SURE: Shizuoka University REpository

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IB-1 乾燥地を生きる知恵としてのイスラーム (『人間と
地球環境』研究報告 : 環境変動と生態系・人間(生活)への
影響)
嶋田, 義仁
静岡大学学内特別研究報告. 2, p. 16-17
2000-03
http://doi.org/10.14945/00008223
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IB-1
乾 燥 地 を 生 き る 知 恵 と して の イ ス ラ ー ム
人文学部
嶋田義仁
1国 際 的 な 都 市 文 明 を生 き る 知 恵
あ り、
それぞれ個人が何 を信 じようと他 人 に関係
イス ラー ムは 7世 紀前半 にア ラ ビア半島 の 砂
な い。そ こに信教 の 自由が成立する余地が あるが、
漠 の中の町 メッカで うまれた 砂漠 の宗 教である。
他面、
信仰 中心 の宗教 は個 人 の実際 の行動 の指針
イ ン ドネ シアやバ ングラデ シュのよ うな湿潤 地
にな りに くく、社会的な行動規範 も与えな い。
域 にもイ ス ラームは広がって い ることか ら、イ ス
「行」を重んず るイス ラー ムは個人に画 一 的な
ラー ムを砂 漠 の宗 教 とみ る ことに反対す る人 も
行動 を求 める集団 主 義 に陥 りやす く個 人 の 自由
い る。しか しわた しは二つの理 由でイス ラー ムは
を無視 して いるかの 印象 を与 えて いる。しか しそ
やは り砂漠 の宗教だ と考えて い る。まず、イ ス ラ
れは他面イ ス ラー ムは、明快な社会的行 動規範 を
ー ムが形 成 されは じめに広 が って い った地域 と
複雑な都市社会 を生き
有 した倫理的宗教であ り、
い うのは、ア ラビア半島を中心 として東西 にひろ
る人 々に とっては生活 の導 きとな りやす い宗 教
が る乾燥地であった こと。次 に、「砂漠」とは必
だとい う こ とでもある。
イ ス ラ ー ムにお いて六信 五行 の次 に重 要 な の
ず しもその 自然でな く、
乾燥地特有 の生活様式 を
がシャー リアと呼ばれ る法であ り、イ ス ラー ムで
意味すると考 えればよ いか らで ある。
ではイ ス ラー ムが立脚 した乾燥地 特有 の生 活
聖職者 に当たるのは、シ ャー リアを知悉 した法学
それは長距離交易によって
様式は何か といえば、
者 である。イ ス ラー ム社会は明文化 された憲法 と
・ワー クの
広範囲にわたって結 ばれた交易 ネッ ト
法体 系 を もつ法治社 会だ とい ってもよ い。明文化
うえに成立す る都市 的な生活様式 である。これ に
された 法体 系 は、
様 々な民族や文化が入 り交 じる
アラビア湾 ベルシ ャ湾な ど の沿岸海 洋交易 が 加
都市的な 文明社会 にお いて は じめて必要 とされ
わってイ ス ラー ム世界 の下 部構造 を形成 して き
る。イ ス ラー ムの成立 した 中東世界 は 7世 紀 の時
た。イ ン ドネシアな どもイ ンン ド洋横断 の海洋交
点 にお い てすでに都市的文 明世界 とな って い た
易 によって 中東イ ス ラー ム 世界 と結 び付 くこ と
のである。
になった。
したが ってイス ラー ムの 知恵 とは、交易ネ ッ
ト・ワー クの うえに成立す る都市生活 を生きる知
それ は乾燥地 を生きる知
恵 とい うべ きであるが、
恵 と無関係ではな い。ここでは こうした知恵がイ
スラーム的知恵 のどこに反映 されて いるか を、
イ
ス ラー ムの五 行 の思想を中心 にみてみた い。
3
五 行 の 精神
さて五行とは①信仰告白② l日 5回 の礼拝③
喜捨④断食⑤巡礼である。
①信仰告白というのはイスラーム教徒である
それは②の礼拝の際
ことを明言することであり、
にはかならず行われれる。ここにおいてイスラー
ム教徒はまず、
信仰を個人の内面のものとせず他
2
者 にも認知 させる。これはその人が いか な る行動
明文 化 され た法 と倫 理 の 体 系 の 存 在
イ スラームの教えは六信 五 行 、なかんず く五行
原理 に したがって振 る舞 うかを明確 かす る も の
の教義 に集約 されて いる。六信 とは 6つ の信仰 で
で、
相手 が何者かわか らな い複雑な都市社会 にお
あるが、イス ラームでは信仰よ りも行為が重要で
いては、人間関係 の 円滑化 にきわめて重要 で ある。
ある。
何を信ず るか とい うことよ りも何 を実際 に
お互 いに 名刺 を交 換 しあいそれぞれ が 何者 で あ
行 うか とい うことが重要で ある。信仰 とは心 の問
るかを認 知 しあう ことによ って信頼 関係 をつ く
題であ り、
