みずほインサイト 政 策 2015 年 4 月 6 日 確定拠出年金の加入対象者拡大へ 政策調査部上席主任研究員 制度の普及・拡大のための改正法案が国会提出 03-3591-1308 堀江奈保子 [email protected] ○ 確定拠出年金の制度創設から13年が経過し、中小企業への企業年金の普及拡大や、加入対象者を大 幅に拡大すること等を含む確定拠出年金法の改正法案が2015年4月3日に国会に提出された ○ 公的年金は、給付水準の抑制や支給開始年齢の引き上げが進められており、老後の所得確保のため にも私的年金の重要性が増しているなか、確定拠出年金の普及拡大は重要である ○ ただし、実際に制度普及に弾みがつくか否かは、今後の取り組みによるところが大きい。運営管理 機関や運用商品の選定等に関する情報提供の充実や、拠出限度額の拡大等が課題となろう 1. 確定拠出年金法の改正法案が国会提出 2015年4月3日に、確定拠出年金法の改正法案(確定拠出年金法等の一部を改正する法律案)が国会 へ提出された。当法案が成立すれば、加入対象者の拡大をはじめとする確定拠出年金の改革が実施さ れる見通しである。今回の改正の目的は、「働き方の多様化等に対応し、企業年金の普及・拡大を図 るとともに、老後に向けた個人の継続的な自助努力を支援するため」とされている。 本稿では、確定拠出年金の現状と改定法案の内容を確認するとともに、改正の評価と今後の課題に ついて検討する。 2. 確定拠出年金の概要と普及状況 (1) 確定拠出年金の概要 確定拠出年金は、拠出された掛金が個人ごとに明確に区分され、掛金とその運用収益との合計額を もとに年金給付額が事後的に決まる「確定拠出型」の年金制度である。一方、厚生年金基金や確定給 付企業年金といった他の企業年金は、将来の給付額が報酬や勤続年数等をもとにあらかじめ決められ ている「確定給付型」である。 確定拠出年金は、2001年10月に創設された。当時、①企業年金制度は中小零細企業や自営業者に十 分普及していない、②離転職時の年金資産の持ち運びが十分確保されておらず、労働移動への対応が 困難である、という問題が指摘されており、こうした問題に対応するための制度として創設された1。 確定拠出年金には、企業型年金(以下、企業型DC2)と個人型年金(以下、個人型DC)がある。 企業型DCは企業が制度を導入し、その従業員が加入する。掛金の拠出は事業主で、規約に定めれば 1 従業員(加入者)による上乗せ拠出(マッチング拠出)が可能であるが、加入者掛金の額は事業主掛 金の額と同額まで、かつ合算で拠出限度額までである。一方、個人型DCは、自営業者等や企業年金 のない企業の従業員が加入できる制度で、掛金の拠出は加入者のみである。運用は加入者自身が運用 指図を行い、離転職の際等にはそれまで積み立てた年金資産を他の企業型DCや個人型DCへ移換す ることができる。給付は、老齢給付金、障害給付金、死亡一時金がある(図表1)。 図表 1 現行の確定拠出年金制度の概要 企業型DC 加 入 対 象 個人型DC 企業の従業員(国民年金 自営業者等(国民年金の の第2号被保険者)で企業 第1号被保険者) 年金、企業型DCの未加 入者 制度導入企業の従業員 者 (国民年金の第2号被保険者) 資 格 喪 失 年 齢 60~65 歳 60 歳 企業年金なし:月 5.5 万円 拠 出 限 度 月 6.8 万円 (国民年金基金加入者等は 月 2.3 万円 その掛金額を控除した額) 額 企業年金あり:月 2.75 万円 運 運用商品の中から、加入者が運用指図を行う 【運用商品】 ・預貯金、公社債、投資信託、株式、信託、保険商品等 用 ・3つ以上の商品を提示(個別株等が入る場合はそれを除いて3つ以上) ・うち1つは元本確保型商品 ・預け替えは3カ月に1回以上 給 老齢給付金:通算加入者等期間により60歳から65歳までに受給開始可能 遅くとも70歳までに受給開始(一時金も可) 付 