愛知教育大学研究報告, 47 (自然科学編), pp. 43 49, March, 1998 硬骨魚類の受精(Ⅱ) 岩松鷹司 (生命科学領域) Fertilization in Teleostean Takashi Fishes (II) IWAMATSU (Department of Biology) e。卵枝 卵母細胞は,濾胞細胞にとり囲まれて分化し た後に,染色体対合が起きた状態で前期のdiplotene期に達すると,減数分裂が停止する。こ れが第1減数分裂停止first meiotic arrest で ある。卵母細胞の核は,細胞の成長と共にdiploteneまたはdictyate期に移り,卵核胞germinal vesicle と呼ばれるほど大きくなる。しか も,卵母細胞の植物半球側で活発な卵黄形成が 進むにつれて,卵核胞は卵母細胞の植物極側の 反対の動物極側に向かって移動する。そして, 卵門の傍の表層細胞質に位置するようになる。 なぜ動物極のその位置に正確に移動してくるの かは今なお不明のままである。 IⅡ 卵の成熟と受精能 卵形成中,卵母細胞の体積はRNA及びタン パク質の合成,とくに卵黄の形成・蓄積によっ て加速的に増加する。アフリカツメガエル χenopus卵母細胞では,発達段階ごとにタンパ ク質の合成速度が異なっていることが調べられ 17β-Estradiol 3, 3.0ng; Stage 11.8ng; Stage 6, 23.4ng/oocyte/hr:参照Smith 濾胞細胞がゴナドトロピン(GTH)やフォルスコリン(FK)の刺激で活性化 and 1985)が,魚類では殆ど調べられ された3β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3β-HSD)がプロゲス Richter, 4, 8.4ng; Stage 5, ?estosterone ている(Stage 図13 卵巣濾胞におけるステロイドホルモンの合成経路 テロンから代謝される過程が活発になる。その活性はサイアノケトン(CK) ていない。メダカ卵母細胞において,リン酸分 によって抑えられる。卵黄形成期に17α-ヒドロキシプロゲステロンからエス 画やタンパク質分画への32Pや35Sの取り込み トラジオールー17βへと合成が進行していたものが,成熟期には卵母細胞成熟 は調べられているが,その報告(Tsusaka Nakano, 1965; Tsusaka, 1967; and Nakano and 誘起ホルモン(MIH)である170-, 20β-ジヒドロキシプロゲステロン(17α,20β -diOH)へと合成経路の変換が起こる。 lshida-Yamamot0,1968)では卵母細胞の発達 段階が不明である。 サイクルではG2期に相当する。ほ乳類では,この状態 卵母細胞は卵黄の蓄積による成長後,成熟期に移っ を保持するタンパク質性の因子が濾胞液内に存在する ても特定のタンパク質の合成が起きており,減数分裂 ことが知られている(Tsafriri d 再開(第1減数分裂停止解除,GVBD)時にも増加す 合(Nagahama 1985),この時期になる る.成長期のS期を終えた魚類の卵母細胞は,細胞分裂 と,卵母細胞を取り囲む濾胞細胞がそれまで脳下垂体 -43- and Adachi, ・。1985)。魚類の場 岩 松 鷹 司 promoting factor (MPF)のヒストンH1キナーゼ活 性の上昇が起き(図17),減数分裂が再開される。 近年,活性MPFが体細胞の分裂サイクルでも分裂 中期に誘起する作用があることが認められるようにな り,魚類で初めて報告したのがYamashitaら(Yamashita et al., 1992b, ; Katsu d α/。,1993)である。キン ギョやコイの成熟和からもMPFが抽出されている (Yamashita (Hirai d d 「。1992b)。それがcdc2キナーゼ al., 1992a)およびサイクリンB (Hirai d 「。, 1992b)からなる複合体であることも判っている。 メダカ卵母細胞も,キンギョの卵母細胞と同様に,成 熟開始直前にはcdc2キナーゼをすでにもっているが, サイクリンBが少なく,その活性が低い。したがって, サイクリンBの新たな合成によってMPFが増加し て,ヒストンH1キナーゼ活性が上昇して(図16)減数 Hours 図14 before spawning 分裂の再開が可能になる。