を理解しやすくした心理テストである。内容は「学校生活意欲調 査」「学級満足度調査」「ソーシャルスキル調査」から構成されている。集団の中で,自分はどんな 状態か,友人関係に不満を持っているのか,先生とのかかわりに不満があるのか,あるいは自分は 努力しているが,まわりに認められていないなど,環境に不満を持っているのかなど,詳細な意識 傾向を分析することが出来る。 アンケート結果は,①学級生活満足群②非承認 群③侵害行為認知群④学級生活不満足群⑤要支援 群に分類され,自分が学級から認められている度 合いと,他から侵害を受ける度合いから生徒一人 一人が位置づけられる。これらの結果を座標とし てまとめることで,学級全体の傾向を知ることが 出来る。その結果を受け,学級での取り組みにさ まざまな修正を加えていく。 本校の傾向として,人なつっこい性格の生徒が多 い反面,やや配慮を欠く言葉を投げかけ,それが 原因で人間関係のトラブルを招くことが多い。言 葉から始まるトラブルを減らし,生じたトラブル を解消することが課題の一つとなっている。 図1 Q ー U アンケートの学級における結果例 (2)人間関係づくり このような結果を担任が把握し,今後の生徒の生活を考えた上で必要と思われることを,「人間関 係づくり」の活動を通して,補強や支援を行う。 「人間関係づくり」では,生活の場面を想定し,さまざまな方法で人とのかかわり方を学ぶ。内 容は,①ライフスキル教育プログラム②構成的グループエンカウンター③プロジェクトアドベンチ ャー(PA)が主であり,それらを生徒の実態に合わせて改変するなど,工夫しながら取り組ませて いる。 活動例 「か,い,け,つ」 ねらい 争いごと等の問題を建設的に解決する技術を身につけ,活用することが出来るようにする。 事前の準備 (1)ワークシート(2)「かいけつ」のステップを書いた模造紙(3)マグネット等(4)生活班の中で,お 父さん役やお母さん役を決めておく。 指導過程 学習内容 導 入 指導上の留意点 教示教具の準備 説明「普段の生活の中で,いさかいが起こることがあります。 その時に,みなさんはどうしていますか?今日は,問題が起 ○ 「なぜ争いご こった時に活用することで,解決しやすくなる方法を考えて とが起きる?」 いきたいと思います。」 の板書 説明「皆さんには普段一緒にすごしている友達がいると思い 「どんな時にも ます。その友達と,意見の違いや争いごとが起こるのは,な ○意見を求める める?」の板書 ぜでしょうか?また,どんな場合に友達同士のもめごとが起 ○親友であっても,意見の相違はあり得 こるでしょうか?」 るということに気付かせる。 展 説明「さまざまな意見が出てきました。実際の場面がよくわ ○ しっかりと聞かせる 開 かりますね。」 説明「さて,こうした状況を解決するために,ある方法を使 ○ 「かいけつ」 の表示。それ か:課題を明らかにし, 意見を出し合う い:いろいろな解決策を 出し合う け:検討し,決定する ぞれの内容は うことでうまくいくことがあります。」 伏せてあると ( 『かいけつ』の表示を出す) よい。 ( 『かいけつ』の説明をする) 説明( 「かいけつ」の活用例を紹介する) 「有紀と理恵は,土曜日の午後はたいてい一緒に過してい る。今度の土曜日,有紀は映画に行きたいと考えている。 一方,理恵はカラオケに行きたいと思っている。二人は今 にも口論を始めそうである。」 「か」:有紀「ぜったい一緒に映画に行きたい。一週間楽しみ に待ったのだから」 理恵「私はカラオケに行きたい。みんなも大勢来るのに」 「い」:A…有紀は別な人と映画に行き,理恵はカラオケに行 く。 B…一緒に映画に行き,カラオケに行かない C…一緒にカラオケに行き,映画に行かない。 D…カラオケの前か後に,映画に行く。 「け」:Aを選択する→有紀×理恵× Bを選択する→有紀○理恵× Cを選択する→有紀×理恵○ Dを選択する→有紀○理恵○ と考えられるので,今回はDを選択。すべての解決策がどち らかに受け入れられなければ前のステップに戻り,さらに別 の解決策を考える。 「つ」:次は,実行してみる。 説明,質問「このステップは有紀,理恵のどちらにとっても ○ 解決策が実際に機能するかどうか, 公平だったと言えるでしょうか?また,解決方法に満足した よく考えてみることを促す。 でしょうか?」 実際に練習してみる 指示「生活班で次の問題について,『かいけつ』の手順に従っ て話し合ってください」 問題「家でお風呂の掃除をするのが,いつもお母さんばか ○ 役割分担をして行うとよい りになってしまいます。お母さんは,とても不満です。