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日本企業がいま問われる「国際競争力」
特集
価値を生むのは「輸出競争力」
でなく人々を惹きつける「集客力」
情報革命がもたらした「国際競争力」の変質と日本企業の課題
㈱ヘイ コンサルティング グループ
代表取締役社長
高野 研一
最近、日本企業の国際競争力が低下しているこ
とが指摘される。技術や品質、勤勉さ、チーム力
など、世界に冠たるレベルを誇りながら、そう指
摘されるのはなぜだろうか。そもそも、国際競争
力とは何なのか。仮に日本企業が国際競争力を
失っているとすれば、どこに原因があるのか。こ
こではこうした論点について考えてみたい。また、
日本企業が課題を克服し、世界に伍して戦えるよ
うになるためには何が必要なのか、組織人材面か
ら検討してみることにしたい。
伺情報革命の波に乗り遅れた日本企業
まず、日本企業の国際競争力が低下しているの
かどうかを見るために、株式時価総額の推移を
追ってみた。図1は 1995 年、
2007 年、
2050 年(予
測)時点における世界の株式時価総額の分布であ
る。それを見ると、日本の企業価値は 95 年時点
では世界の約2割を占めていたのが、2007 年時
点では1割に減っている。また、2050 年になると、
3%ぐらいまで減少してしまうことが予想されて
いる。95 年というと、すでにバブルが崩壊した
図1:世界の株式時価総額の推移
100%
90%
80%
70%
60%
新興国
日本
欧州
米国
50%
40%
30%
伺「国」という概念が
希薄な時代の国際競争力
20%
10%
0%
1995
2007
2050
出典:ゴールドマン・サックス レポート
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後なので、この減少はバブルによるものではない。
これに対して、米国や欧州の時価総額を見ると、
95 年から 2007 年までの間、同じウェートを維持
していることが分かる。いや、米国に至っては若
干増加しているのだ。ここから、日本企業の存在
感が世界的に見て低下してきていることが分かる。
直近の日本企業の時価総額トップ5を見ると、
トヨタ 26 兆円、
三菱 UFJ ファイナンシャルグルー
プ 11 兆 円、NTT10 兆 円、NTT ド コ モ 10 兆 円、
JT 9兆円という名前が並ぶ。これを見ると、日
本においては自動車や金融・通信といった公共セ
クターが大きな企業価値を生み出していることが
分かる。ソフトバンク8兆円が6位に顔を出して
いるのがやや異色に感じられる。
ところが、米国の企業価値ランキング上位を見
ると、アップル 81 兆円、アルファベット(グー
グル)55 兆円、マイクロソフト 51 兆円、アマゾ
ン 35 兆円、フェイスブック 35 兆円と、IT 関連
の企業が圧倒的に大きな企業価値を生み出してい
ることが分かる。これは米国だけでなく中国につ
いても同じで、アリババ 25 兆円、テンセント 22
兆円と、IT 関連の企業がトヨタに匹敵する価値
を生み出しているのだ。つまり、世界的に見ると、
産業革命が生み出した企業から、情報革命が生み
出した企業への覇権の交替が進んでいることが浮
かび上がる。ここから、日本企業が国際競争力を
失っているのは、情報革命の波に乗り遅れている
からではないかという仮説が成り立つ。
OMNI-MANAGEMENT 2016.1
こう考えてみると、国際競争力の意味も変わっ
高野研一/価値を生むのは「輸出競争力」でなく人々を惹きつける「集客力」
てきていることに気づく。産業革命の時代におい
ては、大量生産・大量物流のスケールメリットを
最大限に引き出せる、輸出競争力こそが企業およ
び一国の国際競争力につながっていた。ところが
いま、主役はモノから情報に変わり、輸出やもの
づくりの力が、必ずしも利益につながらなくなっ
てきている。それは日本のエレクトロニクスメー
カーが苦戦している状況を見れば明らかだろう。
かつて音楽・映画・テレビ番組などのコンテン
ツは、それぞれ CD・DVD・電波などの媒体に乗
せて届けられ、専用のハードウェアで消費された。
このため、ハードウェアを製造し、輸出する企業
が巨額の富を手にすることができた。
ところが、いまはそれらのコンテンツが全てイ
ンターネット・プロトコル(IP)という共通フォー
マットのデータに還元されてしまい、iPad 一枚
あれば全て楽しめるようになった。また、半導体
とソフトウェアを組み合わせることで、中国や台