障害給付金:障害認定日から70歳までに受給開始(一時金も可) 死亡一時金:遺族に支給 税 拠出時:非課税(事業主拠出は損金算入、加入者拠出は所得控除) 運用時:特別法人税課税(2016年度末まで課税凍結中) 給付時:老齢給付金…年金は公的年金等控除の対象 制 一時金は退職所得控除の対象 障害給付金…非課税 死亡一時金…法定相続人1人500万円まで非課税 年金資産の持ち運び 一定の要件を満たせば離転職時に個人ごとの年金資産を確定拠出年金間で移換可能 (ポータビリティ) 既存制度からの移換 既存の退職金、企業年金の資産を移換可能 (注)1.企業型DCの加入対象者の年齢は、規約により 60 歳以上 65 歳以下の年齢を資格喪失年齢とすることができる。ただし、60 歳以降に 加入できるのは 60 歳になる前から雇用されていた従業員に限る。 2.表中の「企業年金」は、厚生年金基金、確定給付企業年金等を指す。 3.一定の要件を満たした場合には脱退一時金として受給することができる。 (資料)厚生労働省資料等より、みずほ総合研究所作成 2 (2) これまでの普及状況 確定拠出年金の加入者数は徐々に増加している。確定拠出年金の2014年12月末時点の普及状況を確 認すると、企業型DCは導入事業主数が1.9万件、加入者数が506万人である(図表2左)。厚生年金の 被保険者数が3,527万人(2013年度末)であるので、1割強が加入していることになる。なお、厚生労 働省によると、企業型DCのほか、厚生年金基金、確定給付企業年金も含めた企業年金全体の加入者 数は1,373万人(2013年度末、一部重複加入者あり)であり、厚生年金の被保険者に占める割合は4割 程度である。 一方、個人型DCの加入者数は、2014年12月末で第1号加入者(国民年金第1号被保険者)が6.2万人、 第2号加入者(同第2号被保険者、企業の従業員)が14.5万人で、計20.6万人である(図表2右)。個人 型DCの加入可能者に占める加入者の割合はわずか0.5%にとどまっている。 3. 確定拠出年金法の改正法案の概要 (1) 企業年金の普及・拡大 a.簡易企業型DC制度の創設(施行期日:公布日から2年以内3) 事務負担等により企業年金の実施が困難な中小企業(従業員(厚生年金被保険者)100人以下) を対象に、設立手続き等を大幅に緩和した「簡易企業型DC制度」を創設する4。 b.個人型DCへの小規模事業主掛金納付制度の創設(施行期日:公布日から2年以内) 中小企業(企業型DC及び確定給付企業年金を実施していない従業員(厚生年金被保険者)100 人以下の企業)に限り、個人型DCに加入する従業員の拠出に追加して事業主拠出を可能とする 「個人型DCへの小規模事業主掛金納付制度」を創設する。事業主による掛金拠出は、過半数労 働組合等の同意を得て、政令で定めるところにより、年1回以上、定期的に拠出することになる。 図表 2 確定拠出年金の普及状況 (注)個人型DCの第1号加入者は自営業者等、第2号加入者は企業の従業員。2014年度は12月末現在。企業型DCの加入者数は速 報値。個人型DCの加入者数は四捨五入の関係で合計と内訳が一致しない。 (資料)厚生労働省 3 なお、前述のとおり、現行制度では、企業型DCについては、加入者も一定の範囲内で事業主 掛金に上乗せして拠出できる仕組みとしてマッチング拠出があるが5、個人型DCでは加入者本人 の拠出のみで事業主による追加拠出が認められていない。 c.拠出規制単位を月単位から年単位へ(施行期日:2017年1月1日) 現在、月単位で設定されている拠出限度額を年単位とし、年1回以上、定期的に掛金を拠出する こととする。 掛金規制単位の年単位化は、各月の拠出限度額の使い残しをなくすことが目的である。拠出規 制単位を年単位化すれば、例えば賞与の支給月に通常月の使い残し分をまとめて拠出し、月単位 時と比較して年間の拠出額を増やすことが可能になる(図表3)。 (2) ライフコースの多様化への対応 a.