農地防災のためのスマートフォンを活用した雨量観測システムの社会実験 農村基盤研究領域 資源評価担当 重岡 徹 山梨県甲府市帯那地区において平成 26 年 3 月から、山梨土連、甲府市農村振興 室の調査協力を得て、平成 25 年度普及成果「スマートフォンを活用した雨量観測・閲 覧システム」の農村自主防災支援機能についての社会実証試験に取り組みました。 私たちは、平成 23 年度に当地区で自主防災能力の向上を目指して、「手作り防災 マップ作成ワークショップ」を実施していたのですが、その取組過程で、住民の方々か ら手作り防災マップの作成で醸成された災害リスクに対する「我がこと感」を継続する 方法の考案を求められました。そこで、住民自ら地区雨量を観測し、観測結果を住民 の間で共有することが、住民の「我がこと災害リスク意識」を継続することになると考え ました。そのために開発したのが「スマートフォンを活用した雨量観測・閲覧システム」 です。 平成 26 年度に取り組んだ社会実験は、このシステムが住民の自主防災能力の向上 に実効性を持つのか実証することを目的として、当地区で本システムを 2 か所に設置 し、地域リーダー自治会長、土地改良組合総代等)方々自ら雨量観測および観測デ ータの閲覧活動を行って地域自主防災能力の向上を図ることを試みました。実験では 山梨県土連ならびに甲府市農村振興室の協力を得ながら、雨量観測方法や観測デ ータを活用した自主防災のための活動方針作成をテーマにしたワークショップを 3 回 実施しました。 この社会実験により、帯那地区では、住民自ら観測した梅雨期と台風期の地区雨量 データを踏まえて、地区独自の警戒・注意雨量基準の策定と防災連絡体制づくりに至 ることになり、本システムの地域自主防災能力の向上機能を実証することができまし た。 以下に、社会実験の概要ならびに実験の結果についてデータを紹介します。 1.システムの概要 住民が居住地域の雨量を自主観測し、豪雨時に早期に自主避難の要否が判断で きるように、スマートフォンを活用した安価な雨量の観測・閲覧システムを開発しまし た。 *1.本システムは住民の災害リスク意識の向上を図るためのツールです。住民の 方々が気軽に簡単に設置できること、住民の方にわかりやすく雨量情報を知ら せること、低コストで運用できることなどをシステム開発の主題にしており、従っ て気象庁が定めている雨量観測基準には適合していません。 *2.本システムは現在実証試験を重ねている段階ですので、現時点では製品化・ 販売には至っておりません。ご利用を考えられている方は、弊所農村基盤研究 領域の資源評価担当までご連絡ください。 2.社会実験の概要 (1)実施地区 山梨県甲府市帯那地区 (2)実験内容 1)目的 帯那地区活性化推進協議会が、「スマートフォンを活用した雨量観測・閲覧システム (LaRC ラルク)」を活用して、協議会自身で地区の降雨量を観測・閲覧し、豪雨による ため池等農地災害に備える地域自主防災の取り組み方(豪雨災害から身を守るため の農地自主防災行動指針)を考案する。 2)方法 ①観測システムの設置 ・雨量計 2 基設置。(推進協議会長宅(1 号)、下帯那消防団詰所(2 号)) ※ため池(大正池・仮宿池・昭和池)に設置している雨量計(3 基)も連動予定。 ・確認用タブレット(観測結果を閲覧する「確認用タブレット」) 4台準備。(帯那地区自治会、水利組合長、甲府市、農工研) ②閲覧システムの準備 ・スマートフォン(もしくはタブレット) 住民所持のスマートフォンもしくはタブレットに閲覧ソフトをインストール。 ・携帯電話 携帯電話利用の住民には、LaRC から発信される「緊急メール(異常雨量を超え た時に発信される緊急警報メール)」を受信できるソフトを提供 (3)実施内容 3 月 14 日 雨量計(2 基)の機器調整 5 月 2 日~ 観測開始(太陽光パネルと接続) 5 月 29 日 豪雨災害に備えての自主防災のあり方検討 WS(1) 5 月~7 月 梅雨期の豪雨時における地域の雨量計活用実態調査 9 月 30 日 豪雨災害に備えての自主防災のあり方検討 WS(2) 11 月下旬 システムの状態確認 2015 年 2 月頃 雨量計を活用した地域自主防災行動指針づくり WS 3.社会実験の結果 (1)梅雨期の観測結果 平成 26 年 6 月 5 日から 8 月 1 日までの梅雨期の 57 日間の本システムによる雨量 観測結果は次の通りでした。 通信型観測機器が「スマートフォンを活用した雨量観測・閲覧システム」を指します。 自動記録型は、従来のロガーを使った雨量等観測システムで、本システムの観測精 度を確認するために設置しているものです。 本システムの 57 日間の稼働実績(データ取得率)は、8 割のデータ取得率になりまし た。2 割の欠損は、気温の上昇によるスマートフォンの自動シャットダウン(機器の自動 防御機能)によりデータカウントが途絶えたことによるものでした。 自動記録型(ロガー活用型観測)による雨量観測データとの比較では、データ相関 率が 0.7 となりました。観測地点が 1~2km 離れていることなども考慮すれば、本シス テムの観測精度も決して低くないと考えられます。 ここで、最も住民の方々が関心を持ったのが、甲府気象台データとの比較でした。相 関値が 0.4 と小さくなっています。気象台の観測地点と帯那地区は直線距離で約 5km 離れています。地区雨量と気象台(観測地点)雨量がこれほど異なっていたことか ら、住民の方々は自ら地区雨量を観測することの意義を改めて理解されました。 次に、住民の方々が雨量の自主観測の必要性を強く覚えたのは、7 月 9 日の観測 結果でした。この日は南木曽町で甚大な土石流災害が起こっています。南木曽町で は 16 時からの1時間雨量が 70mmを超えていました。この 1 時間後には、帯那地区 でも 30~40mmの時間雨量を観測しました。しかし、甲府気象台では 12.5mmしか観 測していませんでした。 この結果を踏まえ、住民の方々は、地区防災に取り組むためには外部機関からの情 報に頼るだけでは十分ではないと認識して、地区独自に雨量を観測することと観測結 果をもとに地区独自の予防的な警戒・注意雨量基準を考案することになりました。 地区独自の注意・警戒雨量基準の作成は、本システムによる雨量観測データを活用 して考案されました。 最初に、梅雨期から台風期までの 160 日におよぶ観測データを、今まで住民の 方々が感じていた雨の程度感覚(住民が感覚していた降雨量表現)を照らし合わせ て、住民の雨量感覚(おしめり雨、降ってるね雨、大降りだね雨、激しいね雨)を観測デ ータで示す(カテゴリー分類する)ことにしました。 次に、それそれ区分された雨量に対応するように、防災行動方針を検討し、帯那地 区固有の注意・警戒雨量基準案をまとめました。 さらに、この注意・警戒雨量基準の実際の運用方法も検討されることになりました。3 回目のワークショップでは、注意雨量が観測された場合を想定して、防災行動の初動 に素早く入るための連絡のあり方が議題となりました。 こうしてまとめられたのが「帯那防災対策本部」の設置と、本部を核とした連絡体制で した。 以上が、本システムの社会実験の成果です。地区に本システムを設置し、地域リー ダー自ら雨量を観測し、観測データを使ったワークショップを開催して、最終的に「地 区固有の注意・警戒雨量基準の作成」と「防災連絡体制づくり」に至ることになりまし た。 この結果から、帯那地区では、本システムが地域の自主防災能力の向上に一定の 実効性を持ちえたものと考えています。
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