トヨタ生産方式の 基本的な考え方を 食品工場に応用する

Ⅰ
第
章
トヨタ生産方式の
基本的な考え方を
食品工場に応用する
トヨタのトヨタ生産方式は、組立型製造業である自動車工場の為に生ま
れたものである。組立型の自動車生産は 1 台ずつ個別に部品が組み合わさ
れて生産されるディスクリート(個別)型の生産である。この本で対象と
する食品工場には多彩な工場があるが、食品工場のほとんどは材料から化
学変化や物性が変わるプロセス型製造業であり、自動車製造業のような組
立型の食品製造業は極めて少ない。
食品工場の生産では、バッチ操作により一まとめ(一捏ねとか一窯のよ
うなバッチ)で製造される例が多く、この点でもディスクリート方式の自
動車生産とはかなり異なる。このような生産方法の違いを認識した上で、
トヨタ生産方式の考え方や手法を食品工場に導入しなければならない。本
書ではできるだけ食品工場の立場でトヨタ生産方式の考え方や手法につい
て述べてみたい。
1 効率的な生産には流れが必要
「効率的な生産には流れが必要である」と言われているように、物の生
産には円滑な流れが必須であるが、簡単なようでこれはなかなか難しい。
たとえばパン業界には円滑な生産を行う目的で、アメリカから生産の流れ
を示す製造予定図(ダイヤグラム)が第 2 次大戦後に導入されたが、実際
にパン業界に広く普及し実践されたかと言えば、現実には必ずしもそうで
はなかった。
機械装置はお金を払えば工場に導入できるが、生産管理のノウハウの吸
収は人的な要素(理解と共感)が必要なために、食品製造業界では現実に
は余り取り入られなかった。第 2 次大戦後欧米由来の食品の食品製造業界
では、欧米の海外視察旅行などを多く行ってきた。しかし、どちらかと言
えば新製品開発の為のシーズ探しや、マーケッティングが中心であったこ
とは否めない。また戦後の欧米の生産技術導入のための昭和の遣唐使*へ
の参加も食品製造業からはほとんどなく、結果として先進国の生産管理技
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第Ⅰ章 トヨタ生産方式の基本的な考え方を食品工場に応用する
図表Ⅰ− 1 全員が同じ作業をしている典型的個人完結型作業
術は日本の食品製造業には定着することはなかった。
水産加工や和菓子製造などの日本の伝統的な食品製造業では海外視察な
どの機会も勿論少なかった。食品製造業も固有技術習得に対しては関心を
払ってきたが、生産管理については従来通りのやり方を長い間そのまま引
き継いできた。その為に食品製造業の生産効率向上に関するノウハウは貧
弱なままで現在に至ったと言わざるを得ない。
トヨタ生産方式ではディスクリートである一つ一つの物の流れが重視さ
れている。しかし食品製造業の生産形態はもともとバッチ生産で一塊に
なって行われることが多く、食品工場内の至る所で仕掛品である大量の番
重の山やラック群が見られる。その上現在でも一連の作業を一人で行う個
人完結型の作業が多くかつ食品特有な特性もあり、多くの食品工場の現場
*昭和の遣唐使:第 2 次大戦後、アメリカは日本への共産主義の侵攻を防ぐために、経済復興
を急ぐ必要があった。その一つとして生産性本部が設立され 1955 年から GHQ の支援として
海外の技術を吸収する為に、通称「昭和の遣唐使」とも呼ばれる海外視察派遣団の施策が始
まった。1955 年~ 1965 年の視察団の総数は 575 で参加総数は 6207 名に及び、その後も長く
継続された。
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では円滑な流れとは言い難い生産状態が続いている。
生産に流れを作るには、生産工程の順に従って作業を分業で行わなけれ
ば円滑な流れはできない。多くの食品工場では個人完結型の作業が蔓延し
ており分業化はほとんど進んでいない。作業者が5人いようと 10 人いよ
うと、全員が数工程の一連の同じ作業を思い思いに行っている工場が多
い。このような作業状態は和菓子工場、水産加工場、ミートパッカー等日
配型の多くの食品工場で広く見られる。工場内に仕掛品を入れたプラコン
(番重)の山が至る所に見られるのは生産の流れが悪い証拠だと思ってい
ただきたい。
たとえ単一工程でも一連の作業はいくつかの作業要素に分解することが
できる。一人の作業者が一連の作業の全てを行うより、作業要素毎に分業
して流れ作業で行った方が作業は円滑に行うことができる場合が多い。
ところが一般的に作業者は流れ作業を嫌う。なぜなら流れ作業において
は作業チームはタクトタイム(生産のピッチ)に合わせて作業を行う必要
があるからである。しかし個人完結型の作業なら自分のリズムで作業を行
うことができるし、成果物(作業済み品)を一カ所にまとめれば各自の作
業量も評価されずに済み、作業成果のストレスからも免れることができる
からである。
元来作業者は自分のペースで作業を行えることと、自らの仕事の成果が
明白にならないような作業のやり方を好むものである。このような意味で
個人完結型は作業者にとって快い作業方法であるとも言える。近年着目さ