個人型DCの加入可能範囲の拡大(施行期日:2017年1月1日) 個人型DCの加入可能範囲を拡大し、現在、加入対象外となっている国民年金の第3号被保険者 (会社員や公務員等(国民年金第2号被保険者)に扶養される年収130万円未満の配偶者)や、企 業年金加入者、公務員等共済加入者も加入可能とする。なお、企業年金加入者とは、企業型DC、 厚生年金基金、確定給付企業年金等の加入者を指し、企業型DC加入者については規約に定めた 場合に限る。 現行制度では、個人型DCの加入対象者は、①自営業者等(国民年金の第1号被保険者)か、② 企業型DCや他の企業年金に加入していない企業の従業員(同第2号被保険者)である。確定拠出 年金の加入者が離転職により加入対象者でなくなった場合は、掛金の拠出ができず、それまでの 積立金の運用指図のみを行う運用指図者となる。 今回の改正は、労働の多様化が進むなか、生涯にわたって継続的に老後に向けた自助努力を可 能とするため、個人型DCの加入対象範囲の拡大を実施するものである。この改正が実施されれ ば、基本的には全ての現役世代が確定拠出年金に加入可能となる。それぞれの拠出限度額は、図 表4のとおりである。このうち、企業型DCの加入者については、現行では、事業主拠出のみか(図 表4④、⑦)、事業主拠出に加えて加入者によるマッチング拠出あり(同⑤、⑧)のいずれかであ るが、改正法案によると、マッチング拠出を行わない加入者については、事業主拠出の企業型D Cに加えて、個人型DCに加入することができるようになる(同③⑥)。 図表 3 拠出限度額の年単位化の効果(例) (現行制度) 月額拠出限度額 拠出額 年単位化 使い残し 4月 5月 6月 … (資料)厚生労働省資料より、みずほ総合研究所作成 4 4月 5月 6月 … b.年金資産の持ち運び(ポータビリティ)を拡充(施行期日:公布日から2年以内) 確定拠出年金の加入者が離転職する際の年金資産の持ち運び(ポータビリティ)の拡充を行う。 現行の制度間のポータビリティの可否は図表5のとおりであり、企業型DC・個人型DCから確 定給付企業年金や、企業型DC・個人型DCと中小企業退職金共済6(以下、中退共)との間のポ ータビリティが確保されていない(図表5)。 図表 4 改正後の確定拠出年金の加入対象者と拠出限度額 加入対象者 加入制度 拠出限度額(年額) ①国民年金第1号被保険者 個人型DC 81.6万円 ②企業年金のない企業の従業員 個人型DC 27.6万円 ③企業型DC加入者(他の企業年金なし) 個人型DC 24.0万円 ④企業型DC事業主拠出のみ 企業型DC 66.0万円 ⑤企業型DCマッチング拠出あり 企業型DC ⑥企業型DC加入者(他の企業年金あり) 合計66.0万円 (加入者拠出は事業主拠出の範囲内) 個人型DC 14.4万円 ⑦企業型DC事業主拠出のみ 企業型DC 33.0万円 ⑧企業型DCマッチング拠出あり 企業型DC 合計33.0万円 (加入者拠出は事業主拠出の範囲内) ⑨他の企業年金加入者(企業型DCなし) 個人型DC 14.4万円 ⑩公務員等 個人型DC 14.4万円 ⑪国民年金第3号被保険者 個人型DC 27.6万円 (注) 1.色付部分が改正法案による新たな加入対象者。 2.企業型DC加入者(他の企業年金なし)は、企業型DCへの事業主掛金の上限を年42.0万円とすることを規約で定め た場合に限り、個人型DCに加入できる。 3.企業型DC加入者(他の企業年金あり)は、企業型DCへの事業主掛金の上限を年18.6万円とすることを規約で定め た場合に限り、個人型DCに加入できる。 (資料)厚生労働省資料より、みずほ総合研究所作成 図表 5 制度間のポータビリティの拡充 移換先の制度 移換前の制度 確定給付企業年金 企業型DC 個人型DC 中退共 確定給付企業年金 ○ ○ ○ ×⇒○ 企業型DC ×⇒○ ○ ○ ×⇒○ 個人型DC ×⇒○ ○ 中退共 ○ ×⇒○ × × ○ (注) 1.