湾のメーカーでも簡単に端末がつくれるように
なった。もはやハードウェアをつくるだけでは利
益があがらなくなり、ソフト・ハード・コンテン
ツ・通信を包含するプラットフォームを構築し、
そこに多くのユーザーを惹きつける企業に価値が
シフトしていった。アップルやグーグルの企業価
値を生み出しているものは輸出競争力ではなく、
世界中の人々を惹きつける集客力にあるといえる。
アップル、グーグル、フェイスブックなどの
IT 関連企業は、米国のシリコンバレーに本拠地
を置く。シリコンバレーという地域を見ても、
「国
際競争力」という概念が変化してきていることが
わかる。シリコンバレーは米国西海岸の一地域で
はあるが、そこは米国というよりは、世界的ネッ
トワークのハブとして見た方が実態に近い。つま
り、ハードウェア製造拠点の台湾、ソフトウェア
開発拠点のインド、暗号や無線通信技術の研究開
発拠点であるイスラエルなどとつながり、本社機
能を果たすハブとして機能しているのだ。
産業革命の時代においては英国・米国・日本と
いった経済大国、GE・トヨタ・デュポンといっ
た巨大企業が価値を生み出した。しかし、情報革
命の下ではグローバルなエコシステムがそれに
取って代わるようになっている。エコシステムと
は、勝ち組企業連合のことだ。それぞれの専門分
野でナンバーワンになった企業がお互いに連携し、
補完しあいながら、一企業(グループ)だけでは
実現できないような問題解決力、スケーラビリ
ティ、スピードを可能にしているのである。トヨ
タがグーグルと自動運転技術の実験に取り組むよ
うに、もはや一企業だけで解決できる問題など無
くなったといっていいだろう。問題の大きさや複
雑さが、企業や国の器を超えてしまったのだ。シ
ンガポール・香港・ドバイなどの興隆は、国とし
て見ていてはその実態は見えてこない。グローバ
ルネットワークのハブとして理解することでその
意味が見えてくるのだ。
伺商品が主役の時代から人が主役の時代へ
ここで、私の所属するヘイグループとフォー
チュン誌が年に1回公表している「世界で最も賞
賛される企業賞」のランキングを見ると、もうひ
とつのトレンドが浮かび上がってくる(図2)。
それは、機械・電気・化学といった自然科学にお
ける知見を強みとする企業の順位が下がり、何が
人を喜ばすのかといった人間科学的知見を強みと
する企業が上位にランクインするようになってい
ることだ。アップル、
スターバックス、
ディズニー、
BMW、ナイキなどの企業がトップ 20 に多数浮
上してきていることからその傾向が読み取れる。
図2:
「世界で最も賞賛される企業賞」ランキング
自然科学から人間科学へ
「機械・化学・電気・電子の領域における知見」から「人に関する知見」へ成
功要因がシフト
No.
2006
2010
1 ゼネラル・エレクトリック アップル
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
フェデラルエクスプレス
サウスウエスト航空
プロクター・アンド・ギャンブル
スターバックス
ジョンソン・エンド・ジョンソン
バークシャー・ハサウェイ
デル
トヨタ自動車
マイクロソフト
アップル
ウォルマート
ユナイテッド・パーセル・サービス
ホーム・デポ
ペプシコ
コストコ・ホールセール
アメリカン・エキスプレス
ゴールドマン・サックス
IBM
スリーエム
グーグル
バークシャー・ハサウェイ
ジョンソン・エンド・ジョンソン
アマゾン
プロクター・アンド・ギャンブル
トヨタ自動車
ゴールドマン・サックス
ウォルマート
コカ・コーラ
マイクロソフト
サウスウエスト航空
フェデラルエクスプレス
マクドナルド
IBM
ゼネラル・エレクトリック
スリーエム
JP モルガン・チェース
ウォルト・ディズニー
シスコシステムズ
2013
アップル
グーグル
アマゾン
コカ・コーラ
スターバックス
IBM
サウスウエスト航空
バークシャー・ハサウェイ
ウォルト・ディズニー
フェデラルエクスプレス
ゼネラル・エレクトリック
マクドナルド
アメリカン・エキスプレス
ビー・エム・ダブリュー
プロクター・アンド・ギャンブル
ノードストローム
マイクロソフト
ナイキ
ホールフーズ・マーケット
キャタピラー
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特集
日本企業がいま問われる「国際競争力」
競争力の源泉が、自然科学から人間科学へ、人の
五感に訴え、相手のモノの見方を変える力へと
移ってきているのである。