メダカ卵母細胞では,減数 メダカ卵母細胞の成熟期前後の卵巣濾胞におけるステロ イドホルモンの合成の変化(Sakai 分裂再開時の直径約200μmの卵枝胞の中には紐状の d al.,1987) ランプブラシ染色体が約77μmの範囲に散らばってお 卵母細胞は卵黄形成vitellogenesis期の終わりに続く24時間に は,エストラジオールー17β(黒丸)の合成が減少し, それに代わって17α,20β-ジヒドロキシー4-プレ グネンベトオン(○)の合成が活発になる。実線 は妊馬血清ゴナドトロピンの刺激による合成を 表し,破線は自然の状態での合成を表している。 からの生殖巣(腺)刺激ホルモン,ゴナド トロピンの刺激によって肝臓細胞を刺激 して卵黄タンパク質を合成させていたエ ストラジオールー17βの合成から卵母細 胞成熟誘起ホルモンmaturation-indueing hormone(MIH)であるプロゲステ ロン系の17α,20β-ジヒドロキシー4-プ レグネンづトオン(17α,20β-diOH)の合 成へと変換(図13)が起きる。メダカの卵 巣濾胞において,そのステロイドの代謝 変換の時間的経過は光周期に依存してお り,24時間のレベルで起きている(図14 Sakai d α/。,1987; Nagahama, ; 1987)。 このMIHが卵母細胞を刺激して,その タンパク質の合成やリン酸化が活発にな り,卵母細胞の成熟が進行する。アフリ カツメガエルの卵母細胞では[3H]ロイ シンの取り込みをみると,プロゲステロ ン刺激後1時間後に約2倍になる(Wasserman et al., 1982)。一般に,成長期を 過ぎても,成熟中にはタンパク質の合成 や吸水現象が見られ,卵母細胞は徐々に 大きくなる(図15,図16)。濾胞の穎粒膜 細胞からその変換によって合成・分泌さ れるステロイドMIHの刺激によって卵 母細胞内のcAMPが減少し,卵母細胞 の成熟を促進する因子 図15 取り出したメダカ濾胞の培養による卵母細胞の成熟 (A)培養前の未成熟卵母細胞,(B)培養後の卵母細胞。矢印は卵核胞を示す。 maturation ぎ捨てられた濾胞細胞層。 - 44- FL, 脱 硬骨魚類の受精(II) り,核膜消失直前1時間以内に染色体の凝縮が起こる。 そして,核膜の消失と共に一点にゆっくり集合し始め, 約3時間かけて第1減数分裂前中期に移る。減数分裂 再開後4 5時間で第1減数分裂中期になり,5.5 6 時間で第1減数分裂をほぼ完了して第1極体を放出す る。このとき, MPFのヒストンH1キナーゼ活性が一 時的な低下を示す(図16)。同様なことは,キンギョ, (Yamashita d α/。,1992b)やギンブナ(Yamashita d 「。1993)の卵母細胞でも報告されている。最終的に減 数分裂開始後約7時間(卵核胞崩壊後5時間前後)で第 2減数分裂中期に入る。 魚類を含む脊椎動物では,上記のようにMPFの活 性の上昇と共に再開された減数分裂(図18)は第2減数 分裂中期で再び停止状態になる(第2減数分裂停止, second meiotic arrest)。 Masui(1985)のカエルでの研 究によって指摘されているように,その停止をもたら している因子には,外的因子と内的因子が存在する。 内的因子として,両生類で発見された細胞静止因子 cytostatic factor (CSF, Masui and Markert, 1971) がある。現在,その1つがs卵遺伝子の産物MOSで あると言われている(Sagata et al.。1989)。他の多く の脊椎動物卵と同様に,魚卵では第2減数分裂中期で 停止状態で排卵され,産卵(放卵)されるまで卵巣腔内 においてその停止状態が保持されている。ちなみに, メダカの卵母細胞は,排卵時には植物極側が卵巣壁に 接しており,その部分から濾胞細胞層の崩壊が始まり, 卵巣外に排出される(図19)。 卵母細胞の第1減数分裂の再開時に,細胞内Ca2+が 上昇することがヒトデ(Moreau Hour (27°C) 図16 (Wasserman 成熟中のメダカ卵母細胞のヒストンH1キナーゼ活 d et al。1980; Moreau 「。1978)や両生類 d 「。1980)で報告 されているが,魚類ではまだ報告されていない。また, 性,大きさ,減数分裂および精子侵入率と卵賦活率 最下段のグラフの二重丸は精子侵入率,一重丸は卵賦活率 アフlナカツメガエル(Lee を示す。 トデでは(JohnSon and and Steinhardt, Epel, 1980),それと同時に細 胞内pHの上昇も起きるという。