○印は移換可能、×印は移行不可、×⇒○は改正により移換可能となる。 2.確定給付企業年金から企業型DC・個人型DCには、本人からの申し出により、脱退一時金相当額を移換可能。 3.中退共から確定給付企業年金への移換は中小企業でなくなった場合のみだが、改正により合併等の場合も移換可能。 4.中退共から企業型DC、確定給付企業年金や企業型DCから中退共への移換は合併等の場合のみ。 (資料)厚生労働省 5 改正法案では、企業型DC・個人型DCから確定給付企業年金へのポータビリティを確保する とともに、事業再編による合併等を行った場合は確定給付企業年金・企業型DCと中退共とのポ ータビリティを拡充するとされている(前掲図表5)。 これは、就業形態が多様化するなか、加入者の選択肢を拡大し、老後の所得確保に向けた自助 努力の環境を向上させるために実施されるものである。なお、厚生年金基金については、企業型 DC・個人型DCからの移行は引き続き認められない。 (3) 確定拠出年金の運用の改善 a.継続投資教育の努力義務化や運用商品数の抑制等(施行期日:公布日から2年以内) 確定拠出年金の加入者が運用商品を選択しやすいよう、継続投資教育の努力義務化や運用商品 数の抑制等を行う。 現行制度では、企業型DC導入時には事業主による投資教育7を努力義務としているが、制度導 入後に繰り返し実施する投資教育である継続投資教育については配慮義務となっている。改正法 案では、継続投資教育についても配慮義務から努力義務へ引き上げ、継続投資教育の実施を促す こととされた。 また、運用商品の提供数については、年々増加傾向にあり、加入者が個々の商品内容を吟味し つつ、より良い選択ができる程度に商品選択肢を抑制する必要があることから、商品提供数につ いて一定の制限を設けることにより運用商品の厳選を促す。具体的な商品数については政令で定 められる。なお、施行日前に納付した掛金の運用方法として提示された商品については、制限の 対象外となる。 さらに、現行制度では運用商品を除外する際には商品選択者全員の同意が必要とされているが、 改正法案では、商品除外要件が商品選択者の3分の2以上の同意とされている。ただし、施行日前 に納付した掛金の運用方法として提示された商品の除外については、従前通り全員同意の取得が 必要となる。 b.あらかじめ定められた指定運用方法に関する規定の整備等(施行期日:公布日から2年以内) あらかじめ定められた指定運用方法に関する規定の整備を行うとともに(図表6)、指定運用方 法として分散投資効果が期待できる商品設定を促す措置を講じる。 図表 6 指定運用方法の概要 ①指定運用方法の設定は運営管理機関・事業主(以下「運管等」)の任意 ②運管等は、あらかじめ運用商品の中から一の商品を指定運用方法として指定し、加入者に 加入時に指定運用方法の内容を周知 ③加入者が商品選択を行わない場合、運管等は加入者に商品選択を行うよう通知 ④通知してもなお商品選択を行わず一定期間経過した場合、自動的に指定運用方法を購入 (注)施行日前に納付した掛金は対象外。運営管理機関は、確定拠出年金において制度の運営管理を行う専門機関。 (資料)厚生労働省 6 確定拠出年金では、運営管理機関8が提示した運用商品の中から、加入者が運用商品を選択する ことが原則だが、運用商品の選択をしない加入者もいることから「あらかじめ定められた指定運 用方法」による運用(いわゆる「デフォルト商品」による運用)が認められている。このデフォ ルト商品による運用を活用している企業は全体の半数を超えているが、預貯金等の元本確保型商 品をデフォルト商品として設定する企業が大半を占める。そこで、改正により、デフォルト商品 に関する規定の整備を行うとともに、デフォルト商品として分散投資効果が期待できる商品設定 を促し、元本確保型商品に偏った運用を回避する狙いがある。