どの ○ 班ごとに発表をさせる ようにしたらよいでしょうか?」 説明「この方法は,どの場面でも必ず使える訳ではありませ ん。例えば,家族の決まりとして,お父さんお母さんの決 定したことに従わなければならないこともあるでしょう。 しかし,友人間では互いに傷つけることを避け,友情を深 めることが出来ます。」 終 説明「これまで経験したことで,この方法を知っていたら解 ○ワークシートに記入を指示,発表させ ○ワークシート 結 決できたかもしれないと思うことや,今後予想されることに る ついて,自分にできることを考えてみましょう」 このような活動を通し,一つ一つ学級内での課題を解決することが,大切な指導となる。本来こ のようなことは遊びの中で自然に身につけることであったが,生活経験の乏しさや異年齢集団での 遊びの経験が減少していることから,意図的計画的に「かかわり」の機会を与え,技術を身につけ させる必要があると考える。 また,生徒の観察を中心に指導や支援,励ましを日頃から行い,我慢する,見通しを持つ,など の生徒個人の課題を乗り越える力を身につけさせることが大切であると考える。 (3)地域との関わり 前述したように,本校では地域の方々との関わりが大変深い中学校である。学校は文字通り,地 域に支えられているということが出来る。生活指導に関わる主なものは,① PTA 育成委員会②育成 OB 会③中学校区健全育成会(地域ぐるみ生活指導)の3つである。 ① PTA 育成委員会 本校 PTA の一組織である。町内会から代表として3∼8名程度選出され,合計40名程度で活 動している。学校行事や地域行事,市中総体をはじめとする対外的な行事において,組織的な巡 視や声がけ,交通整理などを行うことで,問題行動やトラブルを未然に防ぐという役割をもって おり,保護者が生徒を見守るという観点で大変大きな存在となっている。主な活動内容として, 次の活動を行っている。 ア 地域の祭りでの巡視(神社の祭り,どんと祭,各連合町内会の夏祭り) イ 危険区域の点検(校外指導連盟の立て札設置を含む) ウ 夜間巡視(長期休業時) エ 学校行事における巡視(運動会) オ 校外活動における巡視(市中総体など) 巡視活動の中で,本来の巡視に加え,さまざまな声がけが行われる。指導的な声がけではなく, 心配しているという気持ちを伝える声がけであり,そうした小さな活動の積み重ねが問題行動抑止 の一助となっていると考えられる。 こうした活動を継続していくには,学校側と保護者との関わりが大切である。活動の趣旨を理解 してもらえるよう,多くの場面で呼びかけや説明をしていく必要がある。また,学校側も教員一人 一人に巡視活動への理解を求め,同じ意識で行動できるようにすることが重要である。 活動の主なものは,月1回程度の内容となっている。役員中心にその打ち合わせを持つ機会が何 度かあるが,あまり負担にならないようにしていくことも大切である。 ②育成 OB 会 歴代の育成委員会委員長や,PTA 会長を務めた方々が属している育成の組織である。40名ほど の方々が会員となっている。PTA 育成委員会の集まりにも参加し,PTA 育成委員が動きのとれない 時や,人員が不足している時,あるいは不慣れな育成委員が多い時などに加わっていただいている。 これまでの本校の変遷に深く関わっている方々であり,生徒や学校のことについて,重要な助言を いただくことがしばしばある。 校区内で生じた不審者情報を元に迅速に地域を巡視していただいたり,学校へと連絡をいただい たりと,密に活動していただいている。 こちらも,普段の心のこもった関わりが大切であり,そうした関わりの中で,学校が気付かない 様々なことに対し意見をいただくことになる。地元のことに精通している方々であるため,巡視を しながら多くのことを教えていただいている。 ③中学校区健全育成会(地域ぐるみ生活指導) 中学校区の町内会長,警察,駅,市民センターなどの役所,小学校,保護司など,地域の基盤と なっている部署の代表者によって構成されている。育成委員会などの活動を監督,支援している組 織であり,およそ50名で構成されている。地域の情報がこれらの方々から得られることも多いが, 指導上必要なさまざまな関わりをしていただいており,広報誌の発行などを通して日頃の生徒との 関わりを広めていただくなど,大切な役割を担っていただいている。 (4)部活動の取り組み 目当てを持った取り組みをするために,部ごと に活動目標を持ち,必要なことを身につけられる よう,綿密な活動計画を作成している。 