このような細胞内の 45- 1981)やヒ 岩 図18 メダカ卵母細胞の減数分裂過程(Iwamatu, a:第1減数分裂開始時(O時間), 松 鷹 司 1997) b, c:減数分裂開始1時間後(卵核胞内:x,卵核細胞表面の小胞), 分裂開始後2時間,f:減数分裂開始後3時間(第1減数分裂前中期),g:減数分裂開始後4 期),h:減数分裂開始後5.5 6時間後(第1減数分裂後 d, e:減数 5時間(第1減数分裂中 終期:pb,第1極体),i:減数分裂開始後7時間(第2減 数分裂中期) Ca2+濃度及びpHの上昇自体は卵母細胞の成熟を誘 は, MPFのヒストンH1キナーゼ活性に低下をもた 起しないにしても,MPF活性の上昇に効果的である らし,核の状態は前述のように,第2減数分裂中期か らしい。 ら終期(極体放出)に移行する。排卵後体外に放卵さ 魚類には, (1)産卵時の外液環境の変化によって賦 活して減数分裂を完了するマス型・キンギョ型と, れ,外液環境の変化によって賦活Sるキンギョ型の卵 (2) は細胞膜内のイオンチャンネルが外液内のイオンに 産卵時の外液環境の変化によって賦活しないが精子な よって刺激され,細胞質内Ca24'の増加が引き起こされ ど外的因子の刺激によって減数分裂を完了するメダカ ると考えられている。この細胞質内Ca2゛濃度の増加に 型とがある(山本, よって,一方は表層胞の分泌が起こり,もう一方では 1958)。このことは,減数分裂の完 了をもたらす外的因子が魚類によって異なることを意 Ca-プロテアーゼの活性によりサイクリンの分解に 味する。淡水中で賦活する型でも,マス型(マス,サケ) 伴うMPFの失活か起き,減数分裂が完了して受精前 の卵は海水中もしくは等張液中では精子や人工賦活処 核が形成される。このように外的因子が引き金となっ 理でも受精(分泌)反応は起こらないが,キンギョ型(キ て,減数分裂を完了させる。 ンギョ,ワカサギ,タモロコ,ウグイ,アユ)の卵は海 卵巣卵が外的因子による賦活反応能(力),受精能 水中もしくは等張液中でも,淡水中と同様に精子刺激 (力)があるか否かを魚類で初めて確かめられたのが, がなくても賦活が起こり,減数分裂を完了させる。こ メダカにおいてであった(Iwamatsu, うした精子や他の外的因子などの刺激による卵賦活 は卵核胞の崩壊前には受精できないこと,および第1 -46- 1965)。卵母細胞 硬骨魚類の受精(II) 図19 メダカの大きい卵母細胞を取り囲む濾胞の卵巣内における位置関係 卵母細胞(OO)の卵膜(CH)上に付着糸(AF)のある植物極部城(VPA)の濾胞細胞層(英膜細胞層TL,基底膜BM,穎粒膜細胞層GL など)が接着しており,動物極(AP)側の卵膜上に卵門細胞(MC)が見られる。植物極部域を除いて,卵膜の全外面に付着毛(NAF) がある。 AX, 動植物極軸:0E,卵巣上皮 減数分裂中期以降で受精能が急上昇することが判った 間後こうした状態になった卵母細胞は減数分裂の鞋々 (Iwamatsu の段階で,外的因子の刺激で膜電位の変化,細胞質内 et al.。1976; Iwamatsu, 1997)。これらの 結果は,前述(図15,16)のように,MPF活性の低い減 カルシウムの増加や表層胞の分泌が引き起こされるの 数分裂開始前では,卵母細胞は受精反応は起きない。 が可能になる。 メダカでは,このような減数分裂の途中で卵母細胞 MIHの刺激でサイクリン(B)が新たに合成され,そ れがcdc2キナーゼと複合体であるMPFを生じる。そ から濾胞細胞層を除去して人工授精した場合,精子の のMPF活性が上昇して減数分裂再開と共に受精能が 侵入を受ける卵母細胞の割合は卵核胞の核膜の消失 生じることを示している。細胞内のカスヶ-ド反応に (GVBD)後急に増加するが,賦活(表層変化)を示す卵 つながるリセプターやイオンチャンネルなどの原形質 の割合は第2減数分裂中期に達するまで徐々に増加す 膜の成分や隣接細胞質成分の合成・再編成および膜の る(図16)。第1減数分裂の種々の段階で,精子の刺激 流動性に新たな反応性が生じ,その結果精子など外的 を受けて賦活した卵では,ヒストンH1キナーゼ活性 因子の刺激に卵母細胞が応じられるようになることが が,成熟卵の受精の場合と同様に,急激に低下する。 卵母細胞の受精能の獲得,いわゆる細胞質成熟cyto- 精子の侵入を受けても受精反応を示さなかった未賦活 plasmic maturation であると考えられる。減数分裂再 卵において,精子核は卵内侵入後約20分間で卵核と同 - 47- 岩 図20 松 鷹 司 メダカ第1減数分裂中期で精子侵入を受けた卵母細胞と精子核の変化 第1減数分裂中期(A)の卵母細胞は精子の侵入を受ける(B)と,受精反応(賦活)を示した場合(C),第1 極体放出とともに精子核の膨潤が見られる(媒精後10分)。