また、現行制度では、①少なくと も3つ以上の運用商品を提供することと、②1つ以上の元本確保型商品を提供することとされてい るが、改正法案では、「リスク・リターンの特性の異なる3つ以上(簡易企業型DCでは2つ以上) の運用商品を提供」することとし、元本確保型商品については、提供義務から労使の合意に基づ く提供に変更するとされている。 (4) その他 企業年金の申請手続き簡素化(施行期日:2015年10月1日)や、個人型DCの加入可能範囲の拡大に 伴い、国民年金基金連合会 (個人型DCの実施主体)が行う業務に「啓発活動及び広報活動を行う 事業」を追加する(施行期日:2017年1月1日)等の措置を講じる。 4. 確定拠出年金法の改正法案の評価 (1) 期待される確定拠出年金の普及拡大 今回の確定拠出年金法の改正法案が成立、施行されれば、確定拠出年金のさらなる普及拡大が期待 できる。最も影響が大きいのは、個人型DCの加入対象者の拡大である。これまで企業型DCを導入 する企業は順調に増加しており、加入者数についても500万人を超えたが、個人型DCの加入者数は20 万人程度にとどまっている。新たに個人型DCの加入対象者となるのは2,800万人程度と見込まれ、改 正後の加入対象者数は、現行制度の対象者(約4,000万人)の1.7倍となる見通しである。 また、小規模事業主掛金納付制度の創設により、個人型DCに加入する従業員拠出に対する事業主 拠出が普及すれば、個人型DCに加入するインセンティブになろう。 一方、簡易企業型DCの創設により、事業主にとって軽度な事務負担での制度加入が実現すれば、こ れまで企業年金の導入が難しかった中小企業においても制度が普及するきっかけになる可能性がある。 企業年金については、実施する企業の割合の低下が顕著である。厚生労働省の「就労条件総合調査」 によると、企業年金を実施している企業の割合は、2008年調査では37.5%だったが、2013年調査では 25.8%まで低下した(図表7)。また、従業員規模別では、企業規模が小さいほど、企業年金の実施割 合が低いという特徴がある。その上、従業員300人未満の企業において、企業年金の実施割合の低下が 目立つ。 これは、2000年代以降の企業年金改革により、主に中小企業に普及していた適格退職年金が廃止さ れ、他の企業年金に移行せずに企業年金を廃止した企業が多かったことなどが影響していると考えら れる。2014年には厚生年金基金の見直しが実施され、5年間の時限措置で特例解散制度の見直しが行わ 7 れることから、今後は厚生年金基金の解散が進む見通しである。現存する厚生年金基金は、中小企業 による総合型基金が全体の約9割を占めていることから、基金から他の企業年金等へ移行が進まなけれ ば中小企業の企業年金の実施割合はさらに低下することが懸念される。簡易企業型DCの創設は、こ れまで企業年金を導入していなかった中小企業の企業年金普及の第一歩となることが期待されること に加え、厚生年金基金からの移行先としても期待される。 公的年金の給付水準が抑制され9、支給開始年齢の引き上げが進められるなかで、公的年金を補完す る自助努力型の私的年金の重要性が増している。国民が加入しやすい私的年金制度を整えることが求 められているなかで、個人型DCの加入対象者の拡大や、簡易企業型DCの導入より、確定拠出年金 の普及拡大の道筋がついたことは高く評価したい。 (2) ポータビリティの拡充で年金資産の積み増しが可能に 現在、確定給付企業年金間や、確定給付企業年金から確定拠出年金への資産移換は可能だが、確定 拠出年金から確定給付企業年金への移換等は認められていない。改正により移換の選択肢が拡大すれ ば、加入者にとっては、将来まとまった金額の一時金や企業年金を受給できる可能性が広がる。 加えて、例えばそれぞれの制度の加入期間を通算することにより、将来年金としての受給要件(加 入期間20年等)を満たす可能性が生じたり、資産移換を行うことで積立金の残高が増加し、より効率 的な運用ができる可能性もある。 (3) 運用に関する課題解決の第一歩 確定拠出年金の制度創設から13年が経過し、加入者の運用商品の選択に関する課題が顕在化してい るなか、継続投資教育の努力義務化や、運用商品に関する規定の整備等の今回の運用に関する改革の 実施は、課題解決の第一歩として評価できる。 図表 7 企業年金の実施割合 (%) 100 76.8 80 63.9 60 40 72.1 61.2 51.8 37.5 25.8 20 36.1 30.2 18.6 0 08年 13年 企業規模計 08年 13年 従業員数30~99人 08年 13年 100~299人 (資料)厚生労働省「就労条件総合調査」 8 08年 13年 300~999人 08年 13年 1000人以上 運用に関する問題点としては、①加入者が自らの制度加入や運用状況について把握していない、 ②運用商品の選択が難しいと考える加入者が多い、③加入者の運用商品の選択が預貯金等の元本確保 型商品に集中している、等が挙げられている10。 厚生労働省の調査によると、2013年度末の確定拠出年金の資産残高は8兆5,400億円であるが、運用 商品の構成は、元本確保型商品が6割(うち預貯金が4割、生損保商品が2割)、有価証券が4割となっ ており、制度創設以降この構成割合はほとんど変化していない。2000年代に入り2013年までは物価上 昇率のマイナス基調が続いてきたため、元本確保型商品で運用することも一定の合理性があったと言 えるものの、2014年の物価上昇率は2.7%(2014年4月の消費税率引き上げの影響を含む)であり、元 本確保型商品の運用利回りが1%未満の現状では同商品のみの運用では積立資産の目減りを招く。今後 の物価動向にもよるが、元本確保型商品に偏った運用を続けた場合、将来の積立資産の実質的価値が 減少する可能性もあり、長期的な運用が行われる年金資産については、物価上昇率を上回る利回りを 確保することが重要である。 また、加入者の積極的な意思で元本確保型商品への投資を選択しているのであれば問題ないが、実 際には安易に同商品を選択している可能性も否定できない。 今回の改正法案では、加入者の資産運用に関する知識をより向上させることを目的として、現在「配 慮義務」とされている継続投資教育を「努力義務」とすることで位置づけを重くするとされている。 企業年金連合会の調査によると、継続投資教育を実施している企業の割合は徐々に増加しているもの の、2013年時点で実施済み企業が55.2%、計画中の企業が9.8%であり、未実施の企業が35.0%に上る。 継続投資教育の実施は、加入者の制度への基礎的な理解が高まることにつながる。努力義務とされて いる制度導入時の投資教育の実施企業割合は、ほぼ100%となっていることから、継続教育についても 努力義務とすることで、更に実施企業が増えることが期待される。 企業型DC導入企業の運用商品の提供数については、年々増加傾向にある。2014年12月末時点の平 均の運用商品数(規約単位)は21であるが、最多では69に上る。運用商品の選択肢が多いと、加入者 にとって選択自体が困難になることから、改正法案では運用商品数の制限を設けることとされた。既 に、多くの運用商品が提供されている制度については、運用商品の除外には慎重な対応が必要になる ものの、同じような商品を数多く提供することは避け、商品を厳選するなどの対応は必要であろう。 デフォルト商品については、投資経験がない加入者も一定程度存在することを考えれば、加入者に 運用リスクに関する情報提供を徹底した上で、複数の資産を組み合わせたバランスファンド等を設定 することは、長期的な資産運用を行う上では相応しいと考えられる。 5. 確定拠出年金のさらなる普及拡大に向けた課題 今回の確定拠出年金法の改正法案の最大の注目点は、個人型DCの加入対象者を拡大し、基本的に は公的年金の加入者全てが確定拠出年金の加入対象者となることである。