木 (曜 日 ) 冬 期 練 習 拡 大 期 後 半 4(月 1日 ) 課外活動としての部活動であるが,本校生徒の 短 距 離 実態から,日頃特に大切にすべき活動という位置 ア ッ プ① ジ ョ グ 5(分 ) づけで指導にあたっている。とりわけ,学習や学 ∼ 93:0② 体 操 ス ・ト レ ッ チ 1(0分 ) 校での活動に自信を持てずにいる生徒にとって, 3(0分 )③ 四 股 ス ・タ ビ 体 (幹 の み 1)( 0分 ) 7〔3:0∼ 120:0〕 ハ ー ド ル 跳 躍 短 に 同 じ 短 に 同 じ 短 に 同 じ 短 に 同 じ 部活動の存在は大きなものと考えられる。生徒は 自分が設定した目標に到達するために努力し,そ ド リ ル① ス ピ ー ド ド リ ル れが報われたと感じることが出来るよう,丁寧に ラ ダ ー ク (イ ッ ク ラ ン 、 ラ テ ラ ル ラ ン 、 シ ャ ッ フ ル × )各 4セ ッ ト ∼ 95:0※ 指導していくことを,教員同士で共通の考え方と 2(0分 )※ シ ョ ー ト マ ー カ ー 走 B (D ・パ タ ー ン × )4本 して指導を行っている。結果ではなく,生徒の向 ※ Fハ ー ド ル 3種 目 × 各 4セ ッ ト + FHJ10台 × 4セ ッ ト 上の跡がみられ,やり抜いた実感を持たせられる ように指導していくことを第一としている。 「自己実現」というと大変重い言葉になるが, 図2 部活動の計画表の例 身の回りの活動を通して自信をつけることが,今 後生徒自身の向上につながると考えられ,長い見通しの中で「自己実現」を図ることにつながるで あろう。 また,指導をしていく上で,保護者との関わりを丁寧に行っていくことを心がけている。部とし ての活動の目当てを明らかにし,十分理解されるように説明することが顧問には求められる。 (5)普段の取り組み 本校では,生徒会主体で,朝のあいさつ運動を全 校生徒参加で行っている。毎日の担当学級を月末に 一覧として提示し,担任と共に参加させている。毎 朝10分間の活動であるが,あいさつをするという 意識を高めるには,このような方法で習慣化するの も一つのやり方であると考える。 また,服装や生活態度の問題については,学級の 代表者による月例の中央委員会で話し合う機会を持 つことがある。委員会の場で,学級ごとの問題,学 年の問題,あるいは学校全体の問題に分けながら, 現状とその改善策について意見を出し合う。その意 見を学級学年に持ち帰り,実践に移す。 図3 あいさつ運動の様子 生徒一人一人の意識を高めることが,生活指導で はぜひとも必要である。そのような観点で考えると,実際はこのような地道な活動が大切であるの かもしれない。問題が小さなうちに,生徒自身が考え,行動に移す。改善が見られた時にほめ,励 まし,次の課題へと目を向けさせる。今後も工夫しながら継続していきたい。 4 成果と課題 本校において,生徒指導に関して特別に何らかの取り組みをしているということはない。しかし, 生徒自身を活動させることで伸ばしていくという視点で,継続していることが一定の効果を上げてい ることは言えるように思われる。また,地域との連携という点では十分に時間をかけており,生徒の 生活によい影響を与えることにつながっていると考えられる。生活を向上させるための取り組みは本 校の歴史と密接に関連しているが,このような丁寧な指導を今後も継続していくことが求められる。 一方,より生活を向上させるための取り組みについては,通常考えられる活動を地道に積み重ねて きた。大きく不足しているわけではないが,まだ工夫の余地があると考えられる。一つは生徒自身の より自発的な生活向上に向けた取り組みである。この点については,今後環境美化運動や清掃の仕方 の改善,あるいはマナーアップに関する取り組みなどを通して,実施していきたいと考えている。 また不登校生徒がやや多いという実態から,生徒の様子を十分把握し,不登校に陥る前に次善の策 を打つことが必要であると考えている。必ずしも生徒間のトラブルから不登校になるわけではないが, 少しでも数を減らすことは可能ではないかと考える。 本校では,本来の生活をさせていくにあたって,一つ一つ生徒に話していく場面が非常に多い。指 導された生徒は,それを守ろうと意識する。しかし,指導されないことはしない,または出来ないと いう実態がある。一つ一つ話を聞きながら,それを自発的に発展させて考えることができれば,指導 する回数も減るのではないかと考えられる。その方策をさらに工夫することが,今後の大きな課題で ある。
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