それでは、情報革命の進展に伴って、なぜ自然
科学から人間科学へと強みのシフトが起こるのだ
ろうか。明らかに言えることは、もはやグーグル
で検索できることでは差別化が難しくなってきて
いるということだ。機械・電気・化学といった自
然科学における知見の多くは、いまや公共財にな
りつつある。「ブラックボックス化」や「秘伝の
たれ」といった形で極秘にしてきたノウハウも、
人の採用によって入手できることは韓国の企業が
実証してきたとおりだ。業界固有のノウハウも人
の採用によって簡単に入手できるようになり、業
界の垣根を越えたバトルが始まっている。
その一方で、何が人を喜ばすのかといった主観
的な知見は、検索をしても容易には手に入らない。
そこで試行錯誤を積み重ねてきた企業が、顧客か
ら選ばれるようになってきているのだ。
情報革命はシェアリングエコノミーといわれる
ように、モノの共有を容易にした。カーシェアリ
ングを見れば分かるように、もはや都市部では車
は一家に一台いらない時代なのだ。また、3D プ
リンターの登場により、複雑な形状のモノすら量
産が可能になりつつある。モノの希少性は失われ、
価値はどんどん下がっていく。
一方で人は自分にとっての意味を求めるように
なっていく。人はもはやモノではなく、自分の発
信に対する「いいね」を渇望するようになってい
るのだ。商品が主役の時代から、人が主役の時代
へと変わったのだ。そこでは、意味を創造し、世
界中の人々にビジョンやミッションを与えられる
企業が存在感を発揮するようになっていく。アッ
プルストアやディズニーランドに行けば、それが
実感できるはずだ。必要なのはエンジニアでなく、
伝道師なのだ。それは、アップルのスティーブ・
ジョブズやアマゾンのジェフ・ベゾスがエンジニ
アでなかったことからも明らかだ。
人が何に喜びを感じるのかを知ることが、これ
からの企業の成功要因になっていく。その観点か
ら考えると、アマゾンの検索履歴に基づく推奨機
能や、ソフトバンクのペッパー君は、人間の好み
をセンシングするために社会の中に埋め込まれた
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OMNI-MANAGEMENT 2016.1
センサーとして見ることもできるだろう。
伺オープンでグローバルな
エコシステムの中で
情報とはデリバティブのようなものであり、モ
ノとしての実体を持たない。このため、高速で拡
散し、世界中の人々に届き、市場規模が何倍にも
広がる。フェイスブックのユーザーは 15 億人と、
すでに中国一国に匹敵する規模になっている。ト
ヨタの年間の販売台数が1千万台であることを考
えると、モノと情報の広がり方の違いが分かる。
いま、このグローバルな集客力が価値を生む時代
になった。究極の民主主義社会だ。
また、情報革命はクラウドソーシング、クラウ
ドファンディングといった、新たな働き方、資金
調達方法をも可能にした。これによって、激しく
変化する経営環境に対応できるスケーラブルな事
業構造が成立するようになった。そして、リスク
の分散とスピードアップと競争原理の強化が同時
に実現可能になったのだ。
情報革命により、国際競争力の源泉はグローバ
ルな集客力・動員力、エコシステムの中でつなが
る力(コネクティビティ)へと変わった。そこで
は多様性とオープンさが重要な意味を持つように
なる。
こうした変化に気づいた企業は、すでに手を打
ち始めている。オープンでグローバルなエコシス
テムの中でリーダーシップを発揮できる人材を採
用し始めているのだ。
ソフトバンクは元グーグルのニケシュ・アロー
ラ氏をナンバー2として採用した。ファーストリ
テイリングは米国事業の CEO に、元 FOREVER21
のラリー・マイアー氏を登用している。トヨタも
人工知能やロボットの分野の共同研究をリードす
る役割に、元米国国防高等研究計画局のギル・プ
ラット氏を招聘した。
中国でも同様の動きが進んでおり、アリババは
海外事業強化のために元ゴールドマン・サックス
幹部のマイケル・バンス氏を、シャオミ(小米科
技)はインドでの事業展開を加速させるために
グーグル元幹部のジャイ・マニ氏を招聘している。
このように世の中を見てみると、
「日本型雇用」
といわれる日本国特有の人事慣行が、日本企業に
高野研一/価値を生むのは「輸出競争力」でなく人々を惹きつける「集客力」
とっていかに危険であるかが見えてくるだろう。
今後、華僑、ユダヤ人、インド人のネットワークを
活用できなければ、ビジネス自体が前に進まない
時代になっていく。その中で、日本人総合職にの