一方,受精反応を示さなかった場合(D),精 子核(S)は卵核と同様に染色体像を示すようになる(媒精後40分)。 調して分裂中期の染色体像を示すようになる。した がって,精子侵入40 拡散したサイクリンのmRNAが細胞質に移り,サイ クリンが合成される可能性と,成熟前にすでに細胞質 60分後の卵内には2つの染色体 中期の像が見られる(図20D)。これらの未賦活卵にお にサイクリンのmRNAが存在していて,サイクリン けるヒストンH1キナーゼ活性は,高い状態のままで の合成される可能性とが考えられる。 あるが,さらに精子をかける再媒精,Ca-イオノフォ 引 用 文 献 アやガラス針での刺激で卵を賦活させると,低下する。 その賦活した卵内で,中期染色体像を示していた精子 Hirai, T., M. Nagahama 核は分裂して2つの前核の形成を示す。 Hirai, 卵黄塊が既にできている卵母細胞を遠心して,卵核 1971; Iwamatsu M. Mol. Yoshikuni, Reprod. Yamashita, M. Sakai Y. Nagahama N. and Y.-H. Lou and Y. Dev., 33: 131-140. Yoshikuni, T. Tokumoto, (1992b) H. Develop. Biol., 152: 113-120. 刺激で,発生開始能を獲得するが,卵核胞は卵黄塊の 中で核膜崩壊を示さないままである(Iwamatsu, T., M. Kaiiura, 胞を卵黄塊の中に移行させると,ステロイドホルモン Yamashita, (1992a) 1966, and Ohta, 1980)。この状態で排卵さ れた卵は精子の侵人を受け,精子侵入点から表層胞の 崩壊,卵膜変化が始まり,それらの現象が波状に全卵 表に伝播される。卵黄塊内に卵核胞を持つたまま排卵 1wamatSu,Tバ1965) Embryologia, 8: 327-336. Iwamatsu, T. (1966) Embryologia, 9: 205-221. Iwamatsu, T. (1971) Bull. Aichi Univ. Iwamatsu, T. (1997) J. Exp. Iwamatsu, T. and Iwamatsu, T。T. Annot. Zool. Japon., された卵には,ヒストンH1キナーゼの比較的高い活 Johnson, 性が認められる。卵によっては,精子侵入後正常に近 Katsu,Y・,M. い紡錘体示す分裂装置を持つものから小さい,あるい (1992) Lee は不明瞭な分裂装置を持つものまで観察される。卵核 T. Ohta Ohta, C. H. and (1980) S. C. and Gamete N. Nakayama Res., 3: 121-132. and H. Shoji (1976) 49: 28-37. D. Epel (1980) Yamashita, Develop. Educat., 20: 117-126. Zool., 277: 450-459. H. J. Cell Biol., 87: 142a. Kajiura and Y. Nagahama Biol., 160: 99-107. R. A. Steinhardt (1981) Develop. Biol., 85: 358 -369. 胞の核膜の崩壊なしでMPF活性が認められるように Masui,Y.(1985)ln なる事実は,cdc2が卵母細胞の成熟前に存在するか and ら,減数分裂が起きなくても,サイクリンが新たに合 Masui, 成されていることを意味する。さらに,その事実から, Moreau, -48- of Fertilization" (C. B. Metz eds.). Vol. 1, pp. 189-219. Y. and C. Markert M。P. Guerrier, Nature 卵核胞の崩壊が起きなくても核膜を通過して卵黄内に “Biology A. Monroy, (London), (1971) M. Doree 272: 251-253. J. Exp. and Zool., 177: 129-146. C. C. Ashley (1978) 硬骨魚類の受精(II) ― 49 ―
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