心 の問題 とい うの はきわめて個 人的で
りあげる の と同 じである。
―-16-―
② の 1日 5回 の 礼拝 は現 代生活 に 相応 しくな
と い うほどの ものではない。
いいか に も狂信的 な ドグマ のよ うに みえるが 決
⑤ 巡礼 は、イ ス ラーム教徒 に対す るメッカ巡礼
してそ い うではな い。まずそれは、1日 の 生活 を
のすすめである。この教えはイス ラームが まさに
実 に合理的に区切って い るか らである。1回 目の
・ワー ク に 支 え られた都
広域 にわたる交易ネ ッ ト
礼拝は早朝 にはじま り、これ を合図 に人は起 きる。
市文化 を 背景 に成 立 した宗 教で あ る ことの認 識
そ して昼 まで礼拝がな い。なぜな ら比較的涼 しい
な しには理解 できな い。巡礼のすすめによって、
昼 までの時間 は労働 の 時 間だか らである。そ して
こ う した地域間流動性は一層促進 され る。喜捨 は
昼 にな って昼 食をとった り昼寝 した りして、午後
この教えとも連動 している。なぜ な ら、メッカ巡
の休憩が終わる頃第 3の 礼拝がや って くる。そ し
礼者 は喜捨 の重 要な対象だか らで ある。
巡礼者は
て第 4の 日没 の礼拝 とともに仕事は終 わ る。第 5
こ うして 苦 しい長 旅 と人々の好意 を 同時 に経 験
の礼拝 は就寝 の合図 で あ る。
しなが ら、巡礼 の旅 を成 し遂げ、世 界 を広 く知 る
1日 5回 の礼拝で さ らに特徴的なのは、
各礼拝
に至 るのである。巡礼 を通 じて人は、部族 や 民族
毎 に手足 顔頭 の洗 浄が ともなって い ることで あ
特定文化 をこえた地理空 間 を 自由 に 交流す る知
る。イス ラー ムは清潔 を尊ぶ宗教である。砂 にま
識 や技術 を獲得す るとともに、
宗教倫理的 にもこ
みれやす く水が少 な い乾燥 地 にお い て常 に清 潔
れ を支え る知恵 の 存在 を確 認す るに至 るので あ
で い る ことは難 しいが、身体洗浄 を宗教的行 とセ
る。
ッ トす る ことによって、イ ス ラームは この 困難 を
克服 しているので ある。イ ス ラー ム社会 は 日本 と
研 究 プ ロジ ェク ト関 連 著作
な らんで 風呂文化が発達 した社会 である。
1999「 西アフ リカ の地域 構造 と世 界」 『<地 域
③喜捨 は貧 しい者 や 身体 障害者 、孤児、旅人へ
間研 究 >の 試 み 一 世 界 の 中 で 地 域 を と らえ る
の施 しである。しか しこれ は恵 まれな い人 々 を救
うべ しというのではな い 、
施 しを通 じて施す人が
(上 )』 高谷好 一編著 、京都大学出版会 .
救われ るという教えで ある。したがって施 しは喜
1999「 人間生活 の観点か らみた砂漠化 と千 ばつ
の 防止策」『平成 10年 度砂漠化防止対策推進支
んです べ き喜捨 とな る。都市生活 とい うのは必ず
援調査業務報告書』 (財 )地 球 。人間環境 フ ォー
賞富 の差 をうむ。イス ラー ムの背景 に商業文化 の
ラム .
興隆が あるとすると、イ ス ラー ムの教えには功利
1998『 優雅な アフ リカ ー ー夫多妻 の超多部族 イ
主 義的な 経済中心 主義が反 映されて い るかの よ
ス ラー ム王国を生きる 一』明石書店 .
うにお もわれるかもしれ な いが、
事実は逆である。
1997 Djenn6 morte‐ Le delta interieurdu Niger
イス ラー ムは都市文化 や 商 業経済 の 行 き過 ぎが
et
もた らす諸悪 に対す る是正 機能 を有 して い る。1
Pubhcation No.28,
日に 5回 も礼拝す るの は効 率的でな いか らイ ス
Regional Geography,Hitroshima University.
ラー ムは 近代生活 にあわ な い とい う のはむ しろ
1997「 ア フ リカ にお け る イス ラー ム 的 回心 を め
逆で、5回 の礼拝は喜捨 とな らんでむ しろ こ うし
ぐる 3理 論」 『宗 教 哲 学研 究』 No,14.
た効率 一 辺到の経済主義 の 歯止めな のである。
1997「 トランス・サハ ラ交渉史」 「イスラー ム
④ 断食 は 1年 に 1回 断食 月に 1月 間お こな わ
れ る。富者 もこの間断 食 の 苦 しみ を味わ う。同時
prOblё mes
de
sedheresse‐ ,Spedal
Resealtt Center for
神権国家の戦 い」『新書アフリカ史』宮本正興・
松田素二編著 、講談社.
に貧者や 障害者に対す る喜 捨が頻繁 にお こな わ
れ るの もこの月である。ただ し断食 は 1日 の第
les
1
回 目の 礼拝以後 日没 にまで 限 られ るので、日没後
の食事 は他 の月よ りか えって豊かで、断食は苦行
―-17-―