ただし、現在個人型DCの 加入者が加入対象者の0.5%程度にとどまっていることを考えると、加入対象者が拡大しても、同程度 の加入率だった場合には改正後の個人型DCの加入者数の増加は14万人程度にとどまる。個人型DC 9 を本格的に普及させるには、対象者の拡大のほか、以下の点についても検討が必要である。 まず、個人型DCに加入するにあたり、運営管理機関を選択しなければならないが、国民年金基金 連合会のホームページをみると、銀行、信用金庫、証券会社、保険会社等の運営管理機関が数多く提 示されている。ここから一つの運営管理機関を選択するのは容易ではない。この点については、特に 企業年金を実施していない企業等と金融機関が提携するなどして従業員に個人型DCを案内すること などが一つの方法として考えられる。 次に、個人型DCに係る手数料負担の問題がある。企業型DCに関する手数料は基本的には事業主 が負担するが、個人型DCについては加入者本人が負担する。個人型DCの手数料は、運用商品に関 する手数料も含めると年間1万円程度になる11。このため、拠出額が少ないと手数料の負担感も増すこ とになるが、今回の改正後の最低の拠出限度額は年14.4万円にとどまる。拠出限度額の引き上げによ り相対的な手数料負担感を軽減することも必要であろう。 なお、拠出限度額については、これまで企業型DCが3回、個人型DC(第2号加入者のみ)が2回に わたり引き上げが行われてきた。今回の改正では、拠出限度額の年単位化が実現する見通しであるが、 拠出限度額の引き上げは実施されない。新たな加入対象者の拠出限度額も含め、引き続き拠出限度額 の引き上げの検討が求められる。 1 詳細は、みずほ総合研究所「図解 年金のしくみ(第6版)」東洋経済新報社(2015年)を参照。 DCは、Defined Contributionの略。 3 公布の日から2年以内で政令で定める日。以下、同じ。 4 「 運営管理機関契約書」や「資産管理契約書」等の設立書類を半分以下に省略。 5 マッチング拠出の導入企業は増加傾向にある。2014年3月末時点では、企業型DC導入企業のうち20.8%が導入して いる。マッチング拠出を実施している企業の全加入者のうち、マッチング拠出の利用者数は15.7万人、 利用割合は20.4% である(企業年金連合会調査による)。 6 中退共は、事業主が勤労者退職金共済機構と退職金共済契約を締結し、掛金は全額事業主負担、従業員の退職時にそ の従業員の請求に基づいて中退共から直接退職金が支払われる制度。一時金のほか分割払いも可能。加入できるのは中 小企業のみで、一般業種(製造業、建設業等)は常用従業員数300人以下または資本金・出資金3億円以下、卸売業は100 人以下または1億円以下、サービス業は100人以下または5千万円以下、小売業は50人以下または5千万円以下。個人企業 や公益法人等の場合は、常用従業員数による。 7 導入時投資教育では、①確定拠出年金制度等の具体的な内容、②金融商品の仕組みと特徴、③資産の運用の基礎知識、 ④確定拠出年金制度を含めた老後の生活設計、について実施することとされている(厚生労働省年金局長通知)。 8 確定拠出年金において、制度の運営管理を行う専門機関。 9 公的年金は、最終的に厚生年金は約2割、基礎年金は約3割抑制される予定である。詳細は、堀江奈保子「年金額の特 例水準の解消開始~将来の給付減に備えた対策が課題~」(『みずほインサイト』2013年11月26日、みずほ総合研究所) を参照。 10 第13回 社会保障審議会企業年金部会(2014年12月15日)資料による。 11 第14回 社会保障審議会企業年金部会(2014年12月25日)資料による。 2 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 10
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