み特権を与えるシステムで、優秀な外国人を採用で
きるだろうか。また、終身雇用制は自社しか経験
したことのない人たちの排他的な集団を形成する。
そうした集団が、グローバルなエコシステムの中
に入っていって、影響力を発揮できるだろうか。
伺日本企業が求められる 3 つの課題
それでは、今後情報革命がさらに進展していく
中で、日本企業は何をすべきなのだろうか。ここ
では次の3つを挙げたい。
⑴ものづくり信仰を捨て、仮説検証の場をつくる
⑵既得権を排除し、オープンなネットワークを形
成する
⑶ビジョンを共有できるリーダーを選抜・育成する
まず、産業革命の時代の成功要因であるものづ
くりへの信仰から自由になる必要がある。日本企
業の人と話をしていると、考える範囲を経験豊富
なものづくりの領域に限定しがちで、AI のよう
な新しく未経験の領域について考えることに及び
腰であると感じることが多い。もちろん、未経験
の領域に出て行ってむやみにリスクを取ればいい
と言っているのではない。リスクを取ることと考
えることとは全く別だ。まだグーグルを検索して
も出てこないような領域について、仮説を立てる
ことが重要なのだ。仮説を立てられれば、それを
検証することが可能になり、見えていなかった事
実をたぐり寄せることができる。
情報革命の時代においては、成功要因が根底か
ら変わっていく。過去に成功したやり方を続けて
いても、利益はあがらなくなっていく。新たな戦
い方を習得し、新たな戦場に出ていく必要がある
のだ。そこで求められるのはマイナスをゼロにす
るカイゼン活動よりも、無から有を生みだす仮説
の創出とその検証なのだ。グーグルが社員の 20%
の時間を、自分の関心のあることについて仮説検
証するために使うことを「求めている」のはそこ
に理由がある。ベンチャー起業家は 100% の時間
をそこに投入している。グーグルであっても 20%
ぐらいの時間は全く新しい分野での仮説検証に使
わなければ、彼らに勝つことはできなくなってい
くのだ。
次に、既得権を排除し、誰もが参加できるオー
プンなネットワークを形成することが求められる。
つまり、年功制や終身雇用制をあきらめる必要が
あるのだ。年功制や終身雇用制は、生活を安定さ
せ、チームワークを促進する良い面がある。しか
し、その一方で、意識しないうちに日本人総合職
だけを優遇し、排他的で閉鎖的な集団を生み出し、
甘えを生み、多様性を妨げている。その結果がガ
ラパゴスと呼ばれる、世界的にも特殊な社会環境だ。
誰もが参加できるオープンな環境をつくると、
当然外来種との間で自然淘汰が進む。それに耐え
られない人はいまの立場から一歩か二歩退くこと
になる。しかし、それが新しい環境の中で勝ち残
れる組織をつくるのだ。そのためには、ビジネス
の中では英語を公用語にしたり、人事制度をグ
ローバルに標準化していくことも必要になるだろう。
3番目として、ビジョンを共有できるリーダー
を選抜・育成する必要がある。オープンなネット
ワークの中で多様な人材のベクトルを合わせてい
くためには、強力なリーダーシップが必要になる。
よくリーダーとマネジャーの違いについて聞かれ
るが、その差は語源を考えてみれば明らかになる。
マネジメントとは人・モノ・金の全てに用いられ
る言葉だが、リーダーシップは人に対してしか用
いられない。つまり、マネジメントは人を客体と
して捉えるのに対して、リーダーシップは人を主
体として考えるのだ。
モノから人へと主役が交替する時代において、
今後は多くの人にミッションやビジョンを与える
リーダーシップの重要性が増していく。人が何に
喜びを感じるのかを理解し、相手のモノの見方に
影響を及ぼせる伝道師のような人材をどれだけ育
てられるかが、グローバルな集客力やエコシステ
ムの中での影響力に直結していくだろう。
たかの・けんいち▪神戸大学経済学部卒業。ロンドン・スク
ールズ・オブ・エコノミクス(MSc)修了、シカゴ大学ビジネ
ススクール(MBA)修了。日本の大手銀行でファンドマネジャ
ーなどを経験した後にコンサルタントに転進。現マーサー ・
ジャパン取締役などを経て、2006年10月にヘイコンサルテ
ィンググループに参画。2007年10月より代表取締役社長に
就任。著書▪
『超ロジカル思考』
(日本経済新聞社)
『ビジネス
リーダーの強化書』
(日本経団連出版)
『勝ちグセで企業は強く
なる』
『グループ経営時代の人材マネジメント』
(ともに東洋経
済)ほか。講演・執筆多数。
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