れているセル生産方式*のような管理された個人完結型作業を除いて、自
然発生的な個人完結型作業は管理監督者の生産管理に関する知識と管理能
力不足、及び作業者の生産に対する知識不足と低いモラルが原因である。
これが管理監督者だけでなく、生産に関する教育が作業者にも必要な所以
である。
*セル生産方式:グループテクノロジーを利用した生産方式で、類似性を基に部品をグループ
化すると高い関連性がある加工機械グループができる。この機械グループでセルを構成する
と、運搬の手間、時間や仕掛量が減り、生産リードタイムが短縮される。
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第Ⅰ章 トヨタ生産方式の基本的な考え方を食品工場に応用する
食品製造業で個人完結型の作業が多いもう一つの原因として、食品工場
の作業者に女性パート、特に既婚女性が多いこともある。チームで分業し
て仕事を行う場合は必ず誰かがリーダーシップを発揮し、作業分担による
作業チームを編成しなければチーム作業は行うことができない。ところが
大抵の食品工場の通勤エリヤは狭く、特に地方では作業者は同じ地域から
通勤していることが多い。多くは主婦である彼女らは地域社会において対
等であり、社内においても平等を求め序列が付くことを回避する。そのた
め管理・監督者が的確な差立て(作業指示)ができなければ、作業は作業
者主導の作業方法や成果をお互いに干渉し合わない個人完結型の作業を行
うのである。
作業分担を行っている職場で、作業分担を完全に公平なローテーション
によって回している例が見られた。この例では作業効率を上げるための
ローテーションではなく、各人の作業負荷が完全に平等になるように持ち
場を移動するものである。その為に移動を作業の合理的な切れ目で行うの
ではなく、作業状態に関わりなく仕事量が同一になるように決めた間隔で
例えば 10 分毎に正確なローテーションをしていた。
このように作業者のモラル形成が計られていない工場では、一般作業者
は自ら率先して仕事の効率を向上させる目的で、仕事の割り振りをするこ
とはまずしない。その為に管理監督者がうまく機能していない工場では、
作業者の裁量で行う個人完結型等の作業あるいは平等の為の作業ローテー
ションが増えることになるのである。管理・監督者の管理能力不足は、明
らかに現在の食品工場の生産性低下につながっている。食品企業にとって
食品工場の管理・監督者の生産管理能力向上は喫緊に取組まなければなら
ない課題だと著者は考えている。
食品工場では管理者自らが流れ作業の重要性を認識し、かつ作業者に流
れ作業の有効性を理解させ、作業分担作業の体制作りから行わなければな
らない。作業の差立てを管理監督者が行わずに作業者に任せっきりになっ
ている職場ほど、個人完結型の作業が蔓延している。このように作業の流
れができていない職場は、残念ながら管理者の管理能力不足が元凶と言わ
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ざるを得ない。
日本の自動車製造業の黎明期である第2次世界大戦後の時期ですら、自
動車工場では既にフォードによるライン生産が確立されており、当時から
自動車工場では流れ作業は当たり前で、トヨタ生産方式ではいかに効率的
な生産の流れを作るかが中心に述べられている。この点が食品工場の現状
の問題とトヨタ生産方式の考え方との大きな違いである。
その為個人完結型の作業が蔓延している食品工場においては、個人完結
型作業を排して生産の流れ作業化を重視し、工程を改善して行かなければ
ならない。食品工場に効率的な生産の流れを作るには、流れ作業に対する
管理職の知識と管理能力及び社員の意識改革が必要である。その為に食品
工場では全ての社員に生産管理の知識教育を行う必要がある。
また、食品工場の流れと自動車や電機の生産の流れには決定的な違いが
ある。例えば電機工場の生産は大量のロット生産が中心で同じ製品が 1 日
中あるいは数日続くことさえあるし、自動車工場では多品種生産と言いな
がらも同期化された製品が連続して流れている。これに比べ食品工場の生
産では明確なラインもない工場が多く、あっても同じラインで製造条件の
異なる製品を何 10 種類も流している多品種生産が多い。
この違いは自動車や電機の生産における流れは 1 本の流れ(単一製品)
における流れの円滑化であるが、食品工場の流れは流れが明確に見えない
ところもあるし、ラインが存在して明確であっても 1 ラインの中に多くの
流れ(多種の製品)が次々と現れるところにある。従って食品工場の流れ
の円滑化には単一製品の流れの円滑化だけではなく、多くの流れ(製品)
の接続の円滑化も加わる。工程条件の異なる製品をいかに次々と連続的に
円滑に流せるかが、食品工場の流れ化のポイントであり、最も難しいとこ
ろである。
事例
個人完結型座作業からコンベア使用の分業による流れ作業
この例では座作業で行っていた個人完結型のお菓子の箱詰め作業(図表
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