イエレン議長は「速水化」・「トリシェ化」を回避できるか

リサーチ TODAY
2016 年 1 月 22 日
イエレン議長は「速水化」・「トリシェ化」を回避できるか
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
昨年12月16日、米国FRBは政策金利を0.25%引き上げた。利上げは2006年以来、約10年ぶりだった。
利上げがあった以上、次の課題は今後どのようなペースで利上げを行うかに移る。当初、FRBは2016年以
降、年4回のペースで利上げするとの見方が多かった。一方で最近は米国製造業部門の減速や海外市場
の不安定化から利上げペースが遅くなるとの見方が台頭し、さらには、利上げができるのかとの見方まであ
る。中央銀行が利上げを行うに当たり、1回だけしか上げられないことは大変なシェイムである。なぜなら、
利上げの判断そのものが誤りだったと言われかねないからだ。下記の図表は過去20年近くの日米欧の政
策金利の推移を示すが、1回だけの利上げは、2000年の日銀速水総裁、2008年のECBトリシェ総裁の時代
にある。いずれも、最初の利上げから1年以内に緩和に転じることを余儀なくされたことから、今日ではこれ
らの利上げ判断は誤りだったとされる。この教訓から、イエレン議長としては、速水総裁やトリシェ総裁を反
面教師に、早く複数回の利上げを行い、1回だけで終わるシェイムを回避したいと思っているだろう。イエレ
ン議長には、今年「達磨の両目を入れる」べく、早い段階で利上げを行いたいとの意識があったはずだ。こ
のため今年3月、場合によってはその前の1月の利上げも検討していたと思われる。しかし、実際には世界
的な金融市場の不安定化から米国の追加利上げのハードルはかなり高くなったとみるべきだ。年初来のグ
ローバルな金融不安は米国の利上げが犯人との見方も生じているため、米国としては追加策には慎重に
ならざるを得ない。
■図表:日米欧の政策金利推移
7
(%)
日銀O/N無担コール
FF金利
ECBレポレート
6
5
4
3
2
1
0
99
00
01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
15
(暦年)
(資料)Bloomberg よりみずほ総合研究所作成
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2016 年 1 月 22 日
下記の図表は米国の景気循環における回復局面の長さを示す1。今年1月は回復局面の79カ月目に当
たる。過去を振り返ると79カ月を上回る長さのものもあったが、今回は既に80カ月近い期間を迎えたゆえ、
今後も回復局面が続くとしても、それは長くてあと2、3年程度であろう。また、米国の利上げによる景気の
早期の失速不安も拭い去れない。
■図表:米国の景気循環推移
(前期比年率%)
12
10
8
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
1980
85
92カ月
90
120カ月
95
73カ月
2000
05
今年1月で
79カ月目
10
15 (年)
(注)網掛けは景気後退期。
(資料)米国商務省、NBER よりみずほ総合研究所作成
筆者が「世界の金利の『水没(マイナス)』マップ」で示してきたように、欧州では北の諸国で軒並み長期
ゾーンまで水没状態が続き、日本でも中期までが水没している。これまで、世界の多くの国々が水没するな
か、米国だけは水没せず、世界の「海」のなかで「浮き輪」のように浮いていた。世界の運用者が生き残りを
かけて「運用難民」として「浮き輪」に殺到した結果が、ドル高と米国の長期債の金利低下となった。米国が
政策金利(FFレート)を引き上げることは、先の喩えでは「浮き輪」を高くすることを意味する。昨年までは
「浮き輪」を上げるペースが速いと期待され、ドルへの資金流入期待でドル高が起きていたが、年初来の状
況が転換し、「浮き輪」の浮力が鈍って沈み始める不安から資金が逆流し、日本に資金が戻り円高が起き
ている。
1970年代以降、米国の利上げは常に、インフレ懸念を消すために、果断に決断され、連続的な引き上
げ姿勢はインフレマインドを抑制することが目的であった。同時に、過熱した経済を敢えて減速させることが
求められた。しかし、今回はインフレ懸念が乏しい中で利上げが行われた初の局面だ。しかも、今日米国が
「浮き輪」ということは米国しか回復地域がないことを意味する。ここで米国の成長が鈍化したら、本当に「世
界水没」になってしまう。今日の世界は、米国を減速させることが許されない状況にある。従って、2016年に
は世界レベルでの政策協調の中で米国がアンカーとなって世界を支えるという期待が強まるのではないか。
また、長期停滞論が根強いなか、米国には金融・財政両面から先進国の景気を底上げすることが期待され
やすいだろう。果たして、イエレン議長は速水総裁とトリシェ総裁のトラウマを払拭できるだろうか。
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小野 亮 「米経済の『利上げ』後を楽観できぬ 2 つの障害」 (みずほ総合研究所 『エコノミスト Eyes』 2016 年 1 月 8 日)
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/opinion/eyes/pdf/